六話 働く夏色ガール。
今更だけど……本当に今更なんだけど……この物語って色物なのかな?
「いらっしゃいませー! 何名様ですか?」
「三名ですっ!」
「三名様ごあんなーい!」
甘味処スイートハート。ここにとんでもないウェイトレスがいるという情報が生徒会に届いた。なんと朝の九時半である。学園祭初日が開幕してから一時間経たずしての報告である。
各種問題やクレーム対応のために生徒会メンバーは常に動いていた。それは学園祭が始まってからが本番と言ってもいい。
自分のクラスの出し物にも出なければならないのでメンバーは持ち回りとなるが、それでも何名かは生徒会に詰めていた。
『脇の下がエロい外人さんが接客しとるで!』
この情報が来るまでは。
確認するために急いで行った『メガネ』と愉快なメンバー達。男だけだったのは偶然か。
そして見た。
「女神のどら焼きが今日のおすすめですよー。座敷わらしわらび餅は今日限定で……」
「両方ください!」
「毎度ありですー」
大正モダンでボインボインの女神と座敷わらしが並んで厨房に立っている。共にエプロンを着けてという尊いお姿である。
そして何よりウェイトレス。
そう、ウェイトレス。
脇の下、えっろ!
ノースリーブで短パンとか和風喫茶店のコンセプトを完全否定してるけど……えっろ!
しかし下品ではない。卑猥でもない。
健康的な美。
そう。健康的な脇の下なのだ。
これには『メガネ』も認めざるを得ない。脇の下、えっろ! いや、違う。一応学園祭ゆえに公序良俗に反していないか確認するために彼らは来たのだ。
席に着いた『メガネ』は己の眼鏡が曇るのを自覚しつつウェイトレスとして働いている女子を近くからよくよく見てみた。
……見えない。眼鏡が曇ってしまって見えないのだ。がっでむ!
しかし備える男、それが『メガネ』である。これあるを予期してミスコン用に取り寄せた予備の眼鏡(十八万円)に眼鏡をエクスチェーンジ! である。曇らない、割れない、汚れに強い、そんな高級眼鏡である。
そして見た。働いてる姿を間近で見た。
脇の下、えっろ!
生足、えっろ!
なんかもう……えっろ!
いや、エロくない。でもエロいのだ。胸がときめくのだ。思わず拝んでしまうのだ。素敵な脇の下に。
生徒会メンバーズは心揺れていた。彼らの信奉するボインの女神に背信する行為に思えたからだ。
いや、でも……ねぇ?
男達は顔を見合わせアイコンタクトで頷いた。
セーフ!
そんな訳で甘味処『スイートハート』は思春期のボーイ達がわんさと押し寄せる不思議な甘味処になっていた。
人はこうして騙される。
騙されている方が幸せなのか。
真実を知ることが本当の幸せなのか。
それは誰にも分からない。
そしてこの夏色金髪脇の下つるつるガールの人気は女中さん達にも火を着ける事になった。
『ポッと出の痴女に負けてられっか!』
というわけではない。女中達は笑顔で金髪ガールの働きを見ているのだ。それはもう笑顔で。壁際でね。
それは彼女達にこんなことがあったからだ。
『インちゃん、お店の手伝いしてみるー?』
……こくん。
『はわー! 可愛いですー!』
『いや、そいつとボクは生物学的に男だからね? 玉、付いてるから』
『……No kidding.』(和訳、うそやろ)
『なんで英語?』
ペッペッチーンは人を騙すことを良しとしないハゲである。だから甘味処『スイートハート』の従業員、つまりは真理亜のクラスメイトは全員が『真実』を知る事になった。
男子は崩れ落ち……ることもなく、それならばと夏色ガールの脇の下を遠慮なくガン見した。
女子は女子でショックを受ける……事もなくキャーキャー騒いで大興奮。
真理亜はペッペッチーンの『自白』に驚いた。
自分からバラすの!?
ある意味、器のでかさに驚いた真理亜である。
そしてハゲはこんなことまで白状した。
『何を隠そう、ボクがまーちゃんの文通相手なのさ! そして和歌を送ってたのはこいつね』
この衝撃発言でクラスの空気はがらりと変わった。
嫉妬に燃えていた男子達は脇の下に萌える男子となった。何かもう全てを許したらしい。
謎の三角関係に萌えていた女子達は……なんかもうワケわからない三角関係で更に萌え上がる事になったのだ。
真理亜としても秘密と言えない秘密なので夏色金髪ガール(男)が白状するのは別段良いのだが……何となく胸の奥が、もやるのだった。
そんな真理亜の微妙な想いにも当然気付いている夏色金髪ガールつるつる系。
しかしこれをしておかねば最悪真理亜のクラスメイトや学校の生徒全員が敵になると判断したペッペッチーンである。
ボインの女神の噂は彼の学校にまで流れていた。
『とある進学校にすっげぇボインがいるってよ! ボインすぎて服のボタンがマシンガンみたいに飛んで教師の眼が潰れたとか』
ペッペッチーンは思った。
これ、下手したら千人を越えるボイン親衛隊に命を狙われない?
