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第29話(パーティー)


 二学期が始まって2週間余りが経過。

 条月大附属高の3年生は、騒動が有った夏休み中と比較して、落ち着いた状況になっていた。


 受験シーズン本番に入ったこともあり、エスカレーター方式で条月大に進学する者も、他大学を受験する者も、勉強に力を入れざるを得ず、他者のことを気にしているような状況では無くなったからだ。

 また、エスカレーター式といっても附属高での成績は、進学出来る学部や学科、更には大学卒業時の就職先にまで大きな影響が出るし、クラス別年間成績が悪ければ、大学に進学出来ないというペナルティも有るので、血眼になって勉学に励む必要が有るのであった。


 ただ、上条彩雪音や璃月流月のように、成績優秀かつ大財閥の一族に連なっていて、大学への進学や将来の就職先に関して何の心配も無い生徒は、高校生活最後の半年間を存分に満喫する余裕が有るのも事実であった。

 だからこそ、高校生でありながら、学内で絶大な権力を握っているのだ。

 一般生徒にとって、彼女等の不興を買ったら、両財閥系の企業に就職するのは難しくなる。


 急速に進む少子高齢化と、労働力不足を補う為に外国人の受け容れ過ぎたことが仇となって、逆に激しい外国人排斥運動が発生。

 そうした流れから21世紀中頃には、極右連立政権が誕生。

 人口減少を緩やかにしていた唯一の要因であった国内居住外国人の増加が、その政権の時代に在留が厳しく制限されたことで大幅減少へと転じた結果、21世紀末となった2090年には国の全人口が4千万人台にまで減少してしまっていた。

 それに加えて、大災害の頻発や、局地戦の発生も重なったことで大きく国力が低下し、貧富の差が極めて激しくなったNH国において、両財閥系企業に就職出来ないということは、即ち上級国民の一員となって余裕の有る人生を送るチャンスを失うと言っても過言では無いからだ。




 そんな9月半ばのある日。

 「鏡水。 明日のパーティーに僕のパートナーとして、一緒に出席してみるつもりはないかい?」

 夜遅く、掛かってきた通話。

 網膜に映し出されている莉音の立体的な映像姿は、手を伸ばせば直接触れることが出来るのではないかと錯覚してしまう程、リアルだ。

 

 「行ってみたい気もするけど......本当に私なんかでイイの?」

 莉音の突然の提案。

 鏡水にとって、非常に嬉しいものであった。

 が、同時に、不安も抱いてしまう。


 普段、国を代表する財閥当主として、世界中を飛び回る忙しい莉音であるから、全寮制の条月大附属高で学ぶ鏡水に逢うことはかなり難しい。

 夏休みが終わって半月以上経つが、最後に逢ってからかなりの日にちが経っているので、短時間でも一緒に過ごせたらというのが本音だ。

 ただ、時代を超えたことが原因とはいえ、自分のように天涯孤独で、しかも特別な能力を後天的に付与され、人間兵器化した者が、最上流階級にあって容姿端麗、品格と人格を兼ね備えている莉音の隣に立っても良いのだろうかという不安が常に付いて回っていた。


