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第9話(嫌がらせの始まり)

合同模擬実戦訓練で、傭兵Aクラスが特別クラスに完敗したことを知った奥武浦紗季は、翌日訓練参加を求めての行動を起こす。

その後は波乱なく合同模擬実戦訓練は実施されることになり、ようやく平穏な日々が訪れた幼楓達の夏期休暇。 

ところが、彼等の想像外のところで、不満を溜めていた者達による意外な行動から、19人に対する嫌がらせが始まってしまうのだった。


 7月18日の朝。

 専用教場には、担任の秋月潮音の姿が有った。

 「みんな、おはよう〜」

 潮音は朝の挨拶だけをしたところで、今後の予定変更を話し始めたのだった。


 「夏休み期間中の模擬実戦訓練の予定と訓練内容を見直します。 詳細は色々詰めてから話しますね」 

 そう切り出すと、石音が何やら目配せをする。

 それに対して、

 「石音、この間メール貰った件は了承しておいたわよ。 あとは、当人達の行動次第でね」

と答えるのだった。

 他の8人にはイマイチ意味のわからない話であったが、直ぐに潮音は英語の特別授業を始めてしまう。



 一方、奥武浦紗季と沼田美来は潮音が学校に戻ってきていたことを知らなかった。

 ひとまず、昨日の模擬実戦訓練の結果を石音から聞いていたので、次の模擬実戦への参加承諾を傭兵Aクラスの5人から得るべく、行動を開始していた。


 「奥武浦。 朝から俺達を待ち伏せとは何の用だ」

 5人は夏季休暇期間中、毎朝午前8時から屋外訓練場のいくつか有るコースのうち、外周コース1をランニングするのを日課としている。

 その終わったタイミングを見計らって、声を掛けたのだ。

 尚武が2人と話を始める。

 「例の話だろ? 妙案でも浮かんだのか」

 「いえ。 妙案は無いけど、私と美来の2人が次回の模擬実戦訓練に参加する承諾を担任の秋月先生から取り付けたの。 だから5人の許可も貰おうと思って」

 単刀直入な話であったが、どうやったのかは知らないが、秋月潮音の承認を得ている以上、拒否することは出来ない。

 「段取りが良いな。 Dクラス5人での参加は諦めたのか?」

 真紗人のその言葉に頷く紗季。

 「担当者がイイと言ったのなら、俺達は参加する身だからダメだとは言えないな。 それで2人は戦々Aクラスの5人と行動を共にするのだろ?」

 その質問に首を振る紗季。


 「まさか、俺達と一緒に行動する気か?」

 やや驚いた表情で確認する夢叶。

 「そのつもりよ」

 「いや、待て待て。 それはいきなり飛躍し過ぎだろう」

 「そんなことは無いわ。 私達は軍事戦略戦術学部に進学するから。 そして、国防軍に任官する予定よ」

 そう言い切ったことで、雰囲気は変化した。

 「そこまで言うのならば、イイだろう。 一緒のグループで訓練やるには、俺達から条件を出す」

 真沙人の言葉に身構える紗季と美来。

 「2人は絶対、国防軍の士官になるんだぞ。 それがこの夏季休暇期間中の特別クラスが主体となって実施される、模擬実戦訓練の意味合いだからな」


 年間成績とか、実実試験の成績アップが目的というのならば、傭兵Bクラスと合同訓練すべきだと5人は語る。

 「俺達は昨日の第一回合同模擬実戦訓練で学んだよ。 もうこの訓練は、附属高の成績云々の為の訓練では無いと」

 「担任の秋月潮音が居なかったが、それでも訓練の意図が理解出来た」

 木野下と江理朽の相次ぐ説明に、想像外の訓練となっていることを知った紗季。

 思わず質問をしてしまう。

 「いったい、何の為の訓練なの?」

 「崎縞諸島奪還作戦の為の訓練だよ。 俺達が軍属として青田買いでスカウトされたのも、国防軍特別部隊には、そういう明確な目的が有ってのことだと改めて気付かされたよ」

 「奪還作戦実施の前に、破壊工作等、事前準備も必要だろ? 俺達も特別クラスの4人も、奪還作戦の本番というよりは、その露払いの事前工作要員として、考えているのだろう」