こいつも備える男、ペッペッチーン。予め予防策を張ったのだ。なんせボインの女神を妻にする気がないペッペッチーンである。
これで真理亜を妻にするつもりなら千人だろうが万の軍勢だろうが怯まず真っ向から叩き潰していただろう。ペッペッチーンはそういう男である。
愛するものの為に国を騙し、妖怪すらも蹴散らした実績は伊達ではない。
今は夏色金髪美少女柑橘系だけど。
「いらっしゃいませー! 何名様ですかー?」
「四人ですー!」
「ただいま満席なのでしばらくお待ちくださーい!」
甘味処『スイートハート』
思わぬ助っ人により学園祭優勝候補に踊り出たが外部の助っ人は反則である。
元より売り上げ優勝候補であったこのクラスであるが、助っ人使用により『売り上げレース』からは失格と相成った。しかし生徒会長の『メガネ』は思うのだ。
これはこれで良い。特別賞を進呈しよう。美少女の脇の下も良いものだと。
人を騙すことを良しとしないペッペッチーンであるが、客にまで真相を話すつもりはない。というか、そんな暇がない。
別に悪意がある訳ではない。
本当に暇がないのだ。
「いらっしゃいませぇぇぇ!」
「八名なんですけど……」
「多すぎますわぁぁぁ!」
夏色金髪ガールは馬車馬のように働いていた。裏声が更にひっくり返るほどに……わりと限界であった。
朝の十時。そろそろ女中さん達のターンである。というか開幕からスタートダッシュしすぎの甘味処『スイートハート』であった。
◇
「……つかれた」
「えっと……お疲れさま」
更衣室兼休憩室に場面は移る。甘味処『スイートハート』の隣のクラス……ここは空き教室となっており、真理亜のクラスの更衣室として使われていた。
ここに夏色金髪ガールと大正モダンボイン、そして無言系座敷わらしがいる。休憩の為だ。
この教室は覗きや盗撮は出来ないようにセキュリティが万全となっている。怪しい動きをするものは必ず腹痛に襲われて人間の尊厳を失うのだ。
休憩室としても使えるが、基本女子しか使えない仕様である。男子は男子で他の教室が与えられているから差別ではない。区別である。
机と椅子が片付けられていて畳を教室全面に敷いた和室風の更衣室となる。
和服に着替える都合で個室よりは大部屋の方が宜しかろうと、全面和室となったのだ。
そんな和室の畳に寝転がる夏色金髪ガール疲労系。
畳に大の字である。つるつるの脇の下も全開だ。
あまりにも無防備。夏色美少女が隙だらけの姿を晒している。それを見下ろす真理亜は何となく『がばりっ!』と襲いたくなったが踏み留まった。
自身に沸き上がる淫靡な衝動に困惑する真理亜であるが、相手はペッペッチーンである。だったらおかしくもないのかなぁ、ボインの女神はそんな風に考える。
つんつん。
「……つかれてんだよ。ヘソつつくなや」
つんつん。
しかし座敷わらしは我慢出来なかったようだ。
夏色ガールの死体(半分は死んでる?)、その側に座り込んでチラ見しているヘソを座敷わらしがつんつんである。
夏色ガールヘソだし系は一時間ほど受付、案内、注文と忙しく働いた。そして疲れたのだ。元よりノリで始めた接客である。辞め時が難しく抜け出せなかったのもあるが……何より女中さん達の熱い視線が怖かったのだ。
なんで遊びに来たのにボクが接客してんの?
