第3話(ライバル)
附属高校の軍事戦々科の特別クラスに配属された幼楓。
同じ様な特別な力を持つ3人と共に学校内の激しい競争を勝ち抜かねば、輝かしい未来への扉は閉まってしまう。
そのライバル達は多種多様。
それぞれが高校卒業に向けて勝利をおさめる為、知恵を絞っているのであった。
条月大学附属高軍事戦々科49人の中で、最も人数が多い課程は、
『戦略戦術コースA課程・B課程・C課程・D課程』
の4課程であり、合計20名が学んでいる。
ABCDのクラス分けは、高校入学時の成績順で振り分けられただけ(女子生徒への配慮でA、D課程には2人ずつ女子が割り振られており、B、C課程は男子のみ)であり、その為コース内でのライバル意識はかなり強いのだ。
軍事戦々科のクラスでは有るが、必ずしも国防軍の士官候補を目指している学生生徒が集まっているというものではなく、将来は民間志望ながらも、勉学だけではなく体力面のバランスのとれた文武両道の優れた人物になりたいという希望者も受け容れているのが特長であった。
彼等も年間3回実施される実戦・実践訓練試験に参加しなければならない立場であり、落第となりたくなければ、学業だけではなく体力錬成にも努めねばならない。
その点は、傭兵養成クラスや国防軍士官大学校コース(通称エリート士官クラス)に所属する生徒に比べると、運動面の能力が劣ることから、実実訓練試験で3回連続最下位(ペナルティーは条月大学への進学取消)にならないよう、あらゆる面での努力を怠ることが出来ないのであった。
今回の期末試験。
全体順位50位以内に、軍事戦々科戦略戦術コースからは、5名の生徒がランクインしている。
11位 奥武浦紗季(D課程)
29位 都佐波和寛(B課程)
41位 難分陸(C課程)
46位 仲定大陽(A課程)
48位 佐島夏織(A課程)
である。
この成績が示すとおり、既に座学面では下剋上が発生しつつあり、クラス分けのABCD順は成績順では無くなっていたのだった。
実戦・実践訓練試験、通称実実試験では、戦略戦術コース4クラスの生徒の方が傭兵コースの生徒よりも得意とするであろう分野の、
『戦略戦術シミュレーター試験』
も実施種目の一つとなっている。
模擬実戦訓練試験と同じ点数が配分されている、重要なこの試験。
実際に軍を集団で指揮する立場となって、みんなで手分けをしながら、シミュレーター上の相手の軍を破って領地を占領すれば勝利というものである。
もちろん勝敗が付かずに引き分けの場合も多い。
時間制限付きの総当たり戦方式で、勝利数だけではなく、占領範囲や味方の損害率、都市の破壊率等、多くの分野で点数が付けられ、その総得点数順が順位となる。
例えば無血占領が最も点数が高いものの、現代戦で劇的な無血占領というのは、殆どあり得ないし、シミュレーターもそういう部分までリアルに作られているのだ。
ただこの種目は、戦略戦術コースに所属する生徒が必ず有利というものでもなく、前回の結果はそれぞれ僅差だが、
1位は傭兵養成A課程
2位がエリート士官課程(幼楓達の課程)
3位が戦略戦術D課程
の順であった。
よって、彼等戦略戦術コースの生徒達も、傭兵コースや幼楓達のクラスに負けず劣らず、目の色を変えて毎日を勉学や鍛錬で過ごさねばならないのである。
軍事戦々科にはその他に、軍医コース15名も設定されている。
この15名は実実試験には参加しないので、どちらかと言えば国際戦々科に近い存在であるが、軍医の安定的確保の為、早い段階での囲い込みを目的として設置されているコースなのだ。
このような状況から、幼楓達の当面のライバルは、軍医コースを除いた6つのクラスということになる。
「紗季。 やっぱりエリートクラスは座学も強いね」
