第31話(潮音の秘密)
「お帰り」
「ただいま〜」
約一ヶ月ぶりに、出向先である条月大附属高より帰宅した潮音。
それをごく普通に迎える莉玖。
そして挨拶を交わした後、抱き着く潮音。
「いつも、こんな感じなの?」
鏡水は莉音に質問する。
前にも見たことがあるシーンだが、見た目の年齢差が大きいこともあり、少し不思議な感じも否めないからだ。
「2人はだいぶ前に離婚しているけど、それはあくまで親父が璃月財閥の相続権争いに関わらないことが目的であって、お互いの気持ちは若い時のままなんだよ」
「そっか〜。 何だか良いよね? あの距離感」
「そうだね」
みんなが笑顔になるような潮音と莉玖の姿。
息子とその新しい恋人が居るのを忘れてしまったかのように、潮音が最近の出来事を話し出す。
それに相槌を打ちながら、程々な感じで耳を傾け続ける莉玖。
2人の様子を少し離れて見詰めながら、莉音が鏡水にある秘密を語り出す。
「知っているかもしれないけど、母は地球人である璃月詩音と異星人であるリヴ・レヴの融合した姿なんだ」
「えっ、細かいことは知らない」
「神の如き存在で、数千年間、この地球上で地球人の行く末を見守り続けているリヴ・レヴ。 一方、璃月詩音は璃月財閥の直系跡取りとして唯一生まれた女の子。 詩音がまだ子供の頃、とある事情からリヴ・レヴの知己を得たが、その直後にある敵対勢力の罠に嵌って、生きたまま焼き殺されたそうだ」
「うそ......」
「詩音が絶命する直前、レヴが彼女の意思を確認した上で手を差し伸べた。 これは単なる気まぐれな行動であったらしいけど、それにより、璃月詩音は死なずに存在し続けている。 詩音は消え、レヴだけが生きているというのが実態なのだけど、レヴに焼けた体ごと取り込まれ、魂のみが璃月詩音として、殺されたことすら忘れ、そのまま育ち続け」
「......」
「親父と母が知り合ったのは高校生の時、同級生として。 ただ時が満ちるまで、一度も話したことは無く、初めて声を掛けたのは高校3年の夏休みが始まる直前に、母の方から。 当時定期的に行われていた異能者の戦いに参加する直前だったそうだよ」
「異能者の戦い? 何、それ。 初耳」
「鏡水は水を自在に操る能力を後天的に与えられたでしょ? それとは少し異なるものの、先天的に特別な力を持つ者が、ごく稀に地球上の何処かで必ず誕生していて、15歳を迎えると戦いに参加する義務があったらしいんだ」
「私達4人だけが特別では無い? 過去形みたいだけど」
「親父も母、詩音も、その異能者だったのだから」
「えっ、異能者? あの2人が?」
「2人共、既に能力は喪失しているけどね」
「圧倒的な存在である異星人レヴは、この地球上の何処かに紛れ込んでいる同朋と共に、異能者の戦いを取り仕切る役割をも担っていたんだってさ」
突拍子も無い、空想の如き御伽話。
しかし鏡水は、自身が数十年の時を経た未来で目覚め、以前はごく普通の地球人であった筈なのに、特殊能力を付与されていたことで、莉音の話した潮音に関する過去の逸話が、全て事実なのだと捉えることが出来ていた。
そして、璃月詩音改め秋月潮音が、鏡水達4人を遥かに超越する人間兵器である所以も。
「母と知り合った当時親父は、南西方面の戦役で両親を亡くしていて、天涯孤独の身だった。 一方、母は財閥の御令嬢。 でも、異能者の戦いで親しくなって、数十年の時を経た今も、ああしてお互いの立場を尊重する、素敵なカップルのままなんだ」
楽しそうに談笑し続ける潮音と莉玖。
その姿を羨ましいなと鏡水は思う。
「あの2人、僕達と似た境遇だとは思わないかい?」
