第4話(夏休みのスタート)
厳しい競争社会が実現されている条月大附属高。
その中では落伍する者も当然出て来る。
軍事戦々科戦略戦術コースA課程。
高校入学時の成績で上位者が集められたこのクラスにも、そうした者が存在し、苦悩していた時期があった。
高校最後の夏休み。
苦しみを味わったこの戦々Aクラスの一つの決断が、夏休みにおいて、大きな海練を起こそうとしていたのだ。
条月大学附属高等学校。
全寮制のこの学校に併設されている和洋食堂内。
2090年7月8日の午後5時半。
高3最後の夏休みを目前に控え、厳しい学内競争を勝ち抜く為、大きな決断を下した5人の男女が居た。
軍事戦略戦術科戦略戦術コースA課程。
彼等の所属するクラス名だ。
そのメンバーは、
鳴澤蒼浪理 3位/20名
仲定大陽 4位/20名
佐島夏織 6位/20名
双馬莉衣菜 7位/20名
北條星都 19位/20名
の5人であった。
名前の横の順位は、高1〜高3一学期までを集計した、現時点における戦々コース内の成績。
Aクラスは高校入学時、コース選択者の中で、1位〜3位の成績の男子生徒と女子生徒の上位2名で構成されたクラスであった。
当時の成績トップは北條。
国際戦々科と合わせた総合成績でも3位での入学という非常に優秀な成績であり、Aクラスのリーダーには当然彼が指名された。
しかし、大器晩成とはよく言ったものだ。
入学後、最初の中間考査までは好成績を維持していたのだが......
伸び悩み始め、試験の度に成績が落ちて行く。
超優秀な生徒の集団である条月大附属高。
個々の能力差は小さいので、早熟系の生徒やスランプに陥った生徒は、真っ先にその洗礼を浴びることになる。
ちょっとしたことで、成績が有り得ないぐらい急降下してしまうのだ。
当時まだ15〜16歳の北條少年には地獄の日々であっただろう。
「Aクラスのリーダーでしょ?」
「惨めだな~」
「早熟馬と一緒だよ。 駄馬って奴」
そんな声無き声が聞こえるようになるに連れ、勉強内容が脳内に染み込まなくなり、高2の中盤になって成績不振は極致を迎えてしまう。
350人前後の総合成績で、下位5人の中に入るようになってしまったのだ。
すると、同じ底辺を彷徨ってしまった生徒のうち、条月大への進学を諦めて中退する生徒や、精神的に壊れてしまい、長期休学する生徒も出て来るのだった。
「まだリーダーやっているらしいわよ」
「信じられない。 普通自分から辞退するよね」
「もう退学すべきだよな」
そんな陰口が聞こえ続け、耐えられなくなったので、北條自身退学の意思を固めていたある日。
同じクラスの4人から呼び出しを受ける。
『もう退場して欲しいという話かな?』
この頃にはDクラスの猛追が始まっており、北條が居る限り年間クラス成績2位転落は確実。
ただ、自分が中退すると、年間クラス成績は自動的に最下位になってしまうので、リーダーという立場上、躊躇していたのだ。
大半の生徒が夕食を食べ終えて、閑散としていた営業終了時間間近の和洋食堂。
北條は告げられた時間ピッタリに食堂に入ると、奥の席にクラスメイトの4人が待っていた。
「待たせて、ゴメン」
そう言いながら、空いている席に座ると、暫く沈黙の時間が続く。
そして、話を切り出したのは蒼浪理であった。
「星都。 学校辞めるって本当か?」
その言葉に黙ったまま頷く。
「俺達はお前が入学時の好成績が原因で、苦しんでいたことをよく知っている。 それに中学から一緒にこの競争だらけの学校で戦ってきた戦友じゃないか? 中学の時はお前に何度も勉強を教えて貰った。 だから今の俺があるんだ」
大陽は星都と附属中学3年間、同じクラスであった。
附属中は3年間、成績順でのクラス分けであり、2人は成績最上位のクラスでずっと一緒だったのだ。
「そうだよ。 高校進学時の夢はどうするの? 北條は大国の侵略からこの国を守る、国防軍の士官になるんじゃなかったの?」
莉衣菜と夏織も星都と同じ夢を持って、軍事戦々科の戦々コースに入学していた。
蒼浪理と大陽は文武両道の人物になる目的でのコース選択ではあったが。
「星都の成績不振は俺達でカバーするから心配するな。 お前は総合下位5%からの脱出だけを考えてくれ」
