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第14話(潜入)

幼楓と石音が北の大地で訓練中、部内の裏切り者を探し出す調査依頼を出していた潮音。

その仕事は旧知の人物が引き受け、国防軍内に潜入。

見事に割り出すのであった。

そして遂に、潮音達3人は極秘作戦で敵地に潜入。

破壊工作を開始する。


 デュオ・ローガム。

 名前からすると、生粋の外国人を想像するし、確かにオーストラリア人であるが、実はこの国の血を引く人物である。


 特別な力を持つ、世界で希少な人物の一人で、その能力は妖術。

 その為、神出鬼没で本物のデュオと面会出来るのは困難だと言われている。

 瞬時にどんな人物にでも化けることが出来るからだ。

 今回、愛する秋月潮音を裏切った軍人を探す調査依頼が璃月財閥から彼に持ち掛けられた時、それを受けたというよりは、強引に仕事を奪って、国防軍への潜入を実行していたのだ。

 これはちょうど、潮音が北の大地に向かった翌日のことであり、その不在を上手く利用したものであった。



 デュオは、依頼主である潮音から、莉玖→璃月財閥を経て提供を受けた各種情報に基づき、最初、秋月潮音自身に化けて国防軍の特別部隊本部司令室に姿を現していた。

 「秋月司令官。 昨日出発されましたよね? 1週間ほど北の大地に滞在して、2人に訓練を課す予定だったのでは?」

 普段、留守を守る知久四大佐が、突然現れた潮音デュオに怪訝そうな表情で話し掛ける。

 「ちょっと忘れ物が有って、それで急遽取りに来たのよ」

 適当にその場を取り繕う潮音デュオ

 大佐は司令官が軍務だけではなく、色々な立場が有ることを知っているので、その答えにイチイチ疑問を抱くような無駄な考えは持ち合わせていない。

 潮音に化けたデュオの説明に、それ以上の深い質問を続けることは無く、直ぐ自分の仕事に戻るのだった。

 その反応を見て、

 『事前の情報通りだった』

と一安心したデュオ。

 ひとまず、国防軍内を自由に動き回る為に、潮音のIDカードを入手してから、早速依頼内容の仕事に取り掛かったのであった。


 先ずは今回の目的の為に必要なことを、一応確認してみる。

 「ところで、例の調査は進んでいるの?」

 「いえ。 なにぶん憲兵のような仕事は慣れないものですから」

 知久四大佐に情報漏洩の調査状況を確認するも、捗々しくないという答えは予想通りと言えた。



 その後、潮音のデスクに座り、据え置きの端末から特別部隊技術部門が管理する極秘データベースへのアクセス状況を解析するソフトをさり気なくインストール。

 暫くそのまま待って、4人の高校生に関する情報へのアクセス者一覧を入手する。

 潮音に教えて貰った通り、司令官のやっていることを、側に来て確認するような部下は誰も居なかったので、スムーズに情報を得ることが出来た。

 それを司令官の端末に記録されている所属軍人のID情報と照合。

 その結果、大半が特別部隊技術部門の士官であったが、そうでない士官のアクセスも散見される。

 『なるほど。 この情報は特別部隊に所属する士官以上で無いとアクセス出来ないのだな』

 直ぐにそう理解出来る解析結果であった。



 この情報により、部内の犯人を数名に絞り込んだことから、今度は名豊少将に化けて、彼が持つ資料を確認することにする。

 「それじゃあ大佐。 私は北の大地に再度向かうから、留守をお願いね」

 「任務の成功、祈っております」

 その言葉には返事をせず、敬礼で済ませたデュオ。

 『任務』がよくわからないことである以上、余計な話をすれば、ボロが出るからだ。

 潮音デュオは、特別部隊の司令部をあとにすると、そのまま統合作戦本部へと向かう。

 潮音は作戦本部の参事官でも有るので、その立場を利用して、堂々と潜入する。

 幸いにも、相手方の名豊少将も参事官兼務の地位にあり、普段は統合作戦本部庁舎内で勤務していると聞いていたので、既にこの日の在室を確認済みであった。



 『あとは隙を見て名豊に近付き、妖術で眠らせ、監視カメラの映像をダミーに切り替えよう』

 デュオは潮音の参事官室に入ると、早速準備を始める。

 一定時間経過後、自動的に消去されてアシが付かない、特別な諜報員用のソフトを幾つか、潮音の端末を通じて統合作戦本部のホストコンピューターやサーバーにインストールして事前準備を終えた後、行動を開始。

