第5話(模擬実戦訓練)
軍戦々科戦略戦術コースAクラスの5人にとって、特別クラスの4人との、初めての模擬実戦訓練が行われた。
学校に出向中の少佐も参加しての訓練。
国防軍幹部までもが見学をする中、彼等はどのような動きをすることが出来たのか......
一方、Dクラスの奥武浦は、Aクラスの発案を奪おうとしたことで潮音に怒られ、別の策を考え出すも......
午後2時半。
条月大学構内に有る、超大型屋内訓練施設に初めて入った、幼楓と戦々Aクラスの5人。
そこは、高校側にある屋外訓練施設の四分の一程のスケールであったが、ほぼ同一の設備であり、訓練用としては非常に実用的なものであった。
「初めて入ったけど、屋内なのにすごいね」
将来は、国防軍志望のAクラス莉衣菜と夏織が顔を見合わせる。
屋外施設を使っている者ですら、感嘆しきりなのだから、人生で初体験となる幼楓にとっては、反応すら出来ないレベルの施設であった。
「じゃあ、この装備を着けて。 使うのはゴム弾だけど、自動小銃は本物を訓練用に改造したものだから」
櫂少佐の指示で、Aクラスの5人と幼楓が防護装備に身を包む。
すると、少佐も装備を着けていたのだ。
「櫂少佐も参加するのですか?」
幼楓が質問すると、
「あの3人に一般人が敵う筈が無いだろ? 幼楓君がこっち側でも、君の能力はほぼ封印されたままだしな。 まあ俺が一緒に参加したところで、大して変わらないとは思うけどね」
少佐はそう答えると、ニヤりとする。
その視線の先には、国防軍の制服を着た潮音がこっちに向かって歩いてきたのだ。
階級章や勲章は外していたが。
「私もこちら側で模擬訓練を見守るよ」
7人に向けて告げると、後方を振り返り手を上げる。
その合図で数名の人物が入って来たのだった。
立花理事長が案内役で、
国防軍統合作戦本部作戦部長とその副官。
統合作戦本部直轄の極秘部隊である特別部隊副司令官知久四大佐。
特別部隊参謀の藍星中佐と久萬邊中佐。
それに超大国の駐留軍特殊部隊所属の高級参謀アーダン中佐とファーレル中佐。
合計8名であった。
「もしかして、鏡水、焔村、石音の能力を実体験する為ですか?」
幼楓は思わず、今日の模擬実戦の目的について、櫂少佐に確認してしまう。
無言で頷く少佐。
『やはり、自分達4人は、人間としてではなく、兵器として国防軍からは見られているんだ』
と実感する瞬間であった。
準備が整い、模擬戦が始まる。
この日の設定は何処かの島がモデルの地形のようであった。
海岸に鏡水達3人が特に装備も着けずに立っている。
一方、Aクラスの5人と幼楓、櫂少佐は少し高台の石灰岩上の森林とその中に作られた防御用要塞内に身を潜めている状態でスタートしたのだ。
「よし。 要塞内の銃撃用小窓から、3人を狙い撃て」
少佐の指示で自動小銃を構え、ゴム弾を撃ち始める6人。
突っ立っている3人を狙っているのだが、海岸線なので鏡水が海水をコントロールして水の防壁を作り上げ、ゴム弾は防壁を貫通出来ず3人には届かない。
「距離が遠すぎるな。 接近して再度狙い撃つしかない」
そう判断した少佐は、Aクラスの5人に援護するよう指示を出して、幼楓を連れて森林地帯を迂回気味に海岸方向へと進む。
その動きを察知されないように、5人は断続的に鏡水達を狙ってゴム弾を浴びせるが、戦況に変化は無い。
そしていつの間にか、水の防壁だけではなく、石音の能力で砂の防壁も作られており、ゴム弾による射撃では全くダメージを与えられない状況へと変化していた。
「不味いな。 もし森林に火を点けられたら」
「撤退せざるを得ない僕達の負けですね」
少佐の言葉に幼楓が答える。
「幼楓君は風を操れるよな?」
「こんなに広い場所だと、まだ微風レベルですよ?」
