七話 鬼の言い訳。
言い訳したくなるときもある。それが大人ってもんさ。
違う。違うんだ。俺の意見も聞いてほしい。
妖異というものは変化することでどんなものにも化けることができるデタラメな存在だ。
だが、いくら好き勝手に変化できるからといって、自分の好みの存在に変化するのは少し違うのだ。
自分と相手がひとつになる。そういう意味では確かに満たされるかもしれない。
でも虚しいんだぞ?
実際の相手ではない『そっくりな存在』で満足できるのは妖怪一年生までだ。
五百才を越えてくると、そういうインチキはむしろ心にダメージを与えてくるんだ。それも甚大な。
なまじ外見を完璧に化けられるからこそ、『これじゃない感』に苛まれるのだ。
だから妖異は安易に化けない。それが自分に返ってくると知っているからだ。
俺が黒髪清楚系ボインに変化しないのはそういう理由になる。納得してくれたか?
では、何故俺が中作の完全コピーではなく『女の子として成長した中作ちゃん』に化けたのか……これの説明に移るとしよう。
俺は……ぶっちゃけ無理なんだ。女装というものが。
男としての心が受け付けないのだ。女装を。
俺も一応妖異である。だから女に化けることもある。それは平気なのだ。普通に平気。なんなら平安の頃に女として子を産んだこともある。母親経験があるんだぞ、俺にも。
だから女が駄目という訳ではない。女の衣装が駄目な訳でもない。無論、男が駄目な訳でもない。
男として『女になる』事がどうしようもなく耐えられないのだ。
それは女として『男になること』も同様だ。男装すらも、どうにも気持ち悪くて無理なのだ。
そしてもっと踏み込んだ問題。
俺には女として『女を愛す』事が無理だった。
男として『女を愛す』事はできる。普通に。俺にも妻居たし。
女として『男を愛す』事もできる。なんせ五人ぐらい産んだからな。
でも男として『男を愛す』のは本当に無理なんだ。もう無理。マジで無理。
友達関係ならば問題ない。普通に。それが肉体関係とかになるとマジで無理。拒絶反応で蕁麻疹が出るし、盛大に吐く。
だからこそ俺にも分かるのだ。
『性のマイノリティ』達の苦しみや悲しみがな。
体が男でも心は女。
それは体験してみなければ絶対に理解できない感覚だ。
知識として知っただけで理解出来る奴は元々そっちの素養がある奴だ。
俺には同質を受け入れる素質……ホモの素質はなかった。ヘテロしか受け付けないのだ。それもそれで多分異常なのだろう。平安でもホモは沢山いたのでな。むしろ普通。
平安でもホモが駄目な者達は当然いた。むしろそっちがマイノリティだった。
そいつらを集めて俺は大江山に逃げ込んだのだ。
ホモ、マジで無理! 無理な人はこっちおいでー!
そんな感じでな。
俺も当時は若かった。だから拒絶することしか出来なかった。それでも良いと思っていた。住み分けさえ出来ていれば喧嘩にもならんし、気にもならん。
ホモは許せん! ぶっ殺す!
