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14/16

14 秘密は、これにて一つもなくなってしまいました

 リサねこ@冬コミ12/31土曜日……… 2016/12/3

〝フォロワーの皆様、今晩は。

 今日は皆様にお伝えしなければならないことがあります。

 このアカウントの本当の主、わたしの弟リサねこは今年六月八日に急死しました。

 七月四日のスノメロ関西勢交流会に参加したのは今ツイを書いているリサねこの姉です。皆様に嘘をつく形になってごめんなさい。〟

 @risa_neko

〝冬コミに出す予定の長いSSですが、途中まで弟が書いていたものです。

 わたし姉リサねこが今、空白部分を埋める作業をしています。

 何とか落とさずに出せそうです。

 分厚い本になってしまって、重いかもしれませんが、よろしければ当サークルのスペースまでお立ち寄りいただき、手に取ってください。〟

 @risa_neko

〝わたし姉リサねこは当分、このアカウントを使わせていただきます。

 弟リサねこの時と同様、今後ともご贔屓願います。〟


 十二月三日、漸く原稿の目処が立った。

 それを機会に、わたしは自分のスマホにTwitterアプリをダウンロードし、詩音の使っていたアカウント〝リサねこ @risa_neko〟を登録した。

 そして詩音が亡くなったことを伝えて、このアカウントで活動を継続することを正式に表明した。

「っていう事実がやっぱり重かったのかなあ。フォロワーが二十人くらい減った」

 土曜日のお昼過ぎ、当然のような顔をして、AKさんはわたしの部屋で昼ご飯を食べている。今日は彼が持参した分厚いベーコンの塊を使ってカルボナーラを作ってくれた。なかなか手際の良い料理の腕前でござった。

 AKさんの実家はお商売屋さんで、ご両親は忙しかったので、男三人の兄弟は全員、料理、掃除、洗濯は自分でやっていたそうだ。……なおかつ本人は三男坊。

 周囲の女どもは、こんな優良物件を何故放っておいたのか。

 やっぱ、純情一直線、猪突猛進の真面目さの故なんだろうなあ……。

「だとしても気にしなくて良い。自分が気に入ってるフォロワーさんだけ残ってくれたら良いと思うぞ」

「そうかなー」

「歌奏美さんは、今後もずっとrisa_neko垢だけでTwitterやっていくつもりか?」

「えっ。だって一人一つずつでしょ、垢って?」

「俺は垢三つ持ってるぞ。本垢はAK-89だけど、あとはプロ野球垢と自転車垢」

「えっ、そうなの」

「メールアドレス毎に垢作れるんだよ。だから、自分の持ってるアドレスで自分の垢を作って、自分の好きなように遊んでみたら良いと思うよ。

 それに、risa_neko垢はやっぱり詩音くんのものだろ? ……本来は運営に削除を依頼すべきものなんじゃないかなと思う」

「そうなんだろうね。でも、とりまrisa_neko垢だけでやってくよ」

「それなら余計にフォーロー・フォロバは慎重な方が良いかもな。エロサイトに誘導しようとする悪意ある垢とか、アンケート形式でパスワード吸い取って垢乗っ取る奴とか、色々危ない奴がいるから、そっちも対応は慎重にね。

