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第11話(突然の出動決定)

附属高軍事戦戦科内の対立が強まった頃。

国防軍から一つの命令が発出された。

特別クラス4人の出動命令であった。

それに激しく反発する潮音。

対抗策を練って、実行に移すことを迫られるのであった。


 条月大附属高3年における軍事戦戦科内の対立が今後激しくなるだろう情勢の中、特別クラスを担当する秋月潮音が恐れる事態が訪れてしまう。

 それは、国防軍統合作戦本部から直々の極秘命令の発付であった。


 「どういうこと、これは?」

 知久四副司令に確認する潮音。

 「最近の4人の訓練データが持ち出されたみたいなのです。 それを入手した名豊少将等が自身の功績を立てることに利用しようと、崎縞諸島における4人を使った破壊工作案を本部長宛てに提出したということでしょう」

 「ひとまず、私が直接作戦部長にその真意を確認に行くわ。 いくらなんでも4人を特殊部隊と一緒に石我輝に潜入させるなんて無謀過ぎる」

 「わかりました。 流出したデータ等に関しては、こちらでも極秘に内部調査を致します」

 「お願いね」

 潮音は特別部隊とのホットラインを切ると、4人にどう伝えようか、頭を悩ませ始めるのであった。



 「水、村、石音、楓。 ちょっとイイかな?」

 その日の午後、訓練が始まる前に、潮音は4人を呼び出した。

 そして、開口一番

 「貴方達が出動する作戦命令が出てしまったわ」

 その言葉に緊張の色を見せる4人。

 まだまだ、遠い未来のことだと思っていたのに、特務尉官に任命されて半月余りで、軍に利用されることになろうとは......

 「今回は、対大陸国強硬派の名豊少将という人が立案した破壊工作作戦なの。 これは動員される特殊部隊員と貴方達4人が生きて帰れないことを承知した上での特攻作戦......」

