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第6話(会議後の不安)

奥武浦紗季は潮音に謝罪しようと探すも、潮音は最高幹部会議に出席の為、出張してしまっていた。

会議の内容から特別クラスの4人の今後に不安を感じる潮音は、ある決断を下すのであった。


 2090年7月16日。

 夏休み2日目。

 この日、朝から奥武浦紗季はある人物を探していた。

 秋月潮音を。

 「居ないなあ〜」

 ぶつぶつ呟きながら歩いている紗季。

 「今日は日曜日だからかなあ~」


 結局、特別クラスの専用教場前で待ち伏せすることに。

 待つこと約30分。

 最初に現れたのは九堂鏡水と京頼石音の2人であった。

 『げっ、九堂』

 慌てて隠れるも、既に見つかってしまっていたのだ。

 「奥武浦。 何で隠れているの?」

 京水の言葉に、渋々姿を見せる。

 「ここで待ってても、潮音ちゃん、数日は学校に来ないわよ」

 紗季の意図を見抜いた石音の言葉に激しく動揺。

 「来ないって......」

 思わず絶句。

 「潮音ちゃんは本来の仕事で、今日から首都に出張」

 石音が短く答えると、その場に座り込んでしまう紗季。


 「そういうことで、ちゃんと勉強に励みなさい。 こんな些事にいつまでも気を取られていたら、成績急降下することになるわ。 潮音ちゃんもアンタの暴言なんて、きっともう忘れているから、安心しなさいよ」

 鏡水はそう言いながら、教場の鍵を開ける。

 「アンタも入ってみる?」

 「イイの?」

 「ただの教場だよ」

 そう言われたので、紗季も2人に続いて入ってみた。

 20席の机が固定されており、大きなホワイトボードとモニターが裏表に固定された板が前方の壁に設置されていて、回転させて使い分け出来るようになっている。

 これは他の教場と変わりはない。

 異なる部分は、『部外者立入禁止』と掲出された大きな扉が2箇所、最後方の壁に設置されているところだ。

 そんな教場を見渡してから、適当な座席に座る紗季。


 「奥武浦さん。 昨日の夜、沼田さんが私の部屋を訪れてきたよ」

 「美来が、京頼さんを?」

 「寮の部屋、隣同士だから」

 「そっか〜。 それで美来は何か言ってきたの?」

 「夏休み中の過ごし方について」

 「大人しく勉強するとか言ってた?」

 「基本的には。 ただ」

 「ただ?」

 「奥武浦さんが、どうしても模擬実戦訓練に参加希望だから、何か良い方法はないかって」

 「美来......もうイイのに」

 石音との会話で、このように語った紗季。


 「奥武浦。 本当にもう諦めるの?」

 「うん。 だって九堂達、傭兵Aクラスとの合同訓練も沢山入っているのでしょ?」

 「そうだよ」

 「だったら、私達Dクラスが参加出来る余地なんて無いじゃない?」

 「奥武浦って、やっぱり生粋のリーダーなんだね」

 「なんで?」

 「今、Dクラスでの参加は無理だと言ったからだよ」

 「......」

 「確かにその通り。 これ以上のクラス単位での参加は無理だよ。 もし参加者が更に5人増えるのならば、いっそのこと全クラス参加にしないと文句出そうだし。 奥武浦以外からも」

 「もうそのことは言わないでよ。 私の我が儘だと美来に指摘されて、反省しています」

 

