16 エピローグ ある穏やかな大晦日
最終話です。
「おばあちゃん、おばあちゃん。ねえねえ、あの犬さんおっきい」
「わあ、本当だね。大きいねえ」
「ちょっと遊んでくる」
「えっ、大丈夫なの」
「大丈夫大丈夫ぅ」
「ちょっと、修司さん、一緒に行ってきて」
「ああ、おーいちょっと待って礼音くーん」
孫は元気だ。散歩中の犬を見るとすぐに近寄っていく。道路に飛び出すようなことはしないが、気軽に撫でたり抱きついたりするので噛まれないか心配になる。
今日は大晦日。関西は比較的暖かい日差しだけれど、関東は大雪だそうだ。
こんな寒い日に、暖房も碌に入らず扉も開けっ放しの大きな会場で五時間以上も本を売るなんて、酔狂だとしか言いようがない。おまけに年末だというのに幼子を親に任せて、二人だけで東京に遊びにいくというのはどうかと思う。
まあ「仲良きことは美しき哉」なのかもしれないけれど。
私には未だに、娘夫婦のあの趣味がよく分からない。
でも、晃さんには本当に感謝している。三男だからといって、婿養子に来てくれるとは思わなかった。修司さんも別に家名に執着していた訳じゃないのに、そうなったらなったで嬉しそうだ。まるで自分の実の息子のように接している。
孫に至ってはデレデレだ。……本当に優しい人だと思う。私には過ぎた人だ。
私は大事な人を二人も失った。最初の夫と、再婚相手との間に産んだ息子を。
本当に苦しかった。詩音を失った時は、今すぐ殺してくれ、詩音と同じ棺の中に入れてくれと狂気の中で思った。
でも、歌奏美が過労で倒れた時、まだ私には愛する人がいると改めて知った。
私は、歌奏美に辛く当たってきたと思う。タイミングが悪かったのだ。あの子が小さい頃、最初の夫の病状は悪くなる一方で、あの優しかった人が感情や恐怖を露わにして怯え叫び、暴言を吐き、家の中はぐちゃぐちゃだった。
再婚してからは、生まれた息子にかかりっきりで、甘やかしてやれなかった。
あの子は否定するけど、そういう私の態度があの子を傷つけていたと思う。
ずっと辛い恋をしていたんじゃないか、と思う。だって〝良い人はいないの?〟と訊いても、寂しい笑いを返すばかりだったから。
そんなあの子を、晃さんは物凄く愛してくれている。
本当なら夫婦で気楽に暮らしたかっただろうに、「部屋余ってるんでしょ。一緒に住みますよ」と言ってくれて、娘夫婦はうちの二階の三部屋に住んでいる。
詩音の部屋を寝室にして。
部屋一面に飾ってあったタペストリーの大半は片付けられたけど、一、二枚はローテーションで飾り替えているらしい。フィギュア?とかいうのは全部片付けたけど、礼音くんに壊されると困るから片付けただけで、捨てる気は無いらしい。
最初の夫が書斎として使ってた部屋……、物置は整理されて二人の書斎として使われている。古いステレオは修理されて、時々部屋からあの人が持っていた変なレコードやCDが聴こえる。……アニメの歌がかかることも多いけど。
大きな本棚には小説、漫画、ビデオのディスク、それから薄い冊子が並び……、熾烈な陣地争いが繰り広げられているらしいけど、最後は晃さんが折れるらしい。
歌奏美が使っていた部屋は空っぽでそのうち礼音くんが使うことになるのだろう。
最初の夫は家のローンを残したまま死んでしまった。でも団体信用生命保険のおかげで家は残り、友人だった修司さんと再婚した後は、収入の面で苦労せず済んだ。
詩音は恋もしないまま死んでしまった。でもあの子の趣味のつながりで、歌奏美と晃さんは出会い、私達と一緒に暮らしている。孫だっているのだ。
愛する人を二人も失い、抉り取られた私の心の深い傷痕は決して塞がらない。
でも、二人の残してくれたものが、今では私の心を温めてくれている。
だから今、私は幸せだ。死んでしまった人、生きて私を愛してくれている人、みんなに感謝している。
……ああ、それにしても。最近気になることがあるの。
礼音くんが生まれてから、歌奏美と晃さんが夜、礼音くんが寝た後に、歌奏美の部屋で〝する〟ようになったのよね……。あの部屋、階段から近いのとドアが薄いせいか、歌奏美の〝あの声〟が結構一階まで漏れてくるのよね……。
詩音の部屋はね、軽く防音処理を施してあったから、気にならなかったのよ。
いや私は気にならないんだけど、修二さんはちょっと困っているみたいなの。あれ何とかならないかしら。それも週二回も……。二人がコミケから帰ってくる前に、防音処理でもしておこうかしら……。
(終)
お楽しみいただけたでしょうか。
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