第30話(晴れのち......)
まだ完成したばかりの超高級ホテルの最上階にある特別なスイートルーム。
そこでは、甘美な声が響いていた。
宿泊者が時間設定をすると、その間誰も入って来れない特別な造りの部屋。
それを教えて貰ったせいか、鏡水は自身でも驚く程の声を上げてしまっていたのだ。
「水......ちょっと、声、出過ぎ」
コトを終えて、ソファーに移動していた2人。
莉音が少し誂うように指摘する。
それに対し鏡水は、顔を赤らめ、恥ずかしそうな表情と仕草を見せている。
そんな姿を見て、
「本当に可愛くて綺麗だよ、水」
莉音は心に思ったことを素直な言葉にしながら、キスをして来る。
それに対し、大きな愛情を感じると共に、体を突き抜ける様な快楽も感じてしまう鏡水。
思わず、
「あっ~」
と小声を上げる。
それは、莉音が鏡水の大事な部分に再び触れ始めたからであったからだ。
「まだまだ一緒に、こうして居たいけど、そろそろ潮音チャンが戻って来る時間だから」
そう言われ、暗い部屋の中で輝いている時刻を見ると、
「20:57」
と表示されている。
2人っきりになってから2時間近く経っていたことに気付かされたのだ。
「本当に時間って、早く過ぎる時は、早いのね」
愚痴るように呟いた鏡水を見て、笑顔を浮かべる莉音。
「これで、今日は最後ね」
そう言いながら、再びキスを重ねる2人であった。
「ヤることは、済ませたようね」
時間通り午後9時過ぎに、特別スイートルームへと入って来た潮音。
登場するなり、着替えている最中の2人の姿を見てそんな言葉を吐いたので、
「相変わらずだね~、大御所様は。 直接的過ぎるんですよ、表現が。 もっと比喩に富んで欲しいなあ〜」
抗議の意を込めて、母が嫌がる『大御所』というキーワードを入れた言葉で反撃する莉音。
それに対し、
「あら、水が物足りなさそうな表情をしているわよ。 どうせ、先にイッちゃったのでしょ? 莉音が」
オブラートに包むことなく、誂うことを止めない。
『役者が違うな〜』
鏡水は、母子のやり取りを聞きながら、そんな感想を抱いていると、
「少しは、莉音の愛情を感じることが出来たかな?」
さり気ない潮音の問い掛けに、素直に頷く鏡水。
それを見て、
「だってさ〜、莉音。 良かったね〜」
再び口が滑らかに。
『しまった〜。 思わず返事をしちゃった〜』
と思うも、後の祭りであった。
この時の別れ際。
「莉音、今日は北の大地に帰るの?」
潮音の確認に、
「その予定〜」
「じゃあ、愛しの元旦那様に宜しく伝えておいてね」
「偶には顔を見せたら。 前はもう少し頻繁に帰って来ていたでしょ?」
呆れた表情で母を見詰める。
『学校で暇なくせに。 どうせ、ゴロゴロするのを優先しているのだろ?』
と言いたいのだ。
それに対し潮音は、高層階から広がる都会の素晴らしい夜景を暫く見詰め、少し考え込んでいる様子。
「そうね〜。 水を連れて、今週末、家に帰るかな。 幼楓や石音と比べて、水は能力の開花が遅れているから、テコ入れが必要だけど、軍の施設は使わない約束で身請けしちゃったし。 それに、莉玖と話をする必要も有るから」
「親父と?」
「そうよ。 莉音の今週末は?」
「親父と家に居る予定」
「それは珍しいわね。 財閥の仕事入って無いの?」
「う~ん、無くは無いけど、来週に先延ばししようかと考えている」
息子の返答を聞き、ニヤッとした潮音。
「あ~。 今、私が水を連れて行くって言ったから、急遽土日休もうと考え始めたのでしょ?」
「......」
無言のまま、帰り支度を急ぎ始める莉音。
何も答えないことで、図星だと認めているのだ。
「だってさ。 水、良かったね」
2人の会話を聞き、再び直ぐに逢えることになりそうで、嬉しさが表情に溢れてしまう。
「あれっ? 涙が......」
鏡水の涙腺が、水を自在に扱える能力のせいか、壊れてしまったようだ。
それを見て、優しく涙を拭ってあげる莉音。
落ち着くまで、潮音はそ〜っと部屋を出て、もう一度2人きりにしてあげるのだった。
翌日。
鏡水が教場に入ると、石音が直ぐ隣に座る。
「どうだったの?」
莉音との関係が、親友である鏡水の激動の人生の今後の行方を左右するのだから、気になって仕方が無い。
「うん、まあ......楽しかったよ」
それ以上は恥ずかしそうにして、ハッキリと答えようとはしない、水。
石音は、幾つか突っ込んだ質問をし、その反応を見て、大体の状況を把握。
「水の身請けをしてくれた方なのだし、頼るしかないよね。 でも、大丈夫か心配でさ」
「心配?」
「莉音さんのことでは無いよ。 その周囲を取り巻く人々の思惑が......ってこと」