なんて考えが頭に浮かぶわけもない。そういうのはそういうのが平気な者同士でやってくれ。
俺達は俺達で好き勝手に暮らすだけ。だから放っておいてくれ。
それが『大江山の鬼』の真相だったのだ。
まさか時の朝廷から『ホモが許せんだと? 許せん! お前もペッペッチーンにしてくれる!』と攻め込まれるとは思わなかったがな。
人の業の深さを俺は知った。
あ、ホモと言っているが、これは同質という意味で使っているので『男×男』だけではなく『女×女』の意味でも使っている。
人の業は深いのだ。
でだ。
俺が女装無理な理由は理解してもらえただろうか。
◇
尻を腫らした座敷わらしの話はまだ続いていた。
ある意味でここからが一番大切な話らしい。
鬼は『男として』ボインのボインに惹かれていた。座敷わらしの本体である『鬼』が『男として』『女である』ボインに惚れていたのだ。
男の状態である『鬼』はボインが大好き。なんせ和歌の恋文をこれでもかと送りつけるほどである。
確かに彼はボインの信者だった。それは拭いようのない事実となる。
しかしである。彼は女装を避けるために『女』になった。
女になった『鬼』は女である。『座敷わらしちゃん』である。男であるときはあんなにも恋い焦がれていたボインに全く食指が動かなくなったのだ。何故なら『座敷わらし』は女であり、ボインもまた『女』であるからだ。
うん。理屈通りだね。うんうん。おかしくはないねぇ。
だからだろうか。
女である『座敷わらしちゃん』的には男の娘である夏色ガールの脇の下に大興奮して鼻血が出そうになるのを必死に堪える事になったらしい。
だって男の娘とはいえ『男』であることに変わり無し。なんかおかしい気がするのは性癖の問題であって性別の問題ではない。
無言を貫く『座敷わらしちゃん』がずっと無言なのはキャラ作りではないのだ。耐えていただけなのだ。己の身の内で燃え上がる欲情の炎を。
夏色ガールの脇の下をぺろぺろしたい。真っ白な太ももにかぶりつきたい。そんな欲求を『座敷わらしちゃん』は感じていた。男の娘の太もも……この先には何がある。きっと素敵なペッペッチーン!
そんなスケベな欲求に襲われ続けていた『座敷わらしちゃん』である。
だから夏色ガールに尻を叩かれて幸福感に包まれている事も彼女は素直にゲロった。妖怪だから性癖がぶっ飛んでるのは仕方ない。仕方ないんだよ。
そして……尻叩きが終わると、こうなった。
「……ハーレムに追加ですか」
「いや、いつもの鬼になれば元に戻ると思う。一応親子関係だからハーレムは無いわー」
夏色ガールの首には座敷わらしがしがみついていた。甘えん坊である。甘えん坊の座敷わらしが夏色ガールに首にかじりつく。抱きついて離れない。両腕でぐわしと抱きついていた。
畳に座る夏色ガールにコアラのように座敷わらしがしがみつく。和服なので足は出ないが、腕でガッチリだ。濃厚ラブラブカップルに見えなくもない。どちらも美少女であるが。
彼も頑張ったのだ。男としての意地を見せようと敢えてボインをガン見して頑張ったのだ。
でも本能には逆らえない。
すりすり。
すんすん。
はふー。
にへー。
むぎゅー。
座敷わらしの甘えん坊コンボが夏色ガールの首もとで炸裂である。コアラというより母に掴まる子猿のようだ。
妖怪は好きな人の側にいる事で幸せを感じる存在である。それは伝説の鬼でも変わらない。
今の座敷わらしちゃんは邪悪にして陰鬱なる『陰』ではない。
紛れもなく幸せオーラ全開の『幸』であった。
「……どうしましょう。今のこの子には邪気がありません」
真理亜も普通に可愛がりたいと思うほどの甘えっぷり。今の座敷わらしちゃんなら多分この物語の新たなマスコットになれるだろう。
いや、譲るつもりは全く無いけど。
「まさかこうなるとは。……いや、一応ボクらは親子関係なので……見た目的にはセーフ? セーフだよね? 仲の良い双子程度に収まってるよね?」
夏色ガールは座敷わらしに抱きつかれながら嫌な汗をかいていた。熱いからではない。座敷わらしの体温は人間のそれではないのだ。むしろ抱きつかれていると冷たくて気持ちいい。
なので冷や汗の原因は別だ。
ペッペッチーンでも、こうなるのは流石に予想外。鬼とは仲の良い男友達だったのだ。最近は女関係でぎくしゃくすることもあったが……それが……それがこんなことになるなんて。
ある意味ペッペッチーンよりも酷い……いや、酷くはないのか? 男と女だし。あれ? 分かんなくなってきたでよ? あれー?
