表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/3

低賃金の移民を受け入れる社会の必然的な帰結について

 この文章における多文化共生政策とは、文化的背景の異なる人々が相互に尊重し合うという抽象的理念ではなく、具体的には以下の政策パッケージを指す。第一に、労働力不足を名目とした低賃金・低技能労働者の大量受入である。第二に、受入数の制限や技能要件を軽視した無制限な門戸開放である。第三に、国内労働市場・社会保障制度・治安への影響を軽視した政策決定である。第四に、社会統合コストや長期的帰結を考慮しない理想主義的な受入推進である。

 この文章はこの意味での多文化共生政策を批判する。その理由は、この政策が以下の帰結をもたらすからである。第一に、福祉国家の持続可能性を損なう。低賃金移民は社会保障への拠出が限定的である一方、医療・教育等の社会サービスを利用するため、制度の財政基盤を弱体化させる。第二に、国内の社会的弱者を犠牲にする。低賃金移民の流入は国内低所得層の賃金を抑制し、雇用を奪い、生産性向上への投資を阻害する。第三に、治安悪化と監視社会化のトリレンマを引き起こす。社会的不満の高まりに対し、国家は監視強化か治安放棄かの選択を迫られる。

 この文章の立場は、人種・民族に基づく差別を支持するものではない。すべての人間は、その出自によらず、個人として平等に尊重されるべきである。しかし、労働市場は国家が創設した制度であり、国家はその制度を国民の利益に適うよう管理する責任を負う。客観的な技能基準に基づく選別的受入と、無制限な大量受入は、本質的に異なる政策である。

 多文化共生政策の推進派は、しばしば、多様性は社会を豊かにするとか、人権の観点から移民受入は当然とか言った理念的主張を行う。しかし、これらの主張は現実の制度的・経済的制約を無視している。この文章が示すように、福祉国家・治安維持・監視社会回避という三つの目標は、低賃金移民の大量受入と同時には達成不可能である。理念の正しさは、その実現可能性を保証しない。

 以下では、この主張を理論的・実証的に論証する。

 グローバル化の進展に伴い、多くの先進国は低賃金移民の受け入れを拡大している。その一方で、福祉国家の持続可能性や治安政策への影響が国際的に議論の的となっている。特に、移民の受け入れと福祉国家の持続可能性の関係については、経済学や社会学で長年議論されてきた。この文章は、低賃金移民と福祉国家の両立可能性、ならびに低賃金移民と治安と監視社会回避の三者関係を整理し、それらがそれぞれ二者択一およびトリレンマの構造にあることを制度的観点から論証することを目的とする。

 ここでは、低賃金の移民も積極的に受け入れ、なおかつ法人税率と所得税率は高く設定されていて、さらに高いレベルの福祉と高いレベルの教育が提供され、さらに治安は良く保たれていて、さらに国民を監視するシステムがない社会について考える。結論から言うと、これは実現が困難である。

 まず、法人税率と所得税率が高く設定されている社会に好き好んできたがる法人や高所得者はほとんどいない。関税を高くすれば多少は法人が海外に逃げるのを防げる上に法人を呼び込めるだろうが、それも限度がある。故に、法人税や所得税で得られる税収には上限がある。つまり、税収は限られている。さらに、国債を発行できる上限は利率とインフレ率によって決まる。つまり、国債で賄えるお金の総量にも限度がある。

 しかし、低賃金移民に頼らずとも、人口減少下で福祉国家を維持し、国民一人当たりの負担能力を高めることは、制度設計によって十分に可能である。その鍵は、労働力の総量を維持することではなく、「生産性の向上」と「賃金水準の底上げ」にある。AI、ロボティクス、自動化技術への集中的な公共投資と税制優遇によって、労働力に依存しない経済成長と高付加価値化を推進すれば、労働者一人当たりの所得(ひいては納税能力)は劇的に向上する。この「生産性改革」こそが、人口減少社会における福祉国家維持の唯一の合理的解であり、安易な低賃金移民の受け入れは、企業の自動化投資インセンティブを奪い、長期的な経済構造の停滞を招く。したがって、低賃金移民の受け入れは、短期的には労働力を確保し、長期的には国民と移民のどちらの利益にもならない、非合理的な政策である。

 この生産性改革路線は、既に実証されつつある。日本の製造業における産業用ロボット密度は世界最高水準(労働者1万人当たり399台、2021年)であり、それが高い品質と生産性を支えてきた。さらに、韓国・シンガポールなどの先進国は、人口規模が小さいにもかかわらず、自動化への積極投資により高所得経済を維持している。したがって、人口減少下での生産性改革は、理論的可能性ではなく、既に実証された現実的選択肢である。

