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三話 蠢動。


 本編導入部。つまりは……あれ? 本編じゃなくね?




 学園祭前日。真理亜は自室で悶えていた。一人で悶えていた。


 ぬいぐるみの山が部屋の半分を占拠する部屋でゴロゴロと悶えていた。可愛いパジャマ姿で。

 

 恋する乙女。安倍真理亜。


 彼女は学園祭の支度に追われていて『文通友達』からの手紙を一通見損ねていた。まさか二通送られていたとは気付かず、一通は、ぬいぐるみの山に埋もれていたのだ。


 それを今日この日、見つけてしまったのである。


『今回は京都みたいに大変なことにはならないといいよね。ごめん。既に手遅れペッペッチーン。鬼も一緒にペッペッチーンだから一応写真も同封しておきます。こんな格好で行きますので』


 真理亜は悶えていた。


 写真に映っている『ペッペッチーン』に真理亜の『乙女魂』が萌えているのだ。


 その写真には二人の『美少女』が二人並んで一緒に撮影されていた。一人は和風美少女で着物が似合いそうな……座敷わらし風美少女である。黒髪を伸ばしていて……わりとホラーテイストでもあるが、何故かジャージ姿である。それが静かに佇んでいる。真顔でジャージ。ジト目で普通にホラーだ。ミスマッチ感が半端ない。


 そしてもう一人は金髪でキャミソール姿の洋風美少女。こっちは陽キャ全開といった感じで笑顔である。そして短パンからにょきりと見えてる生足がとても眩しい。夏っぽいなぁと真理亜は思った。


 何故かアイドルポーズ……顔の前に変則ブイサインを置いて、更に『ぱちこーん!』とウィンクもしているという……真理亜には少し眩しすぎる女の子だ。


 それはまさしく陰と陽。


 全く違う印象を受けるが……仲良く立ち並ぶ二人の美少女の顔は全く同じである。



 ……ほわっつ!?


 化粧でここまで!?

 

 かつらと服でこんなにも化けるの!?


 やっぱりペッペッチーンなのね!


 ペッペッチーンよ!


 ペッペッチーン!


 ぐがっ!?


 ベットの脚に頭を強打した真理亜は別の意味でも悶絶した。悶えながら床でゴロゴロしているのでそれも当然と言える。


 頭を押さえて呻く美少女ボインの姿がぬいぐるみ部屋にあったという。


 それが学園祭前日の夜のことであった。


 心構えを作るには少し遅く、かといってもっと前に知っていれば学園祭の準備に身が入らなくなっていただろう。


 お椀妖怪『おっぱい』によるナイスなアシストである。


 彼は写真に映っている本人から、この『衝撃写真』の事を聞いていた。


 はっはっは。やっべー。こいつ、まだ本気じゃなかったのかよー。はっはっはー。


 お椀妖怪はマジで悩んで手紙を隠した。見つかれば仕方無い。でも見つからない方が良いだろう。色々と。


 主を謀るのは心苦しいが、こうなるのが見えていたお椀である。


 間違いなく主は『ペッペッチーン』に惚れている。それは『男の子』ではなく『ペッペッチーン』に惚れてるようにお椀には思えた。


 だから『ペッペッチーン』ってなんなのさー!


 そんな悩みを抱えるお椀である。ぬいぐるみの山に手紙を咄嗟に隠した彼を責めるものは……多分居ないだろう。


 主の痛々しい姿をドアの隙間からそっと眺めるお椀である。


 ……今日も良い乳をありがとう。


 ドアを閉め、ドア越しに五体投地で感謝を捧げるお椀であった。



 かくして祭りの準備は整った。整ってしまったのだ。表の祭りも、そして『裏』の祭りも。


 ペッペッチーンの写真を手に取りながらベットに横になる安倍真理亜。笑顔である。実に良い笑顔で彼女は写真を見続けている。


 しかし……彼女にしては珍しく勘が働いていないといえる。常ならば既に気付いていただろう。


 だがそれも仕方無い事。彼女もピッチピチというか、むっちむちな女子校生である。青春に生きるのも決して悪いことではない。


 悪いのは……そう、全ては『ゆりたん』が悪いのだ。我らは悪くない。うん。悪くないぞ。だって脅されてるし。


 ……マリィ、強くなれ。それが『安倍晴明を継ぐ』という事なのだ。


 ……という感じにしたら許してもらえるだろうか。


 うーむ。



 