そう思うも女中さん達のニヤニヤは止まらなかったのだ。男子も悪い笑顔を浮かべていたので……まぁ、お祭りだし……いっか。
無駄に懐の深い夏色ガールヘソだし系は気にしない事にした。
すごく疲れたけど……多分これで『ボイン親衛隊』に問答無用で襲われることはあるまい。
心地好い疲労感に包まれる夏色ガールヘソだし系。
つんつん。
つんつん。
つんつん。
矢鱈とヘソをつついてくる相手に若干イラっとするが、まぁ良い。出べそではないので。それに昨日、ちゃんと洗ったし。
今回真理亜の学園祭に来た目的は大体達成したのだ。
目を瞑り、畳の感触に癒されている夏色ガールはそう考え……
つんつんつんつんつんつんつん。
「つつきすぎだごらぁ!」
寝ていた夏色ガール、キレる。寝たまま顔が『くわっ!』となった。それでも美少女フェイスなのは化粧の賜物か。
だがその『くわっ!』フェイスはすぐ横に座り込む犯人の顔を見て……ぴしりと固まることになる。
「……ち、違うんです」
そこには鼻息の荒い女がいた。大正モダン衣装のボインの女。膝、ボイン、頭。しゃがむことで生まれた不思議な三段盛りを見せる女の子が夏色ガールのヘソをつついていたのだ。
なんなら今もその白くて長い指は夏色ガールのヘソをつついている。
「……まーちゃん? なにしてますの?」
夏色ガールは裏声も忘れて素になった。
「……違うんです。これは……」
言い淀むボイン。しかしつんつんは止めない。何が彼女をそんなにも駆り立てるのだろうか。
「……」
げしげし。
「ぐっ……」
ここで座敷わらしも更に参戦。すっくと立ち上がり夏色ガールの脇腹を草履で蹴り始めたのだ。やはり無言である。大正モダンボインの対面、夏色ガールを挟んでの囲み完成だ。
げしげし。
げしげし。
音は可愛らしいが、わりと威力のある蹴りに夏色ガールは危機感を覚えた。こいつ、ガチで嫉妬してやがると。見下ろしてくる眼はどんよりと曇っている。
「まーちゃん……インをつつけばよろしいかと」
「……いえ、中身が中身なので何となく嫌なんです」
ボインの告白はあまりにも正直であった。
がびーん!
そんなショックを受けた座敷わらし。顔が驚きの表情になる。
「まぁ、そうだよね。なんか邪悪な気配が漏れてんだよね。妖怪だからかな」
「いえ、何と言いましょうか……生理的に……」
ボインは、やっぱり正直だった。
がびがびーん!
座敷わらしは三歩ほどノックバックを食らった。わりと酷い言いぐさではある。
「入れ物はボクと同じ筈……いや待て、イン。お前もしかして……」
夏色ガールの顔色が変わった。
ふるふる。
ふるふる。
無言で長い黒髪を揺らす座敷わらしは必死に首を振る。
あまりにも必死。その額から汗もたらたらと垂れている。
それゆえにこの男は確信した。
夏色ガールがむくりと上半身を起こし座敷わらしを睨み付ける。その瞳には怒りがあった。そして夏色ガールが起きたことで真理亜のヘソつんつんは強制的に終わった。何となく残念なのは何故だろう。真理亜は考える。そして指の匂いを嗅いでみる。
柑橘系だー!
そんな変態的なボインを置いておいて話は進む。
「……イン。お前……やりやがったな?」
ふるふるふるふる。
座敷わらしは力いっぱい否定する。しかし後ずさりしながらという往生際の悪さ。
真理亜も何かが起きていることは分かっている。でもそれが何かは分からない。なので怒気を見せる夏色ガールに聞いてみた。
「……あの人、何をしたんですか?」
ペッペッチーンがこんなにも怒っている。何故か自分の顔も熱くなっているのは何故だろう。真理亜は本格的に痴女に目覚めつつあった。
「……奴は男の娘じゃない。正真正銘……女の子だ!」
夏色ガールはドーン! と言い放った。
座敷わらしの顔はあからさまに狼狽した。『ぎくぅ!?』である。
「……はぁ?」
生まれた頃より正真正銘の女の子である真理亜としては……どうでも良い事だった。
「いや、気のない返事をするのも分からないでもないよ? でもね! ボクは女装してるのに、こいつは女の子に化けたんだよ! ボクが無理矢理女装させられたっていうのに! そこは同じ苦しみを味わうのが友達ってもんだよね! 女の子に化けて女装するのは女装じゃないんだ! それは普通! ノーマル! 当たり前! 男の子が女装するから男の娘なんだよ! この野郎……この野郎っ! ボクを元にして女の子になるとは何事だぁ! お前の血は何型だー!」
……何型なのかしら?
そんな事を思った真理亜である。
夏色ガールが逃げ惑う座敷わらしを捕まえ、お尻ペンペンするのを見ながら彼女は畳にそっと腰を下ろして休むのであった。
釈明というか言い訳タイム。
作品を作ってる時は基本的に『真面目』に書いてます。本当です。本当なんです。次話が、すごいことになるけど真面目に書いてたんです。
……本当ですよ?