 「奥武浦さん。 奥武浦さんはリーダーとして、どうしてもDクラス5人での参加を求めるの?」

 石音の質問に、

 「出来ればとは、今でも思っているよ」

 「その考えを一回捨ててよ。 今は夏休み期間で、クラス単位での行動を強制すべき時では無いから」

 「確かにそうだけど、高3だからクラス単位での年間成績に大きく影響する大事な長期休暇期間だよ?」

 「その答え方だと、奥武浦さんは条月大学に行っても、Dクラスの5人で一緒に行動し続けるってこと?」

 「いや、そんなつもりは毛頭ないよ......」

 「じゃあ、そろそろ独り立ちさせるべき。 仲間の4人を」

 普段の石音からは考えられないほど饒舌に話す姿に、意外感を抱いた紗季。


 「昨晩沼田さんからは、一人か二人の追加参加も無理なのかって尋ねられた」

 「えっ」

 「だから、私はこう答えたの。 『それは現在の参加者全員の賛同が得られれば、潮音ちゃんの説得は十分可能だよ』って」

 「......」

 「沼田さんには私から、潮音ちゃんを落とす或る方法をアドバイスしておいたわ。 あとは奥武浦さん、貴女が現在の参加者全員の承諾を得る努力をしなさい」

 石音はそこまで話すと、紗季を立たせてから、教場の外に出す。

 そして背中を押して、美来と相談し即行動するように送り出すのだった。

 「私と水の承諾は要らないよ。 残りの13人と潮音ちゃんで合計14人。 リミットは今週の水曜日までだから、頑張ってね」

 石音はそう告げると教場に戻っていく。

 『みんな、本当にお節介焼きなんだから』

 ほぼ完全に諦めていた夏休み中に実施される特別な模擬実戦訓練への参加。

 その道を同級生達がこじ開けようとしてくれていることに、感謝する紗季であった。




 専用教場に向かう途中、紗季とすれ違った幼楓と焔村。

 「あれっ、奥武浦じゃん」

 軽い足取りで、2人に向かって軽く会釈しつつ、急ぎ廊下を寮の方向に進む姿を見て、

 「きっと彼女にとって、何か希望の持てる話が有ったんだよ」

 幼楓と焔村はそんな会話をしながら、教場に入ると、女性陣2人が先に来ていたのだ。


 「奥武浦さんと何か話をしたの?」

 幼楓の質問に、

 「奥武浦さんの親友の沼田さんからお願いされてね。 だから私の方で根回ししたんだ」

と石音が答える。

 それだけでピーンときた幼楓。

 「僕達も了承済みっていうことでイイよ。 なあ、焔村」

 「まあ、よくわかんねえけど、石音がアドバイスしたことなら、そういうことで」

 その言い方に一応説明しておこうと、

 「村。 来週ぐらいから模擬実戦訓練に、傭兵クラス側で奥武浦さんと沼田さんが参加するっていう話だよ」

 「そうなのか? 石音」

 「楓君。 なんでそう思ったの? まだ沼田さん以外には何も話していないのに」

 「さっきすれ違った際、奥武浦さんがなんとなく笑顔だったから。 もしかして違うの?」

 「......いえ。 違わないわ」

 石音はそう答えると、窓の外を眺め続ける。

 『楓はぼーっとした雰囲気だけど、頭が相当切れるのね』

 そんなことを考えながら。



 やがて戦々Aクラスの5人も揃い、授業が始まる。

 秋月潮音の不在中は、理事長の立花美月がほぼ全ての授業を担当。

 夏休み期間中、特別クラスに実施される授業は基本的に、軍事戦略・軍事戦術・国際政治・英文・英会話の五科目のみ。

 国際戦略と国際戦術も1週間に1時限ずつ実施されるが、軍事戦略・軍事戦術と大きな差異の有る部分だけの講義を集中的に行うだけだ。

 実技は、射撃・戦略戦術シミュレーター・模擬実戦訓練の三科目。

 体育スポーツが息抜きの目的で、週に1時限設定されている。

 特別クラスは、その他に毎日1時限のスキルアップ訓練があり、その時間Aクラスは自習ということになる。

 夏期休暇期間中の授業1時限は80分。

 休憩時間が10分有るので、事実上1コマ90分制。

 12時〜13時は昼食休憩。

 午前中は2時限、午後は3時限の一日合計5時限。

 そのうち、午後の3時限目と4時限目は合算されて、合計3時間近い模擬実戦訓練か戦略戦術シミュレーターの授業となっている日が多いのであった。