 「......」

 『特攻』というワードに、言葉が出ない4人。

 自分達が人間兵器としてしか国防軍には見られていないことは、薄々わかっていたが、いきなり死んでこいと命令されるとは、予想していなかったからだ。


 「ひとまず、私が作戦変更を具申する為、中央司令部に向かうから、石音と楓は一緒に付いて来て貰うね」

 「わかったよ」

 「わかりました」

 石音と楓は短く答える。

 「俺と水は?」

 焔村のその質問に、

 「2人は作戦から外して貰う予定。 いつも通りに勉強と訓練に励んで」

 潮音は無理に笑顔を作って諭そうとするが、

 「2人が死ぬのならば、俺達も一緒に行きたい」

 「私も」

 潮音の話した方針に、反発する焔村と鏡水。

 「バカね~。 4人をこんな作戦で死なせないのが、今回の私の役目。 連れて行く2人も絶対にこの教場へ戻すから......」

 「絶対?」

 「約束するわ」

 「破ったら、針千本飲ますから」

 「おっと、随分古い約束の仕方を言ってきたわね」

 「仮死状態で無かったら、私達、本当は潮音ちゃんより歳上なんだよ」

 鏡水は半泣きの笑顔で答えると、石音と抱き合う。

 「2人共、無理しないで」

 「絶対帰って来て......」

 鏡水と焔村の言葉に、頷く幼楓と石音。


 いつの間にか教場には櫂少佐が入って来ており、潮音達3人を見送りに来たのだ。

 「少佐。 留守の間、みんなを頼むわね。 理事長にも言ってあるから」

 「お任せ下さい。 そういえば新しい副官殿が学校に来ておりますよ」

 「わかったわ。 ありがとう」

 挨拶を終えると、潮音は幼楓と石音に最低限の旅支度を直ぐに整えるよう指示する。

 「再集合場所は、管理棟の理事長室前でね」

 その言葉に、急いで寮に帰る2人。

 潮音は新しい副官の挨拶を受けに、先に理事長室へと向かうのだった。



 「あら。 中佐が私の新しい副官?」

 特別部隊技術部門の責任者である藍星中佐が、理事長室のソファーに座っていたのだ。

 「一時的に副官を拝命致しました。 情報漏洩の責任を取ろうと思いまして」

 「なるほど~、そういうことね。 若手に信用出来る人が少ないっていう大佐の判断でしょ?」

 「まあ、そういうことです」


 そんな話をしながら、潮音は持っていた機密保持用の軍専用端末を取り出す。 

 「この作戦案に変更して貰うから。 中佐もあの子達のデータをしっかり取って下さい」

 潮音は、統合作戦本部に名豊少将の作戦案を破棄させる為の代替作戦案を用意しており、専用端末を中佐に手渡すのだった。

 それを一読した中佐。

 「司令官。 この作戦を実行するのですか?」

 驚いた表情で確認する。

 「作戦部長や本部長を納得させる為には、こうするしかないのよ。 あまりやりたくはないけど......」

 渋い表情を見せながら答える潮音。

 成功確率は極めて高いが、今後国防軍全体の作戦が個人の特別な力を頼ってしまうという悪影響を及ぼしかねないことから、見送ってきた破壊工作案であったのだ。


 「司令官の覚悟を知りました。 小官も微力を尽くします」

 その場で起立し、敬礼をしながら答えた藍星中佐。

 「そんな堅苦しい挨拶は要らないわよ。 中佐にはあの子達用の特別防護衣を1週間以内に作って貰うから。 データも取れて、しかも身も守れる現代の技術で最高のモノを頼むわよ」

 「了解致しました」

 再び最敬礼する中佐。

 その姿を見て、潮音も立花理事長も思わず見合って笑ってしまうのだった。



 約20分後。

 理事長室前には、幼楓と石音が到着していた。

 2人共、不安そうな表情を抱えて立っている。

 「急がせてゴメンね。 あまり時間が無いから、足りないものが有ったら都度現地調達」

 潮音は2人にそう告げると、

 『わかっています』

とばかりに強く頷く。


 「首都中央駅に到着しましたら、大佐が車両で待っています」

 藍星中佐が訪問予定場所を段取り良く回れるように、手配を済ませていると報告する。

 「それで、本日中に北の大地へと移動されるのですか?」

 「夕方までには終わるよね? 採寸とか各種データ取りも」

 「もちろんです。 しかし随分強行日程ですね」

 「速やかに私の作戦案を実行して成果を上げないと、名豊少将等が右派の将校と結託して、新たな作戦案を出そうとするでしょ?」

 「まあ、確かに」

 「大陸の大国の横暴に、早く一矢報いて存在感を示したいのよ、国としても強硬派としても。 それが彼等の拙速な作戦を立てて実行しようという動きに繋がっている動機な理由わけ。 国防軍首脳だって、今回の作戦案を内心恐れているわ。 国力差や軍事力の差から、泥沼に嵌るのではないかと。 あの作戦案だと潜入させた者達を見殺しにせざるを得ないから、犠牲者が多数にのぼることでの批判もね」

