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15 わたしたちの戦いはこれからよ! 合体!

 ということで。何とか無事、AKさんとお付き合いすることになりました。

 どんどんぱふぱふー。

 しかし額にキスって……、絶対に本契約じゃないよね。クリスマスを前にして未だ仮契約のままなんだよ。

 でもまあ? よく分からないけど? 十二月二十四日・土曜日のクリスマスイヴ、滋賀県湖西・長浜の高級ホテルを予約したんだよキャー。

 いやー、最初に恐る恐る提示されたホテルが、桑原さんと泊まったことある大津のホテルだったのよ。それとなーく回避するのに冷や汗かいた……。

 でも良いホテル予約できて良かったわ土曜のイヴでバカ高いけど!

 それでも本契約に辿り着くか分かんないけどね。

 だって、……恐ろしく大事にされてる。

 よく考えたら、彼は最初から優しかった。紺色のワンピース、「アリサコスなのか」って訊いてきた時も、ゲーム派は論破しろって暴言吐いた時も、緊張してたわたしがすぐ場に馴染めるように彼なりに気を使ったのだろう。

 印刷会社のマイページは問題なく「現在印刷中」の表示に変わった。わたしはなんとなく気が抜けたみたいになって、他のコンテンツを漁った。青ブタ=『青春ブタ野郎はバニーガール先輩の夢を見ない』シリーズ既刊七巻までとかはすぐ読めた。

「歌奏美さん、読むの早いな」と驚かれた。

 彼は……、クリスマスを前にして何だか忙しそうだ。わたしの部屋に来ると、申し訳なさそうな顔をしてパソコンを開けてうんうん唸ってる。だからわたしの読書も捗っちゃうんだけど、もう意識高い系のお兄さんの演技は必要ないんだけどなー。

 そんな日々を過ごすうちに、クリスマスイヴになりました。

 朝早く京都駅で待ち合わせて、琵琶湖線に乗り、彦根で乗り換えて、近江鉄道で豊郷に行く。手を繋いで少し歩くと、豊郷小学校旧校舎があった。

「ここって、解体されずに残ってたんだね」

 ここは本物のヴォーリズ設計の建築だ。歴史的価値が高い。

「二〇〇一年に当時の町長が解体を宣言するも住民が猛反発をして裁判になって、二〇〇六年に町長側が敗訴。保存が確定したんだけど、町立図書館としてリニューアルした二〇〇九年、京都アニメーションが製作したアニメ『けいおん!』の舞台になったんだ。それからここは七年経った今も『けいおん!』の聖地なんだよ」

 アニメの設定では主人公達は京都市左京区の叡山電鉄に乗り修学院で降りて、ここの校舎に通っているらしい。そんなこと全く知らなかった。

 なんだか荒唐無稽な設定だけど、ここは本当に美しい建物だ。

 三階会議室は軽音部の部室のモデル。まるで主人公達が今までお茶していたかのように、茶器とケーキのロウ見本が飾られてる。可愛い。北側の旧図書館棟はカフェになっていて、ファンが持ち込んだグッズが綺麗に並べられている。天井が高くて素敵なカフェになっていてほっこりする。朝食代わりに食べたたい焼きが美味しい。

 昔のわたしなら、ここに来てどう感じただろうか。気持ち悪いって思っただろうか。

 今は本当に可愛いとしか思えない。一人一人のファンの気持ちが愛おしいとしか思えない。聖地巡りって、こんなに楽しいものなのか。何時か二人で、藤沢駅から江ノ島電鉄に乗って『青ブタ』の聖地巡りしたいと思った。

 なんかちょっと泣きそうになりながら旧校舎を後にして、AKさんと手を繋いで歩いた。旧家の記念館を覗きながら、ぶらぶら歩く。天気は曇りがちで正直少し寒い。

 でもAKさんの手はとても温かい。今まで付き合ってきた男達に、こんなふうに優しく手を握られた記憶はなかった。そう言えば今まで付き合った男は訳ありの男ばかりだったから、デートの時あまり手を繋いでくれた記憶がない。あったとしても、空の下でこんなに長い距離を彼氏と手を繋いで歩いたことはなかった。

