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第26話(二学期のスタート)

条月大附属高の二学期が始まる。

焔村の起こした事件の影響で、軍事戦戦科のクラスに一部変更が加えられ、波瀾の予兆が感じられるスタートであった。



 2090年9月1日金曜日。

 条月大学附属高3年の二学期が始まった。


 臨時設置されていた特別クラスの

 『軍事戦戦科国防軍士官大学校コース課程(通称特別クラス・エリートクラス)』

は、央部焔村が引き起こした不祥事によって正式に廃止され、在籍していた生徒4人のうち、

 央部焔村は、無期限の停学

という処分が、この日学校側より発表されたのであった。


 またその影響により、系統の近い傭兵養成コースA・B課程にも変更が加えられ、

 傭兵養成コースB課程

は、

 傭兵養成コース課程

へ名称が変更となっていた。


 所属する生徒達の再編成とカリキュラムの一部改定も行われることになった、

 『傭兵養成コースA課程』

は、

 『諜報・工作員養成コース課程』

への改名が行われたが、これは一時的な措置にはとどまらず、以後常設される新課程になることも決定されていた。

 そして、旧特別クラスの生徒である、

 神坂幼楓

 京頼石音

の両名は、二学期からこの新しい『諜報・工作員養成コース課程』の生徒となるのであった。



 「今日からよろしく〜」

 「ほら、概ね私の予想通りだったでしょ?」

 旧傭兵Aクラスの5人に挨拶する幼楓と石音。

 「特別クラスで総合成績下位二人だけが、正式編入かよ......」

 「一番人気の九堂ちゃんは、どうなるんだ?」

 新しいクラスメイトとしての挨拶はそこそこに、成末夢叶と万武洋仁が半ば冗談を含めた返事の挨拶をしてきた。

 それに対して、

 「鏡水は二学期から、クラスの成績としてカウントされない条件付編入の生徒となるよ。 個人成績だけが算出されるの。 国防軍が彼女への関与から手を引いたので、実実試験とか一部の軍事訓練系の授業には参加出来なくなることによる措置ね」

 石音が詳しい状況を、新しいクラスメイト達に説明する。


 「九堂は、璃月財閥の一族に連なることになるかもしれないそうだ。 そうなれば雲の上の存在だから、色々期待しちゃダメだぞ」

 尚武真紗人が仲間の4人に、まだ一部の者しか知らない事実を告げる。

 「そうなのか?」

 「真紗人は、どこでそんな情報を......」

 そんな質問が飛ぶが、

 「今朝、新しい名称になることへの説明を受けて来たんだよ。 クラス別の成績とかに影響が出るからさ」

 「それで、具体的には?」

 「九堂と京頼の一学期の成績が、俺達のクラス成績に加算されるぞ。 神坂の分は、あくまで参考記録だから対象外だってさ」

 「真紗人、勿体ぶるなよ。 それって、プラス? それともマイナスなのか?」

 そこで漸く、数字が書かれたペーパーをみんなの前に見せた真紗人。

 鏡水の好成績の影響が大きく、平均点が少し上がっていた。

 「おお、流石〜」

 「京頼と神坂は、二学期から頑張ってくれよな。 傭兵Bクラス、名前が変わったけど、あの元Bにだけは成績で大差を付けて吠え面かかせたまま、卒業したいんだからさ〜」


 そんな、旧傭兵Aクラスの面々からの要望に対して、

 「まあ、帳尻合わせはしてあげるわ。 特別クラスの時は、クラス別成績を気にする必要無かったけど、今後はそうも言ってられないから」 

と、石音が成績上位者の如き発言をしたので、

 「そういう言い方は、九堂がするのならわかるけど、3桁順位の京頼に言われてもな〜」

 「神坂はどうだったっけ? 期末の順位は」

 その質問に、

 「下から数えたら、好成績だったね」

と苦笑いしながら答えたので、笑いが起きる教場内であった。




 一方、鏡水は、ホームルームの時限の前から潮音のところに居た。

 「鏡水。 朝から私のところに来なくても......」

 すると、端末の画面を見せられる。

 そこには、

 『朝から、潮音のところに顔を出して、その日の予定を伺ってね。 大御所様としての仕事がある時は、授業内容と相談して、出来るだけ大御所様の側に仕えて欲しいな』

と依頼事項が書かれていたのだ。

 「これは、莉音から?」

 「はい、大御所様。 昨日の夜、交際申し込みへの正式な返事をしたところ、このような要望が届きましたので」

 「そうなんだ〜。 ラブラブでイイわね〜」

 「そんなことないですよ。 暫く逢えませんし......」

 今までとはだいぶ異なる、乙女な感じでの受け答えをする九堂鏡水。


 その様子を見ながら、対照的に大きな溜息をつく潮音。

 「とりあえず、大御所様って呼び方は止めてくれないかな? 急に老けたように感じるから。 いつもの『潮音ちゃん』でお願い......」

 「潮音はオバサン扱いされるのが嫌いだからね。 それで学生に『潮音ちゃん』って呼ばせているし。 実際は50代後半の立派なオバサンなのにね」

 理事長が二人の会話に口を挟む。

 潮音を誂えて、何だか少し嬉しそうな表情だ。

 