 廊下を歩く潮音デュオの姿を見て、通りすがりに敬礼してきた士官へ返礼すると、名豊参事官の部屋の前で一瞬のうちに、その士官に変身。

 そして、扉を開けた瞬間、妖術で在室者を全員眠らせる。

 そのまま少将のデスクに行き、

 『オッサンの手を触るのか〜。 ちょっとイヤだなあ』

と、自身もいい歳の老人にもかかわらず、棚に上げたようなことを考えつつ、名豊少将の端末のロックを、少将の五本の指を掴んで、指紋認証を使って解除。

 あとは持参した超小型のデータ収集装置を接続して、端末内の情報をコピーする。

 更には、少将の個人用携帯端末も同様にして、情報をコピー。

 ついでに、少将のデスク内や部屋の鍵付き引き出し等で保管されている資料も、全て高精細カメラで手際よく撮影。


 15分ほどで作業を終えると部屋を出て、ドアを閉めた瞬間に妖術を解く。

 その時、記憶も軽く操作し、少将の在室者が全員寝ていたことを完全に忘れさせると、最後は潮音の姿に戻ってから作戦本部をあとにし、国防軍への潜入・諜報活動を終えたのであった。




 収集した資料は、自身の所有する高度な解析システムを使って、全容を暴く。

 デュオ自身、かつては自国の大企業を率いる経営者であったが、人類社会ではその容姿や活動状況が、整合性の得られない高齢(90歳前後)となった為、全てを璃月財閥に売却して実業家としては引退しており、その後は悠々自適に、潮音の活動の手伝いなどをしながら過ごしている。


 「とりあえず、解析は新型AIに任せよう」

 そんなことを呟きながら、この国の首都にある別邸の一室で、一定の目的を果たしたことから、ゆっくり過ごすことにする。

 暫く休んでから、名豊少将のデスクに収められていた資料を読み始め、先ずは事案の全容把握に努める。

 すると、極秘の作戦計画書が有ることに気付いたのであった。

 『酷い作戦だなあ~。 石我輝島に建設中の敵の巨大地下要塞を破壊する目的の為に、作戦に参加する特殊部隊の精鋭や島に潜入済みの工作員を全員見殺しにするとようなモノを立案しているとはね......』

 そんなことを呟きながら、続いて承認済みの作戦案を見ると、そこに特別部隊の若い4人の特務尉官の名前が参加者リストに記載されていたのだった。

 『この4人は潮音が訓練中の特別な能力を持つ高校生達。 だから情報漏れの原因を探る依頼が来たのだな』

 ようやく、理由がわかったので、名豊少将の端末からコピーした膨大な情報の調査を確認し続ける。


 非常に多くの人物とやり取りが有るので、4人の能力が作戦に投入出来る一定レベルにあるという情報を誰が漏らしたのか、なかなか容易には割り出せなかったのだ。

 『いやあ〜、流石に右派の有力将校だ』

 デュオが思わず感心してしまう程の種々のやり取りの数々。

 デュオも実業家として全盛期の頃には、非常に多くの顧客や関係者との交流があったが、それでも名豊少将ほどでは無かった。


 新型人工知能のサポートを受けながら、情報を整理するデュオ。

 結局、この日決定的なモノを見つけることは出来ずに、作業を中断したのであった。



 その後、国防軍に潜入した翌々日になって、ようやく決定的なやり取りを発見したのであった。

 それは個人用携帯端末の雑談のフォルダーの中に有り、名豊少将にとっては全く大切な相手では無い、若手士官とのメールに書かれていたのだ。


 『少将閣下付きの大邑少佐から紹介を受けました。 よろしくお願い申し上げます』

 『少佐から話は聞いたよ』

 『小官は現在上官に恵まれておりません。 出世街道から外れてしまった秋月少将の配下など、意にそぐわない人事でして......』

 『それで、私に鞍替えしたいというのだな? 君が持っている特別部隊の極秘情報が有意義なものであれば、私の元に来れるよう、人事に口添えさせて貰おう』

 『ありがとうございます』

 名豊側に残っていたメールのやり取りは、ここまでで、メールの差出人はプライベート用と思われるアドレスしか残っておらず、潮音が保管している部下のアドレスと一致するものは無かったのだ。

