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第8話(偶には高校生らしく)

模擬訓練が終わり、彼等に一時的な平穏が訪れる。

そんな時には、ただの普通の高校生のような出来事も。

夏本番間近の蒸し暑さを感じる夜。

涼もうと出た中庭で幼風は京水と偶然会い、この日の出来事等の話をしていると、記憶消去の真実が明らかになるのであった。


 第1回、合同模擬実戦訓練の終了直後。


 「いやあ、お前達は想定以上に強かったよ」

 そう言って、特別クラスの4人に対して、手を差し出した傭兵Aクラスの5人。

 お互いの健闘と、怪我無く模擬実戦訓練が終了したことに対して、相互に握手を交わす。


 「特に今回は、初めて対戦した神坂に完敗だ。 まさか新転入してきて2週間で、ここまで急成長しているとは、計算が狂ってしまったさ」

 成末夢叶はそう言いながら、幼楓と力強い握手をする。

 「痛いよ......傭兵Aの人達は普通の人より力が強いのだから」

 幼楓の悲鳴に笑いが起きる訓練場。

 「僕は、体力がまだ全然付いてないので、お手柔らかにお願いします」

 

 「そうだ。 一つ神坂に謝っておかないと」

 江理朽優大が突然話を始めた。

 「寮の部屋の玄関ドアに、トラップを仕掛けて悪かった。 あの時点で今日以降の模擬実戦訓練での対戦が決まっていたから、能力を確認してみたくてな。 本当にすまん」

 「いや、実害は特に無かったから」

 「言っておくけど、その前の泥水は俺達じゃないぞ。 朝の忙しい時間に、制服へ泥水がかかるかもしれないトラップを仕掛ける程、俺達は性格悪くない」

 「本当かなあ〜? でも知ってたんだね」

 「大教場で嫌味を言われていただろ? それでさ」

 「そうだった。 忘れてた」

 「あれは多分、もう一つの傭兵クラスの誰かだろう」

 「後部?」

 幼楓のその問い掛けに、再び笑いが起きる。

 傭兵Aクラスの5人も全く否定しなかったからだ。



 「ところで、今回、特別クラスの作戦を立てたのは誰なのか教えてくれないか。 今までと全然傾向が異なっていたから」

 その質問に、鏡水と焔村が石音の方に視線を送る。

 「京頼だったのか〜。 いや、なかなか洗練された作戦だったと思ってな。 第一回実実試験の時は九堂だろ? 次回の戦略戦術シミュレーター試験、京頼の方が良いと思うぞ。 模擬実戦訓練とはいえ、現実の戦いで、京頼の罠の上手さを味わった俺達の正直な感想だ」

 その言葉に鏡水は『ガーン』という表情をしている。

 確かに今回の石音の戦術は、相手の裏をかいたものが多く、見事であったと鏡水自身感じていたからだ



 「次回の木曜日ですが、同じことをやっても得るものは少ないと思います。 どうするのですか?櫂少佐」

 「その辺は、今日居ない担任やら技術部門の担当者が考えるでしょう。 それにこのまま更に4人が強くなったら、屋外演習場の方が持たないですよ」

 その言葉に周囲を見渡す14人。

 特別クラスが設置されて以後、毎回火災を起こされて、ただでさえ痛みが激しいのに、今回は路盤までもガタガタにされている。


 「私は一応修復しましたよ」

 不本意な言われように反論する石音。

 ただ、焔村による損壊は半分程度しか直せないというのだ。

 「焔村はまず樹木の種を沢山植えなさい。 今まで多くの木々や草花の命を散らしてきたことに謝罪の意思を示す行為として」

 鏡水の指摘に、

 「仕方ないじゃん。 俺、それしか出来ないんだから......」


 「焔村が燃やした木々が養分となって、新たな苗木を育てる。 それに鏡水が水をやれば、何十年後かに立派な木に育つわよ。 将来の2人の共同作業として、実行したらイイと思う」