 「もちろん。 それに大御所様も出席されるだろうから、一緒に来てくれれば、こんなに嬉しいことはないよ」

 その言葉を聞いたことで、一気に前のめりになる鏡水。

 「潮音ちゃんも出席するの?」

 「そうして貰うつもりだよ。 どうせ、そっちで暇そうに理事長室に入り浸っているのでしょ?」

 「う~ん。 私の口からは何とも言えないなあ〜」

 「かわいい一人息子に、繁忙な業務の大半を押し付けているのだから、せめて儀礼的に欠席出来ないパーティーには出席して貰わないとね」

 そんな風に答える莉音の表情には、母である潮音に対する尊敬と家族としての愛情の念が込められているように、鏡水には感じられた。


 「しかし、本当にお母様なんだよね?」

 「肉体的に殆ど歳を取らない母の見た目が若過ぎて、信じられないのも無理は無いさ。 でも、僕とよく似ているよね?」

 「うん。 双子じゃないかと思うぐらい」

 「それを聞いたら喜ぶな〜。 オバサン扱いされるのを一番嫌がっているから」

 「それは知ってるよ〜。 でも私なんか、本当はおばあちゃんの年齢。 だから潮音ちゃんの気持ちも、少し分かるんだ〜」

 その後、この日有った出来事を莉音に話し出す鏡水。

 高校3年生と財閥当主というあまりにも環境の異なる2人だが、だからこそ、何気ない会話の内容が、お互いの興味を湧かせるのだった。


 「おやすみ〜、鏡水。 愛しているよ」

 「愛しています、莉音。 それではおやすみなさい」

 最後は気持ちを言葉にすることで、遠距離な状況を少しでも縮めたいと願う2人。

 どちらからも通話を切ることがなかなか出来ず、そんな雰囲気が暫く続いてから、漸く、同時に接続を切断するのが日課であった。




 翌日。

 教場に行く前、潮音のスケジュールを確認する為、理事長室を訪れた鏡水。

 「おはようございます、立花理事長、潮音ちゃん」

 「おはよう〜、九堂さん。 毎朝ご苦労ね~」

 深々と頭を下げて挨拶をする鏡水の方を見ながら、美月はそんな返事を返してくれる。

 それに対して、

 「水、チーっす」

と、ソファーにふんぞり返って座ったまま、片手を軽く上げる潮音。

 「相変わらず、雑な感じね、潮音は......」

 呆れた顔で、理事長は潮音の教師らしくない態度に、苦言を呈する。


 「大御所様。 本日の予定は?」

 あえて昨晩の聞いた件は話題に出さず、いつも通りの言い方で質問。

 「今日? 何か用件が有ったような気がするけど......」

 少し考え込む潮音。

 そして、

 「ああ、そうだった。 今夕は首都に行かなければならなかったわね」

 財閥絡みでの儀礼的な仕事に、面倒くさそうな表情を見せながら、漸く思い出した様に答えたのだ。

 「大事なパーティーへの出席を直ぐ思い出せないのは、老化現象の典型例ね」

 美月に誂われると、

 「違うわよ~。 忘れていたいから、シナプスが繋がらなかったの」

 言い訳する潮音。


 「どうして、忘れていたいのですか?」

 不思議そうな顔で質問する鏡水。

 「それはね〜、大御所様は年齢相応の姿に変身しなければならないからよ。 財閥の前当主らしい老けメイクを潮音は嫌っているから」

 理事長は、大笑いしながら理由を教えてくれたのだ。

 それに対し、口を尖らす潮音。

 そして、或る事を思い出す。


 「水〜〜。 わざとね~」

 「えっ......何がですか〜?」

 「なにが、『大御所様、本日の予定は〜』、よ。 今夜、私がパーティーに出席する事を知っていたくせに〜」

 そう言いつつ立ち上がると、鏡水の肩に手を回して、

 「コイツ〜〜、莉音と久々に逢えるからって〜」

と、自然と嬉しそうな表情になってしまう鏡水の頬をツンツンし出したのだった。




 放課後。

 「じゃあね〜、石音、幼楓」

 授業が終わると即立ち上がり、挨拶もソコソコに教場をそそくさと出て行った鏡水。

 「珍しく随分慌てた様子だけど......何か聞いてる?」

 幼楓は石音に質問すると、石音は楓の耳元に両手を当てて、小声でヒソヒソと説明。

 「なるほど〜。 だから、今日の授業は心ここに非ずって雰囲気を醸し出していたんだね」

 納得の表情で、ウンウンと頷く幼楓。


 「九堂に何か良いことでも?」

 旧傭兵Aクラスの面々も、1日じゅうソワソワして落ち着きの無い鏡水の異変に気付いていたのだ。

 「今晩、彼氏と逢えるらしいよ」

 「彼氏......九堂に彼氏が居たのか?」

 万武と成末が驚いた様子で口を揃える。

 「あれっ、聞いてない? 水は附属高きっての美女だから、とっくに知れ渡っていると思っていたけど......」

 幼楓が意外そうな表情で答えると、

 「九堂の彼は、この間、央部の暴走で大火傷を負った璃月財閥の若当主だぞ」

 尚武が、他の旧傭兵Aの4人に教えると、

 「真紗人は知っていたのか?」

 「それぐらいはな」

 いつも通りの淡々とした表情の真紗人。


 「璃月財閥の一族になるかもとは聞いていたけど......そっか〜、そういう意味だったのか〜。 附属高3大美女って言われているうちの一人だし、結構がっかりしている生徒も多そうだな」

 「お前もその一人だろ?」

 「他の美女2人は大財閥の一族で超高嶺の花。 唯一の平民だからな〜、九堂は」

 「性格良く、親しみやすさで、校内一番人気だったのに......あゝ、ざ〜んね〜ん」

 そんな話が暫く続いたのであった。

 

 


 「水、準備は出来た?」

 着替えて理事長室に現れた鏡水。

 その姿を改めて見詰めて、

 「そんなダサい格好で、まさかパーティーに出席するの?」

 「これが一番マシだと思うのですが......」

 少し頭を抱えたような顔をしている潮音。

 それに対し、恥ずかしそうな鏡水。

 長い眠りから目覚めて直ぐに、無一文で地方にある全寮制、外出外泊基本禁止のこの学校に入ったことから、お洒落をする機会も、買うお金も無く、一張羅と言えるような服を一つも持って居なかったのだ。

