第13話(自然の中での訓練)
北の大地における訓練は、自然を利用したものが殆どであった。
ただ、軍事訓練とは程遠い内容に、少し戸惑いも覚えてしまう。
そして、いよいよ、潜入破壊工作実施日が目前に迫るのであった......
「ピピピ、ピピピ、ピピピ」
目覚まし時計の音で、なんとか一度は起きた幼楓。
「午前4時半、むにゃむにゃ......」
ハッキリした言葉にならない様な呟きと共に、そのまま二度寝へと突入。
約30分後。
頭を軽く引っ叩かれて、ようやく目覚めたのであった。
「あ......先生、なんで僕の部屋に......」
まだ寝惚けたままの幼楓に、
「楓はそのままでイイわ。 どうせ上で作業服に着替えなきゃならないし」
潮音はそう告げると、そのままベッドから引き摺り出す。
腕を引っ張られ、ベッドから落ちた痛みで、ちゃんと目覚めた幼楓。
「ここは......あっ、すいません。 二度寝しました」
やっと状況を把握したのであった。
「時間通り起きるとは思っていなかったけど......。 ところで楓。 石音のところへ着く頃には、ちゃんとおさまりをつけておきなさいよ」
潮音の視線が自身の下半身に向いていることに気付き、真っ赤になってしまう。
「とにかく、もう農作業開始だから」
そう言われてしまい、パジャマ姿のまま直ぐに農場へと向かうことになるのだった。
「すいません、寝坊しました」
母屋に到着すると直ぐに謝る幼楓。
「はい、これに着替えて」
石音から手渡された作業衣。
急ぎトイレで着替えようとするも、
「3人しか居ないのだから、ここで着替えなさい。 今更恥ずかしがるようなものでも無いでしょ?」
潮音に寝坊を咎められてしまい、渋々その場で着替え始める幼楓。
石音は、あえて何も言わず、直ぐ外へ出ることで、お互い年頃の高校生である気恥ずかしさを誤魔化してあげたのであった。
その後は、莉玖の指導で農作業の手伝いに従事する幼楓と石音。
今日の出荷予定分の野菜の収穫に従事する。
「いやあ、暑いですね~ まだ早朝なのに......」
幼楓のイメージでは、北の大地と言えば、夏でも朝は涼しいものだと思っていたのだが、半世紀以上の時の流れは、気候も変えていたのだった。
「この農場で夏に栽培している野菜だけど、以前だったら本州島で栽培していたものも、こっちで普通に育つようになってしまったからね」
莉玖は疑問に答えながら、自動化された農作業機械の動きを手元の端末でチェックしつつ、収穫作業を続ける。
「しかし、めちゃくちゃ広い農場ですよね」
「先代が偶然手にした大金を元手に、周辺の農地を買収し続けた結果だよ。 少子高齢化で農業は後継者が居なくて、耕作放棄地が増える一方だから」
そうは言っても、異常な広さだ。
見渡す範囲、全てが高槁農場。
そして、その地下に有る璃月財閥の重要施設。
『莉玖さんが、財閥と何らかの繋がりが有るのは確実だろうな~』
幼楓はそんなことを考えながら、指示される通りに作業を続けるのだった。
「ねえ、潮音ちゃん。 日焼けが気になるんだけど」
年頃の女子高生として、石音が言うことは尤もである。
「じゃあ、これを着けなさい」
手渡されたのは大きなマスクや麦わら帽子、サングラス等であった。
「最新の日焼け止めクリームとかは無いの?」
「ゴメンね〜。 私、日焼けの影響って何も無いから持っていないんだ」
潮音の言葉にガクッとなる石音。
「仕方ないか〜」
ボヤきながら、真夏の照り付ける日差しを少しでも防ぐ為、濡れタオルを首に巻いてから、最後に大きな麦わら帽を深く被って完全防備となる。
その姿は何処から見ても、農家の人であった。
「しかし、本当に暑いね〜。 なのにこんな厚着姿、おかしいでしょ」
石音にしては、珍しくブツブツ文句を言いながらも、作業を続ける。