 ただ、そのアドレスには、当該人物のイニシャルのような英文字が使われていたので、漠然とその名前は浮かび上がってきた。


 更にその後、その人物が送ったであろう、4人の特別な能力に関する数値データは、名豊少将の作戦立案計画時の資料に添付されていたことから、盗まれた4人のデータの数値の時系列とアクセス者のアクセス日時を精査の結果、特定に至る。

 4人のデータは毎日自動更新されており、名豊側に渡った最終データを見れば、いつ盗み出されたものか日付の割り出しは容易であったのだ。

 『そっか〜。 コイツだな? 潮音を裏切った不届き者は』

 デュオは早速、改めて特別部隊の本部司令室への潜入を計画し始める。

 当該人物は特定出来たものの、決定的な証拠をまだ得ていないからだ。


 『潮音を裏切った者は、例えどんな立場の物であろうが容赦はしない』

 それがデュオの信条である。

 潮音の卓上端末から拝借したデータより、その若手士官の経歴を確認してから、

 『士官学校の成績がまあまあ良かったというだけで、自分はエリートだと勘違いしているタイプのようだな。 一度痛い目に遭わせる為、ここは潜入ではなく妖術を掛けてしまおう』

 最後は、そう決断したのであった。



 その日の夕刻。

 首都某所にある、特別部隊本部司令室が入居する建物から、仕事を終えて帰宅しようと出て来た若手士官を待ち伏せしていたデュオ。

 その男がデュオの前を通り過ぎた瞬間、妖術を掛ける。

 歩みが止まり、踵を返して職場へと戻って行く男。

 約10分後。

 妖術で操られたことにより、裏切りの資料や名豊少将側とのやり取りが残っている個人用端末等を揃えて、デュオに手渡す。

 その男は操られたまま自宅に戻ると、そのまま長い眠りに就いてしまい、以後無断欠勤状態となっていた。


 そして、これらの証拠資料はデュオが整理した後、原本は保管し、その写しを璃月財閥当主璃月莉音と依頼主の秋月潮音の職場(特別部隊本部司令室)宛てに送付して、彼の仕事は終了し、何処かへ姿を消したのであった。

 

 

 

 「幼楓、石音。 今日はこのまま首都で宿泊し、明日は特別部隊本部司令室に行ってから、統合作戦本部の皇江作戦部長に申告。 その後、都京島に移動して、夜になったら石我輝に渡るからね」

