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五話 夏色ガールと座敷わらし。

 この物語は女装を推している訳ではありません。か、勘違いしないでよね! ふんっ!



 

「あわわわわ」


「まーちゃん慌てすぎー」


「あわわわわ……あわわわわわ」


 ボインの女神。まさに泡を喰らう事態となった。



 学園祭初日。開幕してすぐに現れた金髪美少女に慌てふためく女神の姿。


 クラスメイト達は思ったという。


『きっと類友だー』


 いや、うん…………うん。否定したいなぁ。



「な、なな、なんでぇ!?」


 テンパる大正ボイン真理亜は厨房から飛び出して夏色美少女に掴み掛かった。その白くてつるつるなノースリーブの肩をぐわしである。


「なんでもなにも……呼ばれたし?」


 すさまじい形相の女神に肩を掴まれている少女は……そんなことなど露も気にせず笑顔で答えていた。まるでイタズラが成功した悪ガキのような笑顔である。


「だっ! だってその格好……」


「お洒落した! あ、もう一人居るんだけど……あれね」


 あれ?


 矢鱈とテンパる女神と違い、冷静な夏色美少女は教室の入り口を指差した。チラリと見える脇の下がエロい。


「「ひぃ!?」」


 つられて見てしまった女中さんたちから悲鳴が上がる。男子は夏色美少女の脇の下に夢中だ。


 半開きの教室のドア。そこから中を覗くようにして女の子の顔が半分だけ見えていた。


 無表情。黒髪。黒目。ジト目。でも美しい。見入られる。そんな瞳の美少女である。


 間違いなく恨み節。そんな視線を向けてくる黒髪ロングな女の子がそこに居たのである。


 じーっと。


 顔半分が、じーっとね。


 その様子に真理亜はピンと来た。私の属性に良く似てる……あっちか!


「もしかしてあっちが……」


「うん。鬼」


「…………は?」


 真理亜は固まった。ピンと来たのは大外れだったようだ。


「一応ボク……ボクでいいよね。ボクがヤン。あっちがインだよ」


 ああ、インとヤン。陰と陽なのね。困惑しながらも真理亜の脳内の一部はまだ冷静だ。


「呼び方は『やっちゃん』『いっちゃん』で良いよー」


「……うん」


 真理亜は深呼吸して落ち着こうとした。なんかすごく良い匂いがする。柑橘系の香水だ。


 え、マジで? 私もまだ人前で香水なんて付けたことないのに?


 愕然とする真理亜と、笑顔の眩しい夏色美少女である。


 真理亜の目の前にいる『夏色美少女洋風ガール柑橘系』は実は男である。それもホモでハゲで婆専で足裏フェチという、すごい性癖の持ち主だ。


 河童を堕とし、狸も堕とす。鬼婆も堕とし、妖刀だって堕とした。付いた渾名は絶対無敵のペッペッチーン。


 それが……それが……。


「まーちゃん……指が肉に食い込んでるんですけど?」


「……化けすぎでは?」


 女神は恨みのこもった視線を夏色洋風美少女柑橘系に向けていた。


 これはずるい。これはやりすぎ。写真で送られたものよりも完成度が桁違いである。


 ともすれば……ともすれば自分よりも可愛いかもしれない。


 真理亜は思ってしまったのだ。


『なにこの可愛い外人さん』と。


 今まで築き上げてきた女としての矜持を真っ向から叩きのめされたのである。女装したペッペッチーンに。


 ボインの女神。清楚系美少女ボインの真理亜をして……目の前の美少女は『うわー。陽キャ美少女だー。眩しっ!』と思わせてきたのである。


 女として……。


 女として絶対に黙っていられない。


 そんな衝動に突き動かされたボインである。


 しかしそんなボインの心とは裏腹に夏色美少女の内情は悲惨なものだった。


「……ボクは被害者なんです」


 夏色美少女の声は震えていた。顔が笑ったままなので合成画像にも見える。


「……犯人はお姉さん達ですか」


「うん」


 夏色美少女は笑顔のまま目のハイライトが消えていた。


 虚無。いや、穴である。黒く、ただひたすらに深い穴。それが夏色洋風美少女の青い瞳に見えていた。


 彼はオモチャにされたのだ。廃女メイド部隊の『キキーモラちゃんズ』に。自分の妻達に。


 彼の無駄毛は尽く処理され、眉毛は脱色された。染めたのではない。色を抜いたのだ。頭には接着剤で金髪ロングなズラを固定。一週間は多分取れない。夏色洋風美少女柑橘系の魅惑の脇の下もメイド達の手によってつるつるにされたのだ。