同じクラスの沼田美来が期末試験結果を受けた感想を和洋食堂内で話題にしていた。
「次の実実。 うちのクラスの目標は2位よ。 模擬実戦試験だけは、どうしても敵わないから、1位を目標に出来ないのが残念だけどね」
「エリートクラスの連中はズルいよな。 あの試験だけは誰も勝負にならないじゃん」
「ダメよ、そんな目先だけのことを見ていたら。 私はね、国防軍で史上初の女性トップを目指しているの。 だから、あのエリートクラスの生徒達を実戦で使う場合、どんな作戦が最適か、そこまで考えて彼等の戦いぶりを見ているわよ」
その言葉に、黙ってしまうクラスメイト。
あまりにも壮大な奥武浦紗希の考えに、はっきり言って驚かされたからだ。
「じゃあ、紗季の当面のライバルは九堂さん? 彼女座学の成績も抜群だものな」
「フフフ。 彼女は高校時代ではライバルだけど、任官後はライバルにならないわよ」
「え〜、どうして。 このまま行けば、俺達が少尉任官時に彼女は最低でも中尉になっているだろ?」
「彼女は異端児。 もしくは異能者と言った方が適切かな。 異能者は一般人の上に立つことは出来ないわ」
「......」
「その理由は、結局みんなが異能者を恐れるから。 彼女はどんなに功績を立てたって将官にはなれない運命。 結局兵器なのよ」
その的確な指摘にその場に居た全員が黙ってしまう。
「それに私達、いつまでも高校生じゃないわよ。 来年は大学生よね?」
「このままいけば、充分に条月大へ進学出来る成績だよな」
「その時私は、軍事戦略戦術学部に入学しているってことになるけど、九堂さんは?」
「多分、同じ学部だろうね」
「じゃあ、来年の今頃は同級生っていうだけじゃなくて、クラスメイトってこと。 ライバルじゃなくて協力し合う関係になっているのかもね」
「参ったな~。 紗季ってそこまで先を見ているの? 高校生レベルじゃないよ〜」
「まあね。 いつまでもライバルだと考えるのは、間違いの元ってこと」
そこまで答えると、お茶を啜る奥武浦紗季。
鋭い眼つきのこの少女は、先のことがよく見える、現時点では幼楓達の強力なライバルであった。
「そうだ。 今回の期末試験、150位以内に5人全員が入れたのは紗季のお陰だよ。 いつもわからないところ教えてくれてサンキューな」
「そんなの当たり前よ。 今だけではなく、将来も大事な仲間になるのですから」
その答えに、全員が頷く。
戦略戦術Dコースが前評判をひっくり返して、軍事戦々科の全体成績でも3位に付けているのは、彼女の度量によるものが大きいのであった。
その頃、同じ戦略戦術科内の最大のライバルであるAコースも、和食専用食堂で朝食を摂りながら、今後の予定を確認し合っていた。
「すまん。 今回の期末試験、だいぶ成績を落としてしまって」
「仕方ないよ蒼浪理。 風邪を引いたのだから」
「いや、体調管理は基本中の基本。 本当に申し訳ない」
期末試験で120位だった鳴澤蒼浪理。
普段は常時50位前後に入っているので、この成績は戦略戦術コース4クラス内の年間最終順位だけをみても、非常に痛手であった。
「第一回実実試験でも、Dクラスの後塵を拝しているから、何とか挽回したいよな」
仲定大陽が悔しそうな表情を見せる。
実実試験で戦々Aクラスは、4位の傭兵Bクラスの次位の5位であったのだ。
「座学はまだ頑張ればDクラスを逆転出来ると思うけど......実実の差は痛いね」
この時点で戦々Aクラスの狙いは、戦略戦術コース内での年間トップの維持にあった。
高1、高2とDクラスの追い上げをかわして、なんとかトップを維持し続けてきたことから、高3もトップになれば高校グランドスラムとして、卒業後に3か月間の短期留学の権利が獲得出来るのだ。
