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第7話(激戦の模擬戦)

いよいよ始まった、新たな段階の模擬実戦訓練。

当初は互角の戦いになるものと期待されていたが、潮音がリミッターを下げる決断を直前に行った影響で、予想外の展開になるのであった。


 一方、条月大学附属高校の屋外訓練場。

 ここでは2キロ四方の範囲で地形が自動構築され、幼楓達4人が離島の海岸を模した場所に上陸した時点から戦闘開始という設定で、模擬実戦訓練がスタートしたのであった。


 先ずは石音が砂を急速に盛り上げて、防壁を作り始める。

 他の3人が周囲を警戒。

 するとその上空を偵察ドローンが、高度数百メートルから鏡水達4人の動きの監視し始める。

 「スゲえ〜。 アイツ等ドローンまでいきなり投入か〜」

 上を見上げて焔村が無邪気にはしゃぐ。

 「感心してないで。 撃墜しないと」

 石音の指示で、鏡水が水弾で狙うも、高度が高過ぎて届かない。


 「僕がやってみるよ」

 幼楓が自ら名乗り出て、右腕を上空に向けて伸ばし、握っていた右手を開く。

 すると、今までにない強風が発生して、偵察ドローンを直撃。

 回転翼が折れたドローンは、そのまま墜落したのであった。

 『あれっ。 やっぱりスキルが強くなっている......』

 幼楓自身が驚く程の手応え。

 「楓、どうしたんだよ。 いつの間にそんな技、身に付けたんだ?」

 焔村が大喜び。

 しかし当の幼楓は、一抹の不安を感じたので、やや苦笑いで応えたのだった。



 偵察ドローンを放った、傭兵Aクラス。

 送られてくる映像を見ていたので、撃墜された状況を把握出来ていた。

 「やはり、撃墜されたな」

 「九堂に落とされると思っていたが......風の力でとは、想定外だ」

 「一応必要な情報は得られた。 陣地は円型で二重の防壁を築いているのか......ただ風遣いの彼が、こんなに早く力に目覚めているとは、少し予定を変更しなければ」

 5人はそのような会話をして、事前に立てていた作戦を少し修正する。

 第一回の実実試験の結果から、鏡水・焔村・石音の3人の時は、上空からの攻撃に対して反撃手段が限られるという弱点が露呈していたものの、風遣いの幼楓が登場したことで、その弱点が大きく補強されたと判断はしていた。

 ただ現状、かなり高い上空にまで、強力な風を吹き上げる能力は無いと予測して、攻略作戦を立てていたのだ。


 「前回は集団戦を逆手にとられて、火炎に包まれ降伏せざるを得なかったが、今回は俺達の特性を活かすことに徹しよう。 それぞれが個々に接近して、同時攻撃で彼等の陣地を破壊し、海へと追い落とす。 では、健闘を祈る」

 真紗人の合図で、バラけた傭兵Aクラスの5人。

 別部隊として、連携はしていないが力技で海岸へ向かっている戦々Aクラスを隠れ蓑にして、砂浜に上陸して橋頭堡を作り、周囲の制圧を目指している特別クラスの4人に接近する作戦であった。



 戦々Aクラスは櫂少佐指揮のもと、小型無人自走式多連装ロケット砲を先頭に、完全武装の5人がその後ろに続いて、特別クラスが陣地を構築中の海岸へと向かって移動していた。

 「こんな飛び道具、反則じゃないですか?」

 蒼浪理の質問に、

 「相手は、実際に戦闘となった時に使うスキルで攻撃してくるのだから、反則じゃないよ。 今回戦々Aクラスの5人は、この自動自走式のロケット砲車両を虎の子として守りながら、特別クラスの陣地を破壊して、海へと押し返すのが作戦目的だ。 なるべく車両が壊されないよう、頑張ってくれな」