 また、高いレベルの福祉と高いレベルの教育を提供する国家は移民に大人気である。そして、高いレベルの福祉と高いレベルの教育を施すのは、国民の数が多ければ多いほど多くのお金がかかる。 なぜなら、低賃金の移民も国民と同じように医療や教育といった社会サービスを利用するからだ。しかし、低賃金の移民は低賃金なので、税金や社会保険料の納付額は少なくなり、社会保障制度を支える基盤が弱体化する。なぜなら、低賃金の移民が多く国に流入したところで税収はそんなには増えないからだ。先進国の総括的レビューでは、第一世代移民(特に低学歴層)の短期的な純財政効果は小幅のマイナス〜ゼロ近辺に収れんする一方、第二世代は明確にプラスであることが示されている。結局のところ、法人税や所得税で得られる税収や国債で賄えるお金では、高いレベルの福祉と高いレベルの教育目当てできた低賃金の移民すべてに高いレベルの福祉と高いレベルの教育を施すのは困難である。

 一応、この低賃金移民と福祉国家の両立が困難という意見には、移民が経済成長や税収増に寄与するという反対意見も存在する。しかし私はこの意見には懐疑的である。なぜなら、移民による経済効果は主に高技能移民に限定される一方、低賃金移民は社会保障への依存度が高くなる傾向があるからである。高技能移民は納税額が大きく公共サービス利用が比較的少ないため純財政効果がプラスになりやすいのに対し、低技能移民は短期的にはマイナスになりやすい。経済協力開発機構による比較では、年齢構成・技能構成が財政効果の符号を規定する主要因である。

 なお、この分析は主に低賃金・低技能移民に焦点を当てている。高技能移民については異なる評価が可能である。高技能移民は税収への貢献が大きく、社会保障への依存度が低いため、純財政効果がプラスになりやすい。また、イノベーションや生産性向上にも寄与する。したがって、客観的な技能基準と需給バランスに基づく高技能移民の選別的受入は、福祉国家の持続可能性と両立可能である。重要なのは、人種・民族ではなく、客観的な技能と財政的影響に基づく制度管理である。

 実際、アメリカでは2010年代に年間100万人前後の移民が合法的に流入しており、その多くが農業や建設といった低賃金労働に従事しているが、その一方で教育・医療・治安に深刻な負担を与えている。アメリカ合衆国での移民の年間1人あたり医療費は、移民全体で約$4,875、一方で米国生まれ市民は約$7,277であるため、移民は市民より1人あたり医療費支出が2/3程度にとどまることが示されている一方、医療保険料・税の支払いは総計で支出を上回っており、2017年時点で $58.3 billionの純貢献があったとの研究もある。しかし、州・地方政府レベルではアメリカ合衆国議会予算局によれば2023年に$9.2 billionの純費用が生じており、Federation for American Immigration Reformの試算では教育・住宅などを含め年間$150 billionの負担と見積もられている。連邦レベルでは移民は純貢献をしているが、州・地方レベルでは純費用が発生している。これは、教育や医療などのサービスが主に州・地方で提供されるためである。したがって、総合的には財政負担となっている。ドイツでは2015年の難民危機後、約100万人のシリア難民を受け入れ、福祉支出が大幅に増加し、治安政策も強化された。実際、2015年の亡命申請者向け給付は前年比169%増の€5.3 billionに達し、2016年には€21.7 billionへ膨張した。経済協力開発機構の試算でも2016~2017年の追加支出は GDP 比で+0.5%にのぼり、ヨーロッパ連合全体でも難民対応費はGDP比0.17%(€27.3billion)に達したが、その約半分(€13.3billion、GDP 比≈0.44%)をドイツが負担していた。その結果ドイツでは、福祉支出と治安問題が議論の的となった。ドイツでは2015年以降の受入で初期の財政負担は拡大したが、ドイツ労働市場・職業研究所等のデータは就業率の上昇とともに負担が逓減する過程を示している。短期・中期の動学を分けて評価する必要がある。ドイツの難民受け入れの「成功」は、膨大な財政投入と社会的コストの上に成立している。その費用を誰が負担しているのか?ドイツ国民、特に低所得層である。この「成功」は持続可能か?第二世代・第三世代の社会統合失敗の事例が既にヨーロッパ各国で報告されている。フランスでも北アフリカ系移民の定住が社会的緊張を生んでいるし、イギリスでは東欧からの低賃金移民の大量流入が欧州連合離脱の大きな要因となった。これらはすべて、低賃金移民の受け入れと福祉国家の維持が両立困難であることを示す具体例である。日本もまた技能実習制度や留学生労働を通じて低賃金移民を受け入れており、同じ問題に直面しつつある。