「いくらこの国が経済的に回復途上とはいえ、留学費用の捻出は金持ちでないと無理だから。 せっかくのチャンス、ものにしたいよね」
「そこで僕からの提案なんだ」
蒼浪理は少し声を小さくしてから、話を続ける。
「Dクラスを逆転するには、この夏休みの過ごし方が非常に大事だよね?」
「もちろん。 現状のままでも大学進学には問題無いけど、何もしなければBクラスやCクラスに追い上げられて、足元を掬われるかもしれない」
佐島夏織の言葉に頷く他の3人。
「そうなんだ。 ここは思い切って夏休み中、エリートクラスと手を組んで、クラス全体の底上げを図ろうよっていうのが僕の意見」
「えっ、マジで」
驚いた4人は、思わず遠くの席で談笑している幼楓達の方を見詰めてしまう。
激しい争いの日々が続くこの学校で、別コースの同級生と大事な夏休み期間1か月半を一緒に過ごすなんて、前代未聞の提案だと思ったからだ。
「彼等は基本的に僕達の進学や成績には関係しない存在なんだよ。 臨時創設のコースで過去にも未来にもおそらく彼等4人の為だけの特別クラスだから」
その意見には、全員納得の様子。
「しかも現状、お互い利害関係がぶつかっていない唯一のクラス同士だよね? 彼等はクラスとして実実の1位以外は狙っていないし、それ以外の試験の好成績を学校側に求められてもいない。 僕達は、実実に関して5位が維持出来れば十分。 ただ実実の点数だけは大きく底上げしたい。 そうすれば再逆転してDクラスとの差を広げることも可能だ」
「なるほど。 彼等と一緒に訓練をすれば、特に模擬実戦訓練における俺達の実力アップが見込めるな」
「座学に関しては、僕達は高3でみんなが勉強する。 黙っていてもね。 だから大きな変動は殆ど見込めない」
「それは確かだな。 中間と期末を比べても、順位が少し上下したぐらい。 夏休み中、必死に勉強したところで、奥武浦に追い付ける可能性は無いものな」
「更に利点を言えば、彼等のクラスには女性が2人居る。 僕達もだ。 だから協力するのならば、彼等が最適。 いや彼等以外とは利害が衝突するので無理なんだ」
最後の言葉はクラスメイトである女性2人の心に強く響いたのであった。
「もし、Dクラスが同じことを考えていたら? 奥武浦紗季は犀利な知恵者だから」
もう一人の女子生徒双馬莉衣菜が心配そうに確認する。
「Dクラスは実実で3位。 その点がネックだろうね。 エリートクラスと共同訓練しても、模擬実戦試験で傭兵Aクラスには勝てないよ。 ポテンシャルに差があり過ぎる」
「Dクラスはエリートクラスと組んでも、メリットが少ないってことか。 しかも戦略戦術シミュレーター試験で手の内を明かすことになって、逆に4位以下に落ちる可能性も出てくるってことだね」
「そうなんだ。 実実で利害が一致しないから手を組むことは無いと思うよ。 その点僕等の方がエリートクラスの4人も安心出来るってことさ」
「了」
結局、蒼浪理の提案に他の4人の同意が得られたことから、今日中に申し入れをすることに決まったのだ。
ただ、このことは呉れ呉れも極秘ということで、鳴澤蒼浪理へ一任ということになっていた。
この日の午後。
附属高軍事戦々科国防軍士官大学校コース課程(通称エリートクラス)専用教室で、4人が自習をしていると、珍しく来客が有ったのだ。
この教室は幼楓達が特別な能力を有していることから、管理が厳重であり、いくつものドアに施錠がされている。
その一番外側の出入口に鳴澤蒼浪理がやって来たのだった。
「珍しいね〜。 同級生がここを訪れてくるなんて」
焔村がそう言いながら、インターホン越しに用件を確認後、担任秋月潮音の許可を貰うため、連絡を入れる。
「通して良いよ」
潮音の許可が得られたので、出入口まで迎えに行く焔村。
