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第12話(北の大地の夜)

潮音の提案した奇襲案が極秘承認されたことで、その準備の為、北の大地に移動した幼楓と石音。

そこは、潮音の秘密が多く眠る場所でもあった。

訪問先でいくつかの真実に触れる2人。

それは、今後多くの戦いに直面する2人に取って、知る必要のある真相でもあった......



 神坂幼楓と京頼石音は、秋月潮音の部下達による、出動準備の為の事前測定や簡単なテストを終えると、首都中央空港に移動していた。

 ここから、潮音の知己が住む場所に移動して、1週間に渡る訓練を受けるという。

 「潮音ちゃん。 訓練って何をするの?」

 「それは行ってみてのお楽しみよ」

 石音の疑問にニコニコしながら答えた潮音。

 『あらっ、潮音ちゃんが心の底から嬉しそうな笑顔を見せるなんて珍しい』

 そんな違和感を持つぐらい、ルンルンな雰囲気を振り播いていたのだった。



 北の大地の中央部にある地方空港に到着した3人。

 すると、出迎えが一人居たのであった。

 その姿を見つけると、

 「莉玖〜」

と言って、いきなり抱き合ってキスをする潮音。

 相手の男性は初老の背の高い人物であったので、幼楓と石音は驚く。

 『あれって、先生のお父さん?』

 『いや、恋人かなあ〜。 普通お父さんとキスしないでしょ?』

 コソコソ話す幼楓と石音。

 確かにイケオジだが、見た目の年齢は五十代。

 潮音は二十代前半にしか見えないので、周囲を通り過ぎる人々も、ちょっと怪訝そうな顔を見せながら通り過ぎて行く。

 『もしかして、パパ活?』

 『そうかも。 潮音ちゃんとしては意外だけど』

 そんな話をしている2人に気付いた潮音。

 「アンタ達、私のことをそういう目で見ていたの?」

 噂話の内容に気付いたようで、少し不機嫌そうな反応を見せる。


 「いや、歳の差が大きく見えるので......」

 「莉玖は若い頃、超イケメンだったのよ。 だから56歳だけど、まだまだイケてるでしょ?」

 その答えを聞いて、

 「お二人の関係は?」

と思い切った質問をした幼楓。

 「元夫婦よ。 私が軍人になったことや、他にも色々有って形式上離婚しているけど」

 「え~~~」

 「ウソ〜〜〜」

 幼楓と石音の反応は当然であった。

 外見だけでは、2人が夫婦だったとはちょっと想像出来ないからだ。

 「2人共、さっき大佐が私の秘密を教えちゃったでしょ? 見た目は歳を取らないって」 

 『そうだった。 先生は2067年の第一次流求の戦いでも活躍したんだものな。 23年前なのだから、本当の年齢は50歳くらい?』

 幼楓はようやく潮音の真の年齢に気付かされたのであった。

 石音は前から気付いていたようだが。


 「さてさて、時間も遅いし早く家に戻ろう。 もう一人も帰ってきたみたいだし」

 莉玖は空港に到着したばかりの3人を促すと、自動運転タクシーを拾って、自宅へと向かう。


 車内では終始嬉しそうに、雑談を話している潮音と莉玖。

 高校生ではとてもじゃないけど割り込めない、2人だけの世界にどっぷり浸かっていたのだった。




 郊外の田園地域に所在するこの空港から1時間程。

 漆黒の闇に包まれた周囲は、所々にある街灯の光以外、見えるものは殆ど無い。

 星が輝いているだけだ。

 やがて、煌々と光が漏れる家が一軒、近付いて見えてきた。

 どうやらその家が目的地のようだ。

 「着いたわ」

 潮音が2人に告げると、やがて停車したタクシーから降りる4人。

 空を見上げると、無数の星が光っているのが見える。

 「凄い星の数」

 「本当に綺麗だね~」

 石音と幼楓が感想を漏らす程の夜空。

 天の川も見えるということは、街明かりから遠く離れた場所だということになる。

 「さあ、遠慮せず中に入って」

 莉玖が2人の客人に声を掛けると、4人は広い敷地を玄関へと進む。

 「ただいま〜」

 潮音が玄関ドアを開けながら、室内に向けて挨拶すると、

 「お帰り〜」

と返事が有って、暫くすると奥から一人の男が出て来たのであった。


 『あれ〜。 どことなく潮音ちゃんに似ている』

 『もしかして、先生の実子?』

 二十代後半といったところだろうか。

 この国の男性としては背が高く、その点は莉玖似といった感じだ。

 石音と幼楓は2人でコソコソしながら、そんな推測話をしていた。

 

