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1. 行き倒れ

 最後に酒場で食べた食事は何だっただろうか。


 こんな事ならもっとたくさん味わって食べておけばよかったなと、好物の肉の串焼きや具沢山のパイ包み、白身魚のトマト煮なんかに思いを馳せながら……現在、私は絶賛行き倒れ中である。




 事の発端は数日前。

 私は仲間達とパーティーを組み、共に”生ける迷宮(通称:迷宮)”の踏破を目指す冒険者だった。そこそこ場数を踏み、中堅クラスであるCランクパーティーの称号を与えられ、もう一山を超えればBランクに手が届くといったところだった。


 が、不幸にも様々なメンバー事情や資金繰り問題なんかが重なり、7人中4人という、実にメンバーの半分以上が脱退を申し出てしまったのだ。

 これまでにも何度かメンバーの入れ替わりは経験してきたが、一度にこれだけの脱退希望が出たのは初めてだった。

 残った3人だけでも迷宮探索を続けるかどうか話し合ったが、残ったのは前衛での戦闘を得意とするメンバーばかりであり、後方支援を一人で受け持てる者は居ない。

 以前のように安定した迷宮探索が出来るとは思えず、リスクが高いだろうという意見でまとまった。


 かといって、抜けた人数分の新たなメンバーを探す伝手も、私たちと同等の実力を持つ冒険者を募集して雇い入れる資金も手元に無かった。

 惜しみながらも、私達のパーティーはそのまま解散となってしまった。

 これを機に、メンバー達はそれぞれ身の振り方を考えていたようだが、私には冒険者をやめるという選択肢は無い。

 パーティーを組まずにソロで活躍する冒険者の話を聞いたこともあり、これも一つの転機だと思った。

 私一人でどこまでやれるのか、単独で迷宮に挑んでみる事にしたのだ。



 ──この世界では、迷宮が様々な場所に不定期に発生する。主な発生場所としては霊脈の走る上やその付近とされているが、例外も多くあり、一概にそう結論付けることはできない。

 迷宮が発生する条件も未だ明確にされておらず、昨日まで何も無かった草原に高い塔が出現したり、人々の行き交う街道に突如として地下へ繋がる入口が現れたりする。

 外観や特性もそれぞれの迷宮で異なっており、更に時間が経つとその内部の構成が変化していくのだ。

 ある一定の条件を満たすか、数十年から数百年の時間が過ぎれば迷宮は消滅し、元の何も無かった状態に戻る。

 これは迷宮の寿命と呼ばれており、どうもこれらの特性から生ける迷宮と呼ばれているらしい。


 迷宮の内部は魔力で満たされており、超常的な空間が広がっている。

 見た目からは想像も付かない程深い階層に続いているものや、意地悪なトラップが仕掛けられていたり、おぞましい力を持つ魔物がうようよ徘徊していたりと大変危険だ。

 そんな命の危険がある迷宮に冒険者達がこぞって足を運ぶのは、迷宮内で見つかる貴重な装備品や魔道具、財宝がお目当てだろう。


 見た目の容量を無視して物を収納出来るマジックバッグ、燃料を消費せず半永久的に灯り続けるランプ。極上の葡萄酒が滾々と湧き出る杯や、翳すだけで深い傷もたちどころに癒す神秘の石など、人の手では作り出せない貴重な品々。

 これらの発掘品のおかげでこの世界は古来より発展し続け、迷宮は人々の暮らしを支えてきたのだと、駆け出し冒険者だった頃に父から教わった。

 そうでなくても、ただひたすら己の鍛錬に励む為や、迷宮の未知なる神秘を究明する為に、採算度外視で迷宮攻略に没頭する酔狂な人々もいるようだが。




 で、私が今這いつくばっているこの場所も迷宮の一つ、「混迷の洞窟」の地下7階層。冒険者ギルドに登録され、情報が管理、開示されている迷宮である。

 全10階層からなるこの迷宮は一見すると普通の洞窟であり、道中に落とし穴や毒矢罠などのトラップの存在は確認されていない。

 最下層は大きく開けた空間に地底湖が広がっており、そこに住まう迷宮の主は”ティポタロプス”、盲目の巨人である。


 だが、ある程度経験を積んだ冒険者たちにとっては、主の存在はさしたる脅威では無い。この迷宮の厄介な所は、最下層に辿り着くまでの地形と構造にある。

 階層が深くなるほど内部の構造は徐々に複雑さを増し、広大になっていく。似たような景色の中、幾つもに枝分かれして複雑に交錯する道は天然の迷路そのもので、闇雲に探索していると直ぐに方向など分からなくなってしまう。