「それで構わないさ。 海岸方向に作戦終了まで風を吹かせ続けてくれないか?」
「わかりました」
幼楓はそう答えると、右腕を伸ばして右手から一定方向に風を出し続ける。
かなりの弱風だが、火の回りを遅くする効果ぐらいはありそうであった。
その後3人は防御の準備を万全に整えてから、森林地帯へ火を放ってきた。
焔村の右手から、次々と火炎放射の塊が放たれると、やがて海岸沿いの森林地帯は火の海に。
屋内施設なので、煙が出始めると換気が追い付かず、見学者が咳き込み始める。
映像ではなく、現実に火が点く状態になっているのは、こうしたリアルな部分が訓練と雖も必要だからであった。
「やっぱり火が点いたよ。 俺達はどう行動すべきだろうか?」
コンクリート造りの堅固なトーチカ要塞であったが、所詮屋外用の簡易要塞である。
排煙設備や耐火設備までは設置されておらず、火が回ってしまえば撤退するしかない。
「ゴム弾だから溶けちゃって、炎の壁を貫通する能力が低いね。 益々届かなくなっちゃった」
蒼浪理が自動小銃を撃ちながら、手応えが全くなくなった理由を語る。
「あれ? 少し風が吹いていないかな?」
星都が環境の変化に気付き、指に唾を付けて、外でかざしてみる。
「間違いない。 弱風だが、風がある」
「じゃあ、私達は風上に移動しようよ。 炎の背が高くなってきたし、煙も相当出てきているから、海岸に居る3人からは、私達の動き見えないでしょ?」
莉衣菜の提案で5人の行動方針は決定した。
「そっか〜。 向こうは火を放ってことで赤外線探知を使えないものな」
一方、海岸線の3人。
「焔村。 火点け過ぎだよ。 これじゃあ敵の動きが見えないじゃない」
鏡水が屋内施設なのに、屋外のつもりでやり過ぎだと注意をする。
「ゴメン。 屋内って忘れていたよ。 鏡水のスキルで少し鎮火してくれないかな?」
「仕方ないわね。 私達は防護装備無しっていうハンデだから、対煙対策出来無いのが問題ね」
そこで、煙が出過ぎている場所に、鏡水が水を掛けて、少しずつ鎮火させる。
「これで少しマシになったかな。 ところで7人は何処に隠れているの? 移動したみたいだし、ちょっと水弾であぶり出してみようか?」
鏡水はそう言いながら、森林地帯にランダムで水弾を撃ち込む。
相手はフル装備なので、大怪我をさせる虞は無いと、遠慮無しの攻撃であった。
「痛ててて」
幼楓は、水弾の乱れ撃ちのいくつかが命中してしまい、思わず声をあげる。
「もし本物の戦場だったら、彼女は水弾ではなく、水槍を乱れ撃つだろうね」
少佐の言葉にゴクリと唾を呑み込む。
だいぶ手加減してくれているのだよと暗に仄めかしたのだ。
「君が風を発生させていることに、3人は気付いていないようだ」
「気付いていたら?」
「今頃君はアザだらけだよ。 風上に向けての水弾集中砲火で」
少佐はそう答えると再びニヤリ。
だいぶ3人に近付いたからであった。
「要塞に残してきた5人は大丈夫ですかね?」
「彼等は要塞を出て、風上に移動中だよ」
少佐が持つ赤外線探知機に、5人の熱反応が映っていたのだ。
「そろそろ5人が停止して、海外線の3人に再攻撃を始めるだろう」
「その時が唯一のチャンスですね」
「お〜。 わかってきたみたいだな」
2人はそんな会話を交わすと、海岸線が目視出来る場所に到達したので、Aクラス5人の攻撃開始を身を潜めて待つのであった。
その頃5人は、当分火に巻かれない場所へと移動していた。
「ここから攻撃を再開しよう」
大陽が提案する。
「逆に水弾の集中砲火を浴びちゃうかもよ?」
夏織が懸念を話すが、
「元々、僕達に勝ち目は殆ど無いんだ。 でも僕達側には少佐と神坂君が居て、別行動で3人を狙っている。 だから、一か八か、2人が呼応してくれるのに賭けてみよう」