 「お父さん、潮音ちゃん、おかえり〜」

 改めて挨拶を交わした若い男。

 やはり、家主の息子であったのだ。

 『潮音ちゃんって言ったね〜』

 『ということは、莉玖さんと別の女性の間に生まれたのかな?』

 『でも、潮音ちゃんそっくりだよ』

 再び、ひそひそ話となってしまう幼楓と石音。

 謎の多い秋月潮音の秘密を少し知る機会とあって、色々な状況に興味を持ってしまうのは当然であった。


 「何、ヒソヒソやっているの。 明日から朝早いんだから、遠慮なく上がりなさい」

 潮音のひとことで、やっと

 「お邪魔します」

 「お世話になります」

と言いながら家の中に入った2人。

 若い男性に案内された広いリビングは、大してモノが置かれていないことから、がらんとした感じだ。


 「ここは、何を......」

 「農家よ。 非常に大規模なんだけど、今は自動化が進んで少人数での経営なの。 一昔前までは多くの人を期間従業員で雇っていたから、広いリビングはその名残りね~」

 確かに見渡すと、かつて賑やかだったのだろうなという感じが随所に見て取れる。

 大きなテーブルが2つに、椅子が20脚並んでいる。

 台所は家庭用ではなく、飲食店用の設計。

 『株式会社高槁農場』と書かれた看板が部屋の隅っこに無造作に置かれていたり、『別棟』と掲げられたドアも有る。

 そのドアの先に、臨時雇いの人達が住む寮が有ったことは、容易に想像出来た。


 「今はお二人で住んでらっしゃるのですか?」

 「そうだよ。 でもリオは不在のことも多いから、殆ど俺一人だなあ~」

 「こんなに広いのに、一人では寂しそうですね」

 「いや、そうでも無いよ。 まあ色々ある特別な家族だからね」

 莉玖は潮音の方を見ながら、意味深な言葉で語るのだった。



 「ところで、僕達は何をすれば良いのでしょうか? 訓練と言われましたが」

 「明日から農作業の手伝いよ。 私もね」

 「よろしく頼むな。 収穫時期だけは、自動化されていても人手が少し必要なんだ」

 莉玖はそう答えて笑顔を見せる。

 「もしかして、農作業が訓練?」

 「2人のスキルは、地球の自然エネルギーが素だからね。 農作業をすることで、自然エネルギーとの親和性が増す筈よ」

 「筈?」

 「細かいことはイイの。 楓、そういう揚げ足取りは男として嫌われるよ」

 幼楓の突っ込みに、上手く切り返す潮音。

 そうした反応に、人生経験の年月差は否めないと莉玖は思うのであった。



 その後は、リオが作った夕ご飯を御相伴することになった。

 「リオって器用よね~。 料理も上手だし、何でも出来ちゃうもん。 我が子ながら、つくづく感心しちゃう~」

 『我が子って言ったよ』

 『やっぱり、潮音ちゃんの息子さんなんだ〜』

 つい、ひそひそと話してしまう2人。

 「リオが私の子ってことは、ここだけの秘密だからね。 学校に帰ってから、もし言い触らしたら......」

 ゴクリと唾を飲み込む2人。

 一瞬、潮音の表情に悪魔の様な怖さが見えたからだ。