 この日の5時限目。

 4時限目は射撃訓練で、櫂少佐が担当していたが、授業終了後、専用教場に戻ると、立花理事長が小型犬を抱いて現れた。

 そのまま特別クラスの4人は、教場奥の特別訓練場に入るように指示される。


 「理事長〜。 今日は潮音ちゃんが居ないけど、スキル訓練やっても良いのですか?」

 扉を閉めてから、焔村が質問する。

 「この子が指導するから大丈夫よ」

 その答えに怪訝な表情を見せた4人。

 「この子って、犬?」

 すると、脳内に男の人の声が響く。

 『僕はこんな姿だけど、元は人間なんだよ。 君達のような少し変わった能力を持っていたんだ』

 その声を聞き、4人はジーッと小型犬を見詰める。

 『では、始めようか?』

 その合図で、訓練開始。

 その後、その声は時々アドバイスをくれた。

 その度に各々が小型犬の方を見ると、包まって眠ったままのように見える。

 理事長は既に訓練場の外に出てしまっており、声の主は、この小型犬しか考えられない。

 狐につままれた様な不思議な体験。

 しかし、4人には特別な能力が有るのだから、この犬にもそういうモノが有っても不思議ではない。

 そんなことを考えながら、この日のスキル訓練を終えたのであった......




 9人はこの日の授業を終えてから、夕食を食べる為、和洋食堂に向かう。

 すると、待ち合わせていた傭兵Aクラスの5人が先に食事を摂っていた。

 「9人一緒に来るとはな。 すっかり仲良し小好しのお友達クラス関係になったってことかな?」

 尚武真紗人が不気味な笑みを浮かべながら話し掛けてきた。

 「明日の模擬実戦訓練では、そんなの関係無いわ。 傭兵クラスの5人と戦々Aクラスの5人は、それぞれ別行動。 三すくみの戦闘集団となって、私達4人と対戦するのよ」


 そして鏡水が説明を始める。

 『明日は潮音が国防軍の会議に出席の為、当日の指示が出来ないので、予め前日に集まって貰い、第一回合同訓練の目的と配置図等を渡しておく』

とのことであった。

 事前に訓練に関する情報、地形や障害部の設置場所等の図面を渡すことで、傭兵Aクラスには特別クラスの4人に対しての緻密な作戦に立ててもらい、それに対して4人が何処まで即応能力を有するのか、その実力を図ることを目的とした訓練であるのだ。

 

 「なるほど、これは面白い。 俺達傭兵・諜報員養成Aクラスが、一騎当千を掲げてきたこれまでの成果を見せてみろという、国防軍側の意図も見えるな」

 先日、傭兵Aクラスの5人はそれまでの個人成績や集団としての成績、個々の能力を評価されて、高校生のまま国防軍の軍属扱いとなる契約を交わしていた。

 特別クラスの4人が、特別部隊の一員であるのとほぼ同じ立場となったのだ。


 「鏡水。 焔村。 明日は全力を出させて貰う。 集団戦法ではなく、個々の戦術を高めてきた俺達の実力を前に、キリキリ舞いするだろうよ」

 「それは御生憎様。 私達も第一回実実試験の時のレベルでは無いのよ。 それを存分に見せてあげるわ」

 傭兵クラスの5人と特別クラスの鏡水、焔村が立ち上がり、お互い睨み合った後、突然鏡水と真紗人が握手をする。

 全力を出し合うという心の表れの握手。

 その姿を見て、戦々Aクラスの5人と幼楓は、一安心した。

 もしかして、ここで直ぐにも戦いが始まってしまうのではという一触即発の雰囲気が感じられたからだ。

 そして、今から双方が燃え上がっている様子が他の参加者達にも手に取るように感じられたのだった。


 「ところで、僕達の役割は?」

 戦々Aクラスの5人は、あまりのバチバチに気後れしてしまっている。

 「今回の戦々Aクラスの役割は、一般兵士部隊を想定しているの。 櫂少佐の指揮に従って動いてね。 戦場での撹乱要因になるだろうから」

 ある意味、傭兵クラスの緻密な作戦に対して、状況に応じて動くごく普通の部隊が存在することで、予定通りに作戦を実行出来なくさせることを目的としているのだ。

 その際の傭兵Aクラスの5人の個々の実力をみたいという、国防軍側の思惑も入った設定であった。


 