 「普段の私は、学校と軍の用件を優先しているから、基本的に財閥の仕事は無いの。 ね、美月」

 潮音は、めんどくさそうな態度で、話を理事長に振ってしまおうとする。

 潮音自身あまり、大学の管理棟にある自身のデスクには座っておらず、大概は朝から理事長に入り浸っているのが日常なのだ。

 「九堂さん。 潮音が朝、ここに居る時は大した用事の無い日だからね。 忙しい時は、朝から理事長室に来ないから。 そして1か月のうち、ここに来ない日は、せいぜい2〜3回ってところかしら?」

 その説明に反論できない潮音。

 いつも暇そうにしているのだと、暗に言われたのだ。


 財閥の仕事はほぼ莉音に任せており、潮音が口を挟むことは滅多に無い。

 「せっかく、奇跡的に莉音が誕生したのだし、しかも我が子ながら、出来が非常に良いでしょ? 任せるところは任せて、私が楽しまないと、ね」

 潮音はそんな理由を鏡水に説明しながら、理事長の秘書が淹れたお茶を啜り始める。


 「莉音さんの誕生って、奇跡なのですか?」

 鏡水のその質問に、

 「潮音は何度も流産しているの。 潮音っていう人物の、三分の一は普通の人間だけど、三分の二は謎の異星人っていうのがその正体でしょ? そんな女性と莉玖さんの間に子供が生まれて、それも普通に成長するなんて、億分の1の奇跡だと言えるんじゃない?」

 美月はそんな説明をする。

 一方、潮音はその話を聞きながら、他人事のような表情をしていた。


 「そんな莉音だから、どれぐらい生きられるか、よくわからないのよ。 本人は相当長生き出来るつもりでいるみたいだけど......鏡水。 もし莉音のことを本気で好きならば、後悔しないようにね。 逢えた時には、恥ずかしがらず、その気持ちをぶつけてあげて。 突然、この世から居なくなるのかもしれないのだから......」