 「グラウンド10周だろ? 潮音が言いそうなことだな」

 莉玖に先に答えられてしまい、少し笑いが起きる食卓。


 「リオさんって何をやってらっしゃるのですか? この農業法人の経営?」

 その容姿は貴公子然とした雰囲気が漂っており、農作業をしているようには全く見えなかったからだ。

 莉玖は日焼けしているのに対して、リオの白い肌はあまりにも対照的である。

 「僕かい? 普段は企業経営者だよ」

 「凄いですね。 青年実業家だったりするのですか?」

 「う~ん、青年実業家では無いよ。 曽祖父から受け継いだ企業を運営しているだけだから」

 「と言うことは、御曹司?」

 「中高大の頃、学校ではそんな言い方もされてきたね。 でも、こんな片田舎に住んでいる以上、僕自身そう思ったことは無いけど」

 周囲が一面の農場であることは、家の中に飾られている空撮写真や風景写真で何となく理解出来ていた。

 「学校もここから通っていたのですか?」

 「それは無理だよ。 小学校だけは片道1時間掛けて車通学していたけど、自分で通える範囲で中学校以上の高等教育の学校は存在し無いから」

 「では、僕達みたいに寮暮らし?」

 「この北の大地の中心都市に、学生時代の母が使っていたマンションが有ってね。 そこから通っていたんだ」



 その後も他愛の無い会話が続く。

 「2人共疲れたでしょ? 明日の朝は午前4時半起きだから、もう寝なさい。 石音は私の部屋を使って。 幼楓はあっちね」

 潮音が指を指したのは、『別棟』と掲げられたドアであった。

 「僕だけ向こう......」

 「あっ、楓、怖いのでしょ?」

 「いや、そんなことは......」

 「別棟では、辛い仕事が嫌になって、首を括った従業員が居たらしいよ。 私が生まれる前の話だけど......」

 わざと怖い話をする潮音。

 それに対して幼楓は、少し寒気を感じてしまうのであった。

 「本当に、潮音ちゃんは誂うのが好きだよね。 僕の部屋もあのドアの先にあるから、嘘話に乗せられないで」

 リオが直ぐに種明かしをしてしまったので、

 「チェッ、つまんない」

と言って、口を尖らせる。

 その姿はとても母親には見えない。

 姉と弟っていう感じだ。


 「幼楓君、僕と一緒に行こうか? 案内するよ」

 リオはそう言いながら立ち上がったので、

 「1週間お世話になります」

 改めて挨拶をして、莉玖に深々と頭を下げてから、リオのあとに付いて行く。

 その2人の姿を見送ってから、

 「石音も行こうか? 私の使っていた部屋に」

 潮音に促されて、莉玖に頭を下げる石音。

 「ゆっくり休むんだよ。 この家には温泉を引っ張ってあるから」

 「ありがとうございます」

 丁寧に挨拶を返し、待っていた潮音と一緒に廊下を歩いて行く。

 『この1週間が正念場かな。 あの子達の能力を一気に開放する上で』

 莉玖は一人呟くと、食洗機に皿とコップをセットして、食事の後片付けを始めるのであった......