 石音からは『2人がくっつくのも有りだよ』というニュアンスを込めた提言であったが、露骨に嫌な表情を見せた鏡水。

 今のところ、焔村が恋愛対象の候補にすら上がっていないというのが明白に見えたのだった。

 「コイツと一緒に? それは手を焼きそうだから嫌だわ」

 『焔村だけに、手を焼くか〜。 最後は上手いこと言って締めたなあ~』

 ノンビリしている幼楓は、そんな感想を抱いていたのであった。



 その後、傭兵Aクラスの5人は、反省会と自主訓練に励む予定だと言いながら、訓練場を出て移動したので、他の9人は寮に戻って着替えてから、専用教場に再集合と決まった。

 この日の5限は、幼楓達4人のスキルアップ訓練は急遽中止となり、模擬訓練に関する検討会をした後、自習へと変更になっていた。


 「少佐。 私達に向けて自走式ロケット砲使うって、大袈裟過ぎますし、訓練場で使うには射程が長すぎるんじゃないですか?」

 「ロケット弾を使うのならば、その通りだけど、今回は特殊な訓練用のペイント弾だからね。 それに戦車という訳にもいかないだろ? 発射装置が有れば何でも良かったってことで、今回の車両は国防軍に納入する候補の試作品を使ったんだよ。 上条財閥の製造で今日は実験という形だね」

 説明を受けて、ようやく納得した特別クラスの4人。

 ただ、夏休みに入って実施した2回の訓練が、戦々Aクラスに取って実りのあるものになっているのか、ちょっと疑問だと鏡水が質問するのであった。


 それに対して、

 「僕達は、先ず雰囲気に慣れることなんです。 今までは訓練場に立っただけで、落ち着いて行動出来ない感覚がありましたが、何度も参加すれば、緊張し過ぎることは無くなるでしょう」

 「なるほどね~」

 「逆に僕達から4人に尋ねたいのですが、傭兵クラスとは違って、場数は僕達と変わらないのに、何でいつも落ち着き払っているのですか?」

 「そういえば、何でだろうね〜」

 鏡水が指摘されると確かにそうだと疑問を答える。


 「私達は戦闘の経験は無い筈だけど、誰かの実体験が強烈にインプットされているの。 私の場合は、同じように特別な能力を持っている潮音ちゃんの記憶だと予測している」

 「国防軍から見たら、僕達は兵器なんだよ。 そうした事実や記憶、覚悟なんかも長い間の色々な機会で事前に植え付けられていたからじゃないかな?」

 事もなげに答える石音と幼楓。

 その発言内容は同級生である戦々Aクラスの5人にとって、少し衝撃的なものであった。


 「兵器か〜。 私達の同級生で同じ人間なのに、そういう扱いになっているなんて、ショックだな~」 

 「言葉を飾っても仕方ない。 秋月先生も僕も、君達に偉そうに物事を教えるような立場では無いんだ。 4人を特別な兵器として育てるのが仕事だからね。 Aクラスの5人は、これからエリート軍人になる人も居ると思うけど、戦争って思っている以上に悲惨なんだよ。 まして敵が自分達より国力で上回る場合、侵略されない抑止力を持つにしろ、奪われた領土の奪還の為の奇襲にしろ、軍事力で劣るその代わりとして特別な兵器を求めてしまうのは、世の常さ」

 その言葉に押し黙ってしまう戦々Aクラスの5人。


 「今回高校最後の夏休みを、君達は特別クラスの4人と過ごすという選択をしてくれた。 だから、この1か月半の4人の生き様を是非、心に焼き付けておいて欲しいんだ。 4人だけではなく、さっき一緒に模擬戦を戦った傭兵Aクラスの5人の姿もだ」

 櫂少佐は一旦言葉を切って、飲み物で喉を潤してから話を続ける。

 「たとえば、君達が60歳になって開かれる高校の同窓会に参加した時、きっと特別クラスの4人も傭兵Aクラスの5人も、その大半は永遠に同窓会へ参加出来ない人生の結末を迎えてしまっていることだろう。 その時、彼等のことを少しでも話題にして欲しい。 みんなの幸せを守る為に、早くにその命を散らしてしまった同級生が居たことを。 そんな彼等の高校時代における笑顔の姿の話をね」