女性陣の作業は、収穫された農作物を自動的に箱詰めする機械の監視と、不具合発生時の対処が主であったが、移動式の自動箱詰め機を使っているので、炎天下での作業なのだ。
「箱詰めって、屋根のある倉庫でやるものじゃない? 普通」
「石音。 倉庫だったら蒸し暑さの極致で地獄よ。 外の方が風があるからね」
箱詰め機械は、莉玖と幼楓が操作する自動収穫機によって綺麗に土中から掘り出された作物を、その場で手際良く傷付けないように拾い上げ、大きさと重さを判別して、サイズ毎に箱詰めしてくれる優れものだ。
「もっと重労働かと思っていたけど、時代が流れて、農業も物凄く自動化が進んだんだね~」
社会常識に関しては、仮死状態前の記憶が残っている4人。
よって、石音の記憶にある昔(2020年前後)の農業のイメージとは全然異なる、2090年の農作業の感想を述べる。
「少子高齢化が進み過ぎて、背に腹は代えられなくなった結果、省力化が一気に進んだ新しい機械が考案されたっていうことよ。 人間、切羽詰まった時に新しいものが産み出されるのは世の常だよね〜」
潮音は、それらしい立派な言い方をしたものの、実は石音が指摘したような昔の農業を殆ど知らない。
莉玖が高槁家の養子に入り、農業に従事するようになって25年以上経つが、自動化された農機具の大きな進化は、その前の年代にあったからだ。
朝5時過ぎから作業を始めて4時間程経った時点で、この日の午前中の出荷予定分の収穫作業が終わり、4人は一息ついていた。
「訓練って、ずっと農作業をしていれば良いのですか?」
幼楓の質問に、笑みを浮かべた潮音。
「そんな訳ないじゃない? 2人共、自動収穫機の動きを見ていたわよね」
「はい。 ずっと見ていました」
「じゃあ、これからは2人の能力を上手く使って収穫をするの。 作物を土の中から綺麗に取り出すのは、石音の能力で、取り出された作物の泥を取るのは、楓の能力で、それぞれやってごらん」
潮音は簡単に指示したが、言われてもいきなり出来るものでは無い。
2人がどうしようか困った顔をしていたので、莉玖が、
「ひとまず、目の前の畑から数個のジャガイモを掘り出してみたら?」
と具体的な提案をする。
「とりあえず、やってみます」
石音が答えると、目の前の土の上に右手を置き、集中してみる。
すると、いくつかのジャガイモが土の中から見事に飛び出してきたのだった。
「次は、楓の番よ」
潮音は拍手をしながら、幼楓に小さな竜巻を起こすように促す。
集中して目の前に小さな風の渦を作り出すと、地面の上へと飛び出したジャガイモに、その渦を浴びせてみる。
数秒間、強風を当ててから、風を消去すると、泥だらけだったジャガイモが、だいぶ綺麗になっていたのだ。
「そんな感じね。 こういう作業をずっと続けるのが今回の最初の訓練。 大自然の中で、その力の源を感じながら、徐々に徐々に1回で作業する範囲を広げていくのよ」
潮音の指導は、結構大雑把である。
「言うは易し、行うは難し」という言葉があるが、まさにそれを地で行くからだ。
「午後の収穫予定は、目の前のジャガイモだよ。 思う存分、掘り出して良いからね」
莉玖は2人に告げると、農機具を他の畑に移動させ始めてしまう。
「ちょっと待って下さい。 作物を丁寧に掘り出すのは、すごく繊細な感覚が必要で......」
石音がそこまで言い掛けたところで、訓練の目的に気付かされたのであった。
「その感覚を身に着けて欲しいの。 楓も収穫したジャガイモを壊さない強さの風をコントロールする。 しかも泥は除ける形でね」
その後、幼楓と石音は2人で広大なジャガイモ畑で長時間格闘し続ける。
最初は数個ずつしか一度に掘り出せなかったが、やがて数十個、そして百個単位になってゆく。