 潮音はそこまで語ると、一旦中佐との議論を打ち切る。


 「さあ、迎えが来たわ。 学校の最寄り駅から高速鉄道で1時間。 首都中央駅に向かいましょう」

 「潮音。 生徒達をお願いね」

 立花理事長は軍の要請に基づく、幼楓と石音に対する特別外出許可を速やかに出してくれていたのだ。



 条月大学及び附属学校の管理棟庁舎の玄関前には、大型車両が既に横付けされている。

 防弾仕様の特別ワンボックス車両であった。

 「ご老主様。 どうぞお乗り下さい」

 璃月財閥に仕える執事らしい中年の男が一行に声を掛ける。

 キーッと睨む潮音。

 「失礼致しました。 少将閣下、どうぞ」

 『しまった』という様な表情を一瞬見せた執事の男であったが、動揺することは無い。

 「さあ、時間が無いわ。 急いで乗って」

 潮音の言葉に、幼楓と石音は持って来たスーツケースを執事の男に渡すと、男は手際良く荷物を車両に載せ、直ぐに出発。


 その時、事情を聞いた17人の仲間が、管理棟の玄関前に姿を見せたのだった。

 「ギリギリ間に合ったな」

 全員が走ってきたので、息切れしている状態。

 しかし、急な出発を見送りに来てくれたのだ。

 「楓、石音。 絶対無事に帰って来てね〜」

 「待っているからな〜」

 「無理するなよ~」

 「いや、無理な任務だから、その掛け声はおかしいぞ」

 少し笑い声も起きる見送りの生徒達。

 大きな声でエールを送る。

 この瞬間は、高校生らしい雰囲気に満ちていた附属高校。

 「みんな......」

 手を振って見送ってくれる姿に、堪えきれず涙が溢れる幼楓と石音。

 厳しい数度の模擬実戦訓練を通じて、仲間意識が芽生えていたのだろう。

 「青春だね~」

 中佐が思わず言葉を漏らす。

 「まだ青春真っ只中なのよ。 だからこそ死なせる訳にはいかないの」

 潮音の言葉に頷く中佐。



 高速鉄道の駅に到着し、駅のホームより、迫る山々を見詰めながら、

 「楓、石音。 まだ17歳の2人を再びこの景色が見えるように、私が守るからね」 

 その言葉に再び涙が滲んでしまう。

 やがてホームに列車が入って来る。

 4人は乗り込むと、終点の首都中央駅まで、ずっと無言のままであった。


 

 

 「司令官、お待ちしておりました。 既に統合作戦本部長と作戦部長へのアポは取れております」

 知久四大佐自ら運転する車両には、4人の他に久萬邊中佐も同乗していた。

 「先ずは作戦部長の皇江少将のもとを訪れます」

 潮音はそう告げると、国防軍の地上庁舎へと向かう。

 これから面会する2人は地下司令部ではなく、普段、地上庁舎にある統合作戦本部内で仕事をしているからだ。



 「少将。 秋月少将が御目見得ですが......」

 「重要な話のようだ。 防諜室へ案内してくれ」

 皇江少将は副官に告げると、自身も準備をしてから入室する。

 すると、潮音は2人の少年少女を連れて、部屋で待っていたのだった。

 「作戦部長。 突然の訪問、快く受け容れて頂きありがとうございます」

 「少将も元気そうで何よりだ。 先日私は、条月大附属高で訓練を見せて貰ったよ。 その時の2人だろ?」

 「はい。 先日は遠路はるばる僕達の訓練を見学頂き、ありがとうございました」

 幼楓が丁寧に挨拶をすると、

 「用件は、今朝命令が下った、破壊工作についてだよな?」

 「その通りです、作戦部長」

 「あれは、私の一存では撤回出来ないぞ。 本部長命だからな。 先に一つ言っておくが、あんな稚拙な作戦案、私は反対したんだ。 君達みたいな少年兵を動員していたことが、同盟国に知れてみろ? 物笑いにされるだけではなく、批判されるのも自明だろ?」

 皇江少将は2人を見て、気の毒そうに実情を語る。

 「それだけ強硬派の意見が強いと?」

 「停戦条約違反が先日、公になっただろ? 強硬派は世論にあの情報を流出させて、世間を煽っているからな」

 「国力差が大きく成りすぎて、力で訴えても効果が無いですからね。 それで破壊工作の特攻作戦を実施すると......」

 「国防海軍の尹東いとう少将からも、既に苦情を言われているよ。 珍しく国防陸軍の特殊部隊を統括する北合ほんごう少将からもな。 『作戦に従事する特殊部隊員になんと言えば良いのだ。 人々を守る為ならともかく、たかが面目を保つ目的での破壊工作の為に『死んでこい』なんて、口が裂けても言えない』と猛抗議されたさ」

 作戦部長としての苦悩を吐露する皇江少将。

 もちろん、潮音が二度に渡った『流求の戦い』の英雄であるからこそ、本音の愚痴を言えるのであった。


 「私は抗議に来たのではありませんよ。 名豊少将らが提出した作戦案に代わるものを提案に来たのです」

 潮音はそう言うと、将官専用端末を皇江少将に手渡す。

 それを確認する作戦部長。

 みるみる表情が変わっていく。

 今までの苦渋に満ちた顔とは大違いだ。


 「もしこの案が通ったら、少将自ら実行してくれるのか?」

 「もちろんです。 私以外に誰も為すことの出来ない破壊工作案ですから。 人命を無駄にすることなく、しかも最小限の労力で、彼の国が石我輝島の山間部に構築している巨大な地下要塞を完全に破壊出来ます。 私の他に、ここに居る2人の少年少女の能力の補助が有れば十分です」

 「ただ、名豊少将達が通してしまった破壊工作作戦は、もはや撤回出来ない。 秋月少将提案のこの作戦案は、彼等よりも先にそれも極秘実行するしかないのだ。 破壊工作の標的は同一だから、成功すれば名豊少将の案は実行されずに済むだろう」