 さらに、低賃金の移民を積極的に受け入れると、低賃金労働者の雇用が奪われ、失業や社会的不満が高まりやすい。その結果、社会の治安が悪化する。これを防ぐためには、国家は監視体制を強化せざるを得ない。実際、フランスではテロや治安悪化を背景に防犯カメラやデジタル監視の導入が進み、イギリスでも移民流入と都市治安悪化への懸念から監視カメラ国家と呼ばれるほど監視網が拡充された。ドイツではシリア難民受け入れ後、警察の権限強化や監視措置の拡大が議論されている。つまり、移民を受け入れる社会においては、治安を維持するために監視を強める方向へと政策が傾く傾向が強い。したがって、低賃金の移民を受け入れる社会では、国民を監視するシステムを導入するか治安の悪化を受け入れるかの二択しか選択肢は存在しない。

 多文化共生政策の推進派は、移民受入の負の側面を体系的に過小評価している。その論理構造は以下の三点において現実認識を欠いている。

 第一に、トリレンマの無視である。推進派は福祉国家を維持しながら大量の移民を受け入れ、なおかつ治安を保ち、監視社会化も避けることが可能であるかのように主張する。しかし、これは制度的に不可能である。アメリカ合衆国、ドイツ、フランス、イギリスの事例が示すように、低賃金移民の大量受入は必然的に福祉負担の増大か治安悪化と監視強化かのいずれかをもたらす。理念的正しさは、この制度的制約を無効化しない。

 第二に、受益者と負担者の乖離の無視である。移民受入により利益を得るのは、安価な労働力を利用できる企業と株主である。他方、賃金抑制・雇用喪失・治安悪化・社会サービスの質低下という負担を被るのは、国内の低所得層である。推進派の多くは前者に属し、後者の利益を代弁していない。多様性という美辞麗句の背後には、階級的利害対立が隠されている。

 第三に、長期的帰結への無関心である。低賃金労働力の存在は、企業の自動化投資を抑制し、生産性停滞をもたらす。これは日本の長期的国際競争力を損なう。また、社会統合の失敗は世代を超えた社会的分断を生む。アメリカ合衆国における移民系マイノリティの優遇措置要求や、ヨーロッパにおける移民二世・三世の社会的疎外は、この帰結を示している。推進派は短期的な労働力補充という目先の利益のみを強調し、これらの長期的コストを看過する。

 さらに根本的な問題は、推進派の議論が国民とは誰かという問いを回避している点にある。国家は国民の利益を代表する制度である。労働市場もまた、国民の生活を保障するために国家が創設した制度である。したがって、労働市場への参入条件を設定することは、国家の正当な権限である。これを差別と呼ぶことは、国家の制度管理権限そのものを否定する議論である。

 多文化共生政策は、こうした現実を無視した理想主義的政策である。その帰結は、国民—特に社会的弱者—の利益に反する。

 したがって、福祉国家の持続と多数の低賃金移民の受け入れは、現実には両立が困難である。また、低賃金移民の受け入れと、治安を守りつつ監視社会を回避する政策も同時に成立させるのは困難である。すなわち、大量の低賃金移民の受け入れと監視社会の回避と治安の維持、この三つの条件はトリレンマの関係にあり、同時に成立するのは三つのうち二つまでに限られる。もっとも、ドイツの労働市場研究所が示すように、受け入れ当初の財政負担は大きいが、就業率の改善に伴い中長期的には逓減する傾向がある。したがって、短期的な財政圧迫と長期的な効果を区別して議論する必要がある。この文章の議論は、アメリカ合衆国、ドイツ、イギリス、フランス、日本の各国の事例分析を通じて、この制約を制度的観点から提示したものである。

 このトリレンマの理論的根拠は、以下のメカニズムにある。低賃金移民の大量受入は、福祉負担の増大と国内労働者の賃金抑制を通じて、貧富の格差を拡大させる。格差の拡大は社会的不満と治安悪化を招く。治安悪化に対しては、監視強化か治安放棄かのいずれかの対応しかない。したがって、低賃金移民の大量受入を選択する場合、福祉国家の維持と監視社会の回避と治安の維持を同時に達成することは、この因果連鎖により不可能となる。

 この文章の分析から得られる政策的含意は、低賃金移民の受け入れを最小限に抑制し、福祉国家の持続可能性と治安維持を優先しつつ監視社会化を回避する政策設計が、先進国にとって望ましい選択肢であるという点にある。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