 人造洋風男の娘『ヤン』


 キキーモラちゃんズ自慢の逸品である。


 逸品すぎてキキーモラちゃんズも打ちのめされた。妖刀マンゴスチンも同様で現在鈴木宅はお通夜状態である。


 自分よりも可愛くなった夫……男の子に女達は自分の存在意義を揺さぶられたのである。


『可愛い上に家事も出来る! まさに完璧な存在だわ! 顔が普通だとこんなにも自由に出来るのね! これならどんな美女にも勝て……あれ? 私達にも……ワタシタチ……ワタワタワタ……』


 深淵に触れてはならない。何故なら深淵に引きずり込まれるから。


 人は何度同じ過ちを犯せば学習するのだろう。


 笑いながらも泣いているような夏色洋風美少女柑橘系は、一体どれだけのカルマを見てきたのだろう。


 短パンからにょきりと生えてる生足に無駄毛は一本も存在しないのだ。なんなら短パンの中も綺麗につるつるである。


 そんなつるつる金髪美少女がボインの女神に肩を掴まれている。ぐわしとな。


 クラスメイト達も『二人はどんな関係?』と思案顔である。


「あっちのインはほぼセルフプロデュースだから優しくしなくて大丈夫。とりあえず手は振ったげて」


「……うん」


 未だ青い瞳に深い穴を見せる金髪美少女であるが、その言葉に従い、真理亜はおずおずと片手を振ってみた。少女の肩に食い込んでいた右手を持ち上げフリフリとである。ボインの女神が大正ロマンでボインボイン。手を振るだけでボインボインはボインボインである。


「……!?」


 黒髪ロングの美少女は驚きの顔を見せ……ドアから消えた。顔が引っ込んだのである。何故か終始無言。そして十秒後、真理亜のみならず女中さんと男子達も『……あれ?』と心配になり始めた頃、少女は、ドアの陰からちょこんと姿を現した。


 座敷わらし。


 一言で表現するとそうなるだろうか。茶色の落ち着いた柄の和服に身を包んだ黒髪ロングの黒目な美少女である。小柄なので座敷わらし感が半端ない。顔は何故か無表情。そして上目使いに『じー』っと見つめてくるのだ。


『じー』っと。

 

「なんか喋るのは恥ずかしいんだって」


「……反則ですよぉぉぉ」


「いたたたた!」


 真理亜は左手に力を入れながら普通に思ったという。


『なにこの可愛い生き物は!』と。


 中身は『鬼』なのだが、皮はハゲである。こうして人間は騙されるのだ。


 

 ◇



 甘味処『スイートハート』


 ここは真理亜のクラスであり、和菓子を出す喫茶店である。大正レトロな女中さん達が接客をしてくれるという和風メイドカフェだろうか。


 机にテーブルクロスを敷き、真っ白なテーブルとなったそこに和菓子とお茶が並んでいた。和菓子は教室に拵えた厨房で手作りという本格派。お茶は湯のみで玄米茶である。


 男子は基本的に裏方でジャージメンとなるが……まぁどうでもいいか。


 この店の最初の客は『とにかく明るい夏色洋風美少女柑橘系』と『無言なる座敷わらし』という極端なものになった。


 共にペッペッチーンであるが、真理亜以外にそれが分かるものはいない。


 店舗となっている教室は不思議な空気に包まれていた。


 普通に可愛い二人である。女中さんも男子達も『この二人は女神様とどんな関係?』と興味津々である。座敷わらしと夏色ガールの顔が全く同じものであるとは誰も気付かない。

 

 すぐそばで給仕をする真理亜も『反則ですぅぅぅ!』と歯ぎしりするほどに、二人の美少女は美少女なのだ。


「まーちゃんは大正モダンのハイカラガールなんだねー。ボクもそれならどれだけ楽だったかっ!」


 夏色ガールは小声ながら胃の腑から絞り出すような魂の叫びを上げた。聞こえるのは側にいる大正ボインと座敷わらしのみという小さな慟哭である。


 常に無表情だった座敷わらしがニヤリと笑う。一瞬であったが、真理亜と夏色ガールは見逃さなかった。

 