幼楓も風の力を細かくコントロールして、最初は泥除けだけだったが、やがて自動箱詰め機械の大きな受け皿に、風の力で直接ジャガイモを送り込めるようになっていた。
たった数時間だが、大きな進歩をみせた2人。
大自然の中で実践を繰り返すことが、大地を操る能力の石音と風の力を操る幼楓の能力という、地球の自然エネルギーに由来する力を飛躍的に伸ばすには、最も良い環境であったのだ。
「じゃあ、偶には私の力も見せてあげるか。 いつも口で厳しいことばかり言っているけど、一度もみせたことは無かったものね~。 もっとも、能力のエネルギー源の由来が全く異なるから、2人の参考にはならないけどね」
「潮音ちゃんのエネルギーの源って?」
「それは、あれよ」
潮音が指差したのは、太陽であった。
「恒星のエネルギーが源ってこと?」
頷く潮音。
「私達のは?」
その質問には下を指差す。
「だから私には、石音や幼楓のようなことは出来ないのよ」
そう言いながらも、潮音が空に向けて手をかざすと、徐々に風が吹き始め、ずっと晴れ空だった上空に、やがて雲が湧き始める。
そして狭い範囲だが、農場内の一角で雨がしとしとと降り始めたのだった。
これは、農産物に水を撒く為の雨でもあるようだ。
「先生。 どういう原理で雲を?」
「地球上の雲は、熱の対流と水蒸気の蒸散で出来る訳だから、私が恒星からのエネルギー量を制御することで、雲を作り出すのよ。 冷たい空気と暖かい空気を作り出すってことかな?」
「そういえば、台風は?」
ふと、統合作戦本部での会話を思い出した幼楓。
「昨日の夜から時間を掛けて、作ってあるわよ。 私の能力だと、瞬時に作り出すことは出来ないからね」
その言葉を聞き、少し安心した幼楓と石音。
大嵐の中で無いと、破壊工作後の敵の追跡が厳しくなるだろうことは、予想されるからだ。
「じゃあ、今日僕達はジャガイモ掘り出し訓練を続ければ良いのですか?」
「今日中に、区間整理されたこの農地の一区画を、一度に掘り出し、商品として出荷出来るようキレイに仕上げなければダメよ」
「わかりました。 努力します」
2人が声を揃えて同じ答えを口にしたので、思わず可笑しくなって笑い出す幼楓と石音。
『ここでの訓練を通じて、絆が強くなってくれれば、奇襲は上手く行く』
潮音はそんなことを考えながら昼休憩の為、母屋へと歩き出すのであった。
午後は、2人の訓練の様子を莉玖が見詰めていた。
2人が訓練で掘り出したジャガイモを、冷蔵倉庫に仕舞う作業も同時並行で進めないと、畑はジャガイモだらけになってしまうからだ。
能力の制御が上達するにつれて、徐々に一度で掘り出される量が増えていく。
それを適宜な風圧で綺麗にする。
本来は土を付けたまま乾燥させ、その後冷暗所に仕舞うものだが、幼楓の作り出す風は湿度ゼロにして、乾燥作業も兼ねているので、手間が大きく軽減されるのだ。
更についでとして、掘り返されてボコボコになった農地を、風の力で整地する応用技も使い始めていた。
「いやあ〜、助かるよ。 自動化された収穫機械を使っても、ジャガイモの収穫は手間と時間が掛かるからね」
莉玖は彼らしいノンビリとした感想を述べながら、笑顔を見せる。
「莉玖さん。 この一帯の畑を全部収穫しても構わないのですか?」
その質問に頷く姿が見えたので、2人は遠慮なく訓練を加速させる。
午後3時頃には、潮音からの宿題であった、一区画を一度で掘り出す作業が出来ていたのであった。
「おお〜。 2人共、随分成長したなあ〜。 潮音が4人のうち、君達2人を選んだのも理解出来るよ」
莉玖の感嘆を聞き、
「焔村と鏡水の2人を選んでも良かったのでしょうか? 先生は今回の作戦では僕達2人の能力が適任だからと言っていましたが」
思わず鋭い質問をしてしまう。
「焔村君は潮音の言う通り、今回の奇襲破壊工作には不向きだろうね。 でも鏡水ちゃんは適任だと思うよな?」