「戦々コースのクラス別順位なんて、一切気にしないで。 もし卒業時に最下位の4位になったって、貴方を恨んだりしないから」
4人の仲間の励ましの言葉に、涙が溢れる星都。
まさか、優しい言葉を掛けられるとは、想像だにしていなかったからだ。
「リーダー制も廃止しよう。 傭兵A課程はリーダーを置いていないけど、上手くやっているじゃないか」
「高1の始め、星都にリーダーを押し付けて悪かったと思っているよ。 最初から集団合議制で先生に提出すべきだった」
入学当初に各クラスはリーダー制か合議制かを選択することとなっている。
どちらが不利になるとかは無いのだが、少人数クラス制であることと、士官学校の予備学校みたいなコースであることから、殆どのクラスがリーダー制を選択する。
そうした慣例に倣っただけであったが、リーダーが成績不振に陥ってしまうと、クラス全体に悪影響が出てしまうので、方向性を早く変えるべきだったと全員が反省していたのであった。
その後も胸襟を開いて話し合う5人。
北條の成績不振の原因は、彼自身の能力の限界、早熟タイプの人間であることだったが、今後は4人が家庭教師となって、成績不振からの脱出をサポートすること等が決まったのであった。
北條の方も、家庭の深刻な事情を除いた理由で中退者が出ると、コース内のクラス順位が卒業まで最下位となってしまい、残された4人全員が条月大への進学で不利な扱いを受けることになることも考慮し、中退を撤回することに決めたのだった。
勿論、一番の理由は
『夢を諦めるのには、まだ早過ぎる』
ということであった。
星都は、エリートクラスの4人の姿を見ながら、昔のことを思い出していると、最大のライバル達が食堂内に入って来るのが見えた。
Dクラスの5人だ。
リーダーの奥武浦紗季は、附属中時代は下位の学業成績で、運動神経が抜群だという印象しかない子であったが、高校入学後、めきめきと学業成績を上げて頭角を現した生徒である。
高2以降は、座学の総合順位で約350人中10位前後の常連であり、国際戦々の生徒からも一目置かれる、附属高を代表する逸材というポジションを確立していた。
Dクラスのもう一人の女子生徒沼田美来も、附属中時代はスポーツ万能少女として学内で知られた存在であり、中学のスポーツ系の全国大会で何回も入賞した実績を持っていた。
だから、今になって
『紗季は美来と一緒のクラスになれば、軍事戦々科の戦々課程で、クラス別1位を狙えると予測し、美来の成績に合わせるように高校進学時の成績を調整していたんだよ』
と噂される程、その慧眼に一目置かれているのだ。
2人の女子生徒を先頭にDクラスの一団は食堂内へ入って来て、先ずは紗季が一人で5人分の空き席を確保してから、列の最後尾に並び、料理を取りに行く。
常に堂々していて、しかも仲間を大事にする気持ちを忘れていないという、リーダー像の理想的姿を体現している奥武浦紗季。
すれ違う生徒から挨拶を受けると、さり気なく返事を返す姿。
学内で知らぬ者はいない存在なので、食堂内に居た国際戦々科の生徒を中心に、こぞって挨拶が為される。
優秀な生徒が尊重されて、次々と挨拶を受けるのは、この学校内の一握りの勝者としての特権なのだ。
『俺も高1の一学期の時は、あんな姿だったな~。 今の彼女は自信満々なんだろう、きっと』
自身の体験を思い出しながら、そんなことを考えている星都。
すると、隣に座っている大陽が、
「すげえな、奥武浦。 国際戦々の生徒が全員挨拶に向かっていくよ」
と感想を述べる。
「ああいう瞬間が、この学校での絶頂を感じる時なんだよ。 俺も体験したから......」
「もう一度、味わいたいかい?」
「いや、全く。 あの地位から落ちた時の酷いギャップを経験したら、二度と御免って思うようになるさ」
そして星都は、視線をエリートクラスの4人に向ける。
その4人の中には、総合成績が一桁という好成績を残した生徒が2人も居るにもかかわらず、国際戦々の生徒は誰も挨拶すらしない。
挨拶だけではなくて近付こうとすらせず、存在を無視しているようだ。
奥武浦よりも順位が上であり、今回の期末試験だけではなく、中間考査も一桁だったというのに......