 「下手すりゃ、捨て駒さ。 それでも俺達は望むところだ。 工作員として成功し、奪還作戦も成功すれば、その後大いに飛躍出来るからな」

 「もちろん俺達は奥武浦と沼田に、そこまでは求めないさ。 でもそういう特別な訓練を一緒に受けて、俺達やあの4人が不遇なことになっても、2人が立派な女性士官となって、国防軍の高官になってでもくれれば、この学校で一緒に訓練した経験は決して無駄にならないだろう」

 「だから、俺達の出す条件は、国防軍に任官すること。 大学卒業時に民間企業へ逃げたら、承知しないからな」

 成末、江理朽、木野下、万武そして尚武の順にそこまで語ると、5人全員が笑顔を見せる。

 「わかった。 将来、絶対に国防軍の将官になってみせるから、よろしく......」

 こうして、無事に訓練参加の許可を取ることが出来たのであった。




 この日の最後の授業である5限。

 そのスキル向上訓練時に、幼楓は潮音に質問をしたのであった。

 「秋月先生。 なんで急に僕のスキルは強くなったのですか?」

 「段階的開放の予定に従ってのことよ。 元々、楓のスキルは広範囲タイプのスキルで、レベルアップと共に力強さが出てくるからね」

 「本当ですか? でも、徐々にの予定だと言っていたじゃないですか」

 「色々事情が変わる場合もあるっていうことしか言えないわ。 今回ぐらいのレベルの上昇ならば、制御不能にはならないし」

 なんとなく歯切れの悪い潮音。

 それが幼楓を不安にさせる。

 「僕は、この能力で人を傷つけるのが怖いのです。 完璧に制御出来なければ、必ずそういう日が来るでしょうから......」


 「傷付ける? そんな甘い考えでは今後やっていけないわよ。 殺しなさい、遠慮なく。 そうする必要が有ると思った相手を。 殺らねば殺られると思った相手を。 そして敵を」

 普段のへらへらした潮音とは異なる厳しい言い方に、幼楓を含めた4人はその場で固まってしまう。

 「イイ? 貴方達は、特別兵器創生プロジェクトで生み出された存在。 その身柄は国防軍のもの。 所属とかという人間扱いでは無くて、モノ扱いなの。 綺麗ごとを言っていられる立場では無いわ」

 「......」

 「もちろん、無差別に殺せとは言っている訳ではないよ。 理由があるのなら、躊躇ためらわず殺せってこと。 次の瞬間、貴方達の人生が終わってしまうのならばって意味」

 「......」

 「今後も大人の事情で、スキルの力が急に強くなる場面も、多々出てくると思う。 でも、貴方達もそれなりの年齢なのだから、あまり不安がるより、こんなことも出来るんだっていうくらいの楽な気持ちで居た方がイイと思う」

 潮音の最後の言葉で、ようやく緊張した雰囲気が解消された4人。

 概ね理解していたこととは言え、ここまでハッキリと言われた方がスッキリする。

 人ではなく、モノだということに......


 微妙な空気が流れた後、最初に声をあげたのは焔村であった。

 「潮音ちゃん。 何で俺のスキルはあまり変化が無いの?」

 「それは......」

 火のスキルはレベルの天井が直ぐなのだ。

 直ぐに中レベルまで扱えるようになる代わりに、伸び代が少ない。

 それを弱いと感じさせてしまわないような配慮を潮音は心懸けていた。


 すると、

 「火は水に消される運命でしょ? だからよ」

 鏡水の言葉に、

 「火が一番弱いってこと?」

 『ガ~ン』

というショックの表情を見せる焔村。

 「組み合わせ次第だよ、村」

 石音の言葉に頷く潮音。

 「例えば、楓と村が協力してスキルを使えば、あらゆる全てを焼き尽くすことが可能でしょ。 これは水ちゃんにも出来ない強烈な攻撃力を発揮するよね?」

 「でも、鏡水と村が協力しても、お互いに打ち消し合って、大きな力は生まれない」


 「石音と鏡水が協力した場合、たとえば石音が大地を広範囲に陥没させ、そこに鏡水が海水を引き込めば、水没させることも可能。 楓と水の協力では猛烈な台風級の嵐。 石音と焔村の協力でも、大地を焼き尽くせる。 4つのスキルは組み合わせ次第ってことで、どれが強いとか弱いではないの」