 線路を越え少し歩くと古い酒蔵が見えた。百六十年続いてる古い酒蔵だそうだ。驚いたことにAKさんが見学を予約してくれていた。

「クリスマスに日本酒の酒蔵見学も色気がないかもしれないが」

「ううん。凄く楽しかった。ありがとう」

 見終わってから少し試飲して部屋飲み用に一番高い青色の四号瓶の日本酒を買う。

 そして近江鉄道に乗り彦根でJRに乗り換え長浜で降りる。駅ロッカーに荷物を入れ、東口を出ると雪を被った伊吹山が雄大に見えた。

 わたしが原稿に四苦八苦している間に季節は変わっていた。

『Snow Melody』の季節だ……。

 さて、美味しい蕎麦屋があるというので黒壁スクエア方面へ……。えっ、ここ何?

「何って、海洋堂フィギュアミュージアム黒壁だけど、何か?」

 やっぱりオタクはオタクだった。AKさんの目がめっちゃキラキラしている。

 わたしはため息を吐きつつやれやれするけれど、彼の手を離さない。

 うおー、とか、すげー、とか吠えている恋人の横顔を見てるだけで楽しい。

「このエヴァンゲリオンのシリーズ凄い出来栄え。かなり欲しい」

「どれが欲しいの?」

「この初号機がサキエルを痛めつけてるのが良いな」

「はいはい。お姉さんが買ってあげるよ。クリスマスプレゼントに」

「いや、遠慮しとくわ」

「なんで? 良いじゃん。四千円くらいなら買ってあげるよ」

「一つ買うと全種欲しくなるし、見てるだけで良い。海洋堂には申し訳ないけど」

「そうなの?」

「フィギュアは手を出すとヤバイことになりそうで、一つも持ってないんだ」

「へー、AKさんの部屋も、詩音の部屋みたいに、タペストリー、ポスター、クリアファイル、抱き枕カヴァーが飾ってあって、フィギュアが並んでるんだと思ってた」

「タペストリーはあるけど、抱き枕カヴァーはないな」

「本当に〜?」

「一度見に来るか?」

「……そのうち」

「そうだな。近いうちにな」

 それから黒壁スクエアのガラス館に入ったり、蕎麦屋で焼き鯖そうめんを食べたり、芋きんつばを食べたり、大通寺や曳山博物館に行ったりしてるうちに陽が落ちる。

「結構時間かかったな」

「駅ロッカーの荷物は後でピックアップすることにして、このまま行かない?」

「そうだな。でも本当に良かったのか、ホテルのクリスマスディナーでなくて」

「くどい。長浜まで来たなら絶対にあそこに行かないと」

 ということで夕食は「長浜浪漫ビール」いわゆる地ビールのビアホールである。

「乾杯する前に一言言っておくが、ミサトさんするなよ?」

「えー好きなくせにー。やってあげようと思ったのにー」

「今日はキリスト様のことを思って神妙に飲みなさい」

「えーキリストの血は赤ワインだから、ビールは色合いから考えて……えっ?」

「えっ、じゃないわ。変な想像すんな。ビールは液体のパンつまりキリストの肉だぞ。

 四月の復活祭の前の断食期間に、パンの代わりとして修道院ビールが醸造されたんだからな」

「それは良かった。思わず黒ビールとは?って妄想広げそうになってた」

「広げんなっ。さあ、飲もうか」

「うん。じゃあー乾杯!」

 それからわたし達はドイツ料理と近江牛を食べつつ四種の地ビールを楽しんだのだが、わたしは途中からセーブ。だって……、その……。

 脱いだ時お腹ぽっちゃりだったら、恥ずかしいじゃない?