 それから、夏コミでうちのスペースに来た奴とか、大納涼会に参加した奴の中で、あんたに個人的にアプローチしてくる奴はいなかったか?」

「……いた」

 ほんの数人だが、相互フォロワーから個人的なお付き合いを前提にLINE交換しませんかとDMが送られてきたのだ。

「LINEしてないので、と書いて送ったら、何故かそのまま終了したけど」

「そうか。今時LINEやって無い奴の方が少ないから、そう返したら断られたと思うだろうな。他の連絡先、執拗に訊かれなかったか?」

「一人だけメアド聞かれた。仕事用と携帯のしか持ってないので教えられませんと書いて送ったら終了した。えっと、どの人だったかな……、わ、ブロックされてる」

「どいつだ? こいつか……。ウザいからブロック返ししとけ。それと確かそいつ他にも垢持ってた筈だから……、ちょっと貸して……、これはミュートしておこうか。

 腹立つから俺は両方ブロックしてやろう。ふはははは」

「ややこしいんだねぇ、この世界も」

「俺のモットーは〝タイムラインは美しく狂っているべき〟なんだ。だから同じオタクであろうとも、俺のTLを汚す奴は許さん。

 さて、作業を続けようか」

「うん。ところでAKさんの新作の入稿って、終わったの?」

「えっ。ああ、終わった終わった」

「そうなんだ。良かった。今回は新作について呟いてないから、心配してたのよ」

「まあ、あれだ、他人の心配より自分の心配だよ。テキスト三十九話、今日中に片付けてくれ」

「そうね。ページ数決まらないと、背幅も決まらないし」

 SS三十五話、北海道札幌市から始まったアリサのコンサートツアーの次の会場は宮城県多賀城市。アリサの練習の合間に晴臣は東日本大震災の被災地を見にいく。深雪から依頼された新曲の歌詞の取材のために。赤浜小学校の〝奇跡の桜〟の話を元に新曲『巡る季節は魔法のように』の歌詞を書いたという設定。『巡る季節……』は最終章深雪エンドの最後を飾る素敵な曲で、この曲をこのSSで深雪が歌う、という詩音の原案を拒否ることはわたしにはできなかった。でも怒る人はいるかもね。歌詞をアリサに渡すとすぐ曲を書いた。多賀城市のコンサートのアンコールで、アリサは震災の時、晴臣と深雪の無事を知ろうとして戸惑ったことを告白する。告白の後深雪が登場して、アンコールで『巡る季節……』を歌う。

 三十六話は温泉回。オフを合わせて三人は松島の温泉に行く。学園高等部時代、三人で行った温泉の思い出に浸る。あの時は、二人と一人だった、今は別の二人と一人かもしれないが、気持ちは三人一緒だ。晴臣は三人一緒になるために、改めて元カノの深雪に別れを告げるため、新曲『さよならについて』の歌詞を深雪に見せる。『さよならについて』はアニメ『Snow Melody』のエンディングテーマだ。これを深雪に歌わせるという残酷な設定を考えたのは、わたしだ。その方が昇華すると思った。

 深雪は、晴臣くんはわたしに何回別れを告げるのか、と非難するが受け入れる。

 最後、深夜に起きちゃった三人は部屋の露天風呂で大騒ぎする。高等部時代はあんなに恥ずかしそうに入ってたのに大胆になって……。この辺りはちょっとアダルトテイスト。だってこのSSの年齢設定、三人とも二十五歳だもの。まぁ、多少わね?

 三十七話、二人のコンサートツアー最終盤と、並行して行われる深雪のセカンドアルバムの録音の風景を描く。音楽活動を通じて三人の結束は新たな形で強まる。

 友情と親愛が尊敬によって育てられ、三人は豊穣の秋を迎える。

 そんな中、アリサのツアー最終日、アンコールに参加した深雪が歌い終えると、ステージに上がってきた女性客がナイフを閃かせ、とっさに止めに出た晴臣が刺されてしまう。

「この、深雪が主題歌を結果的にとっちゃった形になってる相手の歌手が取り乱して復讐に来るって展開、どっちが考えたの?」

「わたしだけど……、これしか無いかなって。だって、他に悪人の候補がいないから」

「大胆な展開だな。……拒絶するファン多そうだけど」

「序盤で深雪は交通事故の傷跡を見せてアリサと晴臣が相互に相手を気遣って深雪に協力するよう、策を弄するでしょう?」

「まあ、深雪派の俺としては複雑な気持ちになる設定だけど」

「ある意味、深雪を傷つけた晴臣には報いが、策を弄した深雪にも報いがもたらされた形なの」

「アリサには、報いは?」

「それを今から書く」

 三十八話、晴臣が運び込まれた病室。晴臣は幸いにも結果的に軽傷で済んだ。ただし三人三様の想いが交差する。事件はマスコミの恰好のネタになってしまい、ついでにアリサが深雪から晴臣をNTRした事実が炙り出される。晴臣は単独で記者会見するしかないと諦めるが、深雪とアリサも同席すると言い出す。

 三十九話、記者会見では犯人の動機は痴情の縺れではないのかという邪推から始まって、晴臣と深雪が婚約していたこと、前の来日時にアリサがNTRしたことが暴かれる。深雪はそれを済んだ話だと片付けようとするが、アリサは急に立ち上がり、自分だけが自分の行いの報いを受けていないと取り乱す……。

「で、どうするの」

「わたしの大好きな千姫ちゃんに活躍してもらう。アナウンサーのふりをして同席していた千姫ちゃんに、アリサの頬を引っ叩いてもらう。そして、盗んだならまるっと全部盗み切って開き直れと説教するの」

「いや、公開されてる記者会見だろ?」

「だからよ。そんなことで取り乱してどうするんだと説教する。それだけ社会的影響力があるということを、ちゃんと認識しろってね。そして、公開で友人代表から報いを受ければ、もうそれで終わり。あとは、深雪に持って行ってもらう」