 珍しく、深刻な表情で語った潮音。

 新たな事実を知り内心驚きながらも、覚悟を決めて、

 『うんうん』

と頷く鏡水であった。



 莉音からの依頼について、この日は大御所としての用件が何も無いのだと、理事長より受けた説明でわかったので、潮音に断りを入れてから新しい教場へと向かう鏡水。

 「おはよう〜」

 今までと少し変わったクラスの様子に、ちょっと緊張気味で挨拶をしながら教場に入って行くと、

 「九堂さん、おはよう〜」

 旧傭兵Aクラスの5人から返事が有ったのだ。

 ただ、なんだか固い挨拶のように感じられる。

 5人の方も少し緊張気味であったからだ。

 それは、鏡水が益々美しくなったからであろう。

 恋をしていることで、夏休み最終盤の間に、一気に大人びた雰囲気を纏っていた。

 もちろん、焔村の件で気を遣っていることも、固い挨拶となった理由であったのだが。


 「引き続きよろしく〜、水」

 石音は、相変わらず飄々とした感じのまま。

 おそらく、緊張するってことが石音には無いのだろう。

 「まあ、色々有って心境も大きく変わっちゃっただろうけど、僕達の絆は何も変わっていない。 昨日も会っていたのにちょっと変だけど、これからもよろしく、鏡水」

 幼楓らしい、少し長めの挨拶だったが、鏡水にとっては少し新鮮に感じられる嬉しい言葉であった。

 「うん。 2人共、引き続きお願いね」

 少し涙を瞳に浮かべたまま、笑顔で答える。

 そして、

 「新しいクラスメイトの5人も、よろしくね〜。 優秀な私の成績は反映されなくなっちゃうけど、その分、石音が頑張るから」

と、少し冗談っぽい言葉を交えて、鏡水らしい挨拶をする。

 「おお......よろしく」

 声を掛けられるとは思わず、ドギマギしてしまう4人の新しい仲間達。

 ただ、真紗人だけは、

 『焔村の件を、それ程引き摺ってはいないようだな』

と思い、無言のまま珍しく笑顔で返したのだった。




 授業が始まると、いつもと異なり集中力の欠けている鏡水。

 一部の授業を参加出来なくなったことも影響しているのは間違いない。

 オブザーバー的な新クラスでの立場の為、最後尾の座席から、授業を受けているクラスメイトの姿をじーっと眺める。

 一学期には、背が高くて明るいムードメーカーの焔村が居た。

 新しいクラスは8人に増えたものの、鏡水には増えたという実感は無い。

 一人欠けたことで、寂しさを感じないと言えば嘘になる。

 ただ、そうした感慨に耽るのも、最初だけ。

 居なくなった者は、やがて元々居なかったものと同じ扱いになるのだ。

 自身も過去において、突然、世の中から消え去った際、以後は周囲の者達からあっという間に忘れ去られていたのだろう。

 そんな感慨に耽りながら視線を移動させて、窓越しに外で授業を受けている他のクラスの生徒達を眺めるのだった。



 午後は、訓練場での実戦・実践訓練の授業である。

 鏡水は、国防軍が関与している座学以外の授業を受けることが出来なくなっていたので、自習ということになっていた。 

 「水、ちゃんと自習してる?」

 突如教場に入って来たのは潮音だった。

 「やってますよ〜」

 その返事を無視して、ノートを覗き込む。

 「殆ど何もしていないじゃない?」

 数文字しか書き込まれていないことから、自習せずにボーッと過ごしていたことが容易に想像付く。

 「無理もないか〜。 色々有ったし、そもそも午後は訓練の時間だからね〜」

 潮音はそう言いながら、少し考え込む。

 「そうだ、私と訓練しましょう。 今の鏡水の実力じゃあ〜、莉音の護衛役にもならないしね」

 「良いのですか? 軍は私に訓練をつけてはイケナイのでしょ?」

 「え~っと、その点は大丈夫よ。 私の授業は軍人としてのものになるけど、個人的につける訓練は、財閥の大御所としてのものという考えで行けば、問題無いわ」

 「それって結構適当な気がしますけど、本当に大丈夫なのですか?」

 潮音の提案が、明らかにその場での思いつきのような気がしたので、念押しする鏡水。

 「大丈夫、大丈夫。 そうだ、私が授業中の時は、詩太に訓練を付けさせることにしようね、イイでしょ、水」

 「それこそ、絶対駄目ですよ。 少佐は国防軍の軍人。 潮音ちゃんと違って、他の肩書きが無いのに......」

 「詩太は莉音のほぼ従者よ。 だから問題無し」

 自分で良い考えだと思ったことを、なかなか翻すことは無い潮音。

 『軍と交わした誓約書の違反になりそうだけど......仕方ないか〜』

 その為、最終的には心配しつつも受け入れざるを得なくなる鏡水であった。



 結局、鏡水の二学期初日の午後は、諜報・工作員課程のクラスメイトとは別の訓練を、潮音に付けて貰っていた。

 今後鏡水は、個人訓練で自身の実力向上を少しずつ目指していくことに。

 潮音の言う通り、確かに実力不足は明らかだ。

 現状では莉音の身を護るどころか、鏡水自身を守り切ることも出来はしない。

 その為、軍との誓約との整合性に問題が生じる可能性が有るものの、潮音の提案を断らなかったのだ。

 附属高を卒業すれば、潮音に訓練を付けて貰う機会は皆無となるだろう。

 鏡水にとって、条月大へ進学した場合には国際戦戦学部しか選択肢は無く、もし他大学を選べば、潮音に訓練を付けて貰うのは不可能となる。

