第25話(永遠の決別)
夏休み最終日。
潮音達3人は、焔村への別れを済ます為、入院中の特別病院を訪問していた。
一方、一線を画し、同行しなかった石音。
それは彼女らしい判断によるものであったが、その石音も、究めつつある特別な能力を使った別れの儀式を行うのであった。
2090年8月31日。
神坂幼楓と九堂鏡水は、秋月潮音と共に佐土島にある国防軍北厘國管区特別病院を訪れていた。
その理由は、央部焔村と面会をする為であり、国防軍の統合作戦本部長の許可を得てからの訪問であった。
病院の敷地内で本棟とは少し離れた場所に建てられており、多重の施錠設備と高い塀に囲まれた囚人用病棟に収容されている焔村。
初めて訪れた幼楓と鏡水から見ると、明らかに異様な造りの病棟だと一目瞭然でわかる建物であった。
無言のまま、案内に従って歩く3人。
地下の5重に施錠された病室に収容されていて、来客があることは知らされていた焔村。
最内のドアが開くと3人を見るなり、ベッド上で横臥したまま、そっぽを向く。
「焔村。 答える必要は無いから、黙って話を聞きなさい」
潮音はいきなりそう告げると、話を切り出す。
「私の一人息子、リオに対して能力を使い、紅蓮の炎で攻撃した罪は極めて重い」
焔村は、リオが潮音の息子だというその事実を知らなかったので内心驚いていたが、表面にその感情を出すことは無かった。
「ただ偶然、相手がリオだったから死なずに済み、現在焔村は処分を待つ状況となっているわ。 もし一般人であれば、即刻処分されていて、もうこの世には居なかった筈......」
ここで溜息をつくと、
「理由はともあれ、貴方が一般人に牙を向けた罪は重すぎるのよ。 今後他の3人にも、少なからず悪影響が出続ける。 それも一生ね」
「焔村。 君に大怪我を負わせたのは本意では無かった。 しかし、こうでもしなければ、リオさんは死んだかもしれないし、君もその場で殺処分されていただろう。 みんなの命を守る為の僕の静止行為だったんだ。 それだけは理解して欲しい」
幼楓の説明に、少しだけ頷いたように見えた焔村であった。
次に鏡水が、言いたいことを話し始める。
「私は焔村に対して、微塵も恋愛感情を抱いていなかった。 もし普段の、仲間としての馴れ馴れしい態度が、焔村の勘違いに繋がっていたのなら、謝罪するわ。 私の八方美人な性格が、そういう想いを引き起こさせてしまい、事件に繋がったのよね。 本当にゴメンなさい」
更に続けて、
「今回の出来事、原因が私に有ったのだとしても、焔村を絶対に許すことはできない......私はこれから、リオと一緒に生きていく。 身分違いが甚だしいから、妾にしかなれないのは、わかっている。 相手は大財閥の御当主様。 私は時間の流れに取り残された身寄りのない化け物。 水の異能は、焔村と一対の能力だと判断している国防軍から警戒され、人間兵器になることすら拒否されたわ。 今回の焔村の浅慮な行動が、私の人生の選択肢を喪わせたの。 それだけは覚えておいて欲しい」
そこまで話すと涙が一筋、頬を伝う。
ただ、精神的に幼い焔村に、鏡水の意図が伝わっているのか、やや疑問符が付くのだった。
焔村の方をジーッと見詰めていた幼楓。
不貞腐れた態度のままであり、このままでは今回の訪問の意味が半減してしまうだろう。
そこで、幼楓が自身の考えを改めて話し出すのだった。
「焔村。 僕達のようなごく少数の特別な能力を持つ者達は、その他大勢から恐れられているんだよ。 それはわかるよね?」
壁を向いたまま、小さく頷く焔村。
「だから、管理され監視され、行動も制限される。 一般社会で野放しにすることは出来ない。 それは、今回の焔村の様に、突然牙を向く可能性があるからだよ」
幼楓はここで、潮音の方を見る。
頷かれたので、続きを話し出す。
「秋月先生だって、そうした扱いに苦慮してきた。 先生の根幹を構成している異星人のリヴ・レヴ。 彼女は長年、地球上に実在する神として、人々に崇められることで、特別な能力を持つ正当性を維持してきた」
潮音の極秘に触れる話題に入った幼楓。
いつの間にか、そうした事実を知っていたらしい。
「ところが、テクノロジーの進化と共に、『神』という言葉だけでは、人類社会に溶け込み続けることが難しくなってきた。 そこで注目したのが、偶然身近な存在となった璃月財閥の御令嬢である璃月詩音の存在」