 「私からの条件は、名豊少将等の作戦案を確実にお蔵入りにして頂くことです。 成功したのに、では他の島に命令を転用するというのでは、無駄に死者を出すことは何も変わらないばかりか、恐らく敵に大きな報復攻撃へ出る口実を与えることにもなりますから」

 「わかったよ、少将。 本部長には、成功したら名豊少将の作戦案は没にするのが条件だと、私から約束させれば良いのだろ?」

 「そういうことです」

 「実施日は?」

 「8日後でどうですか? ここに居る2人の訓練期間が少し必要なので」

 「了解した。 直ぐに本部長のアポを取ろう」

 「作戦部長。 既に本部長のアポは私の方で取ってあります」

 「何分後だ」

 すると潮音は作戦部長の腕時計を見る。

 「40分後です」

 「わかった。 では直ぐにこの作戦案承認の書類を作成して添付しよう」

 皇江少将はそう答えると、即、極秘作戦案の関連書類作成を部下に指示し始める。

 それは潮音が作成していた計画書面に、一部訂正を加えて、統合作戦本部における決裁書式に改めてから、自身のサインを入れる作業であった。



 「潮音ちゃん、上手く行きそう?」

 事の顛末を固唾を呑んで見守っていた石音が心配そうに確実する。

 「大丈夫よ。 恐らく本部長の承認も得られると思うわ。 念の為に私ももう一つ準備をして来るから、ここで待っていてね」

 潮音はそう言う残すと、部屋を出て行くのであった。

 取り残された幼楓と石音は終始不安そうな表情であったが、何も出来ることは無い。

 ただ、事態の推移を見守るだけであった。


 やがて、潮音が部屋に戻って来た。

 正装の制服に着替え、しかも肩から胸に掛けて、多くの勲章を取り付けて現れたのだ。

 「潮音ちゃん、その格好は?」

 「本部長を威圧する為よ。 勲章を沢山見せつけることで、作戦案を承認させる予定なの」

 そんな言い方をした潮音であったが、もう一つ強行突破する手段も準備していた。

 『この手は遺恨が残るかもしれないので、あまり使いたくないけどな......』

 そんな思いを抱きながら、準備が終わった作戦部長と共に、決戦の舞台へと向かうのであった。




 「失礼します」

 「失礼します」

 作戦部長の皇江少将に続いて、潮音も統合作戦本部長室に入室する。

 高校生の制服姿の少年少女を2人伴っての登場だったので、本部長も少し意外に感じた様な表情を見せたのであった。

 「18年前の英雄に直接会うのは久しぶりだね。 まあ、掛け給え」

 その返礼を聞いてから、本部長の秘書官に案内されたソファーに座る4人。


 「ところで秋月少将。 急なアポの用件は何だ?」

 「それは、今朝正式に出された極秘命令に関することです。 いま帯同している2名を含む4人の少年少女をも動員するという破壊工作に関することで」

 その言葉を聞き、渋い表情を浮かべる本部長。

 それを見れば、既に出動命令が出た部隊の責任者からも苦情が入っていると言う証であった。

 「あの命令は政府の方からも承認されたものだから、もはや撤回は出来ないぞ」

 一応文民統制の原則を守っている国防軍。

 名豊少将を含む対大陸国強硬派は、政府与党の保守強硬勢力ともしっかり手を結んでいる状況が窺えるのであった。


 「私は苦情を言いに来たのではありませんよ、本部長」

 潮音のこの言葉を聞き、ようやく4人の方を見た本部長。

 それまでは自身のデスクに座ったまま、窓外に視線を向けていたのであった。

 「名豊少将等が承認を得たあの作戦案では、石我輝島に潜入した部隊は破壊工作を実施後、帰還するのは困難でしょう。 帰りの手段が何も無いのですから。 それとも極秘に潜水艦艦隊でも派遣される予定なのですか?」

 「崎縞諸島の各島周辺一帯は珊瑚礁に囲まれ水深が浅く、潜水艦部隊による撤収策は使えない。 だから片道切符の作戦であることは事実だ。 それがどんな結果をもたらすことになるのか儂もわかっておる」

 少し苛ついている本部長の姿に、本心では作戦案や命令自体賛成していないことが見て取れたのであった。


 「そこで私からの提案は、名豊少将等が承認を得た破壊工作作戦に先んじて、同じ目的の極秘作戦を私が実行するというものです。 詳細は作戦部長の皇江少将から説明を聞いて頂きたいと思います」