 そういうことも考えた結果であった。




 「鏡水、ちょっとイイかな?」

 二学期が始まって数日後、授業が終了した時、石音が声を掛けてきた。

 「なに?」

 「少し気になることが有ってさ〜」

 常にポーカーフェイスなので表情は変わらない石音だが、その言葉の表現には何か含みがあると感じたので、人が居る教場では憚れるかと、話をするための場所を変えることに。


 「これは私の考えだから、気を悪くしないでね、水」

 和食専用食堂に入り、人の少ない奥の席に座る2人。

 「どうしたの、石音」

 「焔村が起こした事件だけどさ〜。 あれって、莉音さんが、彩雪音の目的や人物の本質を調べようと色々仕掛けた結果、偶然発生したものだと感じるんだ」

 「それって、どういう意味?」

 鏡水の表情がみるみる不機嫌になる。

 恋人の悪意を指摘するような表現だったからだ。


 「だから、前置きしたでしょ?」

 石音はそう答えたが、やはり無表情のまま。

 その冷たいひとことで、一瞬沸騰した怒りが少し静まる鏡水。

 そして、続きを話すように促すのだった。


 「あの時、莉音さんは、鏡水と彩雪音さん2人と同時に見合いをしたわよね?」

 「そうだけど、それは忙しくて時間が無いからという理由で......」

 「でも、おかしくない? 水はともかく、彩雪音さんは側室系統といっても上条財閥の一族よ。 2人同時になんて失礼過ぎであり得ない対応だわ」

 「......」

 「莉音さんの狙いは、彩雪音さんより美女で、しかも身寄りの無い平民の鏡水を横に座らせることで、怒りを暴発させようとしたのよ、きっとね」

 石音の言葉に、声を失う鏡水。


 「ところが彩雪音さんは激昂するどころか、余裕の態度と度量を見せた。 流石、上条一族イチの才媛と言われることはあるわ」

 「まあ......確かに......」

 当初、違和感を感じていた鏡水。

 どこの馬の骨ともわからない自身と、2大財閥の一門に連なる者を同席させるのは不味いのではないかと当然考えていたことを思い出したのだ。

 「もちろん、焔村の暴走は大きな計算違いよ。 莉音さんも自身が焼死させられそうになるとは全く思っていなかったことでしょうね」

 「それって......まさか......」

 「莉音さんは、あれほど重要な立場なのに、護衛を付けていない。 その理由は、スペシャルな潮音ちゃんの子供で、肉体の強靭さに自信があるから。 焔村の嫉妬の炎は強力だったけど、彼を殺せる程のものでは無かった。 だから当初の目的通り、その攻撃を利用し、改めて彩雪音の本質を暴き出そうとしたのよ。 火傷で醜くなった莉音さんの姿を見せつけて、どのような反応を示すかをね」

 「......」

 石音の言葉に、黙り込む鏡水。 


 「流石に、豪胆で頭脳明晰の彩雪音さんと雖も、突発事象で発生した重度の火傷を負った人間に近付いて助けようとするのは無理だった。 大半の人達も同じ反応を示していたけど、野心家のお嬢様の限界を見せたってこと」

 「石音が言いたいことって、彩雪音さんは莉音さんに愛情を抱いていた訳では無く、大いなる野心と目的の為、璃月財閥当主との交際者という立場が欲しかっただけ?」

 「その通り〜」

 相変わらず炯眼な石音。

 しかし、一つ疑問が生じたのだ。


 「そういえば、どうして彩雪音さんが莉音さんの見合い相手に選ばれたの? 元々、莉音さんは嫌だったっていうことになるわね。 石音の推測だと」

 「それは......」

 石音の情報によると、学内決済カードを璃月流月に止められたことが原因らしい。

 あの騒動に対して、彩雪音が適切な応対をしたことを潮音ちゃんが内心喜んでいて、大御所として希望を一つだけ叶えてあげると言ってしまったのだ。

 その希望が、璃月莉音との見合いの設定だったというわけであった。


 「重傷を負った莉音さんを助ける行動が一切出来なかったという大失態の彩雪音さんに、莉音さんの姿が元に戻っていることが知れると、再び野心が首をもたげて来るでしょうね。 そうなれば、その刃が交際者となった水にも向かうことになるわ」

 その予測を聞き、顔色が変わる鏡水。

 附属高で随一の才女の矛先が自身に向けば、無事平穏な生活が続かなくなることが予想されるからだ。

 「普段のあの穏やかな姿は、全て演技だと石音は言うのね。 じゃあ、本当の姿は......」

 「璃月流月なんて、目じゃないわよ。 権力志向もめちゃくちゃ強いし、演技も出来て頭も良く回る。 なるべく敵にしない方がイイわ」


 石音の忠告に、感謝の言葉を述べた鏡水。

 「二学期も波瀾になりそうね」

 その呟きに、何か心当たりが有るのか尋ねる石音。

 「今度、上流階級の定期懇親会が連続で開かれるんだって。 莉音も財閥当主として出席するしかないらしいの」

 それを聞き、両手を広げる石音。

 彩雪音にも、莉音の火傷が完全治癒していることが知れるのは時間の問題だとわかったからだ。

 「私も覚悟を決めておくわ。 有益な考えを教えてあげたのだから、今日は水の奢りってことで」

 そう答えると、返事を聞く前に立ち上がり、夕食を注文しに向かう石音であった......


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