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第2話(競争)

常に競争が学校の基本方針である条月大学附属高等学校。

幼楓が目覚めて転入後、いきなり実施された一学期の期末考査の結果発表は、まさにその学是を示す象徴のような舞台であった。


 西暦2090年7月4日。

 神坂幼楓にとって、転入2日目の午後。

 本格的に始まった担任秋月潮音による実戦訓練の授業は、過酷なものであったのだ。


 「先ずは、訓練場の外周コースを5周ね〜」

 優しい言葉遣いとは異なり、地獄のメニューがスタート。

 外周コースは一周約2キロ。

 合計約10キロのランニングが皮切りであった。

 「先生〜」

 「なに?」

 「明日から期末試験なのですけど」

 「だから?」

 「あまり疲れが残るようなメニューは......」

 その申し出に対して、

 「それで今日は5周にしたのよ。 もっと走りたいの?鏡水は」

 眉間にシワをよせている潮音の表情に気付き、鏡水の腕を引っ張る石音。

 「では、直ぐスタートしま〜す」

 軽やかに宣言して、一斉スタートした4人であった。


 軍事戦略戦術科の他のコース課程も、午後は訓練場に出ているところが多い。

 4人が走っている外周コースには、ちょうど傭兵養成コースB課程の5人も後から走り始めていたのだった。

 初のランニングに、直ぐ落伍した幼楓。

 他の課程の連中がコース上に居ることを考えて、焔村が一緒に走ることとし、女性陣2人は先に行かせる。

 「ゼーゼーハーハー。 悪いな、付き合って貰って......」

 息を整えながら、幼楓が謝る。

 「他の課程が走っていなければ、置いて行くけど、この状況じゃあ、そうもいかないから」

 余裕の表情の焔村。

 元々、体力にかなり自信が有る方なので、目覚めたばかりで体力の無い幼楓とは大違いだ。

 「1人でゆっくり走っていると、どうなるのかな?」

 「じゃあ、ちょっと試してみるか? 俺は適当な位置に離れているから。 転入生に対する軍事戦略戦術科の本当の洗礼を味わうのも、悪くないと思うぞ。 いわゆる経験ってヤツだ」

 焔村がそう言ったので、手で合図して了承した幼楓。

 そんなことで、チンタラ走っている幼楓に対する、傭兵Bコース5人による洗練が始まるのだった。


 前方で走っている幼楓の姿が視界に入った5人。

 「あれは?」

 「エリート士官コースの転入生じゃんか」

 「慧悟さん、いきますか?」

 「おう。 この学校の厳しさを教えてやれ」

 リーダーがそう指示すると、5人は一団となって、猛追を開始。

 幼楓は一応コースを譲ったものの......

 「邪魔だ邪魔だ」

と警告されつつ、時速約35キロで追突されてしまい......

 気付いた時には、コース外に大きく弾き飛ばされていたのだった。

 傭兵コースの生徒達は、毎日体を鍛えているので、その肉体は筋肉の塊。

 持久力は高くないものの、瞬発力は常人の数倍。

 しかも、後部慧悟は強化人間なので、常人の数十倍の筋力なのだ。

 訓練場のコース外は森林地帯。

 ブッシュの中に飛ばされたことから、立ち上がった時には、腕も足も切り傷だらけであった。


 「幼楓。 大丈夫か?」

 焔村が駆け戻ってきたが、

 「大丈夫だよ。 これが洗練?」

 「その通り。 まだ序の口かな」

 その言葉に頷く幼楓。

 「まだまだ。 俺は負けない」

 そう言うと、コースに戻り、再び走り始めるのだった。



 結局、先に5周を終えて、潮音と一緒に残りの2人を待ち続ける鏡水と石音。

 「なかなか戻って来ないね~」

 「傭兵B課程も走っていたでしょ。 後半はA課程も外周コースに入って来たから......」

 「じゃあ、戻ってきた時には、ボロボロなんじゃない?」

 そんな会話を聞きながら、潮音は少し別のことを考えていた。

 『ボロボロになった方が、潜在能力が発揮されるのではないか?』

と。


 