 少佐の言葉に、大きなショックを受ける5人。

 同級生の彼等がこれから経験するだろう過酷な人生のことなど、微塵も考えたことは無いからだ。

 高校3年生は、自分自身の人生の道を決める上で非常に大事な時。

 普通は、受験勉強に専念する等、自分のことで精一杯なのが当たり前であり、他人のことを考える余裕など、無いのも当然だからだ。


 「少佐。 そんな湿っぽい話ばかりしているけど、もしかしたら、60歳まで全員運良く生き残っているかもしれないじゃない?」

 鏡水は、高校生活最後の夏休みに湿っぽい話は似合わないと言いたげだ。

 「こんな話を聞いた後で5人にお願いしたいのは、今まで通り、普通に接して欲しいってこと。 変に気を遣わないでさ」

 「そうだよ。 俺達も軍属になった傭兵Aクラスの5人も、今こうして普通に生きているじゃん」

 「勉強やスポーツで、切磋琢磨し合うエリート高校のライバル達。 ちょっとおかしいのはこの学校、軍事訓練での対決が多いことぐらいかな」

 幼楓、焔村、石音が続けて自分達の意見を述べる。

 最後に鏡水が、

 「だから私達は今まで通り、5人の勉強のライバルのまま。 暗い真実を聞いて同情してくれても、一切手加減しないわよ」

と笑顔で語って締める。


 その言葉を聞いて、5人の表情にも笑顔が戻る。

 「俺達の最後の夏休みは始まったばかり。 勉強や訓練はもちろんのこと、良い経験と思い出をしっかり作ろうぜ、みんな」

 今回の合同授業・訓練を発案した鳴澤蒼浪理がそう叫ぶと、以降教場内はガヤガヤ、ザワザワ。

 普段は静かに自習か訓練をしている夏休み中の特別時間割りの第5限は、この日に限って色々な雑談が続く、高校生らしい時間となったのだった。

 

 

 