やがて一緒に教室に入って来たのだった。
「どうも、戦々Aクラスの鳴澤です」
「やっほ~」
「はじめまして」
お互い適宜な挨拶を交わしてから、空いている席に座るように薦める鏡水。
エリートクラスでは、リーダーを決めていないが、対外交渉は成績トップの鏡水の役目となっていたのだ。
「それで用件は?」
初めて入った教室内を見渡す蒼浪理。
後方に隣室へと繋がるドアが2つある以外は、普通の教室と全く同じ造りであった。
「夏休み期間中、僕達戦々Aクラスと一緒に訓練や勉強をしませんか?という提案です」
「ふ~ん」
提案への反応が案外薄いので、ちょっと焦りを感じる蒼浪理。
色々と利害関係の説明を加えて、多人数での訓練を継続出来る方が、実実試験に向けて有意義ではないかと力説する。
座学の方も、平均的に好成績である戦々Aクラスと一緒に勉強すれば、下位2人の底上げになるだろうとメリットを語る。
「うちで座学ダントツ下位の幼楓の意見を聞いてよ。 私と焔村には、特に利点が有る話では無いからね」
冷静な分析で、持ち込まれた提案について、戦々Aクラスは5人全員にメリットがあるが、エリートクラスでは石音と幼楓にしかメリットが無いと判断。
だから、2人の意見を聞くように鳴澤に求めたのだ。
「今の話を聞いていて、僕は5人の同級生と仲良くなるチャンスかなって考えていたよ。 だって高校卒業しても大学4年間、同じ学部の仲間になるんだよね? そして国防軍に入ったのならば、それ以降も......」
その意見に、
「幼楓には敵わないな。 発想が違うんだもの。 まだこの学校に染まっていないからこその考えだね」
鏡水はそんな感想を述べる。
「石音も幼楓と同じ意見ってことでイイのかな?」
「了」
「鳴澤、そういうことだ。 私と焔村は鳴澤の提案に対して賛否を表明しないから、うちらとしては受け容れるって結論になったよ。 ただ担任の潮音ちゃんの許可が必要だから、ちょっと待ってくれ」
その話をする前、焔村が潮音を呼ぶ為、教室を出て行ったのであった。
暫く経つと、焔村が担任の秋月潮音を伴って教室に戻って来る。
『本当に美人な先生だな~』
蒼浪理にとって、こんな目の前で潮音を見るのは初めてなのだ。
思わず見惚れてしまう。
それは年頃の高校生としては致し方なかろう。
「やだ〜。 そんなに見惚れてないで〜」
その言葉に、蒼浪理はちょっと恥ずかしくなって下を向いてしまう。
潮音は少し巫山戯てみてから本題に入るのだった。
「戦々Aクラスの鳴澤君だっけ? 中々面白い申し入れだな。 私は普段、大学でしか授業していないから、附属高の事情にはそれ程詳しくないけれど、今まで聞いたことが無い話だよ」
「そうですか。 先生としてはダメという意見でしょうか?」
「いやいや、逆だよ。 イイんじゃないか。 ただ、この4人には元々夏休み無いんだよね。 彼等は高3になってから転入してきた身。 特別な力が有るとはいえ、鳴澤達に比べたら授業で遅れている部分も沢山あるから」
「では......」
「夏休み期間中、戦々Aクラスの5人が、こちらの4人の授業に参加する形なら問題は無い。 ただし、他人に見せることの出来ない授業も有るので、その時間だけは自習、若しくは自主練や休憩ってことでどうだろうか?」
「わかりました。 一旦持ち帰って、クラスの仲間の意思を確認します」
「夏休みは7月15日から8月31日迄。 その予定だけど、8月5日迄はこの学校内で授業と訓練。 8月6日から約2週間は校外で訓練。 8月20日からは再び学校内で授業と訓練の予定だ。 休日は無いけど、校外訓練の日がその代わりっていう解釈になっているよ」
「なるほど。 授業は主に先生が行うのですか?」