「どうやって?」

「記者席にいる美晴の上司、眞理子さんの誘導で『今でも晴臣の再略奪を狙ってる』って宣言してもらう。

 そして、虚を突かれたアリサは『上等じゃねーか、受けて立つ』と宣言する」

「そりゃまた大胆だな」

「そうでしょう? そうすれば、ゴシップはぶっ飛ぶ。三人には世間の常識は通用しない。三人のことは三人に任せるしかないと世間が思うようにするのよ」

「正直な意見を言って良いか」

「うん」

「そこまで話を広げたら、アリサファンも深雪ファンも両方とも着いて来ないかもしれないぞ。つまり、批判されるかもしれない。良いのか?」

「受け入れられるに越したことないけど、それが目的じゃないから、批判する人の気持ちは甘んじて受け入れる。詩音が企画していた、わたしがわたしに抱いていた肯定感のなさ、親友に抱いていた葛藤、純愛に対する距離感……、そんなものを『Snow Melody』アリサエンドアフターの形の中に重ねて、アリサと深雪と晴臣の友情と親愛と尊敬の中に昇華できれば……、そんな自己満足が得られればそれで良いのよ」

「了解。よくここまで頑張ったな」

「ありがとう。さて、あとは全部終わった後の小田切家と晴臣、アリサの和解が書ければ良いかな。それと、その後にちょこっと書いてあるアリサと晴臣のベッドシーンを書き直さないと」

「そんなのあるのか」

「いやー、あそこの描写はちょっと経験不足というか、あり得ねーという……か」

「…………」

 あーあ、やっちゃった。またわたしは、失敗してしまったみたいだ。


* * * * *


 やったー、テキスト全部できたー。もう後は楽勝だー。

 俺、この入稿が終わったら居酒屋でハイボール飲むんだ……。

 ……そんなふうに考えていた時期がわたしにもありました。

「おい、寝るな。十三日正午の最終防衛ラインに間に合わなくなるぞっ」

「いや後一枚だから、大丈夫大丈夫。明日頑張れば」

「入校日伸ばしといて何言ってんだ。普通の厚さの本じゃないだぞ。カヴァー付きソフト書籍セット四〇〇ページ越えに帯まで付けて見返し貼るとか絶対製本に手間取るしだから、早く入稿するに越したことないんだぞ。