 少佐の指示に、

 「了解」

と声を上げる5人。


 もちろん、本物のロケット弾が装填されている訳ではないが、それに模したペイント弾が使われていた。

 今回の模擬訓練は、銃火器系は全てペイント弾を使っており、個々の負傷具合〜死亡の判定はペイントされた量や部位で自動的に判定される。

 特別クラスの4人も前回とは異なり、防護装備を装着しているが、攻撃は今回も自身のスキルでの対応がメインとなっている。

 よって4人からの攻撃は、全て実物攻撃なので、対戦相手側としては、一切気を抜くことは出来ないのだ。


 無人自走式ロケット砲車両は、標的である4人を狙い撃てる地形に到達すると、ペイント弾搭載のロケット弾を自動的に6発ずつ発射。

 いきなりの遠距離攻撃に、鏡水が海水の防壁を作って対応。

 焔村が火炎の幕で内側から防壁を補強し、幼楓が風の渦巻きを作って、陣地周辺を防御する。

 「潮音ちゃん居ないのに、今回の模擬は今までと相手の使う兵器が段違いだなあ」

 焔村が防戦一方となっていることに、ボヤいてしまう。

 「私達のスキルのレベルが上がってきているという証左だよ。 地上戦で使う兵器を投入しないと私達の訓練にならないということ」

 鏡水が焔村のボヤきに答えると、

 「ロケット弾の攻撃が一旦止まったわ。 水、村。 自走式の位置に向けて、反撃して」

 小型レーダー探知機の画面を見ながら、石音が無駄口を叩かず指示をする。

 「遠いなあ〜。 届かないかもしれないけど......」

 焔村がブツブツ言いながら、得意とする火炎弾をロケット砲の現在位置と思われるポイントに向けて次々と放つ。

 命中しなくても、周囲に火を点けて、接近を阻止する目的での攻撃。

 鏡水も、自走式車両に走行不能のダメージを与える為、水弾の束をポイントに向けて放っていた。

 エンジンかタイヤに命中すれば、足止め出来るからである。


 「あわわわ」

 仲定大陽が、自走式の横を小走りで追従していたところ、周囲に水弾が次々と着弾し始めたので、慌てて防護盾を構え自身の身を護る。

 他の4人も、大陽の動きを見て同様の行動に。

 特別な4人が傭兵クラスでは無く、戦々Aクラスに対して反撃に出てきたので、このまま接近しても長くは持たないと判断した櫂少佐。

 自走式が走行可能なうちに、ペイント弾を乱れ撃ってまぐれ当りを狙う作戦に変更。

 幼楓達が自走式に気を取られている隙に、傭兵クラスが陣地を奇襲してくれるだろうと見ての作戦変更であった。


 「ロケット弾の再装填を急げ」

 少佐が5人に指示をすると、3人が防護盾で作業する者達を守りながら、残りの2人が再装填作業を開始。

 「終わりました」

 「車両から離れろ」

 「了解」

 少佐の指示に必死に従う5人。

 数秒後、自動的にロケット弾が幼楓達に向けて再射され、砂浜で大きな砂塵が巻き上がるのであった。




 特別クラスの4人が、自走式ロケット砲の破壊を目指して集中攻撃している間に、傭兵Aクラスの5人はバラバラに海岸周辺に広がる森林地帯を踏破しており、特別クラス4人の陣地へと近付いていた。

 『向こうの戦々Aクラスの部隊は、自走式ロケット砲を連れているのか。 これは好機が来そうだな』

 5人それぞれが、同じような状況判断をしており、それぞれが考えて行動する『一騎当千』を3年間掲げてきた成果を見せる時が来ていると実感していた。

 徐々に近付いてきた特別クラスが橋頭堡として籠もっている陣地。

 海岸に作られた陣地を破壊、若しくは制圧した時点で傭兵Aクラスの勝利というのが、今日のルールとなっているのだ。

 彼等が一番恐れている攻撃は、森林地帯に火を放たれること。

 しかし、今のところ接近阻止の火炎攻撃は行われていなかった。

 「少しおかしいな。 普通なら最初に焔村のスキルを使って、火を放つべきだが......」

 尚武真紗人と成末夢叶の2人は違和感を感じながらも、戦々Aクラスの自走式ロケット砲車両が動けなくなる迄が勝負と見て、一気に特別クラスの陣地へと迫っていたのであった。