「私も時々するかもしれないが、私は訓練の方がメインだね。 授業は私が連れて来る講師にお願いしてある」
「ということは、普段受講出来ない授業が沢山あるということですね?」
意外な方向性に、鳴澤は目を輝かせて尋ねる。
「まあ、そうかな。 もしかしたら二学期以降の試験にはあまり関係ない授業になってしまうかもしれないぞ。 それだけは肝に銘じて仲間と話し合って欲しい」
いつもより、堅苦しい言い方の潮音の姿に焔村と鏡水は可笑しそうにしている。
「こら、そこの2人。 あんまり笑っていると外周5周を命じるぞ」
「えー、それは無いよ~」
焔村の反応に笑いが起きる。
「しかし、戦々Aクラスは思い切って割り切ったな。 そうでなければ、このような申し入れ出来ないよな?」
「はい。 僕達にはこちらの4名の方々や傭兵課程に対して勝てない領域が有るので、そこは最下位にさえならなければと、思い切って切り捨てた結果の決断です」
「人間一人で全てのことは出来ないよな? そういう決断を私は評価するよ」
潮音はそう答えるとニッコリ笑う。
そして、手を振りながら教室を出て行ったのであった。
「九堂さん、そしてエリート課程の皆さん。 僕から申し入れた話でしたが、一度持ち帰らせて下さい。 結論が出次第、直ぐに報告致します。 それまで少しだけ待って下さい」
「ゆっくり話し合いなよ。 あと1週間有るからさ」
鏡水の返事に深々と頭を下げて、専用教室をあとにした鳴澤蒼浪理。
その姿を目で追いながら、
「3人は今の結論で良いのだよね?」
「全然。 普段俺達をちょっとしたイロモノ扱いで見る同級生ばかりの中、よく決断して共同訓練っていう話を持ち込んできたと思うよ。 俺は鳴澤の判断力と差別しない心を評価しているんだ」
焔村は嬉しかったのだ。
鳴澤の、戦々Aクラスの申し出を。
その後4人は奥の専用訓練場に入り、予定通り彼等固有のスキルを伸ばす訓練を開始。
途中から潮音も部屋に入って来て、その様子を見守る。
毎日の訓練で少しずつ能力を開放。
徐々に徐々に力を強めているのだが、実はこの能力開放具合は、秋月潮音がコントロールしていた。
一気に開放してしまうと、制御不能になり、その子の人生が終わってしまう可能性が高いからだ。
九堂鏡水は水を自在にコントロールする能力、央部焔村は火を自在にコントロールする能力、京頼石音は大地を操る能力、神坂幼楓は風を操る能力を有しているが、これは後天的に与えられた能力で、仮死状態になって眠りにつく直前まで、彼等は普通の高校生だったのだ。
そうした摩訶不思議な力だが、全ての事象を人類が解明出来ている筈も無い。
未解明の事象によって、付与された特別な力。
ただし、そうした人達が一般社会に存在していれば、それに対して、多くの普通の人々はやがて恐れを抱き、排斥しようとするだろう。
それが人類の歴史の真実である。
その排斥を免れる最も良い手段が、高級軍人になること。
人類の歴史は戦いの歴史であり、特別な力を持つ者が兵器であるということであれば、排斥される可能性は極めて少ない。
それは破滅を招く多数の核兵器を手放そうとしない人類の姿を見れば、一目瞭然。
そうした特別な力の元締めみたいな存在が秋月潮音である。
潮音自身、ある時を境にして軍へ身を投じ、人々の恐怖と排斥から免れてきた過去がある。
その経験を活かしつつ、幼楓達4人の運命が悲劇的なものにならぬよう、最大限の助力を惜しまない。
それが現在の彼女の生きる目的となっていたのだった。
訓練を見詰めながら、そんな思索に耽っていた潮音。
「先生、先生。 あれ、反応が無い。 潮音ちゃん、どうしたの?」
あまりにも深く考えごとをしていたので、呼び掛けに気付かなかったのだ。