星都の言葉に、ゴム弾を装填し直した自動小銃を全員が構える。
「一斉射撃開始」
蒼浪理の合図で、海岸線目掛けて、ゴム弾の乱射を始めた5人であった。
「攻撃が来たわよ」
鏡水が2人に警戒を強める様に指示すると、射撃源に向けて水弾を浴びせる。
焔村も、鏡水が照準した新たな場所に向けて、火炎弾を放物線状に放つ。
上空からの攻撃により、ゴム弾の乱射を阻止する為だ。
『あれっ。 何かがおかしい......火が森林の奥へ殆ど回っていない......』
石音は砂の防御壁を新たな向きに再構築しながら、一瞬そう感じたのであった。
「水ちゃん。 もしかして風が吹いているんじゃない? 楓君の能力で......」
その時であった。
構築した3人の防御陣地の死角から、ゴム弾が飛び込んできたのだ。
躱したものの、少し被弾した鏡水と焔村。
初めての被弾に思わず本気の反撃をしてしまい、その弾筋の源に、鏡水の水の槍の束が猛スピードで向かう。
焔村の火炎弾も次々とであった。
「ヤバイ。 伏せろ」
櫂少佐が相手の無意識の総反撃に、命の危険を感じて、幼楓に指示をする。
慌てて地面に伏せる2人。
その2人に、水槍と火炎の猛爆が襲い掛かってきた.....
「そこまで」
スピーカーから大きな声がしたと同時に、何者かが激しくなり過ぎた鏡水と焔村の攻撃を一瞬で打ち消していた。
「助かった~」
少佐が本音を呟くと、先に立ち上がって幼楓に手を差し伸べる。
その手を掴んで立ち上がると、2人の防護装備は猛攻撃でボロボロになっていたのだった。
その状況をお互い見詰めてから、再度ガッチリ握手。
強敵を相手に一矢報いた健闘を称え合ったのだ。
「秋月司令官。 なかなか興味深いものを見せて貰ったよ」
統合作戦本部作戦部長の皇江少将が潮音に語り掛ける。
「いえいえ、ちょっと熱くなりかけたので、冷水を掛けてしまいました。 もう少し見たかったのでは有りませんか?」
「怪我人を出しては、ダメでしょうな。 高校生の訓練ですから」
少将は想定以上の攻撃力を見れたことで、笑顔で答えると、
「知久四大佐。 あとは司令官やそちらの参謀達と討議してくれ。 今後の成長予測とか4人の基本連携作戦、それに実戦投入時の問題点とかをな。 その結果を後日私の元に持ってきてくれれば、当面はそれで十分だよ」
事後の指示をしてから、超大国の高級士官2人に挨拶をする。
「如何だったでしょうか? 過去のプロジェクトの遺物とはいえ、局地戦では十分な戦力になると私は考えますが」
「それは私達も同感です。 核戦争を避ける為、潮音は専守防衛にしかその能力を使えないので。 今回見せて頂いた3人......もう一人増えたのでしたね、4人であれば、奪還作戦に投入した場合でも、相手を刺激し過ぎることはないでしょう。 向こうの国との核戦争にはならないと判断しますよ」
「それでは持ち帰って、駐留軍司令官によろしくお伝え下さい」
「勿論です。 閣下」
そのような会話が、模擬実戦訓練終了時になされていたのであった。
多忙な作戦部長が施設を去ってから、立花理事長は潮音に話し掛けていた。
「潮音。 4人の心のケアは十分にやってあげて。 国防軍の最高幹部や超大国の高級軍人が訓練を見学に来たことは、自分達が兵器扱いされていると感じて、少なからず4人の心に影響すると思うから」
「それは勿論わかっているよ。 でも、彼等にはこの道しか生きて行く方法が無いの。 それはわかっているでしょ? 私みたいに苦難の道を歩ませたくないからね」
潮音は若い頃、自身の特別な能力が軍事利用されるのを嫌って、当時の極右系新政権やその意向を受けた国防軍右派と激しく対立し続けた過去がある。