「彼女と一体になることで、経済界での確固たる地位を確立して、地球上における行動の自由を得続けようとしたんだ」
その説明に頷く潮音。
鏡水は初めて聞く話に、潮音の手を握ってしまう。
「しかし、それでも軍という人類社会における最強の武力集団による監視から免れることは出来なかった。 技術の進歩で軍の持つ能力が、レヴの持つ能力に近づいてきていることから、絶対の存在でなくなってきた影響でね」
「ついに璃月詩音は、逆に軍に入ることで、特別な能力を持つことに対する人類社会の拒否反応を中和する方策へと辿り着いた。 虎穴に入らずんば虎子を得ずってところかな? 非常に不愉快な軍による監視・管理を避けるには、自身が高級軍人となり、兵器となることも厭わないという姿勢を見せることが必要だという考えを持ったってこと」
「その結果が、現在に至る『碧海の女神』秋月潮音少将の誕生なんだよ。 英雄になることで社会からも必要性を認められ、そのことで軍も秋月先生を尊重するような相互関係を作り出す。 ここでようやく先生の立場は安定したってことなんだ」
「苦労して、先生がようやく作り出した異端児達の安寧の居場所。 僕達の存在をそこに嵌め込むことで、僕等4人も社会から阻害されずに済むようしてくれていたんだよ。 先生はこの国の経済界で絶大な権力を握る、璃月財閥の大御所様という裏に隠れた存在へ移行することによって、さり気なく、半永久的に、よりその居場所を強く固める方向へ持っていきながらね」
幼楓がここまでのことを知っているとは、潮音も知らなかったので、非常に驚いていた。
「楓、どうして、そんなことまで......」
思わず質問せずにはいられない、潮音。
潮音の人生の秘密をほぼ幼楓が語ったからだ。
すると、幼楓は笑顔を見せるだけであった。
「聞くまでもないか〜。 莉玖と莉音が余計なことを吹き込んだのね。 それだけ楓が、二人から信用されるだけの理解力を持っているし、穏やかな人柄だということかな」
潮音は呟くように話す。
「まあ、そんなところで、焔村の行動は、せっかく安定していたその居場所を一発で破壊する行為だったってこと。 一度壊されたものを再建するには、長い年月が掛かるわ」
潮音は残念そうに語ると、
「幼楓と石音は、今後国防軍に忠誠を誓い、各種作戦で功績を立てることで、崩れた居場所を修復して安定させるしかないでしょうね」
「そして鏡水は、財閥の管理下に移管される。 軍としては、一度反乱行為を起こした焔村を信用することは出来ないし、その影響を受けるだろう鏡水も信頼出来ないってこと。 焔村が軍によって処刑されれば、鏡水はそのことに責任を感じるし、焔村が生かされ続ければ、その薫陶を受けて、一緒に反逆行為に出られても困るからね。 今回の事件は鏡水に対する焔村の恋愛感情が引き起こしたものだから......」
やがて静寂が病室を包む。
焔村は幼楓の説明で、特別な能力を持つが故の苦難の連続を、潮音が試行錯誤を繰り返して克服してきた事実を知らされ、また自身のしでかしたことの重大性を漸く理解したことから、壁の方を向いたまま、嗚咽を堪えているように見えた。
「さようなら、焔村。 短い間だったけど、楽しい学校生活だったわ」
鏡水が涙声で、最後に別れを告げる。
「もう、会えないだろうけど、本当に世話になったよ。 ありがとう。 出来れば元気でな」
幼楓も2か月足らずではあったが、面倒をみて貰ったことへの感謝を伝える。
そして、親代わりの潮音は、泣き崩れて何も話すことが出来ず、鏡水と幼楓に両脇を抱えられ、病室を出るのがやっとであった......
それを壁の方を向いたまま、心の中で3人の来訪者を見送った焔村。
2つの瞳からは、止めどもなく後悔の涙が溢れ、嗚咽を堪えきれずに、
『うう、うう』
という声が、その後病室で鳴り響き続けたのだった......
こうして、央部焔村との別れは終了した。
約1か月後。
国防軍の最高幹部会議は、極秘会合で焔村の処分を決する。
種々の意見が交錯し、なかなか纏まらなかったが、最終的な結論がようやく出たのだ。
その後の10月初旬。
全治約半年の重傷で、複雑骨折を負っていた筈の焔村の姿は、まだ再手術も必要な治療途中だったにもかかわらず、病室に見当たらなくなってしまったのであった......