 ◇



 夜が明けた。


 今日は真理亜の通う学校で学園祭が執り行われる日だ。本日は初日……招待した人だけが楽しめるプレ学園祭的な日である。


 二日目は一般にも解放されるので初日は『予行練習』のような立ち位置になる。


 ここで色々と問題点を粗方出して二日目の本番に備える、そんな役割を持つのが初日となるのだ。


 一番危険で刺激的なのも初日の特徴か。二日目は一般に解放されるので大人しくなるし、三日目は生徒のみの学園祭になるので『まったりモード』になる。


 招待された人達は『モルモット』とも言えるが、この日こそが一番楽しいのもまた事実である。


 そんな学園祭初日である。


 真理亜は……寝坊した。


 今日が楽しみすぎて、ろくに寝れなかったのだ。


 子供である。いや、ペッペッチーンを楽しみにして眠れなかったので大人と言えるのか。


 朝御飯を急いで食べて、自慢の黒髪も寝起きのままのボサボサ状態のまま真理亜は学校へと向かっていった。


 そして安倍家の食卓には両親と妖怪達だけが残された。この日は土曜日。休日である。

 

「……くっくっく。祭りの始まりね」

 

 女は低い声で笑った。


「……ゆりたん。目の下に隈が……」


 娘が寝坊したように、実は母親も寝坊していた。今朝の朝食を用意したのは『こんきち』である。ゆりたんも若くないので不摂生がすぐに出るようになった。年である。


 娘は『ペッペッチーン』と会えるのを楽しみにして眠れなかった。


 母親は……『ペッペッチーン』に会えるのが楽しみで眠れなかった。


 同じようでいて、全然違う方向性。しかし起きた事象は同じである。これも『ペッペッチーン』の恐ろしさか。


「さぁ戦の準備を……じゅ……ぐー」


「寝たぞ、おい」


 ゆりたん、朝御飯を食べながらのまさかの寝落ちである。首が後ろにガクンといった。豪快である。


「このまま放置したら平和に終わらないかな」


 お椀が真理亜の食器の片付けをしながらぼそりと呟いた。


 今回の『祭り』に一切関わっていないお椀だから言えるのだろう。


 しかしそれはもう許されない。


 事は既に始まってしまったのだ。


 権蔵は何日も前からバンプアップに励み、その肉体は鋼のように仕上がっている。殺る気だ。今回は世間体を一切考えず本当に殺る気である。前回も間違いなく本気だったので、このあとのオチも大体同じだろう。