「言われてみれば、確かに」
「そういうことで、我が家へようこそ。 宜しくね、鏡水」
「ありがとう、莉音」
わざわざ潮音ちゃんと莉玖さんの馴れ初めや秘密を話してくれたのは、
『鏡水達4人だけが特別で、孤独な存在という訳では無いよ』
ということを教えたかったのだ。
『孤独感を抱え込まずに、僕と分かち合おう』
莉音は鏡水に、そう言いたいのであった。
「あ~っと、忘れてたわ」
潮音が偶然鏡水達2人の方に視線を送ったことで、大事な用件を思い出した。
手招きをして呼び寄せると、早速家主に紹介をする。
「夏休み中にも来ていたけど、九堂鏡水ちゃんよ」
「莉玖さん、宜しくお願いします」
「莉音から聞いているよ。 息子のことを宜しく」
背が高い初老のイケオジと言った風の高橋莉玖。
元の名は、戸次莉空と言い、異能者の戦いで亡くなった親友高橋蒼空の遺志を継ぎ、一人息子を失い、途絶えかけた高橋家の養子に入り、その農場を引き継いで現在に至るのだ。
「それで、莉玖にお願いがあるのだけど......」
「能力が覚醒し慣れ切るまで、鏡水ちゃんを預かって欲しいって言うのだろ?」
「ピンポンピンポン。 さすが〜」
「初夏に突然帰って来た時も、同じことを言っていただろ? そりゃ〜予想が付くさ」
元妻で同居人の潮音が、何事にも事前相談無く、いきなり始めてしまうのはいつものこと。
それは、璃月詩音の性格では無く、レヴという異星人独特の行動様式からくるもの。
絶対的な存在であるので、自身の行うことに、イチイチ他人へ断りを入れる習慣が無いからだ。
「鏡水。 あとでリミッターを外してあげる。 その代わり来週末まで、ここで過ごすこと。 イイわね?」
「2日間だけの予定でしたが、学校の方は?」
「私から、欠席届を出しておくから心配しない。 ここで、莉玖を手伝って農作業をしながら、自然界に溢れる水の力を感じ取り、自身の本来の能力に馴れること。 それが重要よ」
「もしかして、石音と幼楓が、あの作戦に従事する前、ここに来ていたのも」
「同じ理由ね。 ただ、あの2人の場合、管理している国防軍の許可が出ていないので、まだリミッターが掛かっているわ」
「あれで、そうなんですか? じゃあ、私の場合は」
「完全解除よ。 水には、もう軍の関与が無いから」
「大丈夫でしょうか?」
「どうせやるなら、一気に全面解除した場合どうなるのか、私も見てみたいってことかな」
「え~〜、実験?」
「半分はね」
「......」
「大丈夫よ。 何か有っても、この私が居るのだから」
「絶対の存在リヴ・レヴ様ですね」
「レヴ?」
「ええ」
「さては莉音。 貴方少し余計なこと、話したのね?」
何故か、ムッとしている潮音。
でも、逆に何だか可愛らしい反応だなと鏡水は思っていると、
「何処まで話したの?」
「数千歳ってところまで」
「ぐぬぬぬ。 老婆と......」
年齢をバラされたことでムッとしたのだ。
確か、立花理事長には50代後半って暴露されていたけど......
「いえいえ。 そんなこと莉音さんは言ってません」
「まだまだ見た目二十歳代前半の麗しい姿って、水は言ってたよ〜」
莉音は誂うつもりのようだ。
いつも仕事を押し付けられて苦労している分の反撃。
そんなところであろうか?
母子のやり取りを聞きながら、二度とそういうことが出来ない鏡水は、少し羨ましく思うのであった。
一段落した後、潮音は鏡水に掛けていたリミッターを解除した。
すると、予想以上の出来事だらけで大変なことに。
先ずは、水が飲めない。
湯呑みに入ったお茶を啜ろうとしたが......