* * * * *


 それでも「勝ったな。ガハハ」と笑えるくらいは飲み放題を制覇して、わたし達は湖岸のホテルに移動する。

「ふぇぇぇ、天蓋付きのベッドだー」

「そ、そう、だな」

「エロいなー……」って言っちゃったよ。あー困った。

 わたし、初めての人としたことないんだよ。こんなに緊張してる男の人と、ホテルに入ったことなんかないんだよ。だから、どう甘えれば良いのか分かんない。

 だから、わたしはもう、過去のことを考えるのは止めようと思った。

 所在無げに佇んでいるAKさんの胸の中に入り込む。あとは任せた。

 やっぱり恐る恐るわたしの肩を抱いて、彼はわたしの顔を見つめ込む。

 わたしは目を閉じる。

 触れるか、触れないか……みたいな、優しいキスがわたしの左右の頬に落ちた。

 それから、唇に。

 震えてる、AKさんの唇。不器用な、真正面からのキス。

 だから、わたしは少し首を曲げる。くっついている面積が少し広がる。

 彼の広い背中に腕を回して、撫でてあげる。

 彼は唇を離した。わたしは目を開けて彼を見つめる。

「ねえ。わたしをちゃんと見て。そうすれば、わたしが今、どんなに幸せな恋に落ちているか、ちゃんと分かるから」

 だって、絶対今、目からハートの光線出てる。キラリン♡って。

「愛してる」

「うん、知ってるよ。もっとキスして」

 それからわたし達は長く深いキスを重ねた。

 …………。

 わたしが先にシャワーを使った。そして彼が出てくるのを待ってる間に、枕の下にあるものを隠す……。

「なんでこんな所にレーテさん作『Snow Melody』深雪凌辱本が置いてあるの?」

「晃くんは、薄い本の中の深雪と話していたんだよね?

 深雪を忘れる勇気を、深雪にもらったんだよね?

 わたしを抱く踏ん切りを、深雪に煽ってもらったんだよね。

 あなたは何時迄も、わたしのためにわたしを騙し続けるんだね。

 騙した。晃くんは騙した……。騙した……、騙した騙した騙したっ!」

「って、初めての本名呼びが騙したカケル六回の精神攻撃って殺す気かっ」

「えー、だってクリスマスのホテルといえば、これは定番のイベントでしょう?」

「んなことあってたまるか全世界の晴臣くんがトラウマになるわっ」

「びっくりした? ねえ、びっくりした?(ドヤッ)」

「はぁー、段々そのドヤ顔が可愛く見えてきたのが本当に困るよな」

「えっ」

「はいはい、本当にびっくりしてます。歌奏美さんの界隈への染まり具合とそのお茶目な可愛さに。自分がこんなに好きになる人ができるなんて、びっくりしてますよ」

 そう言って晃さんは天蓋付きの広いダブルベットに座るわたしの横に腰を落とす。

「ねえ、ちょっと聞いて良い? 結論的にアリサ派大勝利、ということで良いの?」

「いや、俺は深雪派を貫く」

「晃くんは騙し」

「照れ隠しでうるさい口は塞いだ方が良さそうだ」

 ……ということで、ガバッときて口塞がれました。微かに歯磨き粉の香りがします。

 上手いとか下手とか分かんないけど、……優しいです。

 だからとっても、甘いです。

 壊れ物を扱うみたいに優しくガウンを脱がされて、膝立ちでお姫様抱っこされてベッドの真ん中へ運ばれました。丁寧にぽすんと置かれて、好意と興味が溢れんばかりの眼差しで熱く見つめられて、物凄く時間をかけて愛撫されました。