 「ここが潮音ちゃんの部屋?」

 「そうだよ」

 母屋と廊下で繋がっている平屋の一戸建て住宅。

 潮音の部屋はそんな感じであった。

 大きなリビングルームとベッドルーム。

 トイレと温泉付き浴場も備わっている。

 「母屋に行かなくても生活出来る様になっているんだね」

 「私が軍人になってから建てたのよ。 生活が全く異なるでしょ? 農家とは」

 「それで離婚したの?」

 「いえ。 莉玖が高槁家を継いだことで、その時離婚したのよ。 私が秋月の家を絶やす訳にはいかないからね」

 「お家の事情ってやつか〜。 未だに夫婦別姓が導入されていない、この国の弊害?」

 「女性で名家を継いだ人には降り懸かる災いよね。 安易に夫の姓になれないでしょ? 家名が消えちゃうから」

 石音の質問に事情を素直に答えた潮音。

 表向きのその経歴は、諸々の理由で大半が嘘で塗り固められているが、これは真実であった。


 「部屋の中、見て回ってもイイ?」

 「構わないけど、ここで見たこと外では言わないでね」

 その注意を受けると、室内を見回し始める石音。

 潮音の高校時代以降の沢山の写真が飾られているのであった。

 潮音は石音に構わず、デスクに座って軍務の続きを始める。

 その姿を一瞥しながら、写真を見て回る。


 最も古いモノは、今と殆ど変わらない制服姿の潮音が、謎の清楚系美女と一緒の制服姿で写っているいくつかの写真。

 更にもう一人、超イケメン男子高校生と3人で写った写真。

 大学時代になると、その男の子と2人で写っている写真が増える。

 シンガポール、オーストラリア、ヨーロッパ、ハワイ等々、海外で撮った写真も非常に多く飾られている。

 中年の外国人数名と撮った写真も沢山ある。


 更に時代が進むと、農作業を一家でしている姿。

 一緒に写っているのは、先代の高槁夫妻であるようだ。

 『そういえば、リビングの片隅に仏壇と写真があったなあ。 3人の写真だったけど、若い男の子の遺影は誰なんだろう』

 石音はそのようなことを思い出しながら、引き続き写真を見て回る。


 やがて、潮音の軍服姿が増えて来た。

 多くの軍人との記念写真。

 超大国軍の軍人と撮った写真も多いし、この頃の潮音は超大国軍の軍服姿であった。


 時代が進み、流求戦役の頃に。

 潮音はこの国の軍服姿に変化しており、流求の蒼い空・碧い海を背景にした写真が一気に増えて来る。

 そして、第一次戦役後の防衛成功記念パーティー写真。

 潮音は、握手を求められて揉みくちゃにされているが、その表情は見たことも無い程の充実感に溢れていた。


 そして、第二次流求戦役時と戦役後。

 この頃の写真に笑顔は無かった。

 大鋺政府内部からの切崩し工作と大陸の大軍勢の攻勢で、継戦不能となり大鋺島が陥落してしまい、勢いに乗った大陸の大軍の大攻勢を同盟軍は防ぎ切れず、究極の選択の結果、流求本島の防衛に専念し、崎縞諸島一帯の放棄を決定した、厳しい戦いだったからだ。

 一応、停戦記念パーティーも開かれていたが、飾られている写真は数枚だけ、流求本島の防衛成功に伴う大佐への昇進時のものが中心であった。


 以後18年。

 その後は、殆どが誰かとの退役・退職記念写真か、リオとの親子写真であった。

 リオの大学入学・卒業写真。

 リオの海外名門大学への入学・卒業写真。

 リオの璃月財閥系大企業への入社写真。

 息子と撮った写真が多いのは、戦争と年齢を経て、母親らしくなった証であろう。

 最近のものは、条月大学絡みの写真が殆ど。

 訓練の様子や教え子との入学、卒業写真。

 先生らしいものが増えてくる。

 そして、立花理事長との写真。

 『あれ? 理事長ってもしかして......』

 少し疑問を感じて、一番古い写真のところに戻り、潮音と一緒に写っている女子高生の写真をじーっと見詰める。

 『やっぱり、そうかも』

 

 そんな写真をずっと見て回っていた石音。

 自然と涙が滲んできてしまう。

 波乱万丈の人生を歩んで来た秋月潮音の人生が、これらの写真で感じられたからだ。

 「古い写真が多いけど、そんなに面白いものでも無いでしょ?」

 気付くと石音の後ろに潮音が立っていたのだ。

 「ううん。 潮音ちゃんの長い人生の一端が垣間見えたから......」

 「写真に写っている人達のうち、年配の方の多くは亡くなっているわ。 だから、その思い出を残しておく為に、仕舞えなくなっちゃって、結構な枚数になっているのよ」

 壁に飾られている写真の大半は、色褪せないデジタル写真で、壁紙と一体になっている無数の画面に映し出されているのであった。


 「ねえねえ、潮音ちゃん。 潮音ちゃんの高校生姿、凄く新鮮だけど、隣によく写っている美女ってもしかして......」

 「美月よ。 私より清楚系美少女でしょ」

 「超イケメン男子は、莉玖さんだよね?」

 その質問に頷く潮音。

 そうすると、潮音の年齢は......