同じ日。
後部慧悟は都佐波和寛、難分陸と共に、元上月会の部屋があった、国際戦戦科が入る学舎の一室への呼び出しを受けていた。
そこで待っていたのは、璃月流月だけではなく、上条彩雪音の姿もあったのだ。
「貴方達、なんで呼び出しを受けたか、わかる?」
流月は不機嫌そうに話を切り出す。
「いえ、全くわかりませんが」
都佐波が3人を代表して答える。
すると、
「アンタ達が、くだらないライバル心から、特別クラスや傭兵Aクラスとかへの嫌がらせに、国際戦戦科全体も参加して欲しいと申し出たわよね? 秋月潮音が依怙贔屓しているとか、正当性っぽい理由を立て連ねてさ」
「はい。 お蔭様で、軍事戦戦科内においては俺達が有利な立場となっている状況です。 二学期以降の成績では、連中に勝てると予想しています」
強化人間の為、200センチ近い巨漢の後部が、大きな体を小さくして、嫌がらせが成功している状況への嬉しさを堪えきれず、喜々として返事をする。
実社会でも権力者層に位置する両者への、謙ったその態度には、いつものような不遜な言動は完全に影を潜めていた。
ここで彩雪音が3人に対して、初めて口を開く。
「3人のお蔭で、上月会は先日解散する結末となりましたわ。 本当にありがとう御座います」
皮肉を込めた言い方だったのだが、そんな機微がわかるような3人ではない。
鈍感な質の人物だからだ。
「はあ......」
彩雪音の言葉の真の意味がわからず、適当な相槌を打った3人。
すると流月が、
「本当に鈍感なクズ3人ね。 彩雪音の言葉は皮肉よ、ひ・に・く」
怒りを込めた言い方に、ようやく自分達が歓迎されていないことに気付いた後部達。
3人の表情が一変したので流月が、
「アンタ達が喧嘩を売った相手側に、璃月財閥の御当主様が付いてしまったのよ。 だから、その影響で上月会が急遽解散させられたの」
そして、3人の目の前に請求書が提出された。
最終金額は未定となっていたが、参考として、先ず約1か月分の請求額が記載されていたのだ。
「50万新円以上?」
高校生の身では、相当な金額である。
思わず絶句する3人。
「この金額は、相手方19人の学内決済カードの使用代金を立て替えた分よ。 貴方達の申し出を信じて上月会が従った結果、最終的に私達が彼等の卒業までの全利用額を支払う羽目になったの。 それを貴方達に請求するのは当たり前よね?」
流月と彩雪音は口を揃えて、代金の請求をする理由を述べる。
「アイツ等の卒業までの分?」
「俺達が支払う?」
「そんな義務無いだろうが」
3人は顔面蒼白になって、慌てて両者に楯突いてしまう。
それに対して冷静な流月と彩雪音。
予想通りの反応だからだ。
「卒業までだと、概算で400〜500万新円くらいかな?」
「幸いにも、来月からは18人分になりそうね。 一人が休学扱いになるそうよ」
「でも、全然無駄遣いしなかったわね、あの19人。 どれほどの金額を費消しても、全額こちら側が支払うという約束なのに。 上月会も国際戦戦科も、アンタ達アホ側に付くんじゃなくて、そういうマジメな生徒揃いの傭兵Aクラス側に付くべきだったかな?」
二人は口々にそんな話をする。
それに対して、後部が激昂して、
「俺等は絶対、こんな金払わないからな」
と騒ぎ立て始めたものの、一方、都佐波と難分は黙ったまま。
流月と彩雪音に対して、決定的な亀裂を作った場合、条月大卒業まで在学するのは難しく、自分達が退学に追い込まれると気付いていたからだ。
「あら、私達にそんな暴言吐いてもイイのかしら?」
「既に、弁護士達にも相談済みの件なのよ。 そういう態度を続けるのならば、貴方のお父様に請求書を送付するから、構わなくてよ。 どうせ最終的に支払うのは、有名コメンテーターのお父様でしょ?」
二人に厳しい言葉を連ねられ、ぐうの音も出なくなった後部。
「一つ教えてくれ。 璃月財閥の御当主様が傭兵Aクラス達側に付いたって、どういうことなんだ?」
その質問に、彩雪音が怖い笑顔を見せながら答える。
目が全く笑っていないのだ。
「どういうことって......後部君が昨日、後をつけていたじゃない?」
「それって、九堂達のことか?」
「そうよ。 貴方、最後に九堂さんに質問していたでしょ? 女の子に襲い掛かるんじゃないかというような声の掛け方だから、九堂さんに悲鳴をあげられていたのには、笑ってしまったわ」
「すると、まさか、あの顔面を覆っていた男が......」
「あの方が御当主様よ。 九堂さんは見初められたの」
彩雪音と流月の話を聞いて、数日前から感じていた嫌な雰囲気への疑問を解明出来たものの、事態は最悪な方向へと動いていることにようやく気付いた3人。
「国際戦戦科の生徒達が、俺等を避けていたのは......」
思わず呟く後部。
「1か月くらい、貴方達の申し出に従って、九堂さん達に嫌がらせしていたことを反省してのことでしょうね。 一つ言っておくけど、私達は何も指示を出していないわよ。 同級生達の自発的な判断だから」
流月の説明で顔面蒼白となった、都佐波と難分。
どうやって二学期以降、学校生活を乗り切るべきか、焦り始める3人のリーダー達であった......