 「水。 水弾が自走式のエンジンとかに命中している手応え有る?」

 焔村は、ロケット砲のこれ以上の接近阻止の為に、火炎を広範囲に放ちながら、確認する。

 「う~ん。 イマイチ無いわね。 ちょっと遠すぎるのかな?」

 実は櫂少佐が自走式のエンジンやタイヤを壊されないように、事前に即席の防護板を貼っていたので、壊せていなかったのであった。

 「仕方ないから、石音にやって貰おうかな。 自走式、ひっくり返してよ」

 鏡水のその言葉に無言で頷くと、石音は集中する。

 そして、広大な訓練場内の全体を感覚を研ぎ澄まし、レーダー探知の画面上に反応している自走式ロケット砲の位置と感覚を合わせてから、一気に地面を盛り上げたのだ。


 「うわ~。 なんだ〜」

 戦々Aクラスの5人は、自分達が小走りで進んでいた路盤がグラグラ揺れ始めたのに驚いて、その場で屈み込む。

 「大きな地震?」

 そう思うほどの揺れに見舞われた時、櫂少佐が、

 「全員、退避〜」

と叫ぶ。

 その大声で慌てて立ち上がり、とにかく後方へと必死に逃げ出す。

 すると、自走式の真下の地面が5メートル程一気に盛り上がり、その衝撃で自走式はひっくり返しになってしまったのであった。


 「ヤラれた〜」

 蒼浪理と莉衣菜が残念そうに呟きながら、低くしていた姿勢を止めて立ち上がったが、その時星都が、

 「まだ立ち上がっちゃダメだ〜」

と大声で叫んだものの、時すでに遅し。

 夏織と大陽もなんとなく立ち上がったところに、竜巻のようなものが急に発生。

 暴風に耐えようと、立ち上がってしまった4人は踏ん張る。

 やがて、竜巻は消え去ったが、4人の防護装備はペイント弾を無数に浴びていて、塗料だらけに。

 竜巻は幼楓が引き起こしたもので、その内部はペイント弾が荒れ狂う嵐であったのだった。


 「ルールを上手く使われてしまったな。 流石特別クラスの4人だ」

 櫂少佐は、ペイントだらけにされた4人を見ながら、今回の攻撃の評価を下す。

 「君達に怪我をさせないように配慮しながらも、今日の勝敗ルールを上手く利用した攻撃をされてしまったな。 4人はここで死亡という判定で、訓練場にある見学室に移動してくれ。 俺と北條君は、もう少し傭兵クラスの5人を援護する為、暫時前進してみるよ」

 少佐の指示に残念そうな敗者の4人。

 「星都。 頑張れよ」

 「星都君。 一矢報いてね」

 そんな仲間の激励を貰うと、右手を上げながら、小走りで前進する櫂少佐のあとを付いて行く。

 その姿を見送りながら4人は、

 「星都が活き活きしているな~」

という感慨深い思いを抱きながら、敗者として訓練場外へと移動するのであった......



 少佐は海岸方向へ歩みを早めながら、

 『おかしいな。 4人の現状のスキルレベルでは、リミッターを一段階下げたぐらいで、1キロ以上先にいる対象を攻撃出来ない筈だが......』

 そんなことを考えていたのだ。

 500メートル以内に接近した場合、自走式ロケット砲をひっくり返される可能性が有ると思っていたので、それ以上の距離をとったまま攻撃を加え続ける予定だったのだが、少佐の立てた作戦は予想以上のスキルの発動によって、見事に破られてしまったのだ。

 『もしかして、4人は急速に目覚め始めているのか? その場合、少将がここに居ないので、訓練を打ち切る場面も想定しないと......』

 幼楓のスキルが、今日は今までと比較にならない程強くなっているし、さっきの攻撃は石音と幼楓の連携によるものであったが、特別クラスの4人側から見た場合、相当余裕の有る半分遊びのような感じの攻撃だったからだ。