 潮音は今回のスキル制御の限定的解除について説明を終えると、4人はいつも通りスキルアップ訓練を始める。

 昨日までとはだいぶ異なる感覚であるが、やることに変化はない。

 淡々とこなす訓練。

 それを見詰める潮音。


 あえて、担任という立場になって、4人を指導する道を選んだのであるが、それが間違った選択ではないことを常に潮音は願っていた。

 もし4人が暴走してしまったら......

 その時には、潮音が実力行使して処分する役目も課せられていたのだから......





 以後、夏季休暇期間中の授業や訓練は大きな波瀾なく続いていく......

 傭兵Aクラスとの合同模擬実戦訓練は、7月20日の2回目まで、

  『特別クラス対その他全員』

という形式であったが、以後は特別クラスに与えられた課題を達成する為に、傭兵Aクラスと紗季&美来、それと戦々Aクラスが援護をする形式に改められ、参加する生徒が全員協力する模擬実戦訓練となっていた。

 援護の中心となる傭兵Aクラスには、国防軍特別部隊の技術者達が、新たな専用スーツを開発する等の協力も開始しており、幼楓達4人の特別な者達をしっかり援護出来る体制の構築に重点が置かれていたのだ。




 このようにして、特別クラスを中心として、傭兵Aクラスと戦々Aクラス、それに戦々Dクラスの2人が夏休み期間中、模擬実戦訓練を核として、纏まった行動を取っていることに対して、大いに不満を溜めている生徒達が居た。

 軍事戦戦科の傭兵Bクラスと戦々Bクラス、Cクラスであった。

 それまで、一切交わることの無いこの3クラスであったが、彼等を除け者にする型で、屋外訓練場における週2回の合同模擬実戦訓練が行われているのだから、その実施状況は当然彼等の耳に入ってきたのであった。

 

 「面白くねえなあ〜」

 後部慧悟が相当不満気な表情で、集まった他クラスのリーダー達に話し掛ける。

 「戦々Aクラスが模擬実戦なんて、お笑い草だよ。 大した実力も無いくせに」

 戦々コースでは、奥武浦紗季に続く2位の個人成績を誇る戦々Bクラスのリーダー都佐波和寛も、非常に不満を抱えていた。

 「学校の設備を使う以上、訓練参加の可否は公平に機会が与えられるべきだよ。 屋外訓練場は特別クラスや傭兵Aクラス専用の訓練施設では無いのだから」

 戦々コース個人成績第3位の実力者、戦々Cクラスのリーダー難分陸だ。

 「ハブられた以上、今回の件について3つのクラスは協力して対応していく必要があると俺は考えている」

 そう切り出した後部慧悟にとって、傭兵Aクラスは目の敵にしている最大のライバルだ。

 しかも、Bクラスには強化人間が2人おり、一対一の直接対戦バトルでは、その強化人間である後部と間枝田に敵う傭兵Aクラスの者は誰もいない。

 なのに、国防軍から軍属への誘いの声が掛かったのがAクラスだという事実も受け容れることが出来なかったのだ。


 「この3クラスだけでは、アイツ等に対抗するには勢力が弱い。 何か良い方法は無いかな」

 難分が2人に相談すると、都佐波がある提案をした。

 「国際戦戦科に助勢して貰うのが一番だな。 軍事戦戦科は49人。 そのうち向こう側は19人で俺達は15人だ。 軍医コースは大学卒業後のことを考えると関わるのを嫌がるだろうから、そうしたしがらみの無い国際戦戦科と手を結んで、連中を高校内で孤立させてやろうぜ」