 そんな野暮な質問を直接本人にする石音では無い。

 「軍絡みの写真も多いよね?」

 「それこそ、写っている人の多くが鬼籍に入ってしまったからよ。 画像データを整理して仕舞ってしまったら、ただの数字の羅列になるだけ。 そうなると絶対に忘れてしまうから......」

 そう答えた時の潮音は、非常に寂しそうな表情を一瞬見せてしまっていた。


 時の流れに取り残され続ける特別な存在である故の寂寥感。

 秋月潮音自身、元々は普通の人間であったが、子供の頃、長命種族の異星人に命を救われた代償として、一緒に長い時を旅し続けなければならない存在となってしまったからだ。

 そのことを他人に語ることは一切無いが、やがて最愛の人達との別れの日が来ることを思うと、言葉や表情では表現し切れない寂しさがある。

 それが一瞬出てしまったのだ。


 なんとなく、そのことに気付いた石音。

 石音自身が仮死状態にされたことで、時の流れに置いていかれた存在であり、目覚めて以降、知己が誰も居ない寂しさを経験しているからであった。

 「潮音ちゃん。 本来の名前すら覚えていない私に、石音という新しい名前を付けてくれたのは、潮音ちゃんの名前の『音』から取ってくれたの?」

 「そうよ。 ここに来てから気付いたと思うけど、偽りだらけの私の現在の経歴でも、潮音の『音』は私の本名の一部。 だからかな?」

 その言葉に嬉しそうな表情を見せた石音。

 事実上、母親代わりをも務めてくれている、石音にとって最も大事な女性である潮音。

 名前や経歴が本当でなくとも、その存在はホンモノであるのだから......


 「もう寝なくちゃね。 一緒に温泉入ろうよ」

 潮音の誘いに頷く石音。

 その後、2人の女性のはしゃぐ声が、中規模の温泉風呂から聞こえてきたのは言うまでも無かった......




 一方、リオに連れられ、別棟に繋がる廊下に出た幼楓。

 薄暗く古い廊下は、夏だというのに少し薄ら寒い感じがする。

 その廊下で繋がっている別棟に出ると、意外にも新しい建物であった。

 「思っていたより綺麗ですね。 寮は」

 思わず感想を述べる幼楓。

 「これぐらいで驚いていたら、この先には進めないよ」

 リオは答えながら、建物の中央付近で持っていたスイッチを押す。

 すると、壁から何らかの認証装置が出て来たのだ。

 そこでリオが、指紋、掌紋、網膜、そしてIDカードの4つの認証を同時に行うと、別棟1階の廊下がスライドし始め、階段が現れたのだ。

 階段を降り始めるリオ。

 急いで追い掛ける幼楓。


 階下に到着すると、階段は消えてしまい、廊下に開いた開口部も閉じてしまうのだった。

 地下通路を暫く歩くと、認証式のエレベーターが現れ、リオの認証でエレベーターの扉が開く。

 それに乗り込むと1分30秒程。

 エレベーターを降りると、そこは地下要塞の様な巨大な構造物が建っていたのだ。

 自動的にリオが認識され、構造物のドアが開くと、そこは完全に近未来の世界であった。


 「リオさん、ここは......」

 「璃月財閥の無人化された中央制御室だよ」

 事も無げに秘密を明かすリオ。

 璃月財閥と聞いて驚いてしまう。

 65年後の未来のこの国で、経済を支える大財閥の一つだからだ。

 「僕みたいな高校生を、こんな大事なところに入れてしまっても大丈夫なのですか?」

 逆に心配になってしまう幼楓。

 まだ初対面なのにという思いから出た言葉であった。

 「幼楓君は、母の弟子だろ? だったら隠しておく必要も無いしね」

 「弟子と言われれば、確かにそうですが......」

 そう答えると、あまりにも凄い施設のため、キョロキョロしながらリオの後に付いていく。

 やがて、居住区画に到着したのであろう。

 ソファーやらキッチンやら、最新のものが設置された部屋に入ったからだ。


 「幼楓君は、この部屋を使ってくれ。 僕は大体隣の部屋に滞在して仕事をしているから」

 リオは説明をしながら、隣の部屋に入って行く。

 そこは見たことのない色々な機器が揃えられており、数多くのモニターが壁一面に設置されている。

 そして、無数の情報も。

 