口を付けたものの、湯呑み内のお茶が全て小さな水玉になってしまい、上手く口の中に入ってくれないのだ。
仕方無く、飲むのを諦め、湯呑みから口を離すと、空間に浮かんでいたお茶の水玉が、一気に元通りへ。
テーブルの上にぶち撒けてしまう。
「え~、何これ〜」
テーブルを拭きながら、鏡水がガックリ。
「やっぱりね。 今まで数カ月間訓練して来たけど、制御、結構厳しい?」
潮音が笑顔で確認する。
「特に意識していないのに〜」
「そのうち、自然になるわよ。 ほら、テーブルに溢れたお茶は拭き取れているでしょ」
「本当だ。 水玉にならない」
その出来事から、慣れが必要だということは直ぐ実感出来たが、その後もトラブルばかり。
特にトイレでは、便座に座わる前に除菌クリーナーで拭き、使い終えた除菌ペーパーを便器内に捨てた途端、トイレ内に溜まっていた水が水玉になって空間を漂い始めてしまい、どうしたら良いかわからない状態。
「助けて〜」
の悲鳴で駆け付けた潮音。
トイレがびしょびしょになったら大変だと、直ぐにレヴの力で、漂う多数の水玉をトイレの便器内に戻す。
「どうしたら良いでしょうか?」
困った表情で、対策を訴える鏡水。
小水をすることを躊躇しているのだ。
「こうなったら、外でするしかないわね」
潮音の大胆な提案。
「え~〜」
当然、拒絶反応を見せる鏡水。
「慣れる迄は仕方ないのよ。 幸い、今、うちには私達以外誰も居ないし」
「いやいや、そういう問題では無くて......」
「じゃあ、このトイレでする? 掃除が大変だけど」
悩む鏡水。
数分後。
結局、外に出ていた。
潮音は、
「畑ならば、何も問題無いでしょ?」
と言いながらニヤニヤしていたが、農場には管理用のカメラ等が設置されているので、恥ずかしくて流石にそれは出来ない。
結局、農機具を仕舞っている大きな倉庫の片隅ですることに。
『ここなら、誰かに見られる心配も無いし』
緊急事態だと、自身を納得させて早速。
我慢の限界も間近なので、意を決すると早速......
そこで、あることに気付いたのだ。
気付いた時に水玉は、鏡水を護るかのように、一定の距離を保っている。
まるで、バリアのよう。
しゃがんでいたのを止め、立ち上がりながら下着をキチンと履き直す間も、水玉は鏡水に当たらないように50センチ程の間隔をとったまま、自動的に近付いたり離れたりする。
『不思議〜』
可愛らしさを感じ、思わず触れてみたくなる。
今回は流石に小水なので、触りはしなかったものの、一つ一つの水玉が意思を持っているかの如く、鏡水の動きに連動するのだ。
その後、倉庫から外に出ると、小水が元の水玉も、一緒に付き纏ったまま。
そこで、ある問題が。
『家の中に戻りたいけど、どうしよう』
一旦畑の方に歩きながら、対処法を考えてみる。
このままでは入れないからだ。
少し途方に暮れながら、周囲をプラプラ歩いてみる。
空を偶然見上げた鏡水。
『綺麗......』
街明かりの殆ど無い、満天の星空に気付き、思わず見惚れてしまう。
何も考えず、ただ星を見詰め、ふと我に返った時。
鏡水の体内から放出された小水で出来ていた水玉のバリアは、いつの間にか消滅していたのだった。
その体験を潮音達に話す鏡水。
「周囲に存在する水は常に貴女の一部。 鏡水を困らせるようなことは絶対にしないわ。 貴女が望まない限り」
潮音が能力の本質について説明する。
「そうなんだ〜」
自分に掛かるんじゃないかと冷や冷やしていた心境を説明すると、
「水の塊が貴女に触れた瞬間、意思を持つような感じになるのよ」
「だよね」
「じゃあ、少し実践編に入ろうか?」
「実践?」
「温泉に入るわよ、一緒に」
「はい」
気兼ねなく、水を扱っても何の問題も無い所。
それはお風呂場。
女子?2人は嬉しそうに立ち上がる。
「僕も一緒に入ってもイイかな?」
2人の会話を黙って聞いていた莉音がそんなことを言ったものの、即、
「ダメ〜」
と見事なハモりで拒絶されたのだった。
「素敵ですね、ここ」
「私のセンスの良さが分かるでしょ?」
離れにある潮音の部屋。
そこには、財閥当主や軍人として忙しかった時代に、深夜でも家族を起こさずに、気兼ねなく寛げるよう、専用の温泉施設が整備されている。
「遠慮なく入って」
潮音の勧めに、鏡水は湯舟に入ったものの......