 授業時間が終わり、夕食を食べる為、9人が和食専用食堂に移動すると、その出入口で鏡水が女子生徒に声を掛けられた。

 「先輩。 お時間少し宜しいですか......」

 「えっ、今じゃなきゃダメ?」

 「用件は直ぐに終わりますから......。 返事は今で無くても......」

 一瞬『少し面倒くさいなあ~』という表情を見せる鏡水。

 「みんな、先に食べてて」

 そう告げると、その女の子と一緒に、一旦食堂から出て行く。


 可愛らしいその女子生徒は、どう見ても後輩に見えたので、

 「今の子、誰?」

と幼楓が焔村に尋ねる。

 「全然知らない。 鏡水も誰だか知らないんじゃないかな?」

 「じゃあ、何かの用事? 用件がどうのこうのとか言ってたけど」

 「楓は初めて見る光景だよね。 まあ、水にはよく有ることよ」

 石音は、大して興味無さそうに答える。

 どうせ結果は、見なくてもいつも同じだからだ。


 「あれって、もしかして告白?」

 幼楓にも、2人の素っ気ない反応に、ようやく用件が何なのかに気付いたのだ。

 確かに鏡水は背が高く、長い髪を短く束ねている姿だと、少し男っぽく見えなくもない。

 ハキハキした性格と容姿は非常に優れているので、イケメンが霞む程のイケメン女子なのだ。

 ちらっと食堂の外を見やると、即お断りしたのであろう。

 声を掛けてきた後輩の女の子が、もう泣き出してしまっている。

 『まだ1分も経っていないのに......』

 少し困った顔をしている鏡水は、ちょっとだけ宥めると、直ぐに食堂に入って来て、最後尾に並んでいた幼楓の隣に立つのであった。


 「ご苦労様」

 「本当に困るのよ。 断ると直ぐ泣き出されるでしょ。 まるで私がイジメているみたいじゃない?」

 「即答しているんだ」

 「だって私、女の子と付き合う気、全く無いわよ。 変に期待を持たせないように、直ぐ返事をするのが、功徳というものでしょ」

 すると、幼楓が鏡水と背を比べてみる。

 「楓、何やっているの?」

 「背くらべ」

 「おいおい、小学生かよ」

 ツッコミながら、鏡水が幼楓の背中を叩く。

 「僕とあんまり変わらないよね?」

 「173センチあるからね。 楓も同じ位?」

 「174だよ」

 勝ったという表情の幼楓に、

 「女の子に背の高さで勝ったからって、ドヤ顔しないの」

 呆れた表情を見せる鏡水の背中越しに出入口の外を見ると、鏡水と親しげに話している幼楓の様子を妬ましい表情で睨みつける、先程の後輩女子の姿が見えたのであった。

 「おお、こわ〜」

 小声で言いながら、珍しくおどけた表情を見せた幼楓が、急に料理を取り始めたので、後ろを振り返る鏡水。

 そして幼楓と同じく、直ぐに料理を見繕い始めたのであった。



 みんなが座っているテーブルに、後から座った鏡水。

 すると、こうした光景は戦々Aクラスでも知られているのか、

 「九堂さん、モテる人は気苦労が耐えないね」

と莉衣菜から同情される。

 「イケメン男子だったら、ちょっと考えるかもしれないけど、女の子に告白されてもね......」

 その答えを聞き、周囲の男子勢の顔を見渡す莉衣菜。

 「九堂さんと釣り合うようなイケメン、ここには居ないわ~」

 思わず嘆息すると、夏織と合わせた3人の女子高生は笑い始める。

 「俺は良い方だろ? 水」

 焔村が自分だけはフツメンじゃないとアピールするも、

 「私から見て、背の高さは合格。 でも他は不合格」

 鏡水にバッサリと斬られてしまい、

 「そんな〜」

と情けない声をあげる焔村に、みんなが大笑いする。


 しかし、石音だけはニコりともしない。

 「石音もそうは思わない?」

 水が男子達を誂うように同意を求めると、

 「私は見た目より、内面重視だから」

との真面目なお答え。

 「皆の衆、喜び給え。 石音姫ならばここに座っておられる誰にでもチャンスがあるでござるよ」

 鏡水が笑顔で男5人に対して宣言する。

 「水より石音の方が女性っぽいからね。 美人でカワイイし、みんなにチャンスってイイと思う」

 幼楓が彼らしい、ノンビリした反応を示したので、笑い出す女子達。

 石音は、幼楓のさり気ない褒め言葉に、ちょっぴり恥ずかしそうな反応を示すのであった。

 

 

 そんな高校生っぽい出来事は、あっという間。

 9人も食事を終えると、それぞれ勉強や体力錬成に余念が無い。

 特別クラスが受講する日中の座学の授業では、国際戦々科との共通科目の授業が少ないので、その科目や理系科目を寝るまで自主的に勉強して過ごすのが大半の夜の過ごし方であった。


 

 夜もだいぶ更けた午後10時過ぎ。

 幼楓は、小腹が空いたので一階のコンビニで買い物を済ますと、そのまま寮の中庭に出て涼んでいた。

 高等部だけでも、1000人を超える生徒が暮らす全寮制の学校であるので、中等部と一緒になっている居住区域には10棟の大型マンションタイプの寮が林立しており、中庭もかなり広い。

 そんな中庭で、誰も居ないベンチに座り、今日の模擬実戦訓練時の感覚を確認していた幼楓。

 『急にスキルが強くなってしまった。 今日は石音の策謀で、相手を倒す為にスキルを使わずに済んだけど、次回以降はそうもいかないだろう。 下手すれば相手に大怪我を負わせたり、殺してしまう可能性が有るのだな......上手くコントロール出来るだろうか......』

 かなり深刻に、そのことを考えていた幼楓。


 すると、いつの間にか同じベンチに座っている女性が居た。

 鏡水であった。

 「どうしたの? 随分深刻そうな表情で」

 その質問には、右手で小さく強い旋風を起こすことで答える。

 「スキルが強くなったことでの悩みね。 私は反対に、楓と石音の強いスキルに比べると、自分のスキルが弱く見えて、少し自信喪失っていう感じなのよ」

 「それで、外に出て来たんだ」

 「そういうことでは無くて、コンビニに行こうと思ったら、楓が店から出て中庭に向かうのが見えたからね」

 理由を答えると、買ったばかりのアイスを一本楓に手渡す。

 「くれるの?」

 「私の奢りでイイわ。 今日の模擬実戦訓練で活躍したご褒美ってことで」

 そう言いながら、もう一本のアイスを食べ始める鏡水。

 「ありがとう。 遠慮なく貰うよ」


 その後は無言が続くベンチ。

 時々、目の前を高等部や中等部の生徒が通り過ぎて行く。

 門限が午後11時となっているので、中庭を通る大半の生徒は、閉店時間が近付いたコンビニへの買い出しがその用件である。

 夏休み中、高3だけは午前零時が門限。

 受験勉強の為に、図書館が午後11時40分まで開放されているからだ。

 それ以降は、外を出歩くとペナルティーが課せられるので、破る者はまず居ない。


 鏡水がベンチに座っていることで、高2以下の下級生がそれに気付くと、少し騒ぐ生徒も見掛ける。

 一方、高3で騒ぐような生徒は誰も居ないので、非常に対照的なのだが......