その結果は、双方痛み分けであり、国も軍も潮音の反撃により、大きな損害を被ったが、潮音も安寧の場所を得られず、長期に渡る逃避行という苦しい日々を味わっていたのだ。
その対立の影響は、この国の人口に如実に表れていた。
2090年現在の人口は約5000万人。
人口予測では6000万人弱であった筈だが、生じた1000万人の人口動態の誤差は、この対立時に潮音の反撃で生じた天変地異による多数の死者発生の影響であった。
その後、国家主義に近い政権が国民の支持を失い、民主主義に戻ったことで、国防軍と潮音は正式に和解した。
以後、国防軍の士官となる決断を下し、2度の流求の戦いで流求本島を完璧に防衛した功績で、一気に昇進。
今では、ごく僅かに存在する特別な異能を持つ者達を庇護する立場となっているのだ。
「はい、みんなご苦労様。 シャワーを浴びて一息ついたら、専用教場に再度集まってね。 模擬実戦の討議会を開催するから」
潮音はそう指示すると、9人の生徒達は寮へと帰っていく。
搔いた汗を流してさっぱりする為だ。
その後ろ姿を見送る潮音と理事長。
「特別な子たちの今後の人生に幸あって欲しい」
それが2人の願いであった......
幼楓は着替えてから専用教場に向かうと、クラスメイトの3人が先に戻ってきていた。
汗を殆ど搔いていないことから、直接教場に来ていたのだ。
「楓。 一つ聞きたいんだけど」
「なに?」
「さっきの訓練で、もしかして風を吹かせていた?」
「うん。 少佐の指示で」
「だからか〜」
幼楓の返事に鏡水と焔村がため息混じりの言葉を吐く。
「火が一気に燃え広がらなかったのが、隙が出来た理由だよ」
「楓がもっと風をコントロール出来れば、模擬実戦で圧倒的になるね」
2人はそんな会話をしていたのだ。
「もう反省会?」
「反省? 結果は私達3人の勝利だから反省会じゃないわよ」
「そうなんだ」
判定は特別クラス3人の勝利であった。
確かに少佐と幼楓の最後の銃撃は、鏡水と焔村の体を掠めたが、擦り傷を負わせただけに留まっていた。
土壇場で2人の防衛本能が働き、ゴム弾の弾道に水の防壁と火の防壁が発生して、致命傷になっていなかったからだ。
「了解。 最後の猛攻で死ぬかと思ったよ」
幼楓はそう答えながら、笑顔をみせる。
櫂少佐と交わした健闘の握手を思い出したのだ。
やがて、全員が揃い、模擬実戦訓練に対する討議が始まる。
喧々諤々の討議という程では無かったが、Aクラス5人がトーチカ要塞を放棄したタイミングと判断は、非常に良かったと評価されていた。
「特に少佐の指示が無かったのに、よくあの方向に移動したわね」
潮音が褒めると、その理由は星都が風向きに気付いたからという。
「そうだったの。 冷静な状況判断で加点の対象ね」
実実の判定に加わることの無い潮音であったが、国防軍の現役高官に褒められたことは、今後の北條星都の人生に大きな方向性を与えることになるのだった。
最後の時限は、Aクラスの5人は自習、特別クラスの4人は別室でスキルのレベルアップ訓練でこの日は締めとなった。
スキルアップ訓練中、潮音は幼楓に質問をしていた。
「楓。 模擬実戦で風を継続的に作り出していたよね? どうやったの」
「右腕を伸ばして、右手を広げたままにしたら、弱風が出続けたのです」
「自力でコツを掴んだわね。 風を起こそうとするのではなく、吹かそうと考えて手を広げれば、流れるように風が出続けるのよ。 今ここでやってご覧?」
そのアドバイスに従い、模擬実戦訓練の時と同じ気持ちで右手を広げる。
すると、そよ風が継続的に吹いたのであった。
「おっ、人間扇風機に進化したな」
焔村が冗談っぽい比喩をしながら、自身が出来たかのように喜ぶ。
「うんうん、今日のところは上出来。 この分なら、次の実実大会迄には十分戦力になるだろうね」