京頼石音は、潮音達と一緒に病院へ向かわず、夏休み最終日のこの日は、午後から傭兵Aクラスと戦々Aクラス、並びに奥武浦紗季と沼田美来の合計13人での実戦実践訓練に参加していた。
とはいえ、既に石音の能力は、石我輝島巨大要塞破壊工作作戦に従事するため、高いレベルまで開放されてしまっているので、専ら訓練用の地形を造成する作業に、櫂少佐の指示で従事していただけであったが。
「京頼。 お前は他の仲間と一緒に、央部への別れの病院訪問に行かなかったのだな」
尚武真紗人が、特別クラスで一人だけ実実訓練に従事していることへの真意を確認しようと、話し掛けてきたのだ。
「5か月間、親しい仲間だったのだから、別れを済ませておきたいという気持ちは勿論有るよ。 でも、女の子に泣いている姿を見られるのを、焔村は最も嫌うだろうから、行くのを止めたんだ」
「そういうことか。 確かにアイツはそれを一番嫌がるだろうな」
「それに、私らしくないと思わない? 感情に流されたり、感傷的になるのは......」
普段の石音は常に淡々としていて、感情を表に見せることが稀な、背のちっちゃい少女であるからだ。
「京頼が後悔しないのなら、それで構わないさ」
尚武はそう答えると、珍しく悲しそうな表情を見せていた。
「なんだ、尚武君もアイツが処刑されると思っているのか〜。 私はそんな流れにあえて逆らってみたいんだ。 アイツは結局処刑を免れ、何処か遠い場所で残りの人生を人知れず生き抜き、最後は罪を償ってから短い生涯を終えるっていうシナリオになることを少しだけ信じている。 私って天の邪鬼だからさ」
そう答えると、空に向かって手を伸ばす石音。
すると、目の前の地面から、階段状のものが、空高く向かって延びてゆく。
訓練場に居た全員が、その階段を見詰めている。
なんとも言えない、不思議な光景であった。
「こんな凄いことが出来る、不思議系の超能力少女に言われると、央部が死ぬと決め付けるのは、ちょっと早い気もするな」
真紗人が前言を撤回すると、石音が新しい事実を告げる。
「明日から、同じクラスになるらしいから、よろしく〜」
「そんな話、初耳だぞ?」
「傭兵Aクラスは名称を変更して、諜報・工作員養成コースになるらしいよ。 そして傭兵Bクラスが、傭兵養成コースになるんだって」
「どうして、そんなこと、知っているんだ?」
「私の予想だからね」
最後の言葉に、やられたという表情を見せる真紗人。
そして、大事なことに気付かされる。
「九堂は成績優秀だから歓迎だけど、京頼と神坂は成績低調者じゃないか......統合されるとクラス別の成績で足を引っ張られることになるのか〜......」
「だから、よろしくって先に言っておいたの」
石音はそう言いながら、天に延びた階段を、最上部を切り取ってから、元の地面へと戻す。
その後、階段の最上部は上昇を続け、地球の衛星軌道上に達したが、それは小さな椅子の形をしており、焔村への別れを告げる石音なりの友愛の気持ちを示した行動であったのだ......
こうして、条月大学附属高校3年生の2090年夏休みは終了した。
全寮制、外泊基本禁止の厳しい規律の附属高。
そして、非常に厳しい小クラス単位での競争制度。
これらが、理想的な最高難度の教育機関を構成する上で、必要なシステムであるのか否か、その結論を出すのは難しいところである。
ただ、一度激しい経済的な衰退を経験したこの国では、新しい時代に入った以上、若いうちから極端な競争社会を経験させ、世界での戦いを勝ち抜く為の能力を持つ優秀な人材を、その淘汰の中から生み出し続けることは、少子化が進んだ時代でもある以上、必須なものと言えるだろう。
競争が激し過ぎる故の弊害を、上回る実績を出している条月大学。
そして、その基礎を為す附属小中高の存在。
特に高校3年の1年間は、その後の人生を決定するには、最重要な1年間である。
いよいよ、夏休みが終わり、二学期に突入するが、まだまだ波乱が続く予兆を感じさせる、激動の夏休み期間であった......
ここまで読んで頂きありがとうございます。
第一章(夏休み篇)はここまで。
処理上、一旦完結扱いとしましたが、時間を空けて再開し、章を設定する予定です。
次話から第二章(二学期以降篇)となります。
前篇である「悪戯と黄昏の時に」39話と本篇が25話で、合計64話になりました。
まだまだ前篇・本篇共に続きますので、今後ともよろしくお願い申し上げます。