 実力の足りない冒険者達は道に迷っているうちにランプの燃料が切れ、闇の中を彷徨って魔物にやられたり、そのまま体力の限界を迎えて斃れたりするのだ。

 それらのような特徴から、冒険者ギルドでは総合してBランク迷宮とされており、中級冒険者以上の探索が推奨されている。



 ……正直、自分がこうなるとは、思っていなかった。見通しが甘かった。

 かつての仲間内では迷宮探索の経験を一番積んでいたし、探索用魔法、戦闘用魔法もある程度幅広く扱える。

 実入りは減るだろうが、身軽になって探索の速度が上がる分、ソロでも十分に通用すると自惚れていたのだ。


 腕っ節に多少の自信があっても、迷宮探索はそれだけではいけない。

 以前の探索で、斥候職の仲間から聞き覚えた知識を使ったマッピングは途中まで機能していたが、いざ地下9階層で道に迷った時、作成した地図はほとんどあてにならなかった。

 頭を切り替えて迅速な撤退を考えるべき場面で冷静な判断が出来ず、浮足立った所で魔物の巣に足を踏み入れてしまい、厄介な魔物の大群に囲まれてしまった。

 今、後ろを任されてくれたり突破口を開いてくれる仲間はいない。どうにか包囲網を突破しようと、がむしゃらに魔法を打ち付け、強引に敵を薙ぎ払って駆け抜けたせいで無駄に消耗し、回復薬も食料も尽きた。



 私は水魔法と浄化魔法、それに光源魔法を使えるので飲み水と燃料切れの心配はほぼなかったが、それでも限界が来るのは時間の問題だった。

 もしここが見晴らしのいい野外タイプの迷宮だったなら他の冒険者を探し、物資のやり取り等をする事が出来るかも知れないが、この混迷の洞窟内ではあまりにも望み薄だろう。


 なんとか自分を奮い立たせ、地上を目指して徘徊し続けた。

 そうして何日経ったか分からないが、2階層ほど引き返せたあたりでいよいよ足に力が入らなくなった。

 それでも壁を支えに寄りかかるようにして歩みを進めていたが、遂に限界を迎えてうつ伏せに倒れ込み、今に至る。




「…………おなか……すいたなあ……」


 何とも情けない自分の最期に呻く。飢えて死ぬというのは考える時間がある分、恐怖よりも後悔や悲しさ、無念の方が勝るのだな、とぼんやり思う。


 まとまりの無い思考と心残りがゆるゆると頭の中に渦巻いて、浮き出て来てはふっと掻き消えるのを繰り返す。

 自分の夢が叶わず道半ばで倒れること。故郷で暮らす家族たちに何も残せないこと、父との約束事も果たせられないこと。大事な仲間だったパーティーメンバー達のこと……。


 心残りに引きずられて、その次に浮かんでくるのは大事な思い出と、行き場のない感情達だ。

 探索が大成功し、パーティーが昇級した時に、少し奮発して祝賀会を開き、他の冒険者達も巻き込んで朝まで飲み明かした時のこと。

 反対に、探索が失敗して命からがら逃げ帰った街の酒場で、一番安い麦粥を啜りながら反省会をしたこと。


 冒険者として活動する中で、辛く厳しい状況に置かれる事も勿論たくさんあった。それを乗り越え、喜びや経験を皆と分かち合えたのは、食事の席であることが多かったのだと、ふと気付く。

 思い出の中にある温かい食事の風景が思い起こされ、楽しい思い出も、後悔も未練も、それら全てが心を苛み、極度のひもじさと混じり合って、絶望の奥底にずぶずぶと沈んでいくようだった。


 いっそのこと、魔物にやられて一思いに死んでしまった方が苦しまずに済んだのかもしれないが、ある意味、皆のことを考えながら死ねるのは悪くないか、とも思う。


 徐々に意識は朦朧として来るのに、洞窟内を通る冷たい風が染み込むように体を冷やしていくのがはっきり分かる。

 ひどく寒い。もう体に力は入らず、動かない。いよいよか、とどこか他人事のように死を覚悟し、ゆっくりと目を閉じる。

 そうして、段々と体の感覚が曖昧になってきて、呼吸も浅くなり、瞼の裏にチカチカと走馬灯のような物も見え始め、おいしそうな匂いも漂ってきて……。




…………おいしそうな匂い……?




 思わずがば、と顔を上げ目を見開いた。瞬時に脳が覚醒し、もう動かないと思っていた体が反射的に動き、風が流れてくる方向に目を向ける。


 すると、前方の横穴の一つから何かが転がるような音と、うっすらとした明かりが近付いてくるのが見えた。

 それに、やはり風に乗って漂ってくるこの匂い……食べ物の匂いだ!

 途端に涎が口の中に溢れ出し、慌てて生唾を何度も飲み込む。偶々この近くで野営をしていた他の冒険者がいるのだろうか。

 そのままの姿勢でしばらく横穴を凝視していると……。




……現れたのは、こじんまりとした移動式屋台と、それを引く帽子を被った一人の少年だった。


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