 「お前達は授業が終わったばかりだろ? ゆっくり食っていけ。 食事は、勉強や訓練と同じくらい重要だというのが、俺達傭兵Aクラスの考えだからな」

 夢叶が9人に気を遣うと、5人は立ち上がって、そのまま片付けをしながら食堂を出て行く。

 きっと彼等は30分程の休憩を挟んで、日没まで体力錬成を続けるのだろう。

 その後は作戦会議。

 明日の模擬実戦訓練に向けて、熱い議論が交わされて。


 附属高校内でも、異色の存在の傭兵Aクラスの5人。

 しかし彼等の様な人達が、将来そのまま大きく成長した時には、いざ戦闘で苦境に墜ちた仲間を、颯爽と現れて救ってくれる、頼れる一騎当千の存在となる。

 そんなことを幼楓は感じたのであった。




 翌7月17日、月曜日。

 秋月潮音は、この日は朝から首都中心部の大深度地下にある国防軍総司令部に居たのであった。

 副官の在間大尉と合流後、緊迫した情勢が続く南西群島方面に関する防衛会議に出席を求められたので、出張したのだ。

 潮音が中央司令室に併設された統合大討議室に入って、指定された席に座ると、直ぐに会議は始まり、大陸の大国の軍の展開状況等が情報分析官より報告されるのだった。

 「かの国は、停戦条約を反故にする形で、極秘に崎縞諸島方面の軍備を増強しているものと認められます。 その戦力は現在......」

 その後、潜入させている諜報員や同盟国が所有する最新鋭の情報収集艦や偵察機、偵察衛星等により集められた情報を総合的に分析した結果が発表される。

 「よって、現在の敵の戦力は、条約で決められた最大保有戦力の3倍にまで増強されていると断定致しました」

 その報告に、どよめきが起こる大討議室内。


 「それは非常に不味いな。 数年後に実行を計画中の、崎縞諸島奪回作戦に大きな悪影響を及ぼすだろう」

 「同盟国は、どのような見解なのだ? ひとまずは国際的な圧力で、新たに展開した戦力を撤収させるべきだ」

 「あの国は、外交的圧力で軍を引いた試しがない。 国際的な圧力なんて意味が無いぞ」

 「表向き、条約違反の戦力は存在しないことになっている。 ここは我等の方でも極秘に動いて、増強された敵の戦力を削いでしまおう」

 「その意見が最も妥当だな。 ここは特殊部隊や特別部隊の出番だろう」


 「秋月司令官。 特別部隊を動員したら、現状どれぐらい敵の戦力を叩けるだろうか、そのお考えをお話し願いたい」

 いきなり話を振られたので、椅子から半分ずり落ちつつ立ち上がった潮音。

 隣に座っていた在間副官が、上官のみっともない姿に恥ずかしさで頭を抱える。

 「特別部隊を代表して私が敵軍を攻撃すれば、あっという間にその戦力を削げますが......」

 潮音の答えは、少し的外れであったので、出席者の反応は困惑の表情と笑い出す者が半々と言ったところであった。


 国防軍最高幹部からは、

 「貴官が攻撃すれば、確かに敵の戦力は壊滅するだろうよ。 ただ、被害も甚大。 崎縞諸島に暮らす10万人余りも全滅してしまう。 それは奪還作戦では無くて壊滅作戦だ......今でも貴官は、攻撃力を細かく制御出来ないのだろ?」

 「ええ、まあ......」

 「それにそんなことをすれば、我が国に核ミサイルが数十発は飛んで来る。 だから貴官は専守防衛にしか、その強大な特殊能力の使用許可が出ていないのだぞ」

 結局、軽挙な発言を大将や中将連中に叱られた潮音。

 ただ、上手く話を逸らすことには成功したのであった。

 彼女の麾下に所属している特別な者達が、秘密兵器として安易に消耗させられるのを防ぐ為に......