潮音にも褒められて、少しだけ気恥ずかしそうな幼楓。
まだ標的を破壊したり、貫くような風を出すことは出来ないものの、ちょっとだけ自身の持つ能力をコントロール出来た気がしたのであった。
一方、寮では悔しさを堪えきれない奥武浦紗季が、次の手を考えていた。
『エリートクラスとの合同訓練という案がAクラスで実施されている以上、私達Dクラスも何か手を打たねば......』
そこで思い浮かんだのが、傭兵Aクラスとの合同訓練であった。
紗季にしては安直な考えで有ったが、次回実実で戦々Aクラスに逆転されてしまう可能性が出てきた以上、何か手を打たねばと焦りの気持ちが強くなっていたのだ。
傭兵Aクラスはリーダー制をとっていない。
その為、交渉は5人全員と行わねばならなかった。
「うちのクラスと話がしたいなんて、珍しい申し出だと思ったら、戦々Dクラスの奥武浦か〜。 才女が俺達に何の用だ?」
話を切り出したのは、有名人の尚武真沙人ではなく、万武洋仁であった。
そこで紗季は夏休み期間中、模擬実戦訓練を共同でやらないかと持ち掛ける。
特に紗季と沼田美来は、傭兵Aクラスに匹敵する運動能力を持っているし、見返りが不足というのであれば、座学に関して紗季が面倒を見るというギブアンドテイクな提案であった。
「なかなかの提案だな。 これが戦々BクラスやCクラスからの提案だったら、その勇気も評価して受けていただろう。 俺達と模擬実戦訓練でやり合うという勇気をな」
そう答えたのは、江理朽優大。
「じゃあ、私達とも......」
紗季がそう言い掛けたところで、
「そう結論を早まるな、奥武浦。 優大は戦々B、Cクラスだったらと言っただろ?」
成末夢叶が含み笑いをしながら、紗季の発言を制止する。
「俺達傭兵Aクラスは、戦々クラスの中では奥武浦を最も評価している。 いや、軍事戦々科ではお前が一番だよ、間違いなくな」
木野下慧秀の言葉であった。
「だからこそ今回の提案は、奥武浦の才能からしたら、あまりにもチープ過ぎる。 お前、本当に熟慮したのか?」
万武が、呆れた表情を見せながら確認する。
「もちろん、色々考えた上での......」
「奥武浦、俺達を舐めているのだろ。 お前の今回の申し入れ、その経緯を俺達が知らないとでも思っているのか?」
尚武が厳しい表情で問い詰める。
『まさか、傭兵Aクラスも......』
真沙人の険しい表情で、紗希はようやく気付いたのだ。
傭兵Aクラスは特別クラスと、模擬実戦訓練に関して、何らかのやり取りが有ったことを。
「俺の表情でようやく気付いたみたいだな。 慧秀、奥武浦に俺達の夏期休暇期間中の訓練予定を教えてやりなよ」
真沙人の言葉で、スケジュールを確認する慧秀。
「7月17日から毎週月曜日と木曜日の午後、特別クラスとの模擬実戦訓練が予定されています。 お盆休みの2週間を除くので、合計10回」
それを聞き、がっくり肩を落とす紗季。
既に細かいスケジュールまで決まっているということは、戦々Aクラスよりも先に、エリートクラスと傭兵Aクラスの対戦訓練の予定が決まっていたということなのだ。
最後に夢叶が重い口を開く。
「紗季、お前に言っておくことがある」
「なに?」
「俺達が合議制を取っていることは知っているよな?」
「もちろん。 一騎当千が合言葉でしょ」
「戦々Aクラスは?」
「高2の後半から合議制だよね。 前リーダー北條の成績不振で」
「紗季のところはリーダー制だよな?」
「ええ」
「今回お前は、戦々Aクラスの5人の知恵に負けたんだよ。 一人では、どうしても思い付かないこと、考えが及ばないこと、そうした限界が有るってことさ」
傭兵Aクラスと特別クラスの合同模擬実戦は、だいぶ前に決まっていたことだという。
申し入れしてきたのは、特別クラス担任の秋月潮音。