「頑張った奴は正当に評価すべきなんだ。 特別な能力が有るとかそんなのは関係ない。 差別せずにさ」
星都はそう呟くと、突然立ち上がり、幼楓達に近付いて行く。
その動きは、なんとなく食堂で目立つ動きだったので、生徒達の注目を浴び始める。
4人のクラスメイトも、
『星都は、何をするつもりなのだろう』
と心配そうに見守っていた。
やがて、焔村の横に立つと、
「俺は戦々Aクラスの北條星都と言います。 夏休みはよろしく」
と言って、右手を差し出す。
それに対し、焔村も立ち上がり、
「わざわざ挨拶に来てくれたんだね。 この学校に転入してから、北條君が初めてだよ。 まだ正式な回答は鳴澤君から貰っていないけど、こちらこそよろしく」
そう答えて握手をする。
それに笑顔で答えると、星都は少し声を大きくして、
「央部君と九堂さんは凄い成績だったよね。 国際戦々科の連中より座学は不利な軍事戦々科なのに、あの奥武浦さんよりも上位の成績なのだから......同じ軍事戦々科の生徒として尊敬するよ」
そう言うと、鏡水にも挨拶をしてから、もう一度4人に頭を下げると席に戻ったのであった。
その姿を見たAクラスの4人も次々と立ち上がり、焔村と鏡水に改めて挨拶をする。
好成績を祝する為の挨拶だ。
初めての経験に、ちょっと気恥ずかしそうな焔村と鏡水。
すると、それに触発されたのか、奥武浦紗季も自席に料理を乗せたトレイを置くと、仲間の4人に、
「Aクラスが慣例の総合成績優秀者への挨拶をした以上、Dクラスとしても挨拶しないとね。 私が代表して行ってくるから、座って見てて」
そう言う残すと、鏡水の元へと足早に向かう。
「九堂さん、お久しぶりね。 今回は総合5位以内おめでとうございます」
第一回実実では、戦略戦術シミュレーターで苦戦させられた相手の登場と有って、鏡水も立ち上がってから正対し直して、頭を下げてから返事をする。
「奥武浦さん、実実試験以来ね。 ご活躍いつも気になって見ていますよ」
Dクラスは模擬実戦試験でも、女子2人だけならば傭兵Aクラスに劣らない実力を有しているので、同じ女性として鏡水は相当ライバル意識を持っていたのだ。
「私は座学よりも、次の実実試験を楽しみに待っているんです。 シミュレーターでも模擬実戦でも、九堂さんとの再戦を」
「その時はお手柔らかにお願いしますね」
鏡水は、少し怖い笑顔を見せながら、右手を差し出す。
その手に握手で応えながら、笑顔で返す紗季。
なんとも言えないピリピリした雰囲気が充満していたが、
「お二人は仲が良いのですね」
幼楓がKYな発言をしたことで、急に場が和んでしまう。
「楓。 どうみたら、仲が良く見えるの?」
鏡水が思わず確認すると、
「この学校でも一二を争う才女のお二方。 大学に進学したら、きっと良き友人になると思うからですよ」
未来を見ての感想だと答えたのだ。
その言葉に驚く紗季。
『まさか、私が思い描く近未来を、この新転入生も見ているというの?』
改めて幼楓を見詰める紗季。
何だかボーっとした雰囲気しか感じられず、未来を見抜くような才能を持っているようにはとても思えない。
「九堂さん。 そんなにピリピリしないで。 今日は純粋に期末考査に対する好成績を祝しに挨拶しただけですからね」
紗季は改めて言い直すと、焔村にも祝意を込めた挨拶をする。
「わざわざ悪いな、奥武浦」
本当に申し訳なさそうな表情を見せたので、
「私より上の総合9位なのだから堂々としなさい、央部。 周囲でこの様子を見ている国際戦々科の生徒がたくさん居るのだから」