 潮音が席に座ると、近くに座っていた高官が続いて席を立ち、引き続き先程の質問に対する回答を述べ始めた。

 特殊部隊を統括する責任者であった。

 「今、話をされた秋月特別部隊司令官の実績は不動のものです。 それは皆様ご存知でしょう。 18年も経過したので、忘れておられる方が居たら申し訳ないですから、小官より再度ご紹介させて頂きます」


 一呼吸置いて、出席者の反応を見ながら、

 「彼女は2度に渡った『流求の戦い』で、流求本島及びその周辺諸島に居住する100万の国民の命と我が軍10万、同盟軍5万、合計115万人余りを、彼女だけが使うことが出来る防御能力、それは半径50キロに及ぶ強力なエネルギーシールドですが、それで、飛来した1000機以上の敵の戦闘機や爆撃機、1000発以上の弾道ミサイル、無数の艦艇から発射された対地ミサイル等、雨霰の如き攻撃から護ってくれた英雄です。 その英雄が今、崎縞諸島に対する秘匿作戦で配下を動員しても、成果は得られないだろうと、あえて最高幹部に怒られる形を演出して、暗に答えた訳です」

 その高官は潮音と同格で、海軍特殊部隊司令官を兼務する国防海軍の尹東少将。

 少将は、自身の考えと同じであった潮音の心情に気付き、代弁してくれたのであった。

 

 「海軍特殊部隊司令官としてお答え致しますが、今潜入させている者達や、新たに配下の特殊部隊や航空宇宙軍所属の特別部隊を送り込んでも、期待するような戦果は出せない、せいぜい一時的な混乱状態を作り出すのが精一杯であると小官は考えております。 諸島一帯は敵の勢力下にあり、工作員や諜報員、特能者達を送り込んでも、脱出させるのは容易ではありません。 我々の勢力圏の最西端の島迄、100キロ以上離れているのですから」

 そこまで答えると、自席に座って腕組みをする。


 「他に意見は」

 議長役の軍幹部が、取り仕切っていたが、その後これといった目新しい話は出なかった。

 国力や軍事力の彼我の差が大きく、同盟軍の援軍無しに単独で通常兵力を動かしても、返り討ちに遭うことは明白であったからだ。



 会議終了後、潮音は尹東少将の元に近付き、

 「少将、サンキュー」

と挨拶。

 少将はその挨拶に片手を上げて答えながら、

 「お互い、部下を犬死にさせたくはないでしょ? だからですよ」

 そう答えながら、大討議室を出て行ったのであった。


 その姿を目で追いながら、

 『このままでは、あの子達が本格的に戦場へと駆り出されるのを防ぎ切れるかどうか......成長のペースを早めて、戦場での経験も積ませないと、大学卒業まですら生き残るのは厳しいだろう』

 潮音は、今回結論が出なかった最高幹部会議の今後の行方を危惧していたのだ。

 新たに秘匿会議が開かれ、一方的な結論を出されて命令が発出されてしまうと、出撃を拒むのはほぼ不可能である。

 それに備えるには4人の力を数段階上げておかなければならない。

 しかし、成長を早め過ぎると、能力を制御出来なくなる可能性が高い。

 4人に与えられたあの能力は、あくまで後天的なもの。

 潮音のように先天的に有していた能力者に比べると、能力に飲み込まれ易いのだから...... 