 やがて、焔村と幼楓の姿が見えてきた。

 「あと少しだよ」

 「ファイト〜」

 女子生徒2人の掛け声に、力を貰った幼楓。

 最後の力を振り絞ってゴールすると、そのまま倒れ込んでしまう。

 その様子を覗き込む2人。

 そして潮音も。

 すると、幼楓が小声で何か言っている。

 「眼福、眼福」

 そう言っていたのだ。

 それを聞き、笑い出す焔村。

 「どうして笑っているの?」

 石音が確認すると、

 「倒れている幼楓からは、覗き込む3人の谷間がよく見えるそうだよ」

 その言葉にハッとなる女性陣。

 当然のことながら、その後幼楓は沢山の蹴りを見舞われるのだった。 

 

 結局、洗練と言われるものを7回受けた幼楓。

 ずっと眠りに就いていたのだから、体力が戻っていないのに、いきなりの持久走はかなり厳しい訓練であったのだ。



 次の時限は、スキル標的射撃訓練。

 射撃と言っても、銃は使わない。

 4人の場合、固有の特殊能力を使って標的を撃ち抜くのであり、前日も行っていた訓練だ。

 焔村、鏡水、石音にとっては慣れた訓練。

 次々とスキルを使って標的を正確に撃ち抜く。

 石音は撃ち抜くというよりは、壊すというべきであろうが。

 そして、幼楓の番。

 長距離ランニングでヘロヘロ状態。

 ひとまず右腕を標的の方に伸ばして、右手を握る。

 そこで手を開くと、昨日と同様の小さな旋風が発生。

 クルクル回りながら、標的に向かうが、その勢いの無さでは撃ち抜ける筈もない。

 標的に旋風がぶつかると、風の方が消えて無くなるのだった。


 「やっぱりダメだね」

 苦笑いしながら、幼楓が答えたその時であった。

 何処からか、水弾が十数発同時に襲い掛かってきたのだ。

 「幼楓、危ない」

 3人のうちの誰かが気付いて叫ぶ。

 水を操れる鏡水が左腕を伸ばして、飛んできた水弾をコントロールしようとするが間に合わない。

 その時であった。

 朝の大教場の時と同様に、強烈な風が突如舞い上がり、今回は幼楓の体を包み込む。

 水弾は風の防壁を突き抜けることが出来ず、周囲に水しぶきとなって撒き散らされ、コンクリートの床面を濡らす。

 暫く経つと、作り出された風は何事も無かったかのように、自然と消えてしまうのだった。


 「無意識の緊急時には自然と自分を護れるみたいね、幼楓は。 疲れ切っている方が余計なことを考えないから、朝の時より強力な風が形成されたのでしょう」

 水弾を放ったのは担任の潮音であり、同級生の3人は無意識のうちに強力な風を操った幼楓に驚きを隠せない。

 「先生、今のは?」

 「楓君の潜在能力が少しだけ発揮されたのよ。 本人は気付いていないけど、既に軍事戦略戦術科の一部生徒の間で話題になっているわ」

 その説明に4人は意味がわからないという表情を見せている。


 「仕方ないわね~」

 潮音はそう言いながら、大教場で朝有った出来事を話す。

 「あの尚武真紗人が投げつけたものを無意識のうちに防いでいたなんて......さっきランニングで他クラスからの洗練を受け続けた時とは大違いだね」

 結局、潮音が放った水弾のコントロールを奪えなかったことに対し、悔しそうな表情を見せながら、幼楓の実力の片鱗に対する感想を述べた鏡水。

 まだ目覚めて2日目なのだから、少し脅威的だ。


 「多分、来るとわかっている攻撃には無意識の防御が出来ないのでしょうね。 今のところ自己防衛本能が働いた時限定っていったところかな?」

 潮音は現状の能力判断をそのように下すと、訓練を再開するように、4人に告げる。


 その後は、より真剣な表情に変わった、先任者の3人。

 幼楓が見せた防御力に、自分達はそのレベルまで到達していないことを自覚したからだ。

 相変わらず幼楓は、意識した時には小さな旋風しか出すことが出来ない。

 その様子を、少し笑みを浮かべながら見詰める潮音。

 『まだ2日目。 簡単にコツを教えてしまったら、将来の伸び代が小さくなっちゃうからな~』

 担任として、当面は温かく見守ることで、自力での成長を促すつもりであったのだ。



 この日の最後の時限は、実射訓練。