しかも、傭兵Bクラスには一切話を持ち掛けていないという。
「俺達は、秋月先生の『今年度の傭兵・諜報員養成コースA課程を高く評価している。 将来を見据えて、最初から一人一人が考え、行動するという5人で決めた方針を』という言葉を聞いて、今回の訓練の申し入れを受けたんだよ。 実実試験の為じゃなく、俺達が大学卒業後、独り立ちする上で、極めて有意義な訓練になると判断したからだ」
真紗人の説明が終わると、5人は立ち上がり、
「話は終わりだ。 奥武浦、焦らずもう少しお前らしい方法を考えたらどうだ」
何かヒントのような言葉を残して、話し合いを行った和食専用食堂から出て行くのであった。
5人の姿を見送りながら、
「最後の少し意味深な言葉の意味は......」
紗季は、まだ何かやりようがあるというヒントを5人がくれたような気がしてならなかったのだ。
「私らしい方法?」
よくわからないので、ひとまずこのまま夕ご飯を食べることにして、料理を取りに行く。
そして、一人で食べていると、夏休み初日の授業と訓練等を終えた特別クラスの4人と戦々Aクラスの5人が続けて食堂内に入って来たのだ。
9人は料理を取ると、食堂内の一番奥の席に座り、雑談を始める。
たった1日一緒に過ごしただけで、これ程打ち解けるとは......という感じが、外野の紗季ですら思うほどに、仲良さげな姿に見える9人。
『利害関係が殆ど無い間柄とは言え、随分楽しそうだな。 みんなまだ高校生だもの、当たり前の姿か〜』
そう思う紗季。
少し羨ましいぐらいであったのだ。
『もう少し、私に知恵があれば......あの場に居たのはDクラスだったのに......』
そう思うと、悔しさがこみ上げてくる。
「紗季、紗季」
後ろから声を掛けられても気付かない程、9人を見詰めながら考えごとをしていたので、そのまま隣に座るまで、美来の存在に気付いていなかったのだ。
「あれ、美来いつの間に......」
「私、何度も声を掛けたよ。 なのに気付かないんだもん」
「そうだったんだ。 ゴメン」
いつもと異なり、あまり元気の無い紗季に、心配する美来。
「何か有ったんでしょ? お姉さんに話してごらん」
美来の言葉には、素直に従う紗季。
ライバルである戦々Aクラスの大胆な行動に焦ってしまい、横取りしようとして失敗した事情を詳しく説明したのであった。
「なるほど〜。 それで、あの一団を見詰めていたんだね」
美来は料理を箸で突っ付きながら、少し考えつつ感想を述べる。
確かに、エリート士官クラスの4人は、この高校の大概の生徒達から、イロモノと見られて実力を正当に評価されず、交友すら敬遠されているけど、国防軍の軍人を目指す立場から見れば、親しくなれるのなら、是非なっておきたいと思える逸材である。
そういう視線を持つ紗季だからこそ、Aクラスの5人を羨ましく思ってしまい、少し短絡的な行動をしてしまったのだと、美来は分析してみせた。
「そっか〜。 だから私らしくないって言われてしまったんだ」
続けて、傭兵Aクラスの5人に申し出を厳しい態度で拒絶されたことも説明する。
「ははは。 それは彼等の方が正しいね」
いつもの紗季ならば、そういった裏事情もキチンと調べてから話を持って行くのに、今回は焦りから独りよがりな提案を持っていってしまったのだと美来は同じ夢を持つクラスメイトとして、指摘したのであった。
「それで、私にまだ話していないことはまだ有る?」
美来の質問に、今朝教員室で潮音に突っかかったことも告白する。
「それが一番不味いね〜。 特別クラス4人のお母さんだよ、秋月先生は」
その言葉で、『理事で現役士官だ』と言い返されたことを思い出したのであった。
「秋月理事ね〜......。 本当は璃月なんじゃない? 先生の姓」