 だから、

 『この服じゃあ、ダメだろうな〜』

と思いつつも、一応着てみた。


 「少しオシャレなスポーツウエアーか〜。 学校外に出る時は制服で済んじゃうし、水が目覚めて半年も経っていないから、よそ行きの服を何も持っていないのは仕方ないわね〜」

 潮音は顎に手をやりながら、過去を振り返って考えると、

 「向こうに着いたら、私のドレスを貸してあげるわ。 だから、心配しなくて大丈夫」

と、満面の笑みを見せたのだ。

 「潮音ちゃんの背の高さだと、私と合わないと思うのですが......」 

 鏡水は、この国の女性としては背が高い方で、約170センチ。

 仮死状態になる前は、短期間だがファッションモデルをしていた。

 それに対し、潮音はごく平均的な身長。

 160センチを切っていて、158センチぐらいと言ったところであろう。

 「その点は大丈夫」

 鼻歌を歌いながら潮音は答えると、迎えのヘリの方を指差したのであった。

 



 やって来たヘリは、小一時間もしないうちに首都にある璃月財閥が管理する璃月本家本邸の中庭に降り立っていた。

 純和風で広大な中庭を、悠然とした足取りで横断し、建物の方に進む潮音。

 離されまいと、後を追う鏡水。

 建物内に入ると、出迎える人は誰もおらず、代わりにロボットが立ち並んでいる。

 「みんな、良い子にしてた〜」

 潮音はロボットに話し掛けると、持っていた手荷物を預け、そのまま玄関を上がって廊下内を進んで行く。

 慌てて鏡水も、同じ方向へ。


 やがて立ち止まった潮音が大きな扉を開けると、そこには沢山の服が並べられていたのだ。

 「水、こっちに並んでいる方から選んでね」

 潮音は振り返り、そう指示をする。

 目移りする程の数。

 ひとまず、サイズが合うかどうか、指示された列の服を適当に手に取り、自身の体に合わせてみると、意外にもピッタリであったのだ。

 『なんでだろう......身長が異なるのに......』

 少し不思議に感じたまま、似合いそうなドレスを探していると、着替えた潮音が現れたのだ。

 その姿に驚く鏡水。

 誰の目から見ても、初老の高貴な夫人という感じにしか見えなかったからだ。

 しかも、身長が鏡水に近い高さに変化していたのだ。

 「あれっ、潮音ちゃん。 背が高くなった?」

 思わず質問をしてしまうが、潮音は笑うだけで何も答えない。

 そして、

 「今から私は、璃月財閥の前当主、璃月詩音だからね。 パーティーの席では間違えないように。 じゃあ、じっくり選んでね~」

と言い残し、部屋を出て行くのだった。

 

 