 試験直前最後の授業ということで、体力的な負荷の少ない科目で一学期のカリキュラムは終了となっていた。

 4人は特別な能力所持者であるが、軍人を目指す以上、銃火器を使えるようになること、正確な射撃術の習得は、必須事項である。

 もちろん、実戦・実践訓練の試験では、射撃のテストもあり、その点数は順位を大きく左右するものとなっていた。

 実は先に転入した3人。

 射撃の点数があまり良くなく、前回の実戦・実践訓練試験で、第二位の傭兵養成コースA課程に僅差まで迫られた要因は、射撃点数の低さにあったのだ。

 その為、以後射撃訓練の頻度を秋月潮音は増やしていた。

 「最初に言っておくけど、夏休み中は射撃訓練を沢山やるからね。 そのつもりで」

 けん銃のような小型火器は、手の小さい女性の方が上手なことも多い。

 特に手の大きな男は、意外に苦手とする場合があるのだが、焔村は見事それに該当し、前回の試験での点数がかなり悪かったのだ。


 幼楓は初めてなので、潮音に付きっ切りで教わっており、とりあえず3人は自主的に拳銃で銃弾を次々と標的に撃ち込む訓練を実施していた。

 全自動化された射撃場なので、時間のロスなく訓練出来るが、下手くそな焔村は、いくら撃っても下手なまま。

 その為、

 「村は、一旦訓練停止。 無駄撃ちになっちゃうからね」

 潮音の指示で射撃ゲートから離れて後方に下がり待機する。

 すると、幼楓が初めての射撃を開始したのだ。

 潮音の指導に素直に従い、無心で射撃。

 その結果は、意外な高得点であった。

 「楓君、凄いね~。 もしかしてセンス有るのかも」

 しっかり褒めることも忘れない潮音。

 流石は超難関校の特別課程の専任教師と言ったところだ。

 その後は、幼楓と焔村を交代で射撃させながら、アドバイスを続ける潮音。

 男2人の射撃の点数は、幼楓が初日なのに既に勝負有りという結果となっていた。


 授業の最後には、潮音が見本として、自動式拳銃で標的に速射で撃ち込んでみせる。

 その姿を真剣に見詰める4人の生徒。

 50発撃って、点数は496点であった。



 「悔しい〜。 初めての奴に負けるなんて......」

 そう言うと、天を仰ぐ焔村。

 「ちょっと手の大きさを見せて」

 石音に右手をみせる幼楓。

 それに自分の手を合わせる。

 幼楓は、同級生の女の子といきなり手を合わせることになって、内心ドキドキ。

 心臓の鼓動が伝わってしまわないか、心配になるほどだったが、表面上はポーカーフェースを気取っていた。

 石音は特に幼楓の緊張に気付くことなく、

 「確かに、そんなに手が大きくないね。 焔村は指も長いし、掌も大きいから、伸び悩んでいるのだと思う」

 その解説に項垂れる焔村。

 女子2人は軍事戦略戦術科の生徒としては平均的な射撃の点数であり、傭兵コースの10人には全く敵わない状況であった。

 「このままだと、二学期の実戦・実践訓練試験では、首位キープが難しそうだね」

 3人がそう言いながら嘆く。


 「ところで、どうやって首位になれたのですか? 射撃は大差負けでしょ?」

 幼楓のその質問に、

 「私達は最も点数配分の高い模擬実戦で圧倒的なの。 だって傭兵部隊が10人束になって私達を倒そうと襲い掛かってきたって、一人も倒せないわ。 石音が自在に防壁を作って、焔村が炎で追い込んで、私が水弾で狙い撃てば、銃なんて使わなくても、相手が学生訓練生ぐらいならば数分で全滅させられるから」

と答えた鏡水。

 『確かにそうだな。 それぞれの長所があれば、重火器すら必要としない』 

 ようやく同級生3人の能力が連携した時の凄さに気付かされたのであった。




 7月5日。

 期末試験が始まった。

 条月大学附属高校には、軍事戦略戦術科の他に国際戦略戦術科があり、生徒数は圧倒的に国際戦略戦術科の方が多い。

 だから、高校としての中心は国際戦略戦術科ということになる。


 国際戦略戦術科から、条月大学国際戦略戦術学部に進学して卒業すれば、大学を運営する2つの大財閥への就職は勿論のこと、政府、国際機関、海外企業等あらゆる方面へと進む近道となる為、全受験生が憧れる進学先となっている。