「はい。 僕よりも適任だと思います。 離島での作戦ですから」
幼楓は、人選された時に最初抱いた疑問が、まだ解消出来ていなかったのだ。
「僕は、ここに来ていない2人の能力のレベルがどれぐらいなのか、そのことは全く知らないが、恐らくその2人よりも、君達2人の方が二段階以上、現状のレベルが高いのだと思うよ」
「石音はともかく、僕は目覚めて1か月も経っていませんが......」
「幼楓君は、他の3人よりも3ヶ月程度、目覚めが遅かったのだよね? でも、それはきっと君の能力のレベルアップが早いことから事前に決められていたんだと僕は思うんだ。 あくまでも個人的な見解だけど」
「わかりました。 少し疑問が晴れました」
「さっき潮音が少し説明したけど、潮音の能力は裏工作向きでは無い。 能力使用時のエネルギー量が大きいので、敵に探知されやすいからね。 だから、1週間後の極秘作戦、君達2人が積極的に動くことで潮音を護ってやってくれ。 潮音にあまり能力を使わせると、敵の包囲を受けることになってしまうだろうから」
その言葉を語った時、莉玖は少し心配そうな表情を見せるのだった。
「幼気な若者達に、余計な気苦労を掛けさせちゃダメよ」
気付くと、潮音が莉玖の背後にやって来ていたのだった。
「いや、そうは言っても......」
「大丈夫。 3人ぐらいならば、どんなことが有っても、防御は完璧に出来るから。 それは貴方だって知っているでしょ?」
潮音は莉玖の心配は無用だと言うのだ。
「2人共、訓練ご苦労様。 今日はこれで切り上げましょう」
その言葉で議論は打ち切り。
4人は大量のジャガイモと一緒に、母家へ向かうのであった。
その後、或る日は山籠りをして自然のエネルギーが満ちた環境の中で1日中過ごしてみたり、再び農場の収穫を手伝ったり、はたまた大深度地下における璃月財閥の極秘プロジェクトであるトンネル建設を手伝わされたりと、あっという間に6日間が過ぎ、残り1日。
その間、潮音は特別部隊の司令部に連絡を入れて、2人に装置されているリミッターを一段階下げるように指示しただけであった。
「僕達、明後日には敵国の占領地に居るのだよね? 能力が飛躍的に伸びた感覚は無いのに、大丈夫なのかな~」
幼楓は思わず愚痴を石音に漏らしてしまう。
「潮音ちゃんを信じるしかないよ。 でも......」
「でも?」
「潮音ちゃんって、明らかに諜報員や工作員向きじゃないよね? そういった面での実績も無いのが、唯一心配かな」
弱気な言葉を発することの少ない石音であるが、流石に心の緊張感は隠せなくなってきていたのだ。
「こっちに来てから、石音が時々本心を見せるのが、珍しいなと思っているんだ」
「......」
「でも、同時に嬉しくも有る」
「どうして?」
「焔村や鏡水って、本音を表に出すタイプじゃん。 それに対して石音って逆でしょ? だからさ」
幼楓がそんなことを話したので、少し恥ずかしくなって顔を赤らめる石音。
学校では、常にポーカーフェイスで、『氷の少女』なんて噂されていることを知っていたが、そのスタイルを崩すことは無い。
しかし、軍人として出動が決まってからは、少し感傷的な部分も周囲に見せるようになっており、本人もそのことを自覚していた。
そんな変化が、今後の石音にとって、プラスになるのか、それともマイナスになるのか、それは全く予想が付かないものであった。
訓練最終日。
潮音は、璃月財閥の地下施設に2人を連れてきていた。
「今日は、石我輝に建設中の敵の大要塞を模したものを短時間で破壊する訓練をするね」
潮音はそう説明すると、自身の能力で地下の空間内にそれらしい建築物を作り出してみせた。