そう言われて、紗季に背中を叩かれると、周囲の視線に気付き、流石に恥ずかしそう。
そして、真剣な表情を見せる紗季。
周囲を見渡しながら、
「私は、北條君と同じ考えよ。 この学校には総合順位で優秀な成績を修めた生徒を祝すという習慣があって、私よりも良い成績の生徒が2人もここに座っているのに、それを無視する多くの人達が居るみたいだからここで言っておくわ。 そんな差別をするような方々に私は祝われても、反吐が出る感じね。 『皆さん、自身の生き方を考え直したら?』という言葉をここで贈っておくわ」
国際戦々科の生徒達に聞こえるよう大きな声で、持論を述べた紗季。
言いたいことを言い終えると、幼楓達4人に深々と頭を下げて、席に戻って夕食を摂り始めるのだった。
「流石、Dクラスのリーダー。 国際戦々科の連中にビシッと言ってやりましたね」
紗季の行動力と発言に、感服するクラスメイト達。
「当たり前でしょ? ただでさえ軍事戦々科は体力錬成に時間を取られて、座学に割ける時間が少なく総合順位では不利なのだから。 国際戦々の生徒はそれを理解していないから、新参者を認めず、くだらない差別をするのよ」
その言葉に頷く4人。
「特別クラスの4人が特殊な能力を兼ね備えているとはいえ、彼等も普通の人間。 それを受け容れられない器量の小さな人物に、私はなりたくないわ」
Dクラスのリーダー奥武浦紗季は、正面から戦って勝つことに、最高の価値を見い出すタイプの人物。
その一端をこの時の食堂での言動で見せたのであった。
「星都。 結局、奥武浦に主役の座を取られちゃったな〜」
大陽がドンマイと肩を叩く。
「彼女の行動力は凄すぎるね。 だからDクラスがエリートクラスと傭兵Aクラスの間に割り込み、首位争いに加わって来たのだなってつくづく思うよ」
蒼浪理が呆れた表情で評価をする。
「あのくらい、どうってことないわ。 私達の最大のライバルなのだから」
莉衣菜が闘争心を見せると、みんなが笑う。
「でも、先に唾を付けておいて良かったのかも。 まさか奥武浦さんと九堂さんの間に繋がりが出来ているとは思ってもいなかったから」
確かにと、頷く5人。
あの奥武浦紗季ならば、Aクラスの動きを察知した場合、先回りして夏休みをエリートクラスとの共同訓練に費やすという決断を直ぐに下していただろう。
「さっき挨拶の時に、夏休みの件の回答を伝えたのだろ? 蒼浪理」
「もちろん。 奥武浦さんが側に居る以上、即行動せねば、彼女に取られちゃうからね」
それを聞き安心した他の4人。
食堂でのライバル対決は、行動力では紗季の独演会の開催となったことでAクラスが負けたものの、夏休みの件については勝利をおさめたと言えるのだった。
1週間後。
2090年7月15日、夏休み初日。
戦々コースA課程の5人は、特別コース(エリート士官コース)の教場にて、初めて授業を受けることになる。
午前9時前。
指定された時間の15分前に、教場出入口に5人が到着すると、鏡水が出迎えて教場内へと案内される。
「おはようございます」
「おはよう〜〜」
5人が挨拶すると力無い返事が大きな教卓の方から聞こえてきた。
担任の秋月潮音が来ていたのだ。
5人は慌てて、
「秋月先生。 本日からよろしくお願い申し上げます」
緊張した面持ちで、最敬礼の姿勢で挨拶をする。
「楽にして。 適当に座って〜〜」
指示に従い、空いている席に一列で座る5人。