 「自走式が使えなくなったか......向こうの攻勢はこれで終了だな」

 傭兵クラスの5人は、直ぐに状況を把握していた。

 彼等は偵察ドローンを戦々Aクラス側にも飛ばしていたのだ。

 「よし、ここは一気に奇襲を仕掛けよう。 その後のことは仲間に任せた」

 木野下慧秀と万武洋仁の2人は、ほぼ同時に同じ決断をしていた。

 5人の中でも2人は最も前進していて、既に特別クラスの陣地まで150メートル程に接近しており、今更躊躇する状況では無かったからだ。


 姿勢を低くして、なるべく見つからないようにしながら陣地に接近する2人。

 すると、直ぐ後背の森林地帯に火の手が上がる。

 自走式を使用不能にしたことで、攻撃目標を接近中の傭兵Aクラスに絞ったのであろう。

 『危ない。 決断があと15秒遅れていたら、火の海に包まれて、一旦引くしかなかっただろう......』

 一瞬の判断の迷いが命取りになるというのは間々有ることだ。

 これは模擬訓練とはいえ、対戦相手は本物の火や風、水を操って攻撃する特別な生徒達。

 訓練という考えは完全に捨てて、本気の戦いに挑まなければならない。

 慧秀と洋仁は、改めて気を引き締めると、左右二手から姿勢を低くして接近し続ける。

 当然だが、2人の接近に気付いた陣地からは、水弾が連続的に発射され始めるのだった。


 『突撃』

 2人は鍛え上げた肉体が持つ能力の全てを発揮し、猛スピードで陣地に接近。

 すると、2人を援護しようと、他の3人のペイント弾が陣地に向けて集中砲火を浴びせてくれたのだった。

 『流石だ。 やはり一騎当千は俺達にピッタリな考え方だ』

 慧秀と洋仁は、3人に感謝しながら約10秒で特別クラスの陣地の外側の防壁に到達。

 彼等が作った防壁を利用して身を隠しながら、息を整えつつ、慎重に二重壁の内壁へと進む。

 陣地内からは森林地帯に向けて、鏡水が放つ水弾が雨霰のように降り注ぎ続けている。


 2人は阿吽の呼吸で同時に、二重壁内壁の更に内側へと飛び込みながら、所携の自動小銃でペイント弾を撃ちまくったのだ。

 しかし......

 「むむ、誰も居ない......しまった~。 既に移動していたのか」

 気付いた瞬間には二重壁が崩れ落ち、2人は砂の蟻地獄の罠に嵌ってしまう。

 石音が砂浜を掘り進めており、中心部は深い穴となっていたのだ。

 穴に墜ちた時、今度は石音に砂を固められてしまい、全く身動きが取れなくなる。

 その時、2人の頭上を一陣の風が舞い、それが吹き去った時にはペイント弾まみれとなっていたのであった。



 援護した残りの3人は、銃撃をしたことで、その居場所が幼楓達4人にも判明する形となってしまっていた。

 その周囲に向けて、焔村が遠慮なく火を放つ。

 鏡水の水弾が容赦なく3人を襲う。

 ただ、それは彼等の想定内。

 攻撃されるよりも一瞬早く、身を翻して移動し、火炎地帯の同心円内から離脱していたのだ。


 「間一髪だったな。 相手の攻撃が止まないということは、突撃した2人は敗北したのか......」

 江理朽優大が小声で呟きながら、一息入れた時、真後ろに人の気配が......