「これは、瓦礫で作ったハリボテの偽要塞だから、遠慮なく破壊してね。 周囲は私がエネルギーシールドを張るから、この地下空間が石音の能力で破壊されることは無いから安心して」
2人に説明すると、早速石音が偽要塞の破壊を始める。
集中して、両手を地面につけて暫くすると、潮音が作ったばかりの建築物が徐々に振動を始める。
柱や壁に亀裂が入り始めると、振動が大きくなる。
やがて、轟音を立てながら、建築物は崩壊を開始。
1分後には半壊状態に。
3分後には、バラバラの瓦礫に戻ってしまうのだった。
流石に肩で息をする石音。
集中力を持続させることでの疲労は、かなりのものがあるようだった。
「まあ、こんなものかな~。 実際のものはこの数十倍規模でしょうけど、中に入り込んで壊す予定ではないから十分ね」
潮音は、現状の石音の能力レベルを独り言を呟きながら判断すると、
「石音。 今日の訓練はこれでオシマイだから。 暫くそこでゆっくりしてて」
その言葉を聞いて、座り込む石音。
肉体の疲れではなく、精神的な疲労を強く感じていたのであった。
「楓は、台風をコントロールする訓練をするよ。 私が作り出すエネルギー流に対して、風を操ることで意のままに動かすの」
すると潮音は、地下空間に膨大なエネルギー流を発生させる。
無風の筈の地下なのに、非常に強い風圧の様なものを感じるという不思議な体験。
それに対して、幼楓は右手を翳して強力な風の渦巻きを作り出す。
地下空間という風を作るのには全く向いていない場所であるにも関わらず、幼楓は無心に開始したことで、その能力により風を引き起こすことが出来たのだ。
『もしかしたら風自体作り出せないかもと思っていたけど......やっぱり楓のレベルが一番伸びているみたい』
潮音はその様子を見守りながら、そんなことを考えていた。
でも、その後は大苦戦。
潮音が作り出した恒星由来のパワー、核融合反応によるエネルギー流は、風エネルギーとの相性が良くない。
幼楓がエネルギー流を自身の力に従わせようと、風の渦巻きの中心をエネルギー流の中心に合わせようとしても、その度に弾かれてしまう。
でも、根気よく続けることで、徐々にコツを掴んできたようだ。
風の強弱を変化させながら、エネルギー流の中心部を探り続ける。
すると数十回目にようやく、一時的ではあったが、幼楓のコントロール下にエネルギー流が入ったのであった。
風の渦巻きの周囲を潮音が作り出したエネルギー流が巻き付く。
そして、右に左にと、幼楓が手を翳した方向に、巨大な渦巻き状のエネルギーが移動。
「おお~」
潮音と石音が思わず歓声をあげる。
その歓声で、幼楓の集中力が少し途切れたことから、再び分離。
コントロールを失ったエネルギー流は、地下空間内を激しく動き出すのであった。
「パチン」
潮音が指を鳴らすと、荒れ狂う暴風へと変化しつつあったエネルギー流は潮音の体内へと吸収されていく。
「楓もご苦労さま。 実際の台風は今のエネルギー流よりも御し易いから心配しないで」
潮音の評価と説明を聞き、一安心した幼楓。
「さて、最後は気分転換に風光明媚な場所に向かいますか」
その後3人は、地上に出て母屋に戻ると、莉玖も伴って、最高峰の活火山一帯にある展望台へと車両で向かう。
「絶景だね~」
北の大地は風光明媚な場所が多く、観光地としてこの時代も人気がある。
この時展望台には、そうした人々も訪れていた。
「ここで、自然の力を感じるのよ。 そうすれば、2人に神々の加護が有るかもね」
潮音はそんなことを言うと、幼楓と石音の頭に自身の片手を乗せる。
2人は潮音の表情を見上げると、いつになく真剣な様子だったので、何も言わず、その儀式じみた行動に精神を集中させる。
すると、何らかの力が注入されているような感覚が有ったのだった。
十数分間、潮音は手を乗せたままだったが、ようやく止めてからは、周囲の景色を見詰め続ける。