 なお2つの科は名前が似ている為、省略して国際戦々と呼ぶのが普通である。

 軍事戦略戦術科の略称は軍事戦々。

 現在、国際戦々の高校3年一学年の生徒数は、約300人。

 一方、軍事戦々の高校3年一学年の生徒数は、約50人であった。


 両科の試験は共通科目を基にして、1位〜最下位(350位)までの全体順位も付けられる。

 高校3年の共通科目は、英文英会話・数1数2・国(現文・古文)の基本6科目に国際戦略・国際戦術・国際政治の合計9科目。

 軍事戦々科では、国際戦略→軍事戦略・国際戦術→軍事戦術という科目名であるが、試験は共通問題となっており、点数は基本6科目600点、国際3科目600点の合計1200点。

 この点数で順位が付くのだ。

 理系文系という区分けは、時代遅れとの判断で、この学校では導入されていない。


 なお軍事戦々科では、兵器の開発や点検、操縦等、将来的に理科系の科目の知識が絶対必要な為、物理・化学・生物の試験も実施されており、点数は各科目50点の合計150点である。

 国際戦々科では、軍事戦々科とのバランスを取るために日本史・世界史・地理の試験が設定されているものの、こちらは一科目選択制となっており、配分は50点だけ。

 そういうことで試験の数は、実戦・実践訓練試験もあることから、軍事戦々科の方が圧倒的に多いことになるが、大学進学に関してのハードルは、軍事戦々科の方が専門性が高い分、だいぶ低いので、特別不利という訳では無い。


 そんな試験制度の附属高であるが、期末試験はごく普通に座学の試験であり、生徒達は日頃の学業の成果を粛々とぶつけるだけであった。


 2日半の激闘が終わると、金曜午後の授業の設定は無く、全生徒達は一旦寮へと戻る。

 学校側にとってこの日の午後は、採点と最終集計の時間。

 この結果で人生が変わる生徒も居る訳なので、間違いは絶対に許されない。

 採点自体は自動化されており、人の目で最終チェックをするだけなのであるが、自動化は万全では無く、大きな過ちが発生する場合もあるので、ダブルチェックで間違いが無いようにしているのだった。




 金曜午後4時。

 附属高校の中庭に、期末考査の全順位が貼り出される。

 貼り出されるというよりは、大型モニターに表示されると言った方が正確だ。

 幼楓も、焔村に連れられて、初めての結果発表の瞬間に立ち合い、その緊張感を味わっていたのだった。


 モニターに順位が出た瞬間。 

 なんとも言えない、ため息と感嘆が入り混じった声の集合体が中庭に「ドーン」と響き渡る。

 高3の年間順位で下位5%に入ると、国際戦々科では大学進学が絶望的に。

 逆に高3の年間順位上位3%は、大学進学時に希望の学部に必ず入れる上、大学四年間の学費半額免除の特典も付く。


 1位から点数と名前を順に見ていく幼楓。

 彼自身は今回、授業期間が極端に短かったので参考記録となっており、正式な結果とは扱われないが、全体順位発表は独特の緊張感があり、その雰囲気になんとなく飲み込まれていたのであった。