 移動中の航空機内で2人に予定を説明する潮音。

 いよいよ、明日の夜には敵地に渡るのだと思うと、緊張が走ってしまう。

 それはまだ高校生である以上、致し方ないのであった。

 「まあ、気楽にね2人共。 私が居るのだから」

 潮音は自信満々の笑顔であるが、その実力を知らない2人から見ると、逆に自信が失くなる。

 普段の潮音は、どちらかと言えば、ドジな女性に見えるからだ。

 その為、苦笑いで誤魔化す幼楓と石音。

 首都中央空港に到着後は、潮音の職場に近いホテルに投錨し、翌日の作戦遂行に備えるのだった。




 2090年8月7日。

 この日が潮音の極秘作戦の実施日であった。

 先ずは、朝から特別部隊本部司令室に顔を出した3人。

 部屋に入ると、幼楓と石音は直ぐに藍星中佐に手招きされる。

 「作戦用の戦闘スーツが出来たから、早速着てみてくれないかな」

 その申し出に頷くと、直ぐに別室へ。

 2人が技術部門の担当者達の手伝いを受けて着替えている最中、潮音は自身のデスクに置かれているデュオから送付された小包みを開封していた。

 その中身を一瞥していると、数日間無断欠勤していた若手士官が丁度出勤して来たのだ。

 「大尉。 なんで無断欠勤していたのだ」

 知久四大佐が、その姿に気付いて呼び止め、注意をし始める。

 「体調が優れなくて......気付いたら4日も経っていたのです。 申し訳ありません」

 項垂れるながら答える大尉。


 そこで潮音が近づき、大佐にデュオからの資料を手渡す。

 その資料を見て、非常に驚いた表情へと変わった大佐。

 「司令官。 いつの間に、こんな調査を」

 「大佐。 7日前、北の大地に向かった筈の私と、この司令室で会ったでしょ?」

 説明しながら、潮音は笑い出す。

 「ええ、確かに。 その前日の夜に出発された筈なので、おかしいと思ったのですが、間違いなく司令官でしたし、色々秘密の多い方ですから......」

 「あれは私では無いのだけど、あの人が調査してくれたのよ。 そして情報漏洩の犯人が貴方だったなんてね」

 潮音は立ち尽くしている大尉を睨みつける。

 そう。

 その人物は、つい数日前まで潮音の副官だった在間大尉であったのだ。


 「自身の立身出世の為、4人の高校生を右派の代表格の軍人に売るなんてね。 国民の命を守る役割でしょ?私達は」

 その指摘に押し黙ってしまう大尉。

 「確かに、あの子達も軍人扱いよ。 ただ、石我輝の敵秘密要塞を破壊するという低次元の作戦で、命を散らしてしまうのは、あまりにも理不尽。 大尉や名豊少将等、右派の宣伝や功績の為に生み出された特別な能力では無いの」

 「......」

 何も反論出来ない在間大尉。

 ちょうどその時、幼楓と石音が別室から出て来たのだ。

 「イイところに現れたわね。 楓、石音。 この若い大尉が、4人を激安セールで名豊少将等に売り渡した人物よ。 何か言いたいことがあれば、今のうちに言っておきなさい」

 事態を知った藍星中佐が、在間大尉の所持品を一時的に全て没収する。

 これから実施される潮音の秘匿作戦が、名豊少将等に漏れるのを防ぐ為だ。

 「僕達は国防軍から見たら、ただの人間兵器なのかもしれません。 でも、時代は異なるとは言え、僕達にも家族や親しい人が居たのです。 そして現在も大事な仲間が居ます。 どうせ死ぬのなら、そうした人達の危機の時にして欲しいと願っています」

 幼楓の言葉に、完全に言葉を失った大尉。

 あまりにも自身の浅ましい心根に、恥ずかしさすら覚えたからだ。


 「出世コースから外れた少将か......今の若手はそんな認識なんだな。 我らが司令官に対して」

 大佐はデュオが不法手段で入手した資料を確認し、その中に有った在間大尉のメールや発言をみて、残念そうに話し掛ける。

 「若手でも、私は違いますよ。 流求の戦いの時に2ヶ月以上続いた激しい大陸軍の攻勢。 当時の秋月少佐が他戦線に転戦出来ないように、流求本島は断続的に弾道ミサイルや艦艇・戦闘機からのミサイル、爆撃機からの爆弾投下等、雨霰の攻撃を受け続けながらも、被害が無かったのは、秋月司令官が不眠不休24時間態勢でエネルギーシールドを張り続けてくれたお蔭です。 『碧海の女神』秋月潮音少佐。 小官も当時は高校3年でしたが、女神の元で働きたいと志したのが、国防軍の軍人になることを決めた動機でしたから」

 藍星中佐がそんな説明をすると、

 「中佐はもう若手とは言えない年齢だろ? アラフォーの36歳なのだから」

 知久四大佐の言葉に笑いが起きる。

 「九州島出身者は、司令官に感謝している人が多いですからね。 あの戦いで時々大陸軍の弾道ミサイルや爆撃機が現れて、陽動攻撃を受けましたから」

 いつの間にかに、久萬邊中佐も会話に加わっていた。


 「国防軍では、確かに出世コースから離れた将官だろうね。 でも、この国としては、絶対に手放すことの出来ない人物なのだぞ、少将は」

 表向きの地位とは異なる役割を課せられていると仄めかす大佐。

 「みんな〜。 そんなに褒めないでよ~。 何も出ないよ」

 潮音はワザと巫山戯た言葉を発して、恥ずかしさを誤魔化そうとする。


 「そういう訳で、大尉。 今から明日の夜まで貴官の行動制限を命令する。 この司令部で軟禁させて貰うよ」

 知久四大佐が告げる。

 「責任は私が背負うから。 これから統合作戦本部に向かうので、幹部の耳には入れておくね。 在間大尉の軟禁措置のことを」

 潮音が特別部隊の部下達に、処置の追認をすると、

 「御武運を」

 副司令が最敬礼で大声を出す。

 すると、司令室内に居る全員が起立して、敬礼をする。

 「御武運を」

 