混乱し始めた夏色ガールはともかく。真理亜は二人の仲睦まじい様子にほっこりしていた。
夏色金髪ガールに抱きついて頬擦りする黒髪ロングの美少女『イン』。彼女は幸せそうな顔ですりすりを止めないのだ。
「性別的には問題無いんですよね?」
真理亜的にはそれが問題だったのだ。
仲良しだし。うん。すごく良い。良いですわ。美少女同士の絡みも良いものなのですね。性別的には問題無いし。うん。なんか和みます。いやらしさが全く無い。幸せそうな気配がこんこんと湧き出てきますね。
「一応同一存在だから! ボクが女になったらこうなるの! 多分遺伝子的な物は一緒だと思うし」
「……尊いですねぇ」
大正ロマンボインにはもう何も聞こえてなかった。目の前の光景にただただ癒されるボインである。はぁ、うっとり。
「…………そっすかー」
夏色ガールも諦めたのか、妖怪パゥワーで抱きしめてくる座敷わらしに視線を移す。というか普通に顔が近い。夏色ガールの首筋は既に座敷わらしのテリトリーだ。
すりすり。
はふー。
にへー。
むぎゅー。
すんすん。
にへー。
にっこにこである。座敷わらしがにっこにこ。あんなに無表情だったのに今では笑顔の座敷わらしとなっていた。
真理亜は心が浄化されていくのを肌で感じた。これなら大丈夫。この『妖異』なら一緒に居ても大丈夫。すぐに脱いで筋肉を動かす変態の事は記憶から削除。すぐに削除である。そしてゴミ箱もすぐに削除である。
座敷わらしちゃんは本当に幸せそうなのだ。本当に『ヤン』のことが大好きなのが伝わってくる。
「パパだいしゅきー」
「ごふぅ!」
「あらあら」
遂に喋りだした幸せ座敷わらし。夏色ガールには大ダメージだ。何故か母親の気分になってきた真理亜である。
なので何の気無しに座敷わらしちゃんの頭を撫でようと手を伸ばした。
その時である。
( TДT)
「触るなメス豚」
世界の刻が止まった。
ピシリと嫌な音を立てて全てが止まったのだ。
「……」
真理亜も笑顔のまま固まった。
夏色ガールも固まった。
座敷わらしが真理亜に振り向き、鬼の形相で言ったのだ。それも吐き捨てるように。
その一言が、世界を止めた。
座敷わらしちゃん。
重度のファザコンという痛い属性が判明した一幕であった。
いや、妖怪にしても性癖がすごいね。
◇
「……」
すりすり。
はふー。
すんすん。
はふー。
(о´∀`о)
「……」
「……」
刻が止まったままの休憩室。真理亜は勿論のこと、夏色ガールも畳に座ったまま動けない。一人動くのは夏色ガールにしがみつく座敷わらしちゃんのみ。大好きな人に抱きつき、すりすりをし、匂いを嗅いでご満悦である。
「…………あ、いや、ほら、妖怪だから……さ」
「……あ、あははは。そ、そうですよね。私は豚じゃないですよね。豚じゃ……ぶ……ぶひー」
「まーちゃん落ち着いて! むしろ豚になっちゃってるから!」
再起動するも互いにポンコツ。今回は時期が悪かった。
真理亜自身も最近体重が右肩上がりなのを気にしていた。尻と胸。この両方の成長が止まらない真理亜である。ボインにばかり目が行きがちであるが、彼女は尻もかなり大きいのだ。
ボイン キュ! ボボン!