 5位 九堂鏡水 1151点

 9位 央部焔村 1143点

 この2つの表示に驚く幼楓。

 「焔村、お前ってスゲえな~。 順位一桁じゃんか〜。 それに鏡水ちゃんも」

 「まあな。 意外だろ?」

 ちょっとはにかんだ笑顔を見せながら、『当然だな』という感じで答える。


 「他には......」

 この5日間で名前を知った人物の点数や順位も気になるところだ。

 結局、

 51位 尚武真紗人 1063点

 97位 後部慧悟  992点

 110位 京頼石音 984点 

という表示を確認したのであった。

 因みに参考記録ではあるが、当人は、

 333位タイ 神坂幼楓 615点

であった。


 気付くと、鏡水と石音も2人の後ろに立っており、

 「結構やるでしょ? 私」

 胸を張り、『へへん』と言った表情の鏡水。

 座学で非常に優秀な国際戦々科に混じって、軍事戦々科の生徒が高3の期末試験で5位に入ったというのは、過去の最高順位タイ記録だという。

 そんなことを情報通の石音が説明する。


 「本当に凄いよね、みんな。 僕なんか下から15番目だよ」

 今試験受験者数は348名だったのだが、圧倒的に下から数えた方が早い結果を自嘲気味に話す幼楓。

 「楓の実力がハッキリするのは、二学期の中間試験でだよ。 今回で高い順位だったら、逆にみんなが自信喪失しちゃうって」

 鏡水はそう言って、少し慰める。


 「615点だと......赤点の科目はありそうかい?」

 焔村の質問に頷く。

 「あ~あ。 夏休みは補習で始まるんだろうな~」

 そう答えるとガックリ項垂れてしまう。

 「俺達に夏休みなんて元々無いよ。 潮音様がスケジュールビッシリ詰めているのを見てしまったからね~」

 「それ、本気まじ?」

 「私達、高3だものね。 この学校のレベルを考えたら、今ここで順位を確認している全員が、夏季休暇なんて存在しないと思っているよ。 一般的な大学受験する高3生も、勉強漬けの日々になるのだから」

 石音のその言葉に、周囲を見渡す4人。

 すると、モニターをジーッと睨み付けている者。

 軍事戦々科なのに高順位の鏡水と焔村にライバル心を燃やしている国際戦々科の上位者達の姿。

 直ぐに寮へと戻っていき、より勉学を励む者。

 軍事戦々科の生徒では、体力トレーニングへと訓練場やトレーニング室へ駆け出して行く者が多かったのだ。


 「認識を改めなければだね。 終わった試験のことなんて、結果を確認したら忘れなきゃ。 僕達は未来に向けて、そのスタートラインに立とうとしている存在なのだから」

 幼楓の述懐に頷く3人。

 「でも、一番成績の悪い、楓に偉そうなこと言われてもな~」

 格好いい言葉に対する焔村の感想に笑いが起きる。

 「とりあえず、走る?」

 鏡水と石音は最初からランニングするつもりで、ジャージ姿だった。

 「よし、午後5時のチャイムが鳴るまでな」

 その言葉で、他の軍事戦々科の生徒達の後を追って、訓練場へと駆け出す4人。


 その様子を、微笑みながら理事長室から見詰めていた潮音。

 「潮音。 貴女の教え子達はどう?」

 笑みに気付いた理事長の女性が問い掛ける。

 「なかなか優秀だと思うわ。 このままイイ子に育ってくれれば。 それが唯一の私の願い......」

 「当時のあの計画に関わった者の責任っていう訳ね。 私も生まれる前のことだから、詳しくは知らないけど」

 「まあ、そんなところね」

 それだけ答えると、黙ったままになる秋月潮音。

 「そうだ。 今日は潮音の誕生日だったわね。 とりあえず2人だけで祝いましょうか? 好成績を修めた貴女の2人の教え子の前途を祝しながら......」

 理事長の女性はそう言いながら、準備していたケーキを2人分並べる。

 「遠慮なく頂きます、理事長」

 「こら、まったく。 私がイイって言う前に食べちゃうんだから。 ホントそういうところは、中高生の頃と変わらないわね」

 そんな会話をしながら、改めて乾杯をする潮音と理事長。

 謎の理事長に謎の多い秋月潮音。

 その一端が垣間見える2人だけの会話であった。

 

 

 

 