 そんなことを考えてしまい、深刻な表情をしていると、

 「秋月少将。 少しお時間を頂戴しても宜しいですか?」

と後ろから潮音に声を掛けてきた将官がいた。

 国防海軍の沼田少将であった。

 「お久しぶりです、少将閣下。 直接対面するのは第二次流求の戦い以来でしたかね?」

 「いえいえ、2年半前の条月大学附属高校の入学式以来ですよ」

 「ああ、そうでした。 御息女が附属高の3年次在籍中でしたね」

 「学校では娘がお世話になっております」

 潮音は記憶を思い返しながら、握手を交わす。


 「ところで、ご用向きは?」

 「私事なのですが......実は娘からの依頼がありまして」

 沼田少将はそう言いながら、一通のメールを潮音に見せるのだった。

 「読んでも宜しいのですか?」

 「秋月先生に読んで欲しいそうです」

 その説明に、思わず笑みが溢れる潮音。

 「少将に先生と言われるとは思いも寄らなかったですよ......」

 そんなことを言いながらも、メールを読む潮音。


 それには模擬実戦訓練の傭兵Aクラス側の戦士として、奥武浦紗季を追加して欲しいという嘆願が書かれていた。

 急な申し出と、父と先生が旧知の仲であることを利用したこと、更には奥武浦紗季が自分の思い通りにならないことに腹を立て、先生に喰って掛かったことに対する丁寧な謝罪文と共に。

 『そういえば、石音からメールが来ていたな。 少し色々画策したので宜しくって』


 「それで、どうでしょうか? 娘は親友に対して恩義があるので、それに対する義理を果たしたいって言っておりまして......一人娘なので、小官はそのお願いに弱いのです」 

 沼田少将からの重ねてのお願いに、少し考える潮音。

 今終わった会議以後、数ヶ月以内に出されるだろう敵への対応方針と特別部隊に下る命令への危機感から、特別クラスの4人に対する訓練強化の必然性を考え始めていたところだったからだ。

 『5人の傭兵Aクラスだけでは少し物足りないか。 運動能力の高い奥武浦と沼田少将の娘さんを加えて、4対7+αの形式に模擬実戦訓練を強化してみよう』

 

 「沼田少将。 少将が溺愛していらっしゃる娘さんのたってのお願いですから、今回、その希望を受け容れましょう。 もし美来さんも希望されるのであれば、私が監督している夏休み中の特別な訓練に参加出来るよう手配しますよ。 娘さんにそのようにお伝え下さい」

 「ありがとうございます。 本来このような形で物事をお願いするのは、武人の精神に反することなれど、娘に嫌われるのが一番ショックでして。 親馬鹿だと思って下さって結構です」

 「国防海軍は、家族と過ごせる時間が短いですからね。 友人想いな子に成長したことを褒めてあげて下さい」

 潮音は教育者っぽいことを述べると、その後今日の会議の件の意見等を交わしてから、その場で別れたのであった。

 

 

 

 父からのメールを待っていた沼田美来。

 予想以上に早く午前中に、

 『OK貰えたよ』

との回答が来たので、急いで部屋に戻っていた紗季に連絡を入れる。

 直ぐに美来の部屋に紗季がやって来て、紗季だけではなくて、自身も特別な模擬訓練に参加出来る見込みとなったことに喜ぶ2人。

 ただ、権力を使うこのようなやり方で半ば強引に参加することを、特に傭兵Aクラスの5人は納得してくれないだろうと予想していたのだった。

 それは京頼石音からも言われていたことであり、とは言っても焦って行動するのではなく、月曜日の模擬実戦訓練が終わるまでは絶対に動かないよう、呉れ呉れも注意されていたのだ。


 「石音の予想では、午後の訓練で傭兵Aクラスが健闘虚しく敗北すれば、心情的に追加参加者を受け容れ易くなるだろうとのことだよ。 それまではプライドの高い彼等をあまり刺激しないようにだってさ」