真理亜は、そんな体型である。
胸だけでなく尻もでかいのだ。
決してデブではない。でも体重は一般的な女子の平均よりも結構高い。尻と胸。尻と胸である。脂肪分が特に多いのが尻。胸にはロマンが詰まっている。ロマン過多で。
真理亜も年頃の女の子である。体重が気にならない訳がない。
そこに『豚』呼ばわりである。
女神の彼女に面と向かってそんなことを言える者は居ない。というか豚をイメージ出来る者がそもそも居なかった。
牛ならばともかく。
なので真理亜としても初めての経験なのである。
『豚』呼ばわり。
それもつい最近まで一方的に好意を持たれていた相手からの罵倒。ちょっとストーカー気味で困っていた相手である。それが美少女になり、それでもなんか嫌な気配を漂わせていたのも束の間、実は本当に女の子になってて可愛いなと思った矢先の事である。
真理亜も頭の整理が追い付かない。頭に浮かぶのは『ぶひー』それだけである。
「まーちゃん、考えるな。妖怪の言葉を真に受けてはいけないと、君はこの前言ってたじゃないか。この座敷わらしは妖怪。妖怪だから」
夏色ガールが必死になってフォローする。勿論首には座敷わらしが絡み付いている。まるでスライムのようだ。いや、スライムみたいな妖怪は見たことないけど。
「……ようかい。……ようかい。私は……豚じゃない。……ぶひー」
「……くっ! 傷が深すぎる!」
大正ボイン……大破。
その目は光を失っていた。一番の弱点を突かれたのだ。もう彼女が立つことは無いだろう。心が折られたのだ。
「……ぶひー。こんなぶひーでも友達でいてくれますか? おニューの下着が一月でキツくなるぶひーですが」
「うん。いつまでも友達だから正気に戻ろうか」
「……それはそれで嫌です。もっと深い関係になりたいです」
「めんどくせぇなぁもう!」
わりと復帰は早い二人である。生まれたときから妖怪と暮らしてきた『サラブレッド真理亜』と『戦場経験者ペッペッチーン』は普通の人間とは違うということなのだろう。
折れた途端、すぐに直る辺りもこの二人の共通点か。
「とりあえず……インにはお仕置きしとくかー」
夏色金髪ガールは今も自分にしがみつく黒髪ロングの女の子を優しく抱き締めた。逃さない為である。
いくらなんでも暴言に過ぎる。謝らないと駄目だろう。実は夏色金髪ガールも真理亜の事を『あれ? お尻も結構でかいよね?』と思っていたのは内緒である。
(о´∀`о)
「いや、喜ぶな。お尻ペンペンで喜ぶんじゃないよ」
♪ヽ(´▽`)/
座敷わらしは愛する人の腕の中で歓喜に震えていた。座敷わらしの性癖がおかしいのは元になった『鬼』元来の性質と、皮として使っている『素体』のせいだろう。
無敵。まさに性癖無敵である。お仕置きすらもご褒美に変えてしまうドエムな座敷わらし。
しかしこの女を怒らせてただで済むはずがなかったのである。
「……そのペンペン……私が貰い受けます!」
(# ゜Д゜)シャー!
Σ(゜Д゜;)ホェー!?
( TДT)アァ?
Σ(゜Д゜;)ホェェェェ!?
(# ゜Д゜)シャー!
無言で睨み合うボインと座敷わらし。そして挟まれる夏色金髪ガール。
しばし音が消えて休憩室内からピリピリチリチリと微かな音が聞こえ始める。空気が帯電しているのだ。
大正ロマンボインの髪が逆立つ。
妖異の血は混じっていないはずなのに不思議パゥワーを持つ真理亜。本気の彼女はエレキなガール。
今ここに一人の男を巡る座敷わらしとエレキなボインの恋愛戦争が始まった。
別名……『尻戦争』の勃発である。
……なんか……ごめんなさい。いや、違うんです。ちゃんと真面目に書いててこうなったんです。尻戦争は二回目だけど、真面目に書いてたんです。本当なんですっ! 信じてくださいっ! 冤罪ですぅ!
……冤罪では無いか。