その美しい瞳は、何かをジーッと考えているようであった。
無言が続く4人。
明日には、この国の施政権が及ぶ最西端の都京島へと移動しなければならないのだ。
「敵にも僕達のような存在が居るのかな?」
ふとした幼楓の疑問。
それに対して、
「居るわよ」
と短く答えた潮音。
「国防軍はそのことを知った上で、特攻作戦を立案したの?」
続けての疑問には、
「知らない筈よ。 知っていてあんな作戦立てたら、大馬鹿者でしょ?」
と厳しい表情で答える。
「潮音ちゃんのような特別な存在は? チート的な感じの存在って言った方がイイのかな?」
「それも居る。 今、大陸の大国に協力しているのか、それはわからないけど」
その答えを聞いて、緊張の色が濃くなった、幼楓と石音。
「だから台風を作り出して、その襲来中に破壊工作をするってことなの。 そうしたスペシャルな人達に邪魔されたら、失敗に終わっちゃうからね」
そこでようやく笑顔を見せた潮音。
その姿を見て、2人は少し安心感を取り戻すのだった。
そんな3人の様子を眺めていた莉玖。
一般人の彼が、戦争や軍のことに関わることは基本的に無かったが、今回、潮音からある調査依頼を受けていた。
その回答が、潮音達3人のやり取りの最中に、暗号化メールで返信されて来たのだ。
自身の端末を見ながら、
『なるほど〜』
と小声で呟いた莉玖。
その時、ちょうど潮音が近付いて来て、
「今日でお別れだから、寂しいのでしょ?」
と誂うように話しかける。
「そりゃあ、寂しいさ。 暫く潮音にも逢えなくなるし、あの若い子達にも」
そう答えながら、端末の画面を見せる。
「奴か〜。 獅子身中の虫は。 この情報、間違いない?」
「財閥当主の莉音を通じて極秘に調べて貰ったんだよ。 わざわざデュオ自身がこの国にやって来て、国防軍の内部に変身して潜入し、関係者から直接見聞きした結果だってさ」
「じゃあ、間違いないね。 それにしてもデュオが調査してくれたの? 随分高い借りになりそうだけど......」
「彼はまだ特別な力を維持している、レヴの弟子の最後の生き残りだろ?」
莉玖の質問に頷く潮音。
異星人であるレヴが璃月潮音になったことで、潮音は超高度文明の遺産である特別な能力を使うことが出来るのだが、その遺産にアクセス出来る人物がこの地球上にごく僅かだが存在する。
デュオなる知己の人物は、そうした存在のうちの一人であるようだ。
「それでは出征前に、我が特別部隊の裏切り者を処断してから、都京島に向かうことにしよう〜」
潮音は莉玖にそう宣言すると、農場に帰って、首都に戻る準備を始めるのだった。
「莉玖さん。 短い間でしたがお世話になりました」
「またね~」
幼楓が丁寧な挨拶をしていたが、対照的に潮音は超軽い挨拶。
「成果を期待しているよ」
莉玖の返事に手を上げる3人。
そのまま荷物検査場へと姿が消えて行く。
『少し賑やかだった時も一旦終了か〜。 それでは次の受け容れ準備に取り掛かろうかな』
収穫期は、農場で短い合宿等を受け容れる場合が多々あるのだが、この年もお盆の時期に予定が入っていたのだ。
莉玖は呟きながら、空港をあとにして、一人農場ヘと帰って行く。
2052年の高3の初夏に突然の出逢いから始まって、この年で38年が過ぎていた。
現在、莉玖は潮音と別居状態になってしまっているが、それぞれが別々の道を歩む忙しい人生を送っている以上、仕方ない選択ではあったが。
後悔はしていないものの、少し寂しい初老の域に入った生活状況であることを、少し残念に思いながら、莉玖は帰宅への足を早めるのだった......
新しい登場人物については、別小説「悪戯と黄昏の時に」の第2章に書かれています。
本小説は、「悪戯と黄昏の時に」のスピンオフ版です。