 「おお、それはいい考えだが、ツテはあるのか?」

 後部は国際戦戦と全く繋がりが無いので、話の向けようがないと言う。

 「それは、俺と難分で話を持ち掛けるさ。 総合順位上位30位以内の常連は、トップスリーが主催する特別懇親会『上月会』に定期的にお呼ばれしているから、御学友となっているのさ。 俺も難分も高2の時から参加しているのでね」


 『上月会』は、3年間常に総合成績トップを維持している才媛「上条彩雪音じょうじょうさゆね」を囲む会として発足した、現在高3の学年にだけ設定されている特別会である。

 呼び掛けたのは成績3位と4位を行ったり来たりしている璃月流月あきづきるな

 流月は、常時成績2位の斯波田上弦しばたいづるの彼女であり、血縁関係は無いものの璃月姓を有していて、この学校を運営する2大財閥の一つである、璃月財閥の末席に連なる者であることから、高校生であるにも関わらず、学校に対しての発言力を持つ女子高生であった。


 上条彩雪音は、上条財閥の当主の孫娘の一人ではあるが、上条財閥現当主は本妻・愛人の間に6人の子をもうけた子沢山で、孫がニ十数人も居る。

 彩雪音は非常に優秀な成績であったが、愛人との間の方の孫で、後継者レースに参加出来る立場ではほぼ無かった。

 ところがその父親は才幹が認められ、財閥有力企業の役員の地位にあることから、上条財閥一門の一員という評価を与えられている。

 そういう状況から、毛並みの良さと穏やかな性格もあって、国際戦戦科では生徒の間で最も人気のある生徒の一人であった。


 そんな彩雪音をトップに戴く上月会の実情は、璃月流月のほぼ独壇場の学校内組織であり、璃月・上条両財閥の力を背景に、生徒会よりも遥かに発言力が強かったのだ。

 その人気を流月に利用させている彩雪音自身は、定期考査終了後に毎回開催されるパーティーへの不参加を続けており、その他の不定期会合にも一切出席していない状況で、上月会への関与は限定的であった。



 早速、都佐波と難分は上月会メンバーの一員として、夏季休暇中における不定期会合の招集を求めたところ、暇つぶしにちょうど良いと考えた流月の許可が出て、直ぐに開催されていた。

 出席者は上位30名のうち、15名。

 ただ、鏡水と焔村は一切声が掛かっていないことからメンバーに入っておらず、彩雪音と奥武浦紗季はずっと欠席の為、実質は26人前後の組織であり、15人の出席は過半数を超えていた。


 「私達の軍事戦々科では、特別クラスを中心とした派閥が作られようとしており、戦々BクラスとCクラス、それに傭兵Bクラスはその派閥から距離を置かれてしまい、科内での競争で著しい苦境に陥っています。 彼等は我が物顔に、夏期休暇期間中の屋外訓練場を独占的に利用していることから、我等は2学期以降の実戦・実践試験の成績で不利になることは自明であり......」

 『つまんない話だね〜。 夏休み暇しているから、面白いこと無いかな~って思って、要望を受け容れて会合開いたけど......』

 流月は、隣に座る彼氏の上弦に小声で話し掛ける。

 『じゃあ、もうお開きにしようか?』

 『あの2人の言い分って、主導権を取られたから取り返す為、私の力を借りたいってことでしょ? でも、私、軍事戦戦科に全く興味ないし』

 『終わったら、カフェでも行こうよ』

 『そうだね~』

 2人はそんな話をしており、その雰囲気を察した他の出席者にも、終戦ムードが漂う状況であった。


 ところが、最終盤での都佐波による、

 「今回の派閥形成には、特別クラスの担任である秋月先生も絡んでおり、成績上位者の九堂鏡水、央部焔村、奥武浦紗季等の関与もあることから、上月会を蔑ろにする傾向の強い3名の上位者に対し、毅然たる対応を末席に連なる私と難分としては求めたいのです」