 潮音が簡単に話すと、皇江少将が詳細な説明を始める。

 それは、潮音が幼楓と石音を連れて、石我輝島に潜入し、面兎岳の山中を刳り貫いて建設中である敵の大要塞を、石音の能力を使って山塊ごと押し潰し破壊するという計画であった。

 「たった3人で潜入するというのか? しかも連れて行くこの2人はまだ高校生だろ? 能力の訓練を始めて4ヶ月程だったな。 それで成功出来るのか?」

 「高校生を使うという点では、今回の発出済み命令も同様。 作戦部長として小官は、秋月少将の作戦案の方を推奨致します」

 本部長の質問に、皇江少将が潮音をアシストする説明を付け加える。

 どちらが良い案かは、誰の目にも一目瞭然であったのだが。


 「もし、上手くいかなくても、敵は私の奇襲に気付きませんよ。 その際は名豊少将等の作戦案を遂行されればよろしいと思います。 ただし、大陸の大国が黙ってやられっぱなしになるとは、とても思えませんが」

 潮音のキツい言葉に、本部長は改めてその姿を見ると、多くの勲章で飾られた制服で本部長室を訪れていることに気付いた。

 その大半は、あの非常に厳しい局地戦であった二度の流求の戦いで得た勲章の数々。

 18年が経過して戦いを経験した者達もだいぶ少なくなり、潮音が『流求の戦いの女神』と当時持て囃されたことを忘れている将官も多いのが実情であったのだ。


 「女神の出番か......君は無駄に兵士を死なせることにはいつも反対していたな。 その勲章を見て思い出したよ」

 「では、私の提案に賛成して下さるということで宜しいですね」

 「どうせやるのなら、たった3人の潜入作戦だから、私と作戦部長、それに作戦を支援する秋月少将配下のごく少数以外には一切明かさず、秘密でやろうじゃないか。 文民統制の問題は、既に同じ目的の作戦案の承諾を政府から得ているので、問題なかろう」

 「良かった~。 承諾頂きありがとうございます。 最終手段を使わずに済ました」

 「最終手段?」

 「駐留超大国軍の極秘作戦として実行するというものですよ」

 「そうか。 君は本来、あの国の将校だったな」

 「正式には、2067年の第一次流求の戦いの前から、ずっとこの国の国防軍に出向中のままなのです。 もう皆さんお忘れのことでしょうけどね」

 そう答えると、潮音は手に握り締めていたかなり古い他国の階級章をテーブルの上に置く。

 そして高級そうな箱を取り出すと、大事そうに仕舞う姿は、本部長室で一種異様な光景であった。



 「それでは、具体的な作戦実行に至る予定をお話します」

 潮音の言葉に身を乗り出して聞き耳を立てる本部長と作戦部長。

 「明日、フィリピン近海で台風12号が発生します」

 「台風か? 今のところ、そんな気象予測はないぞ」

 作戦部長が将校専用端末を確認しながら答える。

 「作戦部長。 私の案が承認されたから発生するのですよ」

 「そうなのか? 今ひとつ意味がわからないが......」

 「台風12号は猛烈な勢力にまで発達して、崎縞諸島を襲うでしょう」

 「それは、いつだ?」

 「8日後です、閣下」

 潮音は2人の統合作戦本部の最高幹部に含みを持たせた笑顔を向ける。


 「そうか、君の力でそうなるってことなのだな?」

 本部長の言葉に頷く潮音。

 「私はその暴風雨の中、石我輝島に上陸します。 この2人を連れて」

 「自然災害発生中に、この2人の高校生の能力を使って、敵の大要塞を破壊するってことか......」

 「ただ、潜入の為に瞬間移動能力を使うと、暫く同じ能力を使うことが出来ません。 その点が最大の問題ですので、台風襲来中の奇襲とします。 台風のコントロールには幼楓の能力を、敵要塞の破壊には石音の能力を使います」