 時間を掛けてドレスを選ぶ鏡水。

 漸く決断して着したモノは、華美さの無いスッキリとしたデザインのドレスであった。

 広大なクローゼットを出て、玄関の方へ向かうと、途中から案内のロボットが付いたので、その案内された部屋へ。

 そこでは、先に準備を終えた詩音が待っていた。

 「あらっ、イイ感じじゃない?」 

 鏡水の全体姿を見て、そう評価をすると、

 「派手なドレスより、動きやすいモノが一番よ。 久々に恋人と逢うのだし、ねっ」

 ニヤニヤしながら、余計な一言を付け加えるところは、潮音らしい表現だ。

 「そんなつもりは......」

 思わず顔を赤らめて答えたが、

 「当初の予定を約1時間遅らせて、午後9時頃発で学校へ帰る予定に変更しておくわね。 じゃあ、会場へ行きましょうね」

 やはり、ニヤけたまま話す潮音であった。




 この日のパーティーの会場は、首都で最近開業したばかりの超大型ホテル内に有るコンベンションセンター。

 潮音と鏡水はホテルに到着すると、そのまま最上階のスイートルームに案内され、そこで先に到着していた莉音と合流する。

 「莉音〜」

 「鏡水〜」

 久しぶりの直接の再会に、思わず抱き着いてしまう2人。

 その様子に、

 「あらあら。 私が居るのに......」

 ほくそ笑みながら、呟く潮音。

 2人の視界には、お互いしか見えていなかったからだ。


 その後2人は、少し離れた高級ソファーに座って寛ぎ始めていた潮音のことを思い出し、慌てた様子で進み出る。

 「申し訳ありません、大御所様」

 面前で跪き、深々と謝罪する莉音。

 「私達以外、部屋に誰も居ないから構わないわ。 側近達が居たら咎めるところだけど」

 相変わらずニヤニヤの潮音。

 借りを作ってしまったかと、焦り気味な莉音。

 潮音に作った借りの返済は、いつもかなり大変だからだ。

 そんな2人の様子を見て鏡水も、目一杯頭を下げて謝意を示す。

 それを横目に潮音は、

 「宴が始まったら、私はこの部屋に午後9時前まで戻らないから。 その間は、どうぞご自由に使って〜」

と宣言。

 それを聞いて、鏡水は真っ赤っ赤。

 莉音は、実母の余計な配慮に苦笑いであった。




 やがて、パーティーが始まる。

 この宴は、璃月財閥を中心とした再開発組合が首都中枢部で十年余りの年月をかけて新たに建築した、大規模な複合施設や高層ビル群の開業記念パーティーであり、政府首脳も参加する大規模なものであった。

 首相や閣僚に続いて、璃月財閥大御所の璃月詩音による挨拶が終わると、会場内は出席者の懇談の場へとに移行し始める。

 潮音(詩音)が出席することは、近年少なくなったので、政財界の多くの者達が潮音(詩音)が立っているテーブルへと群がる。

 その御蔭で、莉音の立つテーブルは大混雑とはなっていない。

 そこで莉音は、鏡水と並ぶことで、挨拶に訪れる賓客達に、『財閥当主の新恋人』を紹介する形にしたのだ。

 「おお、ついに年貢の納め時ですか?」

 「これはこれは。 お美しい方で何よりですな」

 「上流階級の適齢期の多くの女性達は、ガッカリしていることでしょうね」

 そんな感想を次々と述べられ、恐縮する鏡水。

 莉音は満面の笑みで、賓客達の祝意に応える。

 そうした状況は小一時間続いたが、鏡水は嬉しさの反面、莉音の元を訪れる人々の、正悪憎愛入り乱れた色々な思惑を垣間見ているような気がしていたのである。



 そして、その様子を歯ぎしりをしながら、遠くで見ていた人物が居たことに鏡水も莉音も気付いていなかった。

 それは、上条彩雪音であった。

 再開発に上条財閥も一定程度噛んでおり、政財界の重鎮が多く出席する大規模なパーティーということで、彩雪音も祖父である上条財閥当主より出席するように命じられていて、授業が終わってから遠路はるばる出席していたのだ。


 『あの方は......まさか莉音様?』

 大火傷を負ってから、まだ一カ月も経っていない筈なのに、会場に居る璃月莉音は、皮膚が赤黒く酷く焼け爛れる以前の、美しく凛々しい姿で談笑している。

 しかも、その直ぐ隣には見覚えのある美女が、はにかみながら立っているのだ。

 『いったい、どういうこと? 私が目の前で見た、あの酷い火傷姿は、夢だったの?』

 やがて、心の奥底から、強烈な妬みの感情が沸々と湧き起こってしまい、それは制御出来ない程に......


 『あの女......どこの馬の骨だか分からないあの女に、私の莉音様が奪われた』

 交際していた事実は一切無いのだが、大財閥の一族にしては珍しく、ギラギラした負の感情が全く見えない、あまりにも美しい存在である莉音に対し、憧れ以上の感情を小さい頃から抱き続けていたことで、いつの間にか彩雪音の心の中に、疑似的な恋人関係が創り出されていた。

 そして今、この瞬間にも、妄想が急速に広がり、自身に都合の良い記憶が、都合の悪い記憶を上書きしてゆく......


 そんな感覚に襲われ、今にも衝動的な行動をし兼ねない制御不能な精神的状態に陥ったことで、莉音達に近付くことも出来ないまま、ふらついて思わずしゃがんでしまう彩雪音。

 近くに居た人達に薦められ、会場内に置かれていたソファーで一休みしてから戻ると、莉音も鏡水も姿が見えなくなっていた。

 会場内の方々を動き回って見渡し、2人を探す。

 しかし見つからない。

 璃月財閥の大御所である詩音の姿が会場内に有る以上、当主の莉音だけが先に帰ることは先ず無いであろう......

 『あの2人......もしかして......』

 彩雪音にとっては信じたくない妄想が脳裏を流れてしまう.......

 

 その妄想が、鏡水に対する激しい憎悪を掻き立て始めたのであった......


 


 一方、莉音と鏡水。

 彩雪音の妄想は正鵠を射ていた。

 頃合いを見計らって、先程再会したホテルのスイートルームに移動。

 「鏡水......」

 「莉音......」

 部屋に入るなり、ディープキスをした2人。

 付き合って日も経っていないのに、暫く逢えなかったことで、そのまま2人だけの世界に没頭してしまうのは当然のことであったろう......


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