 背中には銃口が突き付けられている感覚があったので、優大は両腕を上げる。

 そして、やにわに体を捻りながら、肩から掛けていた自動小銃を構え直し、一か八かの最後の抵抗を試みたが、逆にペイント弾の束が優大を襲う。

 気付いた時には身体じゅうペイントだらけ。

 石音と幼楓に組み伏せられており、優大は2人の直ぐ脇に作られたばかりの大きな穴が存在していることに気付いた。

 「そうか。 最初から森林地帯こそが特別クラスの罠か......神出鬼没出来る様な穴を掘る準備の為、なかなか火を放たなかったのか......」

 得心がいったように嘆くと、安全のため仲間の2人が敗北した陣地跡へと向かうように促されるのであった。



 傭兵Aクラスの残りは2人。

 優大が森林地帯から出て、安全確保の為に、指示された特別クラスの最初の陣地が有った場所へと歩き出す。

 既にこの時点で森林地帯は多くの火が燃え盛っており、見晴らしの効く砂浜の方が、火も回らず安全だからだ。

 『優大は炎の内側に入ってしまい、降伏したのか?』

 状況のわからない真紗人と夢叶は、敗北して遠くを歩いている江理朽の姿に気付くと、ひとまず森林地帯からの脱出を図る。

 特別クラスの陣地が罠と化して既に放棄されている以上、最初の作戦は破綻をきたしており、目的を果たすのは不可能だと判断したのだ。

 「出発地に引き返せれば、個人的な引き分けには持ち込める。 諜報員は作戦が失敗しても生き残って脱出し、次の機会を窺うという諦めない姿勢を見せるのは当然のことだ」

 2人はそう考えており、残り時間を確認すると約3時間の訓練時間も、残すところ1時間半弱。

 速やかに撤退を開始したのであった。



 「上手く行ったね」

 鏡水の水、焔村の火という目立つ攻撃を囮にして、石音と幼楓のスキルで相手を敗北させる、石音が立てた作戦が見事に成功したことを、2人が褒めていた。

 「まだ4人残っているよ。 しかも一人は櫂少佐だから、砂浜への奇襲を仕掛けて来るかも」

 いつも冷静な石音が、浮ついている鏡水と焔村の気を引き締める。

 「わかっているよ〜」

 2人が声を揃えて答えると、

 「江理朽を捕えた後、地下通路から残った2人の動きを探っていたところ、傭兵クラスの2人は出発地点に戻るみたいだね。 この2人について鏡水と焔村が追跡するのが良いと思う。 適宜放った火を消火しながら、出発地点に追い込んでくれるかな?」