 極上のキャンディーを勿体なさそうに少しずつ味わうように舐め続けられました。

 わたしはめちゃめちゃ濡れました。そしてびっくりしました。

 DSは(気持ち男子小学生の)DS(童貞卒業)でもLiteじゃなくてLLでした。

 以前からキツキツと称賛されてたわたしの中にゆっくりLLが入ってきて……。

 わたしは、わたしがあんなにはしたない声を出す女だと言うことを初めて知って、めちゃめちゃ狼狽えました。

 でもそれを直す間もなく続け様に悲鳴とかいうか嬌声を上げていました。

 彼はちょっと引いたかもしれません。でも、仕方ないじゃありませんか。

 だって今、心から全てを愛された女の喜びを初めて知ったのだから。


* * * * *


「それでは皆さん、ご唱和願います」

 黒いゴシックロリータのドレスに身を包んだレーテさんが言った。

「せーの」

「「「「「やーい、こいつ新刊落としよったぞぉぉぉー! ざまあ!」」」」」

 二〇一六年の大晦日。冬コミC91三日目の開会前。東京ビッグサイト、東地区5の辺り、ギャルゲーブロックのスノメロ島付近は不穏な空気に包まれてた。

 …………。

 初めての自分のスペースに行くと大きなダンボールがドンっと五箱置いてあった。

 A5版四二四ページ一〇〇冊、印刷費用約十五万円の物量は半端なかった。

 ダンボールを一つ開けて、新作を取り出す。最高の出来上がりだった。

「きゃー、可愛いー。めっちゃ可愛いーよ」

 思わず両手にとってキャーキャーと騒いだんだよ。

 カヴァーの発色もいいし、テキストも鮮やかに印字されている。

「良いできじゃないか。たくさん売れると良いな」

「うんっ」

「売れないと家に送るのも保管するのも大変だからな」

「いじわるっ。そういうこと言わないのっ」

 薄桃色の敷布を広げてスペースの机を覆う。四箱は足元に積み上げる。

 一箱から二十冊取り出して、敷き布の上に二列に並べる。

 ポップスタンドを組み立てて、用意してきたお品書きを吊るす。

 うーん……。可愛いけど……、デカい本だなー。

「いやー、重そうな鈍器だなー。これで殴られたら死ぬなー」

「うん、分かった。そのフラグ回収してあげる」

「すみません、なんでもありません」

「ところで、今気付いたんだけど、AKさんのスペース、納品は?」

「すみません、……ありません」

「えっ? ひょっとして……」

「『お前は最後に落とすと約束したな。……あれは嘘だ』」

「うわぁぁぁぁぁって、落ちたな。ガハハ」

 振り返ると荷物を抱えたモラベーさんとめんかたさんだった。

「いやー、新作を落として項垂れている幾多のサークル主を、あれ程苛烈にディスりにディスってきたAKさんその人が落とすとはねえ〜」

「何に目が眩んで落ちたのかしら〜。やっぱりその左手のペアリングかなー。

 うっわ眩し〜。眩しすぎて殺意覚えるな〜。あっ良い感じの鈍器が積み上がってる」

「いや鈍器じゃないから。というか、落としたの? わたしのせいだよね……」

「それは全く関係ない。今回は選んだテーマが悪かった。美晴ルートアフターのドタバタを書くと早くから宣言して殆ど完成してたんだよ。

 でも角打のおっさんが十一月に出たラノベ版『Snow Melody』の四巻の最後に、美晴ルートアフターのSSを付け足しやがっただろ」

 別の作家さんが書いてるやつだ。わたし買ったけどまだ読んでなかった。

「ネタが丸かぶりで八方塞がりになってしまってなー。全くあの野郎は本当に二次創作小説作家殺しだぜ。だから、気にしないでくれ」

「そうそう。リサねこ姉さんは悪くない。リア充は爆発しろ」

「歌奏美さん、新作きれいに出来上がりましたね。リア充許すまじ」

 …………。

 ということで冒頭に戻る。

「くっそぉぉぉぉぉ」

「わたしが悪いんです。AKさんは、わたしの作業を手伝ってくれて、だから……」

「めんかたさん、今何か聞こえましたか?」

「いやー、俺の耳には何も聞こえなかったよモラベーさん」

「然り然り。リア充の昼間の睦言など一切聞こえませぬな」

「いやあんた妻帯者で娘二人もいるガチのリア充じゃねーかうしがらさんっ」

「ああー? 新作落としたクズ野郎が何言ってんだよ。全くこのあたしがあんたの落ちた新作のために何時間かけて表紙絵描いてやったと思ってんの?」

「はいっ、それについては大変申し訳ありませんっ!」

 レーテさんマジ半端なく怖いです……。

「あたしはもう、あんたのサークルの仕事は受けないからね」

「えっ?」

「次の次の新作の表紙絵は、お隣の新人絵師さんに描いてもらいなよ」

「レーテさん……」

「全く、仕事だけじゃなくて、色々なもんを奪われてしまったわ」

 そう言って、レーテさんはウインクして見せた。

「ごめんなさい」

「謝んな。よく描けてるじゃない」

「ありがとうございます」

「しかし……、何なのそのペアリング?」

「プレゼントで指輪を渡そうとすると悲劇が襲うというのが『Snow Melody』の世界線のデフォではなかったのかのー、モラベーさんや?」

「AKさんのリサねこさんを束縛したいという独占欲の呪いが禍々しいですね」

「えっ、いや、あのこれは……」

 お互いに送りあったクリスマス・プレゼントだ。

 何が欲しいかと訊かれたので、今までステディリングなんぞというものをくれた男がいなかったから、憧れからこれを選んだのはわたしだ。

 だから重いのはわたしなのだ。

「あーそうだようるさいな。だってこれから何十人とフォロワーが来るんだぞ?