 その姿に感動してしまう幼楓と石音。

 「みんなも今日から不眠不休になるけど、サポート宜しく」

 敬礼をして返礼しながら、潮音は作戦遂行への協力に感謝の言葉を述べる。

 そして3人は、司令室をあとにしたのであった。




 「いよいよか......」

 作戦部長の皇江少将が人払いをした後、3人を見渡しながら、ひとことだけ発する。

 潮音は、元副官の在間大尉を軟禁したことを説明し、理解を求める。

 「作戦の成功の為には当然の措置だ。 そういう人物は上官を裏切るだけではなく、自分自身の為に敵へ内通する虞もあるのだから」

 そう答えると、

 「秋月少将が求めていた、現地の工作員や諜報員も出来る限り撤収させてある。 島に残っているのは、残留を希望する者達だけだ」

 「ありがとうございます。 時間が無い中、本当に感謝しています」

 そして作戦部長は、天気予報チャンネルを点ける。

 「小型で猛烈な勢力の台風12号は、今夜遅くには崎縞諸島を暴風圏に巻き込みながら、北東方向へと進むでしょう。 中心気圧は910ヘクトパスカル。 中心付近の最大風速は60メートル......」

 その解説を聞くと、

 「実行時間は?」

 「台風の位置にも依りますが、午後11時半頃になるでしょう。 台風を完全にコントロールするのは、かなり難しいので」

 「わかった。 出発地の都京島みやこは崎縞諸島で唯一我が国の施政権が及んでいる島だ。 少将が第二次流求戦役の最終盤で、敵に奇襲を仕掛けて取り返してくれた場所だから、今回も幸運をもたらせてくれるだろう」

 皇江少将はそう言いながら、手を差し出した。

 先ず潮音が握手すると、次は幼楓に。

 幼楓もその手を握り握手すると、最後は石音に。

 3人と握手を終えると深々と頭を下げる。

 潮音はその姿に手を振って作戦部長室をあとにする。

 幼楓と石音は深々と頭を下げてから、潮音に続く。

 ドアが閉まると、作戦部長はずっと天気予報チャンネルの画面を見詰め続けていた。

 成功を祈っての、感慨深い表情をしたまま......