「潮音ちゃん。 大丈夫だった?」
鏡水が『ちゃん』付けで担任に話し掛けたので、驚く5人。
「大丈夫じゃないわよ。 朝からギャアギャア言われて、疲れちゃったわ~」
ぐったりしている秋月先生の様子に、
「何か有ったのですか?」
と質問する蒼浪理。
「鳴澤君。 よくぞ聞いてくれた」
潮音はそう言うと、理由を説明し始める。
何処から聞いたのか、夏休み期間中の特別クラス用に潮音が設定した授業&訓練へ、Aクラスが参加することを奥武浦紗季が聞き付け、潮音に直接抗議を入れてきたのだという。
「秋月先生、確認したいことが有ります」
「奥武浦さんだったわね。 夏休み初日に何か用?」
普段は高等部の教員室に居ることは無いのだが、今日は初日で準備が有ったので、偶然教員室に居たのだ。
「戦々コースAクラスが夏休み期間中、先生の授業や訓練を受けると小耳に挟んだのですが、本当でしょうか?」
「何処からそんな噂を耳にしたの?」
「Aクラスの担任先生からです。 机に許可承諾書が置いて有るのを見たので、少し問い詰めました」
それを聞き、Aクラス担任の方を睨みつける潮音。
潮音が学校の理事であり、特別クラスの為に出向中の国防軍高官だとの噂ぐらいは知っているので、視線に気付いて慌てて教員室から逃げ出して行く。
「そうなんだ。 何の許可承諾書?」
「Aクラスの5人が、秋月先生の元で夏休み期間中、授業と訓練を受けることに対する理事長の承諾書です」
「ふ~ん」
「ずるいです」
「ずるい?」
「だって、特別授業ですよね。 他の3クラスは受けることのできない」
「高等部の試験に、私の授業は直結しないわよ。 訓練も戦々コースの生徒達が付いて行けるような代物ではないから、実実試験で役立つことも無いだろうし」
「それでもずるいです。 公平を期す為に、希望者は受けられるようにすべきです」
プチッとキレた潮音。
口調が一気に強くなる。
「奥武浦さん、貴女勘違いをしているわ」
「何がです?」
「九堂達4人は今日から正式に国防軍所属となるのよ。 階級は特務尉官。 略して特尉。 期間は8月31日まで」
「えっ」
「授業とか訓練という表現が良くないのかな。 4人は今日から国防軍の命令で1か月半軍務に従事するの。 彼等の特別な能力の現状調査と、今後の適切な成長の為にね。 Aクラスの5人はその調査に付き合う目的での体験入隊。 なるべく環境の変化を少なくして、正確なデータが欲しいから。 4人がまだ高校生だという配慮よ」
「......」
「だから、Aクラスの5人からは誓約書を取っているし、親御さんの承諾書も提出して貰っているのよ」
「でも......」
「奥武浦さん、今回は貴女の負けよ。 Aクラスは特別クラスと1か月半一緒に過ごして、自分達の人生の糧にしたいという案を自力で考え出し、先に提案してきたのよ。 学校の勉強には専念出来ないというリスクを冒してまでね。 特別クラスの4人は既に国防軍の特別部隊の一員扱い。 この学校の高校生だとは言っても、彼等と長い間一緒に過ごすには、国防軍トップクラスの承認も必要なの」
「......」
「貴女は別の方法を考えなさい。 人の生み出した提案に駄々を捏ねて乗っかろうとするのではなく、自分で新しい作戦を立案してね」
その言葉に項垂れる紗季。
悔しさで涙が溢れ出してしまう。
二度と経験出来ないだろう機会を、少し見下していたAクラスの生徒達が先に見つけ出して提案し、チャンスをモノにしたことに対しての涙であった......