 「そうだろうね。 いま私が焦って彼等に訓練参加の承諾を求めても、俺達だけで勝ってみせるから必要無いって言われるだけだよね」

 そういう訳で、この日の午前中はようやく集中出来る精神状態になった紗季は勉強に精を出す。

 戦々Aクラスとは異なり、あくまで特別クラスと行動を共に出来るのは、模擬実戦訓練のみ。

 それ以外は、自力で勉強を続けなければならないからだ。

 とりあえず、この日行われる模擬実戦訓練での傭兵Aクラスの戦いの結果を待つのであった。




 「在間。 勝手にこっちに戻っちゃって。 それでも私の副官?」

 潮音は大深度地下にある中央司令部内の参事官室に戻ると、潮音を置いて先に帰っていた大尉をどやしつけていたのだった。

 「副司令から、結果を早く報告するよう命令されていたので、つい......」

 雑談に興じている潮音に付き合っている時間は無いと、独断で動いてしまっていたのだ。

 「大尉。 ここは軍隊よ。 上官に従うのが副官の役目でしょ? 副司令の命令は副司令の命令。 貴方の仕事は私に付き従って、その仕事が終わってから、副司令に命令された仕事をこなすの。 本当に最近の若い人は......」

 つい、説教してしまう潮音。

 こういう姿は66年先の未来でも変わることは無い、職場での風景だ。

 「本当に申し訳ありませんでした。 それで参事官。 次の予定は」

 「久しぶりに首都司令部に来たから、何箇所か表敬訪問する予定だったけど、全部キャンセル。 うちの部隊の本部に向かう予定に変更して」

 「げっ、本気ですか?」

 「何、その言葉遣い。 最前線に飛ばすわよ、全く」

 上官の元から勝手に戻らず、潮音の側に居れば、予定が変更になることが十分察知出来た筈だし、相手先に予定キャンセルの連絡を入れる時間も十分に有ったのだと、再び注意される。

 「大尉。 普段は私の副官としての仕事は無いのだから、こういう日だけはシャンとしなさい。 ひとまず急いで向かうわよ。 今日の訪問先には、私からキャンセルの連絡を入れるから......」

 その言葉に、慌てて車両の手配を始める在間大尉。

 潮音も移動しながら、訪問予定先の将官に直接連絡を入れて、謝罪をするのであった。

 

 

 首都某所にある、特別部隊の本部。

 場所は、国防軍の一部幹部しか知らないという国家の最高機密の一つに指定されている。

 そこに潮音が入って行くと、次々と敬礼が為される。

 その表情にいつものような柔和さは一切無く、厳しい表情のまま本部司令室に。

 すると、事前に急遽の訪問予定を聞いていた知久四副司令が潮音を待っていたのだった。

 「司令官。 あの子達の制御装置のセーフティレベルを1段階解除するって、本当ですか?」

 「仕方ないの。 今のペースでは時間が足りないわ。 実戦投入までに」

 「今日の会議では、そのような方針が......」

 「まだよ。 今日はわざと嘲笑を買ってみたことで、実戦投入という結論が出されるのを避けたから。 特殊部隊司令の尹東少将も援護してくれたので」

 「そうですか。 もし命令が下れば投入先は崎縞諸島一帯になるのですね」

 「それ以外には有り得ない状況だし、それに備えて訓練を進めているけど、だいぶスケジュールが早まるのは確実。 彼の国が戦力増強を密かに進めていることが公になったから、こちらももう待てないという雰囲気が出て来てね。 4人の子達、ちょうど午後から実戦形式の訓練。 リミッターを下げてあげて」


 潮音の指示に、技術部門が直ぐに対応を開始。

 幼楓や鏡水達が身に着けている腕時計型の機器は、能力の発動を補助する装置ではなく、発揮され過ぎるのを防ぐリミッターであったのだ。

 「訓練は午後1時からなのだけど、間に合いそう?」

 潮音の確認に、技術部門の責任者藍星中佐が、

 「衛星経由でリミッター1段階解除のプログラムと信号を送りますから、大丈夫ですよ。 でも、幼楓君のを二段階も解除して宜しいのですか? 目覚めて2週間余りですが......」

 「もう、仕方ないわ。 あの子は目覚めたばかりだけど、自己防衛本能が発揮された時に、他の3人よりも高いレベルのスキルを発動していたの。 だから、暴走する危険性は他の3人よりも低いと私は判断している」