 幼楓の提案に頷く2人。

 「僕達は、砂浜を死守するよ。 ここを占領されると敗北扱いになるルールの訓練だから、仕方ないよね」

 二手に分かれて、勝利の維持を目指す4人。


 「村と水。 作った地下通路を間もなく元に戻すから、通路を通って急いで森林地帯に向かって。 向こうに到着したら水が、水弾を上空に2発放ってくれるかな?」

 石音の指示に、

 「ラージャ」

と答えて、砂浜から地下通路の中に降りて行った2人。

 暫く経つと、水弾が2発上空に上がったので、石音は地面に両手を当てて、地下通路を元に戻してから、突然森林地帯の地面を泥沼に変えたのであった。


 「げっ、石音が泥沼に変えやがった」

 焔村が急に足を取られて、ゲンナリした表情に。

 「私は土の中の水分を操れるから全然大丈夫。 傭兵Aクラスの残り2人を捕捉して倒すから、村はあとからゆっくり来ると良いわ。 火の後始末をしながらね」

 鏡水はそう言い残すと、泥沼に嵌って動きが遅くなっているだろう撤収中の2人に対する追撃を開始。

 「火の用心ってか?」

 焔村は少し愚痴りながら、防護装備が重くて泥沼に足を取られ、身動きが取りにくくなった我が身を嘆くのであった。



 「不味いな。 これではスタート地点に戻る前に捕捉されてしまうな」

 真紗人は呟きながら、それでもそこを目指して歩みの速度を緩めない。

 鍛え抜かれた体力は、石音が作り出した湿地帯をもろともせず、グングン進んで行く。

 しかし、後方から水弾が放たれ、防護装備に衝撃を感じたのだった。

 『もうこんなところ迄追い付いて来たのか』

 後ろを振り返ると、木々の隙間に人影がチラチラしている。

 『仕方ない、ここで迎え撃とう。 夢叶が、スタート地点に戻るまでの時間稼ぎをしてやるか......』

 覚悟を決めた真紗人。

 周囲に簡単なトラップを仕掛けて、鏡水が現れるのを待つ。

 すると、背後から水弾が飛んで来る。

 携行盾で防ぐも、衝撃で盾が吹っ飛ばされそうになったが、ギリギリで持ち堪える。

 今度は、反対方向から。

 更には上空から。

 あらゆる角度から水弾が飛んで来るも、鏡水の姿は見えないまま。

 『いったい、何処に居るのだ?』

 隙をみて、周囲にペイント弾を乱射するも手応えは無い。

 『まあ、イイ。 十分時間稼ぎにはなるだろう』

 再び水弾による攻撃。

 どうも鏡水は少し離れたところから、安全を確保して攻撃を加えてきているようだ。

 『俺達を警戒しているのだな。 虚名も時には役に立つ』

 「附属高歴代最強戦士の一人」尚武真紗人という名前が、高校内で独り歩きしており、その異名に対して、鏡水は罠をおそれて慎重になっていたのだ。

 暫く続く攻防。


 ところが、最後はアッサリと決着がついた。

 石音が戦いの様子を地面を通じて把握し、幼楓に不意討ちでの一陣の風での攻撃を指示したからだ。

 いくつか水弾やペイント弾を浴びながらも、盾を使って致命傷を防ぐ真紗人。

 鏡水とギリギリの攻防の最中だったので、急な風での攻撃には対処出来ない。

 体が吹き飛ばされそうになる強風が木々の間を駆け巡り、真紗人が気付いた時には自身の防護装備のあらゆる場所にペイント弾が命中していたのだ。

 思わず笑ってしまう程の鮮やかな攻撃。

 その結果を知った石音は、森林地帯の地面を元に戻して火を完全に消すと、最後の一人を追尾するよう、無線で2人に指示したのであった。



 忘れられた存在になりつつある櫂少佐と北條星都。

 『傭兵クラスが頑張っているみたいだから、暫くこっちには攻撃が来ないだろう』

と考えながらも2人は警戒しつつ、かなり砂浜に近付いていた。

 「僕達の方への警戒は、あまりしていなさそうですね」

 「今まではそうだったけど......ほら双眼鏡を覗いてご覧」

 少佐に言われて、砂浜の様子を覗いてみると、傭兵Aクラスとみられる3人が、座り込んでいて、飲み物を飲んでいる姿が見えたのだ。

 「あの3人は敗北したのですね」

 「森林地帯から上がっていた火の勢いも急速に弱まっている。 残りの2人は撤退を決めたのだろう」

 一人でもスタート地点に戻れれば、特別クラス4人に対して十分善戦といえる。

 急遽、特別なスキルを制御するリミッターが下げられ、4人の力は昨日までとは異質なレベルに上がっているのだから。


 その時、夏本番間近の炎天下なのに、違和感のある冷涼感のある風が少佐と星都の間を吹き抜けてゆく......

 「少佐。 今の風......」

 「これは見つかったかもな」

 幼楓は風を操って、探索まで出来る様になっていたのだ。

 『いきなりここまで進歩するとは......一人遅れて目覚めたのには、それでも他の3人に直ぐ追いつけるからという理由が有ったのか......』

 そんなことを考えていると、今度は上空から大粒の雨が降ってきた。

 「さっきまで晴れていたのに、突然の雨。 水を操る九堂さんですかね?」

 「いや、これは神坂君の方だ......」

 少佐がそう答えた時には、一瞬で2人とも防護装備がペイント弾の塗料だらけになっていた。

 今回の模擬訓練のルールを上手に利用し、相手に怪我を負わせないようにしながら、ペイント弾の塗料まみれにすることで勝利をおさめた特別クラスの4人。

 いつの間にか、そんなやり方を身に着けていたのかと思うと、

 『気付かぬうちに、子供達は成長しているんだなあ』

という一種の感慨に似た感情を抱き、少佐は自然と笑みが浮かんでしまうのであった。

 