「先生は何者なのですか? 理事長だけでなく、国防軍の許可まで取れるなんて......」
「私はこの学校の理事よ。 それに現役の士官でもあるわ。 あの4人を直属の部下とするね」
潮音はそう言うと、席を立つ。
そして、そのまま教場に向かったのだった。
「という訳よ~。 あんな理屈っぽい子、本当に面倒だわ〜」
「すいません。 僕達の提案がご迷惑を掛けてしまって」
「いいのよ。 奥武浦さんに話した内容は事実に即したものだから」
「潮音ちゃん、イイの? 私達以外に軍の所属のことは秘密でしょ?」
今の話から、Aクラスの5人に潮音が軍人であることがわかってしまうので、鏡水が確認する。
「この1か月半で、どうせわかっちゃうから構わないわ。 言い触らさないでくれれば」
「その件も含めて、既に誓約書を取られていますよ」
「そういうこと」
そんな雑談をしていると、五十代の女性と三十歳くらいの士官が教場に入って来た。
士官の方は、幼楓に見覚えがある。
初日に挨拶した櫂少佐だったのだ。
「え~と、紹介します。 女性の方は、1か月半座学を担当する立花美月先生です」
「今、紹介に預かった立花です。 授業は以前ここの大学で教鞭を取っていた時以来だから、5年ぶりになります。 よろしくお願いしますね」
その女性に生徒9人は全員見覚えがあった。
この学校の理事長であったからだ。
「もうひとかたは、国防軍から出向の櫂少佐です」
「しょうしょ......」
と語り始めたところで、後ろから潮音に丸めた教科書で、思いっ切りぶっ叩かれた少佐。
『少将閣下から紹介に預かりました云々』と言いかけたことを直ぐに潮音は気付いたのだ。
「『少々ご迷惑をおかけすると思いますが、すいません』でしょ?」
潮音の険しい表情での脅しに、ビビる少佐。
潮音は怒ると、特別な能力を使ってお仕置きをするからだ。
その様子を見て、クスクス笑う鏡水と石音。
特別クラスの4人は、潮音が少将閣下だと知っているので、少佐の話の切り出しの大失敗に気付いていた。
「出向中の櫂少佐です。 秋月先生と色々な訓練のお手伝いをします。 どうぞよろしく」
まともな挨拶をしたので、『まあ、良し』と頷く潮音。
その姿にようやく安堵した少佐。
「色々事情があって、私の前ではビビりだが、新進気鋭の将来を嘱望されているエリート士官だからな。 ここに居る9人の大半は、将来国防軍に所属することになるだろうから、今からごますりしておけよ」
潮音は少し高級士官らしい口調で、少佐の紹介のなり直しをする。
そして早速、立花理事長による、国際政治の授業から、充実の夏休みがスタートしたのであった。
立花理事長の授業は、興味を持って貰うことに重点を置いた、現実に即応した内容であった。
色々な質問も受け付け、それに対し理事長がかつて国際機関や上条財閥で経験したことを交えて、話す授業スタイルであり、今までの詰め込み式の国際政治の授業とは、だいぶ異なるものであった。
2限目は、櫂少佐が担当する軍事戦術の授業。
携行用の小型シミュレーターを持ち込んで、実際の戦術理論や戦力の展開方法等を実戦形式で説明していく。
その授業には潮音も立ち会い、実際にシミュレーターを使っての両者の対戦も行われ、生徒達を熱中させる熱量のある授業となっていた。
「あっという間だったね」
「学校の授業と違って、時間が短く感じるよ」
「潮音ちゃんは居眠りするような授業なら、やらない方がマシだという考えの持ち主だからね~」