 今日中にやり終えて、明日日曜日の午後は休息に当てるんだ。さあ描け」

「だってAKさんの〇〇管理のせいで早寝が習慣付いてもう瞼が言うことを……」

「睡眠管理な。今日だけは無理をしろ。俺が許す」

「いやいや、だって眞理子さんの髪型難しいんだものー。今は描けないんだよー」

「だから無理やりストラスブール在住EU支局長の眞理子さんを呼び出すなと言ったんだよ」

「だってー、ヒロイン全員の装画入れたかったんだものー」

「じゃあ白黒一枚、頑張れよ。歌奏美さんが描かないなら、俺が描いてやろうか」

「…………」

 さっさっさー。「ほれ、こんな感じでどうだ」

「ぎゃはははは。殺す気かよー」

「笑いすぎだろ……」

「というか、わたしの眞理子さんで遊ぶな。あー、描きます、描きますよー」

「カフェオレ煎れてやるから、頑張れ」

「あいー」

 …………。

「か、描けた……」

「どれどれ……、はい訂正」

「な、なんでー」

「眞理子さんの左耳の横に出てる毛は姫毛じゃないぞ。右は姫毛だけど左は違う。後ろから前へ流れてるんだ。だから、耳の後ろだぞ」

「うぇっ、そうなの? うわ、ほんまや……」

「多分ここだけだ。はい、とっとと修正する」

「ふぇぇぇぇぇ」

 …………。

「こ、これで良いかな……」

「おお、これで良いと思うぞ。こっちも校正終わった。最終チェックやっちゃって」

「…………。はひー、大丈夫です。うおー。明るい。外が明るいー。目がー、目がー」

「そりゃ午前十時過ぎてるしな。じゃあ、データ送信してしまおう。装画の入れ場所指定書はこれで良いな?」

「はい……」

「複数あるから一個ずつダブルチェックして……。おい、まだ寝るな。データを送るまでが入稿だぞっ」

「む、無理ぽよ……。任せた」

「おいこら、おい」……記憶はここで途切れている……。


* * * * *


「ということで、乾杯!」

「乾杯!」

 ごきゅごきゅごきゅごきゅ……「ぷぁっはぁぁぁぁぁ、くぅぅぅぅぅ」

「ってミサトさんかよあんたはっ」

 目覚めたら日曜日の夕方五時を過ぎていた。冬なので当然真っ暗です。

 我々はちゃちゃっとそれぞれシャワーを浴び、地下鉄烏丸線に乗りました。

 仕事帰りという訳ではありませんが、烏丸蛸薬師東入ルの例の居酒屋です。

「ハイボールも捨てがたいがやっぱり一杯目はビールが美味いぃぃぃぃぃ」

「……まあ、良かったよな、死亡フラグが回収されなくて」

「データ送信お任せしてすみませんでした」

「多分問題なかったと思うぞ。ただし、マイページでの印刷進捗状態の把握と、印刷会社からのメールには注意しとけよ」

「あいー。あーお腹減った。ねえ、唐揚げ食べよう唐揚げ」

「あーそうだな」

「後はおでん盛り合わせ、ハムカツとシーザーサラダ」

「はいはい……。すみませーん。おでん盛り合わせとハムカツとシーザーサラダ追加で。僕の伝票に書いといてくださーい」

「ねえ、付き合わせたのはこっちだから、わたしがおごるよ、今日は」

「だから国家公務員法では定期……」

「わたし、調べたんだけど、わたしが利害関係者だとしてもよ、その人が親族、友人等なら利害関係者の負担で飲食しても構わないんでしょう?」

「『等』にオタク友達が含まれるか例示がない。それに利害関係の状況、私的な関係の経緯、行為の態様等により問題がない場合に限られるからな」

「それってどういう場合が該当?」

「例示されてるのは『学生時代から懇意にしている先輩からご馳走してもらうような場合』と『大学のクラス会』だけだな」

「ねえ、もしも、わたし達が利害関係にある恋人同士なら、どうなるの?」

「……より慎重な対応が求められるだろうな」

「もしも、結婚したら?」

「相手が仕事を変えてくれなかったら、国家公務員の方が部署替えになるだろうな」

「じゃあさ、例えば、わたし達みたいな仕事の関係の場合は?」

「分からんな。省内で探せば前例あるだろう。探す必要あるかどうかは別にして……」

「はい、おでん盛り合わせとシーザーサラダお待ちぃ」

「ありがとう。おい、食べようぜ。お腹減ってるんだろ」

「そうだね。あっ、唐揚げどうした?」

「頼み忘れた」

「すみませーん、唐揚げ追加して! わたしの伝票に!

 ワリカンなら良いんでしょ?」

「ああ、うん」

「よっしゃー、とりあえずお品書きの値段睨みながら半々になるように頼むかー」

 それからわたしはスマホを開けて、ビールとアテの並ぶテーブルを写真に撮り、それを添えてTwitterに呟いた。〝冬コミ新作『親愛なるものへ』A4版縦書き二段四二四ページ、何とか入稿しました。只今打ち上げ中です。〟と。