 「水って、下級生にはモテるんだね」

 「この学校ってわかりやすいよね~。 下級生とは利害関係が無いでしょ? それで普通に接してくるけど、同級生からは嫌厭されている。 優等生の私に対して、バチバチのライバル意識ってことで」

 「優等生って自分で言うんだ〜」

 「でも、違わないでしょ?」

 「確かに。 昔の記憶が無いから、よくわからないけど、きっと本来の僕達が通っていた学校は、ここの高校とは全然違う、普通の学校だったのだろうね」

 「楓って、全く記憶が残っていないの?」

 「うん。 でも生活には何の支障が無いから不思議だと思っている」

 「私は少し記憶が残っているわよ」

 「えっ、そうなの?」

 幼楓は3人も自分と同じで、65年前以前の記憶が全て消されていると思っていたから、驚きの表情を見せる。


 「家族の記憶とかは残っていないよ。 何処で暮らしていたのかとか、友達とか、通っていた学校とか、そういう記憶は消されているわ。 でも、なぜだか仕事をしていた記憶だけは残っているのよ」

 鏡水によると、65年前高校生でモデルをやっていたらしいのだ。

 人間関係とかの記憶も残っていないが、とにかく仕事をしていたことだけは覚えているらしい。

 「華やかな世界で、スポットライトを浴びている。 将来も有望視されてて、楽しそうな私なんだよね。 その姿って」

 ひとこと呟くと、その記憶を懐かしそうに思い起こしているようであった。


 「でも、そんな細かい記憶操作って、現代の技術力で出来るのかなあ~」 

 鏡水の疑問は最もである。

 65年間に、技術の進歩はそれなりに有ったが、人の記憶を自在に出来る程のものでは無い。

 すると、2人の座っているベンチの後ろから、聞き覚えのある声がしたのであった。

 「こんな時間に二人っきりって。 もしかしてデート?」

 「そうだったら素敵ですけど。 僕達がそういう関係では無いって知っているくせに」

 幼楓が答えた声の主は、秋月潮音であった。


 「予定より、2日早いじゃん」

 「貴女達が心配で、予定を早めて戻ってきたのよ」

 その答えを聞くと、立ち上がった鏡水は潮音に抱き着く。

 「おかえり〜、潮音ちゃん」 

 「こらこら。 水は私より背が高いのだから、無理に抱き着かないで」

 抱き着くというよりは、寄り掛かるような形になっている2人。

 そして、一緒にベンチへ座るのだった。


 「こんな時間に、どんな話をしていたの?」

 そこで、今日のスキルの発動状態や消された記憶の話をする。

 どうやって消したのかとか、鏡水に一部残っている話とかを。

 「4人の記憶を消したのは私よ。 目覚める直前にね」

 「やっぱり潮音ちゃんか〜」

 「記憶を取り戻したい? この時代で生きて行く上で、半世紀以上前の記憶は、百害あって一利なしだよ。 4人の両親は全員亡くなっているし、みんな一人っ子で兄弟姉妹は居ないからね」