という言葉に著しい反応を示した流月。

 秋月潮音という言葉に強く反応したのである。

 『前言撤回。 あのクソ潮音が絡んでいると聞いたら、やる気スイッチ入ったよ』

 流月は上弦にそう告げると立ち上がったので、他のメンバーは驚いたのだった。

 実質トップが急に乗り気になったからだ。


 「学校施設を我が物顔に使用し続けるとは、言語道断。 しかも大学の講師まで絡んでいるなんて、あまりに酷い......」

 そこで、わざとらしく涙ぐんでみせる。

 「お二方の心情を察するに、思わず悔しさを覚えてしまいましたわ。 わかりました。 上月会の力を不届き者達に見せつけてやりましょう、皆様」

 流月のこのひとことで、国際戦戦科3年の方針は決定されたのだった。

 軍事戦戦科特別クラス、傭兵Aクラス、戦々A・Dクラスに対する懲罰を科すとの。



 「良いのかい? あんな決定して」

 上弦が流月に改めて確認する。

 「秋月潮音が絡んでいるのならば看過出来ないわ。 それに潮音と仲の良い九堂鏡水も気に入らないしね」

 その言に上弦は、

 「やっぱり、自分より美人な2人が気に入らないだけか〜。 しかも秋月先生とは璃月財閥内で、流月の実家との根深い対立関係があると言われているからな~。 詳しくは知らないけど」

 そんなことを思いながら、隣を歩く。

 流月は、非常にご機嫌な様子であった......



 そして璃月流月は、即行動を開始した。

 「パパ〜。 ちょっとお願いが有るんだけど」

 「流月。 まだ誕生日プレゼントには早いだろ?」

 「違うわ~。 そのことはまた日が近付いてきたらね。 お願いって言うのは......」

 「それぐらいなら、直ぐに出来るけど......本当に良いのかい? ご当主様に知れたら不興を被るかもしれない。 ただでさえ我が家の苗字は璃月だが、血の繋がりが無いので、財閥内の立場が弱い。 少し考え直してみた方が......」

 「パパは、娘のことを可哀想に思ってくれないの? 私、この人達にイジメられているのよ。 パパが何もしてくれないのなら、私、学校辞めて引き篭もるよ」

 「わかった、わかった。 お前の希望を出来るだけ叶えてあげるよ」

 「パパ、ありがとう〜。 大好き」

 そう言って携帯端末での画面越しの父娘の会話は終了。

 璃月流月は一人娘。

 成績優秀な彼女の才幹に今後の全てを託すしか、分家である三条璃月家には財閥内で生き残る道が無い状況であった......



 璃月父娘の会話内容の影響は、その日のうちに特別クラスや戦々AクラスやDクラスの生活に出たのであった。

 彼等がそれぞれ夕食を食べるため食堂に入ろうとしたところ、突然入店を拒否されたのだ。

 「申し訳ありません。 軍事戦戦科3年の傭兵Aクラス、戦々AクラスとDクラス、それと特別クラスの生徒様は、料金の決済が出来なくなったので、ご利用をご遠慮頂くことになりました」