 それからわたし達はなんだかちょっと気詰まりを感じながら、できるだけバカな話をしながら飲み明かした。


* * * * *


「えっ……、タクシー?」

「おお、そろそろ起きろよ。歌奏美さんのマンションに着くぞ」

「わたし、寝ちゃったのか」

「タクシーにはうつらうつらしながら、自力で乗ってたから問題ない」

「支払いは?」

「やっといた。さて、着いたぞ」

「ねえ、わたしが寝付くまで一緒にいてくれるのが、約束でしょ」

「でも……もう入稿は済んだ」

「今日が最後で良いから」

「そうか」

 スマホを見ると二十四時を過ぎていた。昨日の晩、あんなに修羅場っていたのが嘘のようだ。……なんだか寂しい気がした。

 タクシー代を払い、後部座席から出る。彼が手を貸してくれる。

 わたしはその右手をとって、離さない。

 ……今日はもう、離さない。

 エレベーターが上がる。わたし達は黙っている。降りて、部屋の鍵を出す。

 扉を開けて、閉める。彼が右手で明かりのスイッチをつける。

 わたしの右手がすぐそれを消す。そして、彼の上着を掴む。

「ねえ、このまま聞いてくれないかな。わたし今、物凄く後悔してることがあるの」

「なんだよ」

「最近知り合いになった友達がいるの。その人に色んなことを相談してたんだけど」

「……へえ、そうなのか」

「失敗したみたい」

「なんかトラブルでもあったのか? 詐欺られたとか?」

 薄暗い玄関でもAKさんがわたしの方を向いて、真剣な目をしてるのが分かる。

「えっと、そういうわけじゃないの。ただ、とんでもないものを盗まれたみたい」

「え、やっぱりやばい話じゃないか」

「AKさんの、鈍感……」

「えっ」

「鈍感……。鈍感、鈍感、鈍感、どかん!」

「ど、どかん?」

「土管みたいに身体がデカいからって、土管の穴に念仏なの? 念仏どころかわたしの想いまるっと全部通り抜けてるじゃないのっ」

「ちょ、あんた何言って……」

「本当に分からないの?」

「ああ……」

「最近知り合いになった友達がいるの。その人に色んなことを相談してたんだけど」

「それはさっき聞いた」

「その人は最近わたしの側にずっといてくれて、ずっとわたしを支えてくれた。

 最初は態度がデカくて、ぶっきらぼうで、口が悪くて、嫌な人だと思った。

 でも段々その人の優しさとか繊細さが見えてきて。

 そしたら、ある日気づいたのよ。

 わたしの心が、その人に盗まれたって」

「え……」

 AKさんが、驚いたように目を見開いてる。

「……ひょっとしてそのルパン三世は、俺なのか?」

 やっと気づいたみたいだ。……気づかれてしまった。

 もう、後には戻れない。そう思うと、勝手に涙が出てきた。

「なんで泣くの……?」

「だって、だって、わたしの秘密は、これにて一つもなくなってしまったのよ。

 ……あなたに、全部知られてしまった。

 相談事を解決するためとは言え、わたしの今までの男性遍歴、全部知られてしまってる。不倫してたことまで、不倫相手が誰かさえ、全部……。

 何故、わたしはあなたに教えてしまったの……。

 大好きな人に、わたしの悪いところ、全部知られてしまったのよ……。

 こんな風に後悔する日が来るなんて、思ってなかった……」

 ぐす……、うぇ……、うぇぇ……。

 ああー、情けない。こんなのは初めてだ。

 告白して泣いちゃうなんて。でも、こんなに好きになった人は初めてなんだ。

 最悪だよ……。

 え……?

 俯いて泣いてたわたしの両肩に、恐る恐る大きな手が載せられて、恐る恐るゆっくり、背中に回された。

 そして、ぎゅっと抱きしめられた。

 彼が顎をわたしの右肩の上に置いた。わたしも彼の右肩の上に額を置く。

「歌奏美さん、ごめんな」

「え……」拒否……られる?

「本当は俺から言わないといけなかったよな。俺を好いてくれてありがとう。

 俺、あんたのこと、まるっと全部、盗ませてもらうわ」

「AKさん……?」

「俺も、歌奏美さんのことが、大好きだよ」

「本当に……?」

「小田切深雪の名にかけて」

「ばか……」ああ、良かった。「嬉しい。物凄く嬉しい……」

「初めて出会った時から、ずっと好きだった」

「えっ。何で?」

 わたしは彼の肩から顔を上げる。

「見た目が物凄く弩ストライクだったから」

 なんですと?

「AKさん、深雪派でしょ! 茶髪ツインテールあげぽよ〜でしょ!」

「あげぽよ〜って古いわ!

 仕方ないだろ、一瞬で好きになってしまったんだから!」

「そ、そうなの。じゃ、じゃあ、なんで最初はあんなに突っかかってきたのよ」

「だって、こんなに好きになった女の人の前でどう振る舞って良いかなんて分かんないから……」

「お前は好きな子を虐めてしまう男子小学生か! DSなのか!」

「そうだよ! おっそろしい美人だと思ってたらリサねこさんの名前を言われて彼氏かもしれないって戸惑って画面がブラックアウトしたんだよ!

 パワー長押しでリセットして復旧した時には、挑発的言葉遣いが進行中で攻略方法を変えられなかったんだよ!

 それから、詩音くんの不幸を知ってしまったから……、方向性がなかなか……」

 ……この童貞野郎。ていうかニンテンドーDSなのかよっ。

「あはは、もう、本当にもう、なんて言ったら良いのか……」

 苦笑するしか無い。でも……。

「好きよ。大好き。これからもずっと側にいて」

「大好きだよ。俺はずっと、あなたの側にいます」

「えっとそれ……、晴臣みたいにフラグ立てたんじゃないよね?」

「大丈夫。今契約書のハンコを押すので」

 そう言うとAKさんは、わたしのぱっつん前髪をかきあげて、額にキスをした。

次回15話は、2024年12月24日07時に更新予定です。

次回で実質的には最終回です。

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