 3人は、首都中央空港に真っ直ぐ向かうと、直ぐに都京島行きの民間機に。

 既に台風接近の為、この便以降は運休となっていた。

 「ガラガラだね」

 「観光客が1人も居ないから。 急いで戻る必要がある住民ぐらいだよ、利用者は」

 そんな会話をしながら、飛び立つと無言に。

 やがて潮音は爆睡し始める。

 『潮音ちゃん、緊張って無いのかな?』

 今まで、そういう姿は見たことが無い。

 『こういう姿をあえて見せているのだろうな。 僕達を安心させる為に』

 2人はそんなことを考えていたのだった。


 結局、着陸直前まで寝ていた潮音。

 対照的に2人は落ち着きが無かった。

 「一睡もしなかったの?」

 潮音は目を擦りながら、2人の様子を見て確認。

 「緊張で寝れる訳無いですよ」

 「そりゃそうね。 2人は若いから、徹夜でも大丈夫か〜」

 そんな感想を呟きながら、予約していたリゾートホテルへ。

 到着した時点で夕方になっており、チェックイン後は早目に夕食を摂ることに。

 そして、あとは時間までジーッと待つ。

 流石の潮音も、冗談を言わなくなり、静かに時間が過ぎて行くが、その流れは普段よりもだいぶ緩やかだ。

 『やっぱり、こういう時って、なかなか時間にならないものだなあ~』


 潮音の方に目をやると、眼鏡を掛けて携行用の端末を使い、ずっと仕事をしているようだ。

 今回、1週間潮音と同行してきて、色々な秘密を抱えている謎の人物であることがよくわかった。

 よく考えれば、特別な4人の成長を管理しているのだから、当然であったが、益々謎が深まったという感じだ。

 そんな姿を眺めながら、時間になるのを待つ幼楓と石音。

 『ところで、いったいどうやって、暴風雨の中100キロ離れた敵の占領地に移動するのだろう。 特別なヘリとかなのかなあ......』

 2人は一向に動く気配の無い潮音を見ながら、同じことを考えていた。


 午後11時過ぎ。

 ようやく潮音は小型端末を片付けると、準備を始める。

 いきなり着替え始めたので、慌てて目を逸らす幼楓。

 「若い男の子なのだから、美女の着替えをみたいのは当然。 無理に我慢は良くないわよ」

 いつもの潮音節が始まる。

 すると水着姿だったのだ。

 『いつの間に......』

 ようやく目を逸らすのを止めたが、思わず見惚れてしまう。

 「私は胸が小さいから」

 そんなことを言いながら、2人と似た軍用のスーツに身を包む。

 動きやすさと体の防護を両立した特別な金属とガラス繊維で織られた特注品なのだ。


 「準備はOK?」

 その確認に、

 「先生、どうやって潜入するのですか?」

 思わず質問してしまう。

 「じゃあ、先ずは2人共、私と手を繋いで」

 その言葉に従うと、

 「さあ、嵐の石我輝へ出発〜」

 合図と共に、眩い光に包まれた3人。

 気付いた時には、謎の山中に立っていたのであった。



 「ここは?」

 「石我輝の面兎岳の麓ね」

 「うそ......」

 「うそじゃないわよ。 瞬間移動後の私は暫く能力が大きく低下しちゃっているから、あとは2人に任せた」

 潮音は説明を終えると、早速石音に破壊工作を始めるよう指示をする。

 幼楓には風を操り、石音が集中出来る様に、台風の暴風雨が及ばない3人の空間を作り出すよう指示。

 直ぐに幼楓は自分達の周囲に、強風の渦巻きを作り出し、安定したスペースを作り出すのであった。


 石音はしゃがみ込むと、両手を地面に当てて、集中力を高める。

 大地を通じて、やがて山中の建設中の要塞の雰囲気が伝わってくる。

 非常に巨大な要塞。

 面積は1キロ四方に及び、高さは30メートル程度。

 地下を掘り下げ、山中を刳り貫き、建設されている。

 既に8割方完成している感じであった。

 「潮音ちゃん、大き過ぎるよ。 それに沢山の人が居る」

 台風を避けようと、工事関係者と軍人の大陸人が多く滞在していたのだ。

 「イイ? 戦争とはそういうもの。 貴方達はこれから多くの人々を殺すことになる。 辛く感じようが4人の運命なのよ、それがね」

 覚悟するように告げながら、石音の頭に潮音は右手を当てて優しく撫でる。

 少しでも良心の呵責や感じる罪を軽くさせる為に。


 暫く迷う石音。

 しかし、やがて意を決して、山中の巨大要塞を支える数千本の支柱の破壊を始める。

 軋み始める要塞の支柱。

 潮音が石音のパワーを増幅させているので、数千本の支柱が一気に折れ出すと、バランスが崩れて、ドミノ倒しのように次々と柱と擁壁が倒れて行く。

 「シェルターに逃げろ〜」

 中に居た一万人以上の大陸人が慌てて各所に設置された避難シェルターに逃げ込むも、大半のものが逃げ込めず、次々と倒れた擁壁の下敷きとなってしまう。

 その悲鳴や断末魔の叫びが、大地を通じて石音に伝わる。

 「ごめんなさい、皆さん」

 石音は呟き、涙を流しながらも、攻撃を止めることはない。

 それは潮音から、18年前の戦いで殺されたり虐殺された、石我輝の人々の様子や声が伝わって来たからだ。

 『仲間達よ、同国の人々よ。 この悲劇を忘れず、必ず恨みを晴らして欲しい......』

 数千人の過去の人々の思いが、石音を支える力となっていたのだ。


 1時間以上経過すると、既に山中要塞は瓦礫の山と化していた。

 出入口の近くに居た数百人以外は全て生き埋めに。

 茫然自失の人々。

 しかし、まだ石音の攻撃が止むことは無い。

 人工物は全て壊され、自然に返すまでが彼女の役目であり、その能力の源であるのだから。

 死んだ人々も壊された鉄骨やコンクリート等の全てが、元の鉄鉱石や炭素へと変化して行く。

 やがて、その作業が全て終わり、石音はぐったりしてしまう。

 「お疲れ様、石音。 今はゆっくり休んで」

 潮音は優しく撫でながら、石音を労る。


 その時。

 「楓、油断しないで。 攻撃が来るわ」 

 潮音の言葉に、風を強化する幼楓。

 台風の暴風雨の中、敵の特殊偵察機が上空に現れたのだった......

 

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