石音が潮音の目の前で手を何度か振ったことで、ようやく思索の沼から這い出てきた。
「ゴメンゴメン。 ちょっと考えごとをしていたから」
「そうみたいね。 とりあえず予定の訓練時間過ぎたから、終わりにするよ」
「わかった。 少しは力が強くなったかな?」
「う~ん、そういう実感は無いけど、1か月前と比べたら、強くなっているのは間違いないね」
鏡水のその言葉に、思わず抱き締めてしまう潮音。
「どうしたの、先生。 今日はちょっと変だよ」
いつも朗らかな潮音が、今日に限ってちょっと感傷的になっている。
そんな変化を感じた4人。
「わかった。 先生、彼氏と喧嘩したのでしょ?」
「彼氏? そんなのここ数年居ないわよ」
「え〜、嘘だ〜」
「そんなこと言われても、居ない者は居ないから」
「こんなに美人なのに?」
「国防軍の将校だよ? それに私みたいな女、怖くて近寄ってくる男、あまり居ないから」
「先生も特別な力の持主だものね。 そう言われればそうか〜」
「でしょ?」
鏡水とそんな会話をする潮音。
聡明な鏡水とは、まるで親友のようなやり取りを交わすことが多い。
「楓、少しは旋風の風速上がった?」
「いや、全然ですね。 初日と変化が有る気がしません」
「夏休み入ったら、少しコツを教えてあげるから。 それまでは現状維持で。 自己防衛本能が働いた時、ちょっと能力の開放が行き過ぎちゃっているみたいだから、徐々に徐々にを心懸けてね」
「わかりました」
少しノンビリしている感じの幼楓。
まだ目覚めて6日目だが、数ヶ月ずっと一緒に居たような感覚を持たせる、少し不思議な雰囲気を纏っている子だ。
潮音はそんな風に判断をしていた。
「俺は、昨日より今日、今日より明日の方が強くなっている実感があるよ。 だから潮音チャン、俺のことよりも他の3人を気に掛けてあげてくれよな」
「また調子のイイこと言っちゃって。 昨日と今日は全然変わっていないよ。 村のスキルは発熱量を測れば、その進化が直ぐにわかっちゃうんだからね」
潮音はそう言いながら、計測済みのデータを見せる。
「あちゃー。 昨日より発熱量減っているじゃん」
そう言って、頭を押さえる焔村。
焔村は、男らしい性格の持ち主だ。
自分のことより仲間のことを優先。
背が高く、一目見て、頼りになる兄貴分的な感じを抱かせる。
4人にピンチが訪れた時、彼は自分を犠牲にしてでも仲間を護ろうとするだろう。
だから、絶対に死なせるような場面に遭遇させてはイケない。
潮音はそう考えていたのだ。
最後に石音。
4人の中では最も大人しい性格。
常に一歩引いており、他人を立ててあまり自己主張はしないタイプ。
でも、とっつきにくさは無く、飄々としている。
大地を操るスキルと相俟って、4人の中では縁の下の力持ち的な存在だ。
「潮音ちゃん。 少し気分は落ち着いた?」
「大丈夫よ。 ちょっと4人の未来のことを考えちゃって......」
「それって、私達が人間兵器ってことだよね。 でも大丈夫。 私には3人の仲間が居るから。 潮音ちゃんも同じ苦しみを味わってきたのだろうけど、そんなに心配しないでね」
「石音......」
この日はちょっと感傷的な状態を引き摺ってしまった潮音。
結局、4人に背中を押されて、帰宅させられたのであった。
帰宅と言っても、隣接する大学の敷地内にあるマンションで有ったが。
一方、夕食で和洋食堂に集結していた戦々Aクラスの5人。
食堂内は、土曜日ということも有って、閑散としている。
共同訓練の申し入れ結果が、鳴澤蒼浪理から報告されたのだった。
「向こうは授業と訓練がずっと続くので、それに参加するってことになるの?」
「そうなんだってさ。 思っていた以上にカリキュラムが詰まっているらしい」
「試験や進学には直結しない授業や訓練が問題か〜」