 7月8日。

 この日は幼楓にとって、初めての土曜日。

 授業は無いので、高3生は自主的に勉強をしている生徒が多い。 

 軍事戦々科の生徒は、体力錬成も行わねばならないので、休日という感覚は殆ど無い。

 それは特別な能力を持つ4人で有っても、国防軍の士官になることを求められているのだから、当然すべき努力義務であった。


 流石に試験期間中は、嫌がらせのトラップが仕掛けられていることは無いと判断していた幼楓。

 しかし、この日から平常に戻ったことで、朝食を食べに食堂へ向かおうとした時には、寮の自室のドアを開ける際、慎重な行動を取ってみる。

 そーっとドアを開けると、

 『ガサガラガサガラ』

と小さな音が鳴り続け、針金が室内に弾き飛ぶ。

 やはりトラップが仕掛けられていたのだ。

 『もし、本物の爆弾だったら、僕は1週間で2回死んだことになるな』

 そんなことを考えながら、室内の壁にぶつかって床に落ちた針金2本を拾いあげる。

 『嫌がらせだけど、ある意味訓練とも考えられる』

 幼楓は、案外柔軟な思考回路を持っており、怒りよりも前向きな性格であったのだ。

  


 この日は和食専用食堂に入ると、同じクラスの3人は既に先に来て食べ始めていた。

 「楓はいつも最後だね?」

 親しくなってきた3人のクラスメイトや担任からは、幼楓よふうを徐々に略されて、ふうと呼ばれるようになってきている。

 焔村は村、鏡水は水と担任の秋月先生が呼ぶからであった。

 ただ石音いわねを岩では、ちょっと女性の名前の省略として失礼なので、『いわね』のままである。


 「トラップ対応を取っているので、ちょっと部屋を出るのに時間が掛かっちゃって」

 「今日も仕掛けられていたの?」

 「うん。 でも実害無し」

 「あまり続くようだったら、潮音ちゃんに言った方がイイかもね」

 鏡水は、口に炊き立てご飯を放り込みながら、アドバイスをする。

 「3人は、こういうことされていないの?」

 「もし、女子にそんなことしたら最低野郎でしょ? トラップ作れるのなんて、軍事戦々科の、しかも一部の人間しか居ないのだから」

 「俺は最初の頃時々有ったけど、中間試験の好成績と実戦試験で強烈な火焔攻撃を見せたから、それ以後は何もして来ないよ」

 鏡水と焔村の答えを聞いて、

 『こういう特別な学校だから、高い実力を見せつけないと、認めてくれないということなのだろうな』

 そういう感想を抱いたのであった。

 

 

 土曜日にもかかわらず、同じ和食専用食堂内での4人の様子を睨み付けながら、朝飯をかきこんでいる5人の集団が居る。

 軍事戦々科の傭兵養成B課程の5人であった。

 「アイツ等、朝からイチャイチャと」

 「この学校の精神に反する存在だよ、全く」

 そんな文句を言う2人に対して、リーダー格の後部が、

 「2人共、アイツ等が羨ましいのか? 九堂も京頼も才色兼備だからな」

 少し冗談っぽい雰囲気を醸し出して、仲間を傷付けない配慮をしながら確認する。

 「いや、そういう目線で見ている訳では......」

 「俺はこの国の為に、厳しい国際情勢で活躍出来る傭兵になりたいんです。 それで必死に勉強と鍛錬を重ねてこの学校に入ったのに。 特別扱い、しかも無試験で転入してきたあの4人を見ていると、何だかムカついてしまって......」

 「その気持ちは分かる。 ただ結果を見てみろ。 第一回実実試験でアイツ等は首位だ。 昨日の期末試験だって4人のうち2人は一桁順位。 結果を出している以上、俺達より現状上だと認めるしかないのさ」

 「慧悟さん......」

 「相手の実力を認めるのは、恥ずかしいことじゃない。 ただ気に入らないという点は、みんなと同じ気持ちだがな」

 ニヤリとしてから、朝飯を掻き込む後部慧悟。

 食事の時間すら惜しんで、1日1日勉学と鍛錬を続ける彼等は、幼楓ら4人の最大のライバル達の一つであった......

 

 