 その部屋で少し機器を操作すると、直ぐに幼楓が居る部屋へと戻って来たリオ。

 何やら壁際に設置されている小さなモニター画面をタッチすると、ベッドルームとシャワールームも現れたのであった。

 「明日から農作業だよ。 慣れない部屋で直ぐには寝れないかもしれないけど、今日はシャワーを浴びて横になった方が良い」

 「ありがとうございます。 起床時間は午前4時半ですよね? 迷惑掛けてしまうかもしれませんが......」

 「気にしないで大丈夫だよ。 完璧な防音設備だから、ここでいくら騒いでも、僕が居る隣の部屋には聞こえないから」

 笑顔で答えるリオの表情は、潮音そっくりであった。


 「リオさんは、本当に先生そっくりですね。 先生が男になった感じがします」

 幼楓の素直な感想に、声を出して笑うリオ。

 「ゴメンゴメン。 昔からよく言われるので、つい。 僕は遺伝子操作を受けて生まれてきた子供だから、母に瓜二つなのは当然なんだ」

 その後、簡単に説明を始めるリオ。

 潮音が持つ特別な能力を引き継げる可能性が有るのではないかと、母の遺伝がより強く出るように、遺伝子操作をされたという。

 勿論、潮音はそんなことを許さないので、妊娠状態の検査名目で当時の財閥当主が仕掛けた遺伝子操作であったのだ。

 「結果は、やっぱり無理だったよ。 神々の領域を冒すなんて、現代の人類のバイオ技術では不可能なことだからね。 でも、それを求め続けるのが人類の歴史ってやつさ」

 リオはそう答えると、特別な能力は何も無いと説明を加える。

 ただ副産物として、潮音そっくりの容姿になったのだと。


 「その点、幼楓君を生み出したプロジェクトは凄いよね。 実際に異能を付与出来たのだから」

 そうなったのは、超高度文明の異星人が持っている未知の技術に依るものだろうと言う。

 「母は、その異星人レヴと一体化した存在だからね。 それが真相なんだよ」

 幼楓達4人の特別な力も、潮音の異能も、出処は一緒らしいのだ。

 らしいとしか言えないのは、幼楓達が生み出されたプロジェクトは、潮音が生まれる前の出来事で、一切資料も記録も残っていないからであった。

 人々の記憶が操作され、全てが抹消されたことにより、幼楓、焔村、鏡水、石音の4人は特別な未知の技術の冷凍保存で仮死状態にされたまま、地下深く隠匿されており、近年、大深度地下工事で偶然発見されるまで、何もわからなかったからだ。


 「発見された時、君達のことについては簡単な説明書きが添付されていただけ。 軍も政府も君達の体より、冷凍装置の仮死技術の方に興味が有って、直ぐに目覚めさせて装置を回収しようとした。 潮音がそのことを聞きつけ、璃月財閥の力を使って、政府と軍に圧力をかけて止めさせたんだ」

 「そうしなければ......」

 「君達4人が意識を回復することは無かっただろうね。 そのまま黄泉の世界に召喚されたってこと」

 リオはそこまで話すと、

 「これから君達2人は厳しい戦いに挑むという。 必要なレベルまで能力を急速にアップさせる為には、一定の秘密を知っておく必要も有ると僕は思うんだ。 だから1週間だけど、幼楓君には色々と吸収していって欲しい。 知識の面でもね」

 詳しい状況を説明する理由を話すと、

 「おやすみ、幼楓君。 僕はまだ仕事が有るからさ」

と言いながら、隣室へと姿を消したのであった。

 

 

 『今日は色々なことが有ったな〜、本当に』

 つくづく考える幼楓。

 たった1日で、大きく運命が変わってしまった気がする。

 そして、今、この謎の場所に移動して来た。

 非常に広大な農地を誇る高槁農場。

 その地下には、璃月財閥を支える、巨大な施設が存在するという。

 三本社体制のため、超大国、シンガポールとこの国を繋ぐ何重もの通信回線や秘密の施設や通路、更には小型の超高速鉄道やエネルギーを供給する核融合炉までもが、大深度地下に設置されているという。

 大深度地下にそうした空間を作り出したのは、石音と同じ能力が使える秋月潮音によるもの。

 現代の技術で地下500メートルにそのような施設を建設する為のトンネルを掘るのは技術的に難しいからだ。

 『そういう意味では、石音の能力が一番軍や政府に狙われるのかもしれないな。 僕と焔村、鏡水は、いざという時に、石音を護る盾になる存在なのかも』

 そんなことを考えているうちに、眠気に襲われた幼楓。

 疲れからであろう。

 やがてそのベッドから、寝息が聞こえて来るのであった......



 

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