「その点だね~」
結果を聞いて考え込む5人。
蒼浪理は自身の結論を出していたが、4人に自身の意思を押し付けるつもりは毛頭無かった。
「一つ確認させて貰ってイイかな? もしこの中で、他大学や国防軍士官大学に進学を考えている人が居るのなら、正直に手を上げて欲しい。 その時点でこの話は打ち切りにするから」
鳴澤の問い掛けに、手を上げる者はいなかった。
そこで仲定大陽と双馬莉衣菜が話の続きや質問を始める。
「そっか〜。 多分エリートクラスの夏休みのカリキュラムには、士官学校の授業や訓練を先取りで実施する分がかなり含まれているんだろうね」
「なるほど〜。 担任の秋月先生は条月大の授業をしているって、本人がそう言っていたのでしょ?」
「そうだよ」
「外部講師の授業が多いって?」
「うん」
「進学だけに照準を絞るのなら、エリートクラスの授業を受けるメリットは多くない。 でもその先の人生を見据えるのならば、今受講出来るのは自分の人生を決める上で、大きな糧となるか〜」
「校外訓練も有るのでしょ?」
「それは詳細不明」
「私達って、条月大進学に関する問題は殆ど無いのだし、ここで特別クラスの授業や訓練に参加するっていうのは全然有りだと思う。 しかも特別メニューで一生に一度しか体験出来ないものも有るのでしょ。 私は決めたよ」
莉衣菜がそう言ったことで、全体の流れは参加の方向へ。
「莉衣菜の意見に私も賛成。 それに私、才色兼備の優等生九堂鏡水ちゃんに興味が有るし」
佐島夏織も同意し、残りは男2人。
「俺はみんなの足を引っ張っているから、4人が決めたことに従うつもりだよ」
5人の中でただ一人、全体順位がずっと200位以下の北條星都が、遂に自身の意見を述べたことで、全員の意見が揃ったのであった。
「一応意見は出揃ったけど、最後にもう一晩考えて欲しいと思う。 僕達の人生に影響するかもしれない、1か月半の過ごし方だからね」
流石、戦々Aクラスを引っ張ってきた鳴澤蒼浪理である。
性急な結論を戒め、もう一晩冷静になるように求めたことは称賛に値する判断であった。
ちょうどその時、
和洋食堂に、エリートクラスの4人が自主練を終えて、入って来たのだった。
トレイに自分の食べたい料理が入った皿をいくつか乗せると、最後に炊き立てご飯を機械のボタンを押して茶碗に盛ってから、空いている座席に座る。
着席の際、焔村が蒼浪理に気付いて、片手を上げて挨拶したものの、他の生徒が居ることから、残りの8人は結局軽い会釈だけで互いの挨拶を済ます。
「なんだか、こういう雰囲気が、この学校の欠点なのかなあ~」
幼楓が、同級生なのに他クラスの者達と親しげな感じを出すのはご法度という不文律の存在を残念に思う気持ちを言葉にする。
「競争競争また競争という学校だからさ。 俺達は選択肢が無いから仕方ないけど、他の学校に行ける奴は、そうした方が良いんじゃないかと、俺個人は思うよ」
焔村の意見は彼らしいものだ。
「とは言っても、私達にはこの国が置かれた厳しい時代の記憶が無いからね。 あまり偉そうなことは言えないよ」
鏡水が過去を考慮した感想を付け加えると、
「その厳しい時代を経てから設立されたこの学校。 滅亡の危機を味わっていたら、肯定さざるを得ないんだよ、きっとね。 それに私達と違って他の生徒達は、この学校の世界しか知らない子が沢山居るから......」
普段はあまり厳しいことは言わない石音。
その彼女が口にした言葉は、状況に対し最も正鵠を射たものであった。
小学校から入学している者達が高3生の約半数を占めている。
だから、小分けされたクラス同士が争う世界が当たり前なのだ。
それに贖うことは難しい。
そんな現実をこの食堂に居ても感じた幼楓達であった......