「......」
「大財閥当主の夫人の座。 狙っている野心家は数多く居る筈でしょ? しかも、性格も良さそうな莉音さんのあの貴公子ぶりじゃあ、優しく接してくれたからと勘違いしちゃって、一方的に恋愛感情を抱いている上流階級の女性も結構居そうだから」
こういう類の会話をしていても、石音の表情は変化に乏しい。
親友のそんな顔をじーっと見詰めながら、自身の身の置き方を改めて考えてみる鏡水。
「夫人の座なんてとんでもない。 私は天涯孤独の貧民よ」
「貧民って、まあ、酷い表現ね。 そこまで自身を貶めなくても」
「自分のことは良く分かっているつもり。 分不相応な恋だってことも」
「難しい内部進学資格試験のことも有るし、今後は、あまり水のことばかり気にしても居られないのよ。 これが私の本音。 何の因果かわからないけど、人間兵器にされてしまった儚い存在の私達。 与えられた特別な能力が役に立たないとか危険だと評価されれば、処分される運命」
「処分......」
「私はね〜。 特に、水のことを心配しているわ。 既に廃棄処分扱いになった訳でしょ? 言い方は悪いけど」
「確かに」
「焔村と違って、潮音ちゃんと莉音さん親子のお情けで、水は引き取られた。 だから、ここからの行動が肝心よ」
「......」
「水。 貴女は莉音さんのボディーガードを目指しなさい。 能力を伸ばせば、直ぐにでも役に立つ存在になれるわ」
「......」
目的が無くなり、惰性に流され、漂流し始めていた鏡水の今後について。
石音は、焔村のような悲劇が、再び起こって欲しく無いと本気で思っているのだ。
「あの夏の厳しい試練。 私と幼楓は、リミッターを外して貰い、短期間で新たな能力を花開かせて、勝利を勝ち取ると共に、今後も必要な存在だという証明をして見せたの」
「確かにそうね」
「でも、水は作戦から外れたことで、そういう評価を得られないまま、焔村の暴走に足を引っ張られてしまった」
改めて指摘されるまでも無い。
目覚めてから、決められたレールの上を走り続ける筈だったのに、脱線させられたことで、全てが変わってしまったのだから。
「だから直ぐにでも、大きく能力を伸ばすチャンスを貰わないとダメ。 恋愛にうつつを抜かすのも良いけど、その前に莉音さんの役に立つ特別な存在にならないと」
「うん」
「じゃあ、今月中に、私と楓に追い付くことを目標としなさい。 直ぐにでも潮音ちゃんにリミッターを解除して貰って、短期間で潜在能力を開花させる。 そうすることで、生き続けるチャンスが得られるわ」
「生きるチャンス?」
「私も楓も、あの作戦に従事したからこそ、通常兵器では殺せないレベルにまで能力が上がった。 焔村のように、簡単に処分されない存在になったの。 これが、私が最も欲しかった力」
「石音......」
彼女が心の内を見せるのは珍しい。
知らぬうちに眠らされ、人間兵器に改造されて目覚めた以後、そのような強い考えを持って生きていたとは、普段の飄々とした石音からは、想像出来ないことであった。
「アドバイスはしたわよ。 あとは貴女次第」
そこまで話し終えると、石音は立ち上がり、丁度教場に入って来た幼楓の隣に座り直す。
その隣には尚武が座っている。
他にも、旧傭兵Aクラスの4人が、3人の一列後ろの席で横並びに座って談笑し、授業が始まるのを待っている。
一方、防衛軍の管理から外れた鏡水は、あくまで座学のみのオブザーバー参加のような存在。
高校卒業の資格を得る為だけで、転校や中退をせず在籍している中途半端な状態だ。
6人の座っている場所から2列空間を空けて、その後ろに陣取るようにしたのは、余計な気遣いや配慮を6人にさせたくないと、鏡水から申し出て決まった二学期の座席配置であった。
これと言って、変わった出来事は無いまま迎えた、その週の金曜日の放課後。
鏡水は、潮音と一緒に、北の大地に有る潮音の自宅へと向かっていた。
「潮音ちゃん、お願いが有ります」
超高速地下鉄道の列車内で、ソファーで寛いでいるタイミングを見計らって、石音に忠告されたことを申し出てみる。
「どうしたの? 改まって急に」
鏡水のその表情を見て、余程思い詰めて何かを切り出そうとしていることに気付いた潮音。
だらしなく、横になってスナック菓子を摘んでいたのを止め、相対する形に座り直して、話しを聞く姿勢に。
「私を、息子さんの護衛の一人に抜擢して欲しいのです」
「えっ、莉音の? 今の貴女の実力では難しいと思うわ」
「それは分かっています。 でも、今のままでは私の存在意義が見出せません。 数十年を経て特別な能力を身に付けて目覚めた筈なのに、ただの足手まとい......」
非常に真剣な訴えに、潮音は考え込む。