 店員の言葉に驚く19人。

 その横を嘲笑しながら通り過ぎる国際戦戦科の3年生徒達。


 「どうしたの、あの子達。 食堂入店拒否なんて」

 「知らないの? 上月会の決定だって」

 「あの子達とは、あらゆる機会における接触の禁止っていうお触れが出たのよ」

 「知らなかった~、ヤバいヤバい」

 「絶対関わっちゃダメだぞ。 上月会に逆らったら、俺達が学校に居られなくなる」

 「今回ハブられた理由は、璃月流月の逆鱗に触れたらしい」

 「それ超ヤバイ奴じゃん」

 ひそひそ話をしながら、生徒達が通り過ぎる。

 それは、コンビニに行っても同じ状況であった。



 「何これ、突然過ぎる......」

 それぞれ訪問した学校内の場所で、途方に暮れる4つのクラスの生徒達。

 食堂がダメだったので訪れたコンビニ前でも立ち尽くしている紗季と美来2人の様子に、偶々通り掛かった上条彩雪音が、顔馴染みの奥武浦紗季に声を掛けたのだった。

 「あら、奥武浦さん。 どうしたの?そんな困った表情みせているのを初めて見たわ」

 「上条さん、お久しぶりです。 実は私達の決済が急に使えなくなっちゃって」

 「それはお困りでしょう。 ひとまず私がお支払いしますよ。 籠に買いたいものを入れて下さいな」

 「彩雪音さん、ありがとうございます。 決済が復旧したら、返済しますので」

 ところが2人共、籠に入れたのがお弁当類ばかりだったので、

 「奥武浦さんと沼田さんは、食堂で食べないのですか?」

 「いえ、食堂も決済が出来なくなってしまって」

 「それはおかしいわね。 支払いが終わったら、確認しますから、ちょっと店の外で待ってて下さいね」


 買い物終了後、先ず友人達に確認する彩雪音。

 すると、上月会の決定により、軍事戦戦四クラスに対する懲罰が実施されているらしいという事実を知ったのであった。

 「奥武浦さん、ごめんなさい」 

 いきなり謝罪されて、驚く紗季。

 「彩雪音さん、どうして謝罪を」

 「貴女達の決済を止めたのは、上月会らしいの」

 「上月会? 璃月流月の権力団体よね〜。 かくいう私も一応メンバーだけど......」

 紗季も高1の後半からメンバーになっている特別な学内団体である。

 紗季自身は、流月の独裁体制である上月会の実態に呆れていたので、高2から一切会合やパーティーに出席はしていない。

 ただ、脱会すると流月からの報復があるだろうとみて、そのまま幽霊会員であったのだ。


 「でも、上条さんがトップなのは形式上だけでしょ? 今回の一方的な決定事項、何も知らなかったのですから」

 「確かに私も奥武浦さんと同じで、パーティーにも会合にも出ていませんからね。 形式上とは言え、不条理な内容の会の決定には、お飾りのトップである私の責任もあるってことになるわ」

 そう答えた彩雪音。


 善処するからと2人に約束をしたものの、実家の父に連絡を取ると、学校内のトラブルには関与出来ないと言われてしまったのだ。

 「彩雪音。 確かにお前の言い分が正しいと私も思う。 しかし、学生間のトラブルに大人が積極関係すべきでは無いというのが、私の考えだ」

 「わかりました。 お父上の立場を考えれば、些事に関わることは出来ませんね。 申し訳ありませんでした」

 「上条家ご当主は、不条理なことをする人物を好まぬのでね。 私も同じ考えだ。 それに、璃月財閥の方針は彼等が決めること。 その良し悪しは別にしてな」

 「お父様......」

 「ただ、私の娘が正しい判断を持っていることを自慢に思うよ。 間違っていることでもまかり通っている状況であっても大勢や権力に流されず、自身が正しいと信じた道を進もうという」