「しかし、少佐と潮音ちゃん。 本気の対決だったね~。 理論を実戦形式に持ち込んだ、気合い入り過ぎの戦術シミュレーター決戦だった」
この日の昼食で9人は和中洋食堂に入り、人の少ない奥の方を陣取って、なるべく他の生徒に聞かれない、話しやすい環境を作って雑談していたのだった。
「午後は訓練かな?」
「それは天候次第みたいよ」
その言葉に外を見ると、まだ梅雨の真っ最中。
しとしとと雨が降り続いていた。
「午後Aクラスの5人は、自習用の勉強道具持って来た方がイイと思う。 私達はスキル使う訓練が入っているから」
鏡水の指示に『了解』と答えた5人。
昼食を終えると、一旦自室に帰り、午後に備えて各々が各々流の過ごし方をするのであった。
一方、櫂少佐は潮音と話していた。
「少将。 先程は申し訳ありませんでした」
「また、少将って言った~。 学校では秋月先生って呼びなさいっていつも言っているでしょ?」
「つい、癖で。 申し訳ないです」
「4人の状況についての定期報告は終わったの?」
「はい。 今日は15日ですから」
半月に1回、統合作戦本部宛てに幼楓達4人の状態や能力の開放状況について報告するのも少佐の役目だ。
4人の管理が主な任務で、条月大の学校運営部に出向中なのであるから。
「お祖父様は元気? 88歳だったよね」
「はい。 相当高齢ですが、頭はしっかりしています」
「じゃあ二学期になったら、休日使って会いに行こうかしら。 昔話でもしに」
「是非お願いします。 祖父も喜ぶと思います」
「その時は少佐も一緒に来るのよ。 お祖父様と私で説教してあげるから」
「いや〜、説教は勘弁して下さい」
「冗談よ。 美女の誘いなのだから、忘れないように」
潮音はそんな約束をすると、2人で大学の学食に入って行った。
櫂少佐の祖父である櫂退役大将と潮音は、退役大将が現役だった頃に、何かしらの繋がりが有ったらしい。
年齢不詳の秋月潮音。
謎だらけの人物というのが、実像であったのだ。
午後は英会話の授業からリスタート。
これは潮音が担当。
彼女は超大国のクオーターで、2歳〜8歳まで超大国で育ったことから英会話は得意なのだ。
授業中はこの国の言葉は一切禁止。
全て英語で話さねばならない。
通訳アプリや翻訳機が発達したこの時代、必ずしも英語力が必須という訳でも無いのだが、国際人を育てるという学校の理念に基づき、小学校〜大学までのカリキュラムに必須科目として導入されている。
その次の時限は、屋内訓練施設での模擬実戦訓練であった。
これこそ、Aクラスの5人が夏休み期間中の目的としていたモノであり、この日は天候が悪く、屋内ということで限られた環境で有ったが、特別クラスの4人や潮音や櫂少佐といった現役の軍人と訓練出来るのは貴重な機会であった。
幼楓にとっても、初めての訓練。
まだスキルが役に立つレベルでは無いので、Aクラス側で参戦することになったのであった。
「開始は午後2時半からね。 見学者が来るけど、気にすることなく、今までの訓練や学習の成果を3人にぶつけてくれればイイのよ。 よろしくね〜」
潮音はそう指示すると、鏡水にみんなを大学構内にある超大型屋内訓練場に連れて行くように告げてから、専用教場を出て行ったのであった。
幼楓にとっても初めての模擬実戦訓練。
Aクラスの5人と顔を見合わせながら、期待と不安が入り混じった表情を見せていたのであった。