「いや、そこまではわからないけど」
「この学校を運営する二大財閥の一つ、璃月財閥の一族じゃないとこんな凄い学校を運営する法人の理事になれないでしょ。 それに現役士官か〜、紗季、国防軍に入るの諦めたの?」
「どうして。 私諦めるなんて、ひとことも」
「軍に入ってから、もし秋月先生が上司で居たらどうするの? 自分の思い通りにならなかったからって、軍で上司に歯向かったら、左遷かクビじゃない?」
「......私、我を忘れて超不味いことしちゃったな......」
そんなしおらしい反応をちょっと可哀想に思い始めた美来。
『薬が効きすぎちゃったかな~』
紗季の話を少し考えてみると、あることを思い出したのであった。
「『流求の戦いの三英雄』の一人に、秋月少佐っていう女性が居たんだよ。 私の憧れの一人なんだ、同じ女性だし。 18年前の話だけど、秋月先生とは別人なのかな? はたまた本人?」
「その英雄の女性は、今......」
「まだ現役士官で、統合作戦本部直轄の特別部隊司令官らしいよ。 私のお父さんが国防軍の幹部将校だから、それぐらいのことまではギリ教えて貰えて。 エリートクラスの4人も特別部隊の一員扱いになっている筈だから......やっぱり秋月先生かもね」
美来は子供の頃から、流求の戦いの英雄達に憧れての軍人志望なので、そういった方面のことにはかなり詳しい。
ちょうどその時、トイレで一旦食堂を出て戻ってきた鏡水が紗季に気付き近寄ってきて、
「奥武浦。 アンタ普段はれっきとした優等生のクセに、我らが潮音ちゃんに対して、理由もなく喰って掛かって文句言っちゃったらしいじゃない? 直ぐに謝らないとアンタの軍人人生、高校卒業前に詰んじゃうかもよ。 これは私からのアドバイス。 アンタの将来を考えてのね」
ひとこと嫌味っぽいことを言ってから去って行ったので、益々顔面蒼白。
「私も九堂さんと同意見だな。 明日先生を探して心の底から謝罪しなよ。 イライラをぶつけてしまってゴメンなさいって。 そうすれば、今回の件の道も開けると思うな〜」
親友の提言に従い、先ずは反省することから始めることに決めた紗季であった......
「水。 奥武浦さんと何を話していたの?」
幼楓はその姿を見ていたので質問してみる。
「大したことじゃないわよ。 潮音ちゃんに謝罪しなさいって言っておいただけ」
「ふ~ん。 水ってクールな才色兼備の女性って感じだけど、結構友達思いなんだね」
その言葉に珍しく顔を赤らめる。
「奥武浦は友達なんかじゃないわ。 ただ何も知らないあの子が、こんなところで消えていったら、大学進学後が面白くなくなるって思っただけよ」
ちょっと言い訳っぽい言葉を連ねる鏡水。
「それに戦略戦術シミュレーターで敗北したリベンジの機会も少なくなるものな〜」
焔村が鏡水を誂って、少し挑発。
「......」
流石の鏡水も黙ってしまう。
「彼女は才媛だよ。 だから僕達にとっての最大のライバルなんだ。 高校3年間のね」
蒼浪理の述懐に、頷くAクラスの他の4人。
「奥武浦さんが居なかったら、私達が今こうして、9人で夕ご飯食べていることは無かったと思うの。 だから、強力なライバルの存在って、結構良いものよ」
見事な言葉で締めた莉衣菜。
「莉衣菜に上手く纏められちゃったね」
星都が笑うと、みんなも笑う。
「ほんと、ほんと」
「奥武浦って大きい存在だよ」
「水にとっても最大のライバルだもんな~」
ガヤガヤ、ザワザワ。
普通の高校ならばごく自然なこの感じが、この特別な超エリート高校では殆ど存在しない。
でも、今、目の前で繰り広げられている。
石音は静かに食事をしながら、こんな雰囲気が好ましいものだと、心から感じていたのであった......