 「脱出には、どれぐらいの時間が必要だ?」

 「1日以上経てば、多分もう一回能力を使えるでしょう。 ダメだったら、私達のことは忘れて下さい」

 笑顔でそう話す潮音。

 潮音は膨大なエネルギーを自在に操れるので、そのまま万が一島に取り残されても、自分の身を護ることは十分出来る。

 本来、潮音自身が攻撃すれば済む話では有るのだが、その膨大なエネルギー量は簡単に探知できるので、敵国を著しく刺激し、核戦争を引き起こす可能性が高い。

 潮音の攻撃力に対抗するには、核兵器しか無いからだ。


 この特別な能力を持つ存在、現在は秋月潮音の姿となっているが、超高度な文明を持っていた異星人の末裔だと言われており、元々秋月潮音とは全く別の存在であった。

 しかし、とある事件がキッカケとなり、その唯一無二の存在が、この国出身の秋月潮音という人物と同一化したが故、その力の一端を今は軍人として行使している。

 いつまで国に協力してくれるのか、はたまた敵対することになるのか、それはこの国の人々が判断すべきことであり、潮音は元の異星人と共有する一定の価値観に基づいて、行動しているだけだったのだ。


 「攻撃に先立って、潜入させている工作員、諜報員を撤収させて下さいね。 大陸の大国は徹底した監視社会。 建設中の大要塞が破壊されれば、犯人探しをするでしょうから。 それと島民の協力者も、出来るだけ島から脱出するよう薦めて下さい」

 潮音の意見は最もであった。

 既に、命令が下された破壊工作が実行されれば、当然一定の報復行為が実行されるであろう。

 その被害を出来るだけ避ける為の努力を、本部長も作戦部長も急ぐ事に決めたのだった。




 その後、実行日時等の詳細は台風の進路を見ながら決めるので、出発時に連絡すると潮音は説明すると、本部長室を退去した。

 そして、特別部隊の司令部へと極秘に向かう。

 現状、名豊少将等と通じている特別部隊の軍人が誰だか判明していないので、司令官の動きと情報が筒抜けにならないようにする為だ。

 そこで藍星中佐と久萬邊中佐が、幼楓と石音を司令部に向かう前に着替えさせて、他部門の軍人を連れて来たように装って、技術部門専用の開発室へ誰にも見られることなく上手いこと入室することに成功していた。


 「作戦実行時用の君達の防護衣を作成しておくからさ。 特別な短期訓練、頑張れよ」

 藍星中佐は、今後の予定らしいことを軽く話してきたので、

 「僕達は、新しい訓練を受けるのですか?」

と幼楓が確認する。

 「あれ? まだ聞いていないのかな......」

 そう答えながら、ちょっとビクつき始める。

 潮音は、情報漏れに厳しいからだ。

 「私達、今の話、聞かなかったことにします」

 石音が気を使って答えると、

 「そうして貰えると、助かるよ」

 中佐が焦った表情を見せたが、

 「何が助かるって?」

 後ろからの声に振り返ることなく、

 「申し訳ありません。 余計な話をしてしまいました」

と即謝罪。

 「よろしい、中佐」

 そう答えた潮音は、私服に着替えて登場。

 その姿に思わず見惚れてしまう2人の中佐。

 潮音は珍しく、かなり着飾って現れたからだ。


 「潮音ちゃん、どうしてそんな格好なの?」

 その質問に、

 「測定が終わったら、北の大地に向かうの。 そこで能力を開放する訓練を実施するから。 条月大や附属高では出来ないやり方でね」

と答える。

 「なんだか、私の質問の答えになっていないよ」

 石音の突っ込みに、

 「北の地には、司令官にとって大事な方々がおられるのですよ。 だから、少しはお洒落もしないと」

 代わりに答えたのは知久四大佐であった。

 「じゃあ、潮音ちゃんの秘密が少し分かるのね。 楽しみ」

 「いや、そんなものじゃないから......」

 珍しく焦った表情を見せる潮音。

 附属高の生徒から見ると、私生活は謎だらけの担任だからだ。

 「2人に一ついいコト教えてあげるよ」

 大佐の言葉に興味津津。

 「司令官は歳を取らないんだ」

 いきなりぶっ込まれた潮音の秘密。

 薄々気付いていた石音で有ったが、幼楓は全く知らなかったからだ。

 「大佐。 余計なことは言わないでよ~」

 「だって、18年前の英雄なんだから、最低でも40歳は超えているよね~。 なのに見た目は20代前半?」

 石音の冷静な指摘に諦めの表情の潮音。

 その秘密には触れることなく、

 「さあ、出発するから急いで。 タイムリミットはあと8日よ」

 急かすことで誤魔化そうとしたのだ。

 「司令官、みえみえですよ」

 部下たちの突っ込みに口を尖らす潮音。

 やがて、笑いで包まれる特別部隊技術部門の開発室であった。


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