 金のやりとりの時に触られたりしたら嫌じゃないか。魔除けになるだろ?」

「ほほう〝俺の女に触んなよ〟ってか。いっぱしの台詞つくようになったじゃねーかこの童貞野郎っ……てもう違うか卒業おめでとうございます?」

「いやもう本当に勘弁してください、レーテさん」

「あのお取り込みの所すみません。準備会ですが見本誌の提出は終わりましたか?」

「あっ、すみません。これです」

 わたしは緊張しながら準備会スタッフさんに見本誌を渡した。

「拝見します。十八禁の描写はありませんか?」

「全年齢対象です。ラヴシーンは村上春樹さん程度です」

「分かりました。お預かりします。こちらのサークルさんは見本誌の提出は終わりましたか?」

「すみません。新刊を落としたので、今回は出品作がありません」

「運営さんすみません。AKさんのサークルは、お隣のリサねこさんの初出展作の編集協力に傾注されたことが理由で出展を断念された経緯があるようです。次回夏コミの抽選に当たっては、その点考慮していただけるとありがたいです」

 そう言ってモラベーさんは頭を下げた。

「本日男性向けの方で出展するレーテです。依頼を受けたあたしの表紙イラストは完成しています。その点も含めてAKさんの出展に対する意欲は強かったと思いますし、本人が一番無念な思いをしていると思いますので、ご考慮下さい」

 レーテさんも口添えしてくれた。

「わたしが初出展でこの量のテキストを書いてしまったので、慣れていらっしゃる出展者の協力がなければ絶対にわたしの方が落としてました。ですので……、えっとよろしくお願いします」

 わたしは頭を下げるしかなかった。

「お話は分かりました。準備会本部の方にはそのように伝えます。

 ただし一言よろしいですか?」

「はい……」

「そのペアリング、可愛いですね」

「えっ?」

「リア充は爆発しろ」

「ぎゃははははは。そうだそうだ。せーの」

「「「「「リア充は爆発しろっ!」」」」」

「あー笑った笑った。さて自分のスペースに戻るか。リサねこちゃん、また後で」

「はい、大忘年会で」

 レーテさんが細い指の右手をひらひらとさせて踵を返した。夏よりも明るい色の茶髪ツインテールがひらりと舞う。凛として気高い背中を見つめていても、本当のところは何も分からないし、語ってもくれない。

 だからわたしはその背中に頭を下げて〝きっと幸せにします〟と心の中で誓う。

「さて、そんな新作の並んでいないスペースに座ってても誰も喜ばないから、AKさんはリサねこさんのスペース側に近寄って売り子に徹したらどうですか?」

「そうそう。そうしてくれたら僕達ももう少しゆったりと座れるし。AKさん態度もデカいけど、図体もデカいから邪魔なんだよね」

 確かに色々デカいです。

「それに合体サークルみたいなもんですからねえ、実態的にも」

「「「「「そうそう。実態(肉体)的にも♡」」」」」

「おい誰だ今変なルビ振った奴!」

 ……なんだかなー。嬉し恥ずかしってこういう感じなのかなー。

「色々とおめでとうございます」と、うしがらさんが言った。

「ありがとうございます」

「何時も絡んで優しい言葉をかけてくれたリサねこさんが亡くなったと知った時は本当に動揺しました。さぞかしご両親もお辛かったと思います」

「はい」

「だから、リサねこ姉さんが弟さんの分も幸せになってくださいよ」

「はい、頑張ります。あの、うしがらさん、新刊交換してください」

「えっ、良いんですか。単価もボリュームも全然違うんですが」

「勿論! わたし、お隣さんと新刊交換するのが夢だったんです」

 ピンポンパンポン。と幸せなチャイムが鳴る。「お待たせしました。ただいまから、コミックマーケット、九十一、三日目を、開催します!」

 わたしの最初のコミケが始まった。きっとすぐに、角打先生が来られる。

 お話しするのがめっちゃ楽しみ。何か感想言ってもらえるかなー(鈍器以外で)。

 とりまわたし、なんだかやっと、自分の人生を自分の手の中に掴んだ気分だ。

 ありがとう、詩音。ありがとう、『Snow Melody』!。

次回16話(最終話)は、2024年12月24日19時に更新予定です。

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