 その言葉を聞いて、キーボードのEnterKeyを軽やかに3回叩いた中佐。

 リミッター1段階(幼楓は2段階)解除プログラムが送信された瞬間であった。


 「ところで、大佐。 コイツ私のこと舐めた態度を取るのよ。 次までに、副官を変更しておいて」

 潮音は在間大尉を睨みつけると、更迭の手続きを取るように指示する。

 大尉を特別部隊の別の部門へ異動させるようにとの命令であった。

 『またか〜。 普段は天然系だから、若い人は司令官のことを軽く見るようになっちゃうんだよな~。 見た目も二十代前半だし』

 知久四大佐は表情には出さないものの、内心は相当困っていたのだ。

 『しかし、良くない風潮だな』

 秋月少将の副官からの解任について、直ぐ側で話しているのに、当事者の在間大尉はヘラヘラと笑顔を見せている。

 逆に、副官解任を内心喜んでいるのだろう。


 大概、副官を経験する士官は、出世頭級のエリート士官である場合が殆どである。

 少将以上の高官の側仕えなのだから、本来なら気に入られることで、出世の足掛かりにしようと、必死に働くものである。

 ところが潮音は、特別な異能で誰にも出来ない功績を立てたことに対して、少将を拝命している実績者という存在。

 国防軍士官学校の出身者では無いので、無派閥の軍高官であり、これ以上の出世の可能性は殆ど無いし、本人も望んでいない。

 要は、若手のエリート士官としては、秋月少将に気に入られても、その後のメリットが無いのだ。

 だから、仕事で手を抜くし、馬耳東風な態度を取る。

 『流求の戦いでの彼女の献身とその凄さを見た者は、こぞって麾下に入りたいと望んだものだが......それも今昔物語か......』

 18年前の大佐自身は、そういう希望を持った若手士官の一人。

 在間大尉の様子を見ながら、時代の変遷に、そんな感慨を持つ大佐であった。


 気を取り直して潮音に確認をする。

 「希望の若手は居ませんか?」

 「櫂少佐」

 あまりにも早い即答に、大佐も流石に驚く。

 「無理は言わないで下さい。 所属も畑も全然違いますし、少将クラス司令官の副官は大尉相当職のポジションです。 少佐の出世が遅れる原因になってしまいますよ」

 「え〜。 だって私のことを尊敬の眼差しで見てくれる若手って、他に見当たらないもの」

 半分冗談で半分本気の潮音。

 そのまま櫂少佐とのホットラインを開く。

 「これは少将閣下。 如何されましたか?」

 ちょうど、早い昼ご飯を食べ始めていた少佐。

 口をモグモグしながら、慌てて食べ物を飲み込む。

 「急遽4人のリミッター解除をしたから、午後の訓練はちょっと気を付けて貰える? もし4人の攻撃が苛烈過ぎたら、迷うことなく訓練を中止にしてね」

 「わかりました」

 「詳細は、そっちに戻ってから話すわ」

 潮音は用件を言い終えると、直ぐに通信を切るのだった。



 午後1時過ぎ。

 特別部隊中央司令室のモニターには、条月大学附属高校にある、屋外訓練場が映し出されていた。

 国防軍の機密組織である特別部隊としては、現在最も関心を持っている、まだ高校生でしかない幼楓達4人の特別な能力について、現状レベルの把握と、その戦闘能力等を常にチェックしておく必要があるからだ。

 この日は、潮音の他に、副司令の知久四大佐、技術責任者兼作戦参謀の藍星中佐、技術主任兼作戦参謀の久萬邊中佐等が、険しい眼差しで、模擬実戦訓練の様子を見守る。

 「いよいよ始まるみたいです」

 4人のリミッターを1段階解除したことに加え、新たにスカウトした、附属高傭兵Aクラスの5人に関するデータも取らねばならぬので、技術部門は大忙し状態。

 潮音が現場に居ないので、4人の力が暴走した時に止めることも出来ない。

 あえて、そのような条件の中でスタートする、初の合同模擬訓練。

 その結果にを見ている者全員が固唾をのんで見守っているのであった......

 

 

 

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