 「そうなんだ。 私は遠慮するよ、潮音ちゃんを信じているし。 消さずに残してくれた記憶だけが、幸せを目一杯感じられた過去なのだと思っているんだ」

 「僕は微妙。 どうしよう......」

 「じゃあ、楓だけ戻そうか?」

 悪戯顔の潮音を見て、幼楓はやっぱり思い直す。

 『多分、僕の記憶は戻しても問題ないのだろうな〜。 きっとごくごく平凡でつまらない日々の連続ってところか......』

 そう判断したので、

 「やっぱり、イイです。 僕も先生を信じるってことで」

 「うふふ。 私って信頼されている教師なのね」

 なんだか凄く嬉しそうな表情の潮音。


 「あの〜、潮音ちゃん」

 「なに?」

 「記憶は戻さなくて良いのだけど、一つだけ聞きたいことが有るの」

 「いいわよ。 答えられることならば」

 「私の下腹部にある縦の大きな傷跡って......」

 「うん」

 「もしかして......」

 「もしかするかもね」

 「私のスキルって、水じゃん」

 「そうね」

 「まさか......」

 「そのまさかよ」

 幼楓が一緒に居るので、鏡水は直接言葉にせず、間接的な言い方で質問をしているのだ。

 それだけ、年頃の女の子としたら恥ずかしい内容であった。

 そして潮音の答えに、『ガ~ン』という表情に変わってしまう。

 「私のスキルは水。 水だけに水子の霊が......」

 小さな声でブツブツ呟いているが、静かな夜の中庭なので、幼楓には聞き取れてしまったのであった。


 「ねえ、潮音ちゃん」

 「私の相手、イケメンだった?」

 「相手? ああ、傷跡を作る原因だった相手ね。 イケメンとは全然言えないなあ~」

 「もしかして、65年前の私って、あまり自分を大事にしない子だったのかなあ〜」

 「そんなことは無いと思うよ」

 「でも、こんな大きな傷跡が残るようなことを平気でしちゃったのでしょ? 16〜17歳ぐらいで」

 「そこはよくわからないわねえ〜」

 潮音は、はぐらかす様な答えをするのであった。



 「今の2人の話だけど」

 幼楓は、あえて割り込んでみることに。

 「乙女の大事な話に割って入るなんて、楓は大胆ね」

 ちょっと不機嫌な顔に変わった鏡水。

 『逆鱗に触れそうだな~。 でも勘違いしていたら良くないし』

 そう思ったので、質問を続ける。

 「鏡水のお腹に、帝王切開の傷跡が有るってことだよね?」

 そのダイレクトな表現に、めちゃくちゃムッとした鏡水。

 キョトンとした表情の潮音。


 そして、潮音は笑い出す。

 「それで、自分を大事にしない子だって言ったのね。 妊娠に気付くのが遅れて帝王切開で墮胎して、水子の霊っていう流れか〜。 貴女、今でも処女なのに、そんなこと有り得る?」

 その言葉を聞いて、今まで見たことのないくらい真っ赤になった鏡水。

 恥ずかし過ぎて顔を手で覆ってしまう。


 「その傷跡は、水がストーカーに刺された時のものよ。 大怪我して以後の貴女は、体調も崩れたままで、塞ぎ込むようになってしまったの。 だから、そんな記憶戻さない方が良いでしょ?」

 その言葉に頷く鏡水。

 「65年前、どうして貴方達4人が、あのプロジェクトの初期の頃の対象に選ばれたのか、それはよくわからないわ。 私が生まれる前のことだし、極秘の計画だったからね」

 少し説明が必要だと感じた潮音が、知っている範囲での事情を語る。


 「貴方達がそれぞれ目覚める直前、私は記憶をチェックさせて貰った。 その結果、一旦全員の記憶を消去すべきだと判断したから封印したってこと。 今後の過酷な運命を生き抜く為には障害になりそうな記憶を4人全員が抱えていたからね」

 その言い方で逆に興味を持ってしまった幼楓。

 潮音もそれに気付いたので、説明を更に変える。 

 「端的に言えば、楓や石音、村は極秘プロジェクト参加で貰える大金目当ての両親に売られたのよ。 その身ごとね」

 「......」

 「それでも知りたいって言うなら、記憶を戻してあげるけど、裏切られたことを引き摺ってしまえば、スキルの成長にも悪影響が出るし、第一、今直ぐに出動命令が出たら、死ぬことになるわよ」

 「出動命令って、出るのですか?」

 「情勢が良くないのよ。 敵の動きも、国防軍内部の雰囲気も」

 その言葉で現実に引き戻された鏡水と幼楓。

 高校生っぽい感じで過ごせた時間は、数時間に過ぎずで終わった。


 「あ~あ。 今日は潮音ちゃんに会わなきゃ良かった。 5限から、ちょっと高校生らしい雰囲気でいっぱいだったのに、現実世界へ帰って来ちゃった感じ?」

 国防軍の話を聞いた鏡水は、残念そうな表情をみせると立ち上がる。

 「私は今幸せだから、過去の記憶なんて要らないわ。 じゃあ、おやすみなさい、潮音ちゃん、楓」

 そう言い残すと、寮の方へと帰って行く。

 その後ろ姿に視線を送りながら、

 「先生。 僕も部屋に帰ります」

 「おやすみ、楓。 スキルが向上した件は、明日話をしましょう」

 そんな挨拶を交わすと、幼楓も先を歩く鏡水を小走りで追い掛け、何かを会話しながら、2人は寮の建物の中に入って行った。


 その姿が見えなくなるまで見送ってから潮音も、隣接する大学の敷地へと向かっていく。

 国防軍の会議の結果は、4人の若者に取って芳しいものでは無かったが、そんな情報を聞いても彼等は特に気に留める様子もない。

 定められた運命を、ただ受け容れることだけが、彼等が進むことが出来る唯一の道であるかのように......

 そんな4人に対して、少し涙が滲んでしまう潮音であった......

 

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