 「ありがとうございます」

 「そこで、私からの提案だが......話しても良いかな?」

 「何か妙案がありますか?」

 「学校内の決済カードは、1名義1枚に限定されているのかな?」

 「いえ。 私も予備を持っていますから2枚有ります......ってお父様......」

 「明日、学校に予備の決済カードを20枚持って行かせよう。 それで当面のことは足りるだろ? あとは、学校内での解決、頑張れよ」

 「お父様。 本当にありがとう」

 こちらの父娘の会話は、より建設的であった。

 上条家で20人分の支払いを持つという申し出をしてくれた父に感謝する彩雪音であった。




 「一体何が有ったのだ?」

 情報収集に努める傭兵Aクラスの5人。

 彼等は傭兵というよりは諜報員スパイになる目的で学んでいることから、学校内のあちらこちらに網を張り、その日のうちに事態を掴んでいたのであった。

 「後部と都佐波、難分が一時的に手を結び、国際戦戦科に協力を求めたらしい。 俺達の排除を画策してな」

 「国際戦戦に、上月会ってあるだろ? あの組織の実質トップ璃月流月が、3人の申し出を受け容れた結果が嫌がらせの始まりだ」

 集まった情報をとりあえず、戦々AクラスとDクラスとも共有する。

 Dクラスには上月会の選ばれし一員である奥武浦紗季も居るからだ。


 寮内の談話室に、集まった代表者達。

 19人全員で集まると、即その動きが上月会に報告が行くだろうと見て、秘密裏に集まったのだ。

 「どう、状況は?」

 紗季が話を切り出す。

 集めた情報を説明する夢叶。

 「なるほど。 僕達に、厄介な人物が関わって来たってことか〜」

 蒼浪理が状況に対する感想を述べる。

 「......」

 無言の石音。

 何かを考えているようだ。


 「食堂とコンビニ等、学校内の決済は、彩雪音が決済カードを用意してくれるって。 彩雪音名義だから、気にせず使って下さい、迷惑掛けているからって言ってくれたよ」

 紗季の言葉に、一安心の一同。

 決済が出来ないと、全寮制で外出禁止のこの学校内では、生活が完全に行き詰まってしまうからだ。


 しかし、19人の中には、璃月流月に対抗出来るような権力は一切無い。

 その点が今後の最大の難関であった。

 「まだまだ、色々な嫌がらせが続くだろうな。 俺達傭兵Aクラスは、ただでさえBクラスと犬猿の仲だろ? 後部達が何かして来るとは考えていたが、まさか国際戦戦を巻き込む形でとは......」

 夢叶は、想定外の行動力に憂鬱な表情を見せる。

 「この学校は競争の日々でしょ? 特に高3は。 少しぐらいの嫌がらせならば、日常茶飯事だから気にしないけど......」

 紗季自身は大丈夫だと言うが......。


 「戦々AクラスとDクラスのメンバーが可哀想だな。 俺達と特別クラスの4人にとっては、今までも十分色々な嫌がらせを国際戦戦の生徒からも受けていたから、そんなに気にはならない筈だが......」

 特別クラスの4人は『異能と特別扱い』を、傭兵Aクラスは『超進学校の異端児』と見られており、いずれも高校から入学したことも有って、小中から一貫で進学して来た者が多い国際戦戦科の生徒とは交流が無い状況であり、今回のことで学内での人間関係が急に変わるものでは無かった。

 ところが、戦々A・Dクラスの生徒は、全員が附属中からの進学者で、国際戦戦科の生徒と仲が良い者が多いからだ。


 「ひとまず、私も潮音ちゃんに明日相談するよ。 あんなチャランポランな感じでも、学校の理事だそうだから、立花理事長に状況を話して貰う方針で進めるね」 

 石音が、特別クラスとしても新たに行動することを申し出て、この日の対策会議は一旦打ち切りとなった。

 特に国際戦戦科に友人が居る生徒には、よく言って宥めるよう当面の結論を出したのであった。

 あとは相手の出方次第ということで。



 一方、和食専用食堂で、ジュースでの祝杯を上げていた、後部、間枝田、都佐波、難分の面々。

 「流石、この中で総合成績最高順位の都佐波だな。 こんなに痛快な思いは久しぶりだ」

 満面の笑みを浮かべる傭兵Bクラスの強化人間である後部と間枝田。

 一対一の対戦訓練以外は、いつも傭兵Aクラスに苦杯を嘗めさせられているので、その鬱憤晴らしと言ったところだ。

 「アイツ等の顔を見たかよ。 あんなに呆けた表情、初めて見たな~」

 ライバルである戦々Aクラスの5人やDクラスの奥武浦達が、食堂への立入を拒否されている姿を見ることが出来て、大満足の都佐波と難分。

 特に個人総合成績で、いつも目の上のたんこぶである紗季に一杯喰わせたことに、喜びも一入ひとしおだ。

 「上月会から、何か見返りの要求は無かったのか? いきなりこれ程のことをしてくれたのだから」

 後部が確認するも、2人は、

 「1枚の文書に署名させられただけだよ。 大した内容では無かったよな、難分」

 「ああ。 俺と都佐波で読んでから署名したけど、今回の上月会の決定事項に異議は無いとか、会への陳情申し立て内容に偽りは無いかとかの確認文書だったよ」

 「そっか〜。 それなら大丈夫そうだな」

 後部は嬉しそうに語ると、その後も連中への罵詈雑言で大盛り上がり。

 競争だらけの学校内では、決して勝ち組とは言えない4人の生徒達とその仲間。

 その祝杯の時間は、想像以上に長く続きそうな雰囲気がしたものの、その結末は意外な結果になるとは、この時4人で考えているものは誰も居なかったのであった......


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