本来、焔村を含めた4人は60年以上前に、衰退が見込まれるこの国の悲観的な将来に対する、軍事的な部門の切り札として創り出された人間兵器だった。
しかし計画当時、適性試験を繰り返した結果、まだ大人になる前の少年少女達に、このようなオーバーテクノロジーを埋め込まざるを得なかったことで、精神的な未熟さを抱え込んだ兵器となってしまう。
潮音が産まれる前に実行された計画。
どうして鏡水達4人が最終的に選ばれたのか、詳しいことは潮音も知らない。
ただ、潮音を構成するもう一人の重要な存在、即ちリヴ・レヴがこの計画に協力してたという事実は、紆余曲折を経て潮音がレヴ当人となったので良く分かっていた。
それ故、4人の育成に、潮音が積極的な関与をしているのだ。
「石音と幼楓に何か言われたの?」
内心では覚悟をしつつ、笑顔で質問する潮音。
『ついにこの日が来てしまったか。 兵器としての暴走を防ぐ為、能力を発揮出来ない様に強力なリミッターが掛かっているという不都合な真相を知ったからこそ、その解除の訴えをする時が』
「前々から、疑問を持っていました」
「疑問?」
「あの破壊作戦に従事した石音と幼楓の急激な成長。 それに比べて、従事しなかった私達は、児戯に等しい能力のままという疑問です」
「確かにそうね」
「リミッターを解除して貰いなさい、生き残る為に。 2人にそうアドバイスされたのです」
「生き残る為、か......」
潮音はひとこと呟くと、そのまま目を瞑ってしまう。
そして、そのまま時間だけが過ぎて行く。
遂には、終点に到着したにも関わらず、2人はずっと同じ姿勢であった。
超高速列車が自宅に到着した合図が入ったのに、一向に誰も降りて来ないことで、莉音は自宅地下にある財閥当主専用の特別室を出て、様子を見にエレベーターで大深度地下のプラットホームに降りる。
先頭車両と最後尾車両に設置されている乗降ドアが開いたまま、無人のプラットホーム。
その様子を少し不審に思い、念の為、護身用に持っていたレーザーブラスターを構え、車両内にへと乗り込む莉音。
すると真ん中の車両に、母である潮音と恋人の鏡水が相対したまま座っていたのだ。
「どうしたの? 2人共」
慣れない手つきでブラスターを仕舞いながら問い掛ける莉音。
しかし、2人はひとことも発しない。
どうすべきか迷いが生じている潮音。
先に動いたら負けだ、そうなったら特殊能力のリミッターを解除して貰えないと考え、我慢比べをしているつもりの鏡水。
『どうしようか?』
何か有ったからこそ、2人は対峙状態なのだろうと判断した莉音。
ひとまず、空いているソファーの椅子に静かに座り、結論が出るまで待つことにする。
約10分後。
「莉音。 貴方に護衛って必要?」
意を決した潮音が目を瞑ったまま、息子に質問を始める。
「僕は、異星人である母の能力の一部を引き継いでいるから、体は非常に頑丈だけど......ただ、それだけだね」
「さっき、ブラスターを構えていたけど?」
「あんなの形だけさ。 僕が撃っても多分、当たらない」
「反動の殆どないブラスターであっても?」
「うん。 全然センス無いから」
自信満々で、銃の腕が非常に下手だと宣う莉音。
「そっか〜」
潮音は呟くと、漸く目を見開く。
「国防軍に警戒され、見捨てられたこの子を引き受けたのは莉音、貴方だから、確認させて貰うわ」
「どうぞ」
潮音の質問に続けて答えようとする莉音。
何となく、察しが付いているようだ。
「九堂鏡水のリミッターを完全解除してから、莉音の護衛に、という提案。 受け容れて貰える?」
「良いよ。 恋人を僕の護衛とするのはもちろん嫌だけど、鏡水の生い立ちを考えたら、何かそういう役割が必要なんだね。 人生に充実感を得る為」
莉音は鏡水の顔を見詰めながら、言葉を選びつつ、明確に答える。
「だってさ。 これでイイかな?」
少し長い時間を掛けて出してくれた潮音の答え。
鏡水は自然と涙が出てしまう。
決断をしたことで、重荷を下ろせたような感覚に囚われていた潮音。
少し間を置いてから、2人に大事な話を続ける。
「この土日は、とりあえずエッチ禁止」
「え~」
「リミッター解除に慣れる時間が必要なの。 慣れないまま、それをした場合......」
「場合?」
「莉音の大事なところを、絶頂の勢いで制御し損ねた鏡水の意図せぬ水刃で切断しちゃうかもよ」
潮音はケラケラ笑う。
「難問に答えも出たようだし、そろそろ、家に入ったら?」
エッチ云々のその言葉は無視して立ち上がりながら、当初の用件を思い出し、2人を誘う莉音。
その言葉で、同時に勢いよく立ち上がって、通路を歩き出す潮音と鏡水であった。