 別の食堂、和中食堂では別の5人の一団が朝食を食べていた。

 「どうだった。 神坂の様子は?」

 「上手く躱されてしまったようです。 今は和食専用食堂に居ますから」

 「いや、謝罪は要らないよ。 Bの連中が初日に仕掛けていたみたいだから。 いくら新転生とはいえ2度も引っ掛かったら、軍人候補として失格だろ?」

 そう答えると仲間に笑顔を見せる尚武真紗人。

 傭兵養成A課程のリーダー格である。

 A課程は、幼楓達だけでは無くB課程にも激しいライバル意識を燃やしている一団だ。

 その理由は、A課程はB課程より高校進学時の成績が上位だった5名で構成されているためである。

 ただ、伸び盛りの世代。

 高校の3年間で逆転してしまうこともしばしば。

 そういう訳で、A課程はライバルとして他課程だけではなく、B課程にも追われる立場という強いプレッシャーが掛けられていたのだ。

 「Bの連中は?」

 「エリート士官組と一緒の食堂で食べていますね」

 「じゃあ、エリート士官組の女性陣を羨む目で見ながら、早食いしているのかな」

 真紗人は含み笑いをしながら、ゆっくり粗砂して食事を楽しんでいる。

 早食い大食いは均整の取れた体を作る上で良くないことから、なるべくそうならないように気を配っており、仲間にもそのように勧めているのであった。


 

 尚武真紗人は、父が元国防航空宇宙軍のエースパイロットで、今や亡き父は2067年・2072年と相次いだ『流求の戦い』で大活躍した人物である。

 味方からは「碧海の鷲」、敵からは「碧海の亡霊」との異名を付けられ、我が国の国力衰退と経済の混乱を好機と見て侵攻してきた東アジアの某大陸国家の野望を打ち砕いた英雄の一人であった。

 この二度の局地戦は、某大国が地理的な近さと圧倒的な軍事力を背景に、流求諸島全域の占領を狙ったものであったが、当時の尚武大佐は、流求本島に駐留する超大国の同盟軍と共に果敢に立ち向かったのだった。

 大佐は卓越した飛行技術と的確な判断力で、神出鬼没と評価された戦術を駆使し、同盟軍や友軍飛行部隊を率いて次々と敵艦隊を撃沈させた結果、最終的に流求本島とその周辺諸島の占領を阻止することに成功したという戦いであった。

 しかしながら2072年の戦いで、今まで何度か危機が有ったものの、ギリギリで凌いできた大鋺島の併合と、大鋺島と地理的に近いことから崎縞諸島一帯が占領されてしまい、南西海域における我が国の勢力は大きく後退してしまったのだ。


 当然、国連を通じて猛抗議を行ったが、某大国は拒否権を保有していることから、馬耳東風で聞く耳を持たず。

 いつもの通り、数百年前の歴史を持ち出し、

 「かつて、我が大国に朝貢し属していた王朝の範囲なのだから、我が領土なのだ」

という理論で押し切り続けていたのだった。

 しかしながら、同盟国である超大国の協力によって、崎縞諸島に対する大陸国家の大軍駐屯だけは何とか阻止されており、以後膠着状態に有る。


 真紗人は、流求の戦い最終盤で、狙い撃ちにされて亡くなった大佐の忘れ形見三兄弟の三男である。

 兄2人は、父の遺言により軍人にはならず、民間人となっていたが、当時母のお腹にいて、生まれる前だった末っ子の将来について、遺言での言及が無かったことから、父と同じ軍人を目指してこの学校に入学していたのだ。

 軍事戦々課程において、高校入学時にトップ合格であったことから学費免除となっている。


 容姿端麗で見た目も良い上、学業だけでなく一人の戦士としても優秀であることから、国防軍を背負って立つ逸材と言われているものの、彼自身が選択したのは、エリート軍人を目指す

 『軍事戦々科戦略戦術コースA・B・C・D課程』

ではなく、傭兵養成A課程であったことは周囲に驚かれた。

 彼はその理由を全く語らなかったが、憧れの父が常に最前線に立ち続ける国防軍人であったことから、自身もそういう存在を目指しているからだろうと思われていたのだ。



 「さて、僕達も行こうか? きっとBの連中はあの大きなガタイでトレーニングルームを我が物顔に占有しているだろうから、先ずは訓練場に出ることにしよう」

 リーダー格の尚武の言葉に頷きながら立ち上がる4人。

 「着替えたら、寮の出口で合流な」

 仲間の指示に手を上げた真紗人。

 Aコースは真紗人が全て指示するのではなく、それぞれが意思を持って行動することを心掛けている。

 『一騎当千』

 彼等傭兵養成コースA課程の5人が掲げる理想の言葉であり、だからこそ幼楓達にとって、高校卒業時までの最大の良きライバルとなる生徒達であった。


 

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