湯舟内のお湯が全て小さな水玉の凝縮体となり、鏡水の全身を覆うシールド状に変化してしまったのだ。
「そうなるか〜、やっぱり」
呆れた表情の潮音。
そこで潮音の取った行動は......
「きゃ〜」
お湯のシールドを突き破って入ってきた潮音の両腕が、鏡水の背後から両胸を触ってきたのだ。
自己防衛本能が働いたのだろう。
鏡水の意思とは無関係に、お湯のシールドが水玉状へと変化して、一斉に潮音を襲う。
それに対し、潮音の持つ膨大なエネルギーがバリアとなって立ちはだかり、弾丸状の水玉と衝突。
すると、お湯の水玉はザーッと下方に流れて、湯舟内に溜まってゆく。
鏡水が我に返った時には、元通りの状態に戻っていた。
「いつまでぼ~っと立っているの? 温泉に浸からないの? 丸見えよ」
既に湯舟で寛いでいる潮音。
「極楽〜極楽」
と言いながら。
恐る恐る体を屈める鏡水。
またさっきのようにならないか、戦々恐々としながら。
そうしたら、普通に浸かることが出来たのだ。
「どうしてだろう〜」
不思議そうに呟く。
「面白いよね〜」
さもありなんという表情で疑問に答える。
「何か知っているのですか?」
「貴女の能力は一度使うと、インターバルが発生するみたいね」
「インターバル?」
「そう。 で無いと、水ってごく身の回りにありふれたものだから、何も出来なくなっちゃうから」
「確かに」
「これが鏡水の能力の最大の弱点かな?」
「弱点?」
「同じ場所では1回きりってこと」
「ああ、なるほど」
潮音の見解によると、鏡水が触れただけで、水にエネルギーが付与される。
それを思い通りに動かせるというのが鏡水のその能力なのだが、一定の動きを終えると、エネルギーを失って、元の水に戻ってしまう。
すると、同じ場所の水を動かせるようになるまで、時間のインターバルが発生するというのだ。
「ここのお湯に、再び鏡水がエネルギーを与えられるのは、1時間ぐらい後? ここに居る間に計ってみることね」
そこまで答えると、再び鏡水を触りまくる潮音。
どうも、その美しい肢体が羨ましいようだ。
「先生......」
「良いわよね〜、バランスがとれていて」
「先生だって......」
「潮音は、158センチ。 絶世の美女としては、ちょっと身長が足りないじゃない?」
「そんなことは......」
「レヴは背が高過ぎるし」
「......」
「200センチ以上有るのよ、レヴって」
「え~〜」
「それでは、人間社会に溶け込めない。 だから普段は、3分の2位に体全体を縮小しているのだけど......」
「?」
「胸も、お尻もみんなちっちゃくなっちゃうの。 だから、貧乳ってずっと言われて来て」
「ふふふ」
「どうしたの?」
「先生でも、コンプレックスって有るんですね?」
「長く生きていると、コンプレックスの塊になっちゃうのよ」
「へ〜」
「それが、瀕死の璃月詩音を自身に取り込んだ動機なのかもね」
その後も、珍しく潮音は自身の話をしてみせる。
レヴは極貧が当たり前で、結構狡賢く人間社会の中を泳ぎ回って来たことや、詩音が大金持ちのお嬢様だったことから、助けたら、もしかしたら富豪としての生活で、少しは楽に生活出来るかもとか考えたこと等を。
『莉音はレヴのことを神の如き存在って表現したけど、当人はそんな感じじゃないのね』
それらの会話から、より親近感を抱く鏡水。
やがて、
『こんな話をしてくれたのって、今後私が石音と幼楓という同じ境遇の仲間から離れざるを得なくなるから、孤独を抱えざるを得ないまま、生涯を全うしてゆく未来への配慮かな?』
と思うように。
「潮音先生」
「あら」
「色々とありがとう。 そして、これからも宜しく〜」
「ちょっと......止めて〜、くすぐったいわ」
今度はお返しとばかりに、潮音の肢体を触り捲るのであった......