 結局、最後の一人成末夢叶は、スタート地点まであと約50メートルのところで、座り込んでしまうのだった。

 既にスタート地点が焔村と鏡水に占領されており、自動小銃を構えて待たれていたからであった。

 「そこまで〜」 

 スピーカーから、模擬実戦訓練の責任者である立花理事長の声が響き、この日初めて実施された、特別クラスと傭兵・諜報員Aクラス及び戦々Aクラスの3クラス合同の模擬実戦訓練は終了した。

 結果は特別クラスの完全勝利であり、他のクラスも健闘したものの、相手に怪我を負わせないという配慮までされた上での勝敗であり、実力差はかなり広がっているという結論となっていた。




 模擬戦の様子をずっと監視していた国防軍航空宇宙軍特別部隊本部の中央司令室では、想定以上のリミッター解除効果に驚きの声が上がっていた。

 「秋月司令官。 ここまで一気に成長したのは、想定の範囲内ですか?」

 参謀クラスの担当者から次々と質問が飛ぶ。

 訓練場に設置されているあらゆる計測機器から送られてきたデータは、神坂幼楓と京頼石音のスキルが昨日までの数十倍レベルにまで上がっていることを示していた。


 「幼楓、石音両名のスキルの有効範囲は、半径1キロ以上に及んでいるようです。 昨日までは百メートル程度でしたから、驚異的な成長ということになります」

 技術面の責任者藍星中佐が驚いた表情で報告する。

 「水と村の方は? それ程の急激な伸びは感じられなかったけど」

 潮音の質問に、

 「そちらの2人については、リミッターを下げた影響、かなり限定的のようですね」

 技術主任参謀の久萬邊中佐が、今終えたばかりの模擬実戦訓練で計測された2人のスキルデータの最大値を司令官と副司令に見せる。

 「1.3〜1.4倍程度の上昇に留まっているわね。 これが本来の数値でしょう。 楓は二段階下げたし、元々、風のスキルは広範囲タイプで最大半径が十数キロに及ぶものだから不思議じゃないけど、石音はおかしいなあ......」

 そう呟くと、ちょっと考え込んだ潮音。


 「あ〜、わかった~。 今迄私達全員が石音に騙されていたのよ」

 「それって、もしかして......」

 藍星中佐が改めて、石音の過去の全計測データを大型モニターに出す。

 「やっぱり。 大人しい子だからね、ヤラれた~」

 中佐も気づかないほど、自然だけど人為的な数値が並ぶ。

 仮死状態から目覚めた4月以降昨日まで、ずっと一定の上昇を示している。

 他の2人はジグザグしながら、スキルの最大値が上昇しているが、石音はそのジグザグが殆ど無いのだ。

 「能ある鷹は爪を隠すってことね~」

 「なるほどな~。 幼楓君の急なレベルアップに合わせる形で、本来の自分のスキルを出してきたってことか〜」

 潮音に続いて知久四副司令も感想を述べるのであった。



 「みんな、ちょっとイイかな。 今日の結果や今後計測されるデータ、特に幼楓と石音2人に関するスキル急成長の情報は、ここに居る10人の心の内に当面は仕舞っておいて欲しいの。 いくら隠しても、いずれはバレてしまうけど......」

 その言葉に全員が頷く。

 意味はわかっていた。

 こんなに急成長したと国防軍幹部に知れたら、直ぐにでも崎縞諸島への潜入と破壊工作を命じられる可能性が高いからだ。

 大陸の大国の条約違反の戦力増強に皆がイライラしているのだから......


 「今日、少し高い能力を示したからって、明日も安定して出せるかは全くわからない。 4人はまだ高校生。 多感な年頃で精神的にも不安定。 その子達を訓練し人間兵器として運用しようとしている私達の責任を少しでも果たしたいの。 せめて20歳までは絶対に戦場で死なせないという」 

 潮音は鎮痛な表情で訓示をする。

 大人の都合で、何十年も眠らさせられ、急に目覚めさせられたばかりの4人を無駄死にさせては駄目だと改めて誓うのであった。


 

 




 

 

 

 

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