 鬼は女装することが不可避になった時点で自ら『座敷わらし』に変化したのだ。卑怯にして姑息な鬼である。

 

 ハゲの中作君がメイド達にオモチャにされるのを『じー』っと見つめていた本当に酷い鬼でもある。


 巨漢のまま女装させるのが楽しみであった妖刀マンゴスチンにローキックを食らいながらも、『俺は決して降らぬ! 降らぬぞぉぉぉ!』と決して座敷わらしの変化を解かなかったというある意味根性の座った鬼なのだ。


 そんな鬼が化けているからか、座敷わらしからは邪悪な気配が何となく漂っていた。まさに『陰』である。


 陽の『夏色洋風美少女柑橘系やっちゃん』とはまさに属性の異なる存在感である。


 やっちゃんも陽気の奥の方に隠しきれない狂気を感じるが……まぁどうでもいいか。


 そんな問題児である『やっちゃん』と『いっちゃん』が自分のクラスに遊びに来た。


 真理亜としてはこんな朝早くにペッペッチーンが学園祭に来るとは思っていなかったのだ。まだ9時である。本当に朝イチである。両親とヤカン、スリッパが来るのは11時くらい。


 どうしよう。今すぐこの二人と学園祭巡りするのも楽しそう。


 でも私には、お仕事が……。


 そんな風に考えてしまう真面目な真理亜である。


 座敷わらしが『じー』っとボインを眺めながら和菓子をもぐもぐしていることにも気付かない真面目な女の子である。


 夏色美少女がそれを見て玄米茶を啜る。すでに諦めているのだ。なんせ中身は『鬼』である。匂いを嗅ぐのと崇めるのはオッケーとのことなのでガン見もありなのだろう。


 夏色美少女も朝イチで学園祭に突撃するつもりはなかった。全ては座敷わらし……『鬼』のせいである。この日は夜更けの三時からテンションあげあげだった『鬼』である。


 なんなら昨夜からずっと祭りモードであった『鬼』である。パンツ一丁でポージングする変態の姿が鈴木家の地下室で目撃されたとか封印されてたとかなんとか。


 夏色美少女も『ほぼ全裸マッチョメン』をなんとか抑えてこの時間、このタイミングであったのだ。


 じー。


 当の問題児である座敷わらしは一言も発せずに和菓子をもりもり食べてるけども。


「ボクらはこのあと適当に学園祭を回るけど……イン、なにしてんの?」


 首を振って『イヤイヤ』する座敷わらし。その可愛らしさに女中さん達は黄色い声を上げる。勿論男子も同様だ。


 無言で駄々をこねる座敷わらしをぶん殴りたくなった夏色ガール。多分彼女は悪くない。座敷わらしの中身は変態なのだ。間違いなくド変態。ホモハゲ婆専足裏フェチの皮を被ったボインフェチである。


 よって可愛らしく首を振っているのは百パーセントの演技となる。


 変化の得意な妖怪、不得意な妖怪の大きな差。それは『羞恥心を飲み込めるかどうか』に掛かってくる。それによって変化を使いこなせるかが決まるのだ。


 恥ずかしい。そんな感情を飲み込めるもの。それが変化の真なる使い手となる。演技力よりもまずはそこなのだ。


 座敷わらしの中身は『大江山で山賊おやぶんをしていた鬼』である。そしてフォーマルな姿が『パンツ一丁』という変態種族の鬼である。


 演技力はへっぽこでも、その変化の使い方は、こなれていた。


 女神のボインが見事に騙されてるくらいには。


「……仕方ありませんね」


 女神の顔は緩んでいた。仕方ないと言いつつも『イヤイヤ』していた座敷わらしを責める気配は皆無である。女中さん達も同様に笑顔である。


「まーちゃん。騙されてるよぉぉ」


 そうなると思っていた夏色ガールは天を仰いだ。


 座敷わらしは下を向きニヤリと嗤っていたという。


 

 まぁ、あれだ。続きが気になるだろうけど次話に続く。



 この物語は……何を推しているのでしょうか? うーん。


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