 今はコーヒーを飲みながら新聞紙を見ている権蔵であるが齢四十にして一回り体が大きくなっている白髪男である。四十なのに。


 それでも『ペッペッチーン』には届かない。どれだけ鍛練を積んでも『あれ』との間には隔絶した溝がある。溝というかクレバスが。


 相手はあの『曇天』すらも降した相手。本気の『曇天』ならば『ペッペッチーン』も一撃で殺れるだろう。しかしそれは大概の生物も同様である。


 それはつまり鯨も同じ。


 今の権蔵は気付いているのだろうか。


 今日自分が立ち向かおうとする相手が『鯨』と同じカテゴリーにあることを。


 それでも『父親』として権蔵は退くわけにいかないだろう。お椀はそんな権蔵を見てこう思うのだ。


『負け戦おつー』


 今回は本当に傍観者であるお椀は気楽であった。当事者として『ペッペッチーン』に関わらない事のなんと気楽な事なのか。


 彼はご機嫌で鼻唄を歌いながら食器を洗う。小さい手でごしごしと。


 今回、奴は本気を見せてきた。いや、前回も多分本気だったので今回も絶対大変なことになるだろう。でも今回は知らないもーん。ふふーん。


 小憎らしいほどに、お椀はご機嫌であった。


「……ぬえりん。今からでも参加してよ」


「やだ」


 スリッパが懇願するも、なしの礫である。


 お椀の忠告を無視した事が今回の事態を引き起こしたのだ。お椀が怒るのも無理はない。


 今日の学園祭に奴は来る。そして『安倍家アンポンタンズ』が先日の詫びを入れることになっている。表向きは。


 しかし本当は……。


「たいちょー! 我らのしゅつげきは、いつになりましゅかー?」


「……ゆりたんが起きてからであるな」


「りょうかいでありますー!」


 真理亜が去ったリビングには大量のぬいぐるみ達が所狭しと犇めいていた。


 今回の詫び。


 いや、詫びではない。


 今日行われるのは……。



『復讐』である。


『リベンジ』である。


『逆恨み』でもある。



 それは『安倍晴明を継いだ者』の誇りと矜持と負け惜しみが混ざった『報復戦争』なのだ。


 妖怪達が憑依したぬいぐるみ666体。それを率いる『安倍悠里』の『学園祭を利用した妖怪テロ』が今日、行われる。


 場所は勿論娘の学校。学園祭をぶち壊しである。


 彼女の目的はただひとつ。



『ハゲに復讐を。そのハゲ頭をボッコボコにしてやんよ!』



 ただそれだけの為に娘の学園祭を乗っ取りぶち壊す。あのハゲを倒すためだけに。


 これが『安倍の名を継ぐ』ということ。


 これが『安倍悠里』という存在なのだ。


 揃えた戦力は666体の妖怪達。見た目こそファンシーなぬいぐるみであるが、そのどれもが一線級の猛者達である。


 ぶっちゃけ戦争だ。本当に戦争だ。それだけの戦力なのだ。


 だがしかし……それでもきっと、届かない。


 我らが立ち向かう相手は『魔王城のパパ』にして『鬼婆のハズバンド』である。実は『河童キラー』でもあるし『妖異殺し殺し』とも言える。


 此度の戦で『ぬいぐるみ隊』を率いる隊長……ヤカン隊長は戦の前からこう思っていたという。


 ……負け戦おつー。



「お祭りたのしみだねー」


「ねー」


 ぬいぐるみ達も来る戦を前に血気盛んである。いずれも小型のぬいぐるみであるが、数だけは揃っている。数だけは。


「クレープたべるのー」


「お小遣いは五百円までー」


「せちがらいの……」


「ハゲにアタックでボーナスなのでしゅー!」


「がんばるのー!」


 数多のぬいぐるみ達が無邪気に部屋を飛び跳ねる。リビングがメルヘン一色に染まった。和風妖異物語がファンタジーに早変わり。


 ……血気盛んでよろしいと思います。今回の作戦で権蔵の夏のボーナスは吹き飛んだ。黙って三十万が飛んだのだ。数が数なので。


 本気である。


 この夫婦は本気で仕掛けている。


 これが代々の『安倍の後継者』の恐ろしい所だ。


 己の誇り、信念の為ならば、どんな犠牲も厭わない。たとえ被害を被るのが肉親であっても『安倍の後継者』は止まらない。


 ゆりたんも幼き頃に自分の親と『ガチンコバトル』を繰り広げてきた過去がある。というか代々『安倍家』でやってる通過儀礼でもある。なんだこの一族。


 今でこそ落ち着いたゆりたんも、親とぶつかりあって大人になったのだ。こんなことを仕出かすゆりたんであるが、これでも『落ち着いた』のだ。昔に比べれば遥かに。



 歴史は繰り返す。


 何度でも……何度でも。



 今度は『真理亜』の番なのだろう。彼女もまた『安倍の名を継ぐ資格を持つもの』になる。


 というか『安倍家』に生まれて不適合だった者は今のところいない。なんだこの一族。


 あまりにも初代の血が濃すぎる。これに『ペッペッチーン』までもが追加されたら……。



 世界が絶対に黙っていない。



 ヤカンの危惧は果たして過大評価であろうか。いや、そんなことはあるまい。


 ゆりたんがお婆ちゃん。権蔵はお爺ちゃん。母親が真理亜で父親が『ペッペッチーン』だ。


 そして目の前に広がるファンシーでファンタジーな光景。ぬいぐるみ達が部屋を三次元乱舞して壁に衝突。床に落ちるも、その上に更に他のぬいぐるみがオン。悲鳴が『むぎゅー』。


 家の中は尋常ではないレベルでケイオスである。真理亜が生まれた時も大体こんな感じだった。


 こんな中で真理亜は育った。立派に育ったのは奇跡である。権蔵の血で『安倍家』の血は間違いなく薄まった、そう思っていたのだ。


 当人が選んだ人であれば、安倍家当主の伴侶は『誰でも良い』と安倍家の式達は思っている。それは歴代の当主の自由であるからだ。


 ゆりたんが『陰陽師』である権蔵を選んだときは『マジでー?』と安倍家の式達は思ったが、彼女はきっちりと洗脳して権蔵をまともな男に作り替えた。


 これぞ『安倍を継ぐもの』と納得というかドン引きしたのも、わりと最近の記憶である。


「ぐがっ……ぷしー」


 奇妙な寝息を立てるゆりたんは分かっているのだろうか。


「ほりゃ! そりゃ!」


「ほにゅ! ほにゅにゅ!」


 洗い物を終え、熊のぬいぐるみと組手をして遊んでいるお椀も分かっているのだろうか。


 このままでは『超ハイブリッドなベイビー』が誕生してしまう可能性があることを。そしてその子の異母兄弟は『魔王城』になるのだ。


 あの『魔王城』の兄弟である。いや、姉妹になる可能性もあるのか? というか、あの『目玉達』の弟妹になるのだぞ?


 ……絶対にまともな人ではいられまい。


 これを看過するわけにいかぬ。代々守り継いできた『安倍家』を『ペッペッチーン家』にするわけにはいかぬのだ。


 ヤカン隊長は一人闘志を燃やす。


 ぬいぐるみにコブラツイストを掛けているお椀が『だから考えすぎだっつーの』と彼を冷めた目で見ている事に気付く事もなく。


 かくして物語は動き出す。


 ゆりたんが覚醒してからになるが……『百鬼夜行』の始まりである。



 今更だけど作品のタイトルが酷いわー。

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