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第10話(叱責)

璃月流月は、附属高内の特別組織『上月会』の実質代表として暴走してしまい、翌日理事長等の査問を受けることになってしまう。

その結果が、幼楓達の今後の高校生活にどのような影響をもたらすのか?

それは予想が付かないことであった。


 翌朝。

 京頼石音からのメールを読んだ秋月潮音は、朝から理事長室を訪れていた。


 そこに、出勤してきた立花美月理事長。

 チラッと潮音を視界に入れつつも、先に側近達への挨拶を優先する。

 「おはよう」

 「おはようございます、理事長」

 数人と挨拶を交わしていると、潮音も同様に室内に居る数名の者達と挨拶をする。

 その後、早速本題に入ろうとするが、

 「潮音が朝からここに居るってことは、また何か問題が起きたのね」

と先に言われてしまう。

 「すいません、理事長。 ここを訪れる時は、問題ばかりで」

 「この学校は、小学校から大学まであるのですから、毎日問題だらけですよ。 それで今日は?」

 「璃月流月が、19人の生徒の学内決済カードを利用停止にしてしまったのです。 学校側に無断で」

 その名前を聞き、美月は天井を見上げてしまう。


 「またあの子なの? 高校内の裁判長を気取って、自分は何しても正しいっていう勘違いが甚だしい子だから、付ける薬も無いのよね。 親の威を借る月姫って言ったところかしら」

 「上月会なる組織を作って、2年半近く国際戦戦科を牛耳ってますから。 まあ、そういうものを作って運営する様なことも勉強だというのが、この学校の方針ですけど......」

 「ただ、学内決済カードの利用停止は生徒としての権限を大きく逸脱行した為ね。 言い分次第ではペナルティーを課しましょう。 貴方達、直ぐに寮へ行って璃月流月をここに連れて来なさい」


 その理事長の指示に、嫌な顔を見せた側近達。

 流月が、璃月財閥の威光を背景に、簡単には理事長の呼び出しですら応じないとわかっているからだ。

 「だらしないわね~、小娘一人でしょ? 今回の件は既に璃月財閥当主の耳にも入っていて、流月の父親が緊急の呼び出しを受けているとか、私がカンカンに怒っているとか、何でもイイから厳しく告げて、とにかく連れてきなさい」

 立花理事長が側近達へ改めて指示を出し直している間に、潮音は何処かに連絡を入れるのだった。


 「貴女は秘書かしら? 私よ、直ぐ莉音りおんを呼んで......」

 「莉音。 またあの子が財閥の権限を学校内で使ってしまって......そう、貴方の叔父が実際のところは動いたのだろうけど......。 ちょっと、叔父だから厳しく言いにくいなんて言わないで。 今回はいきなりやり過ぎだから......。 イイ? 莉音の方で叔父を呼び出し、厳しく叱責すると共に、やったことを直ぐに撤回し、復旧させるよう指示してね。 じゃあ」

 潮音は璃月財閥の現当主璃月莉音と携帯端末での会話を終えたところ、それを聞いていた理事長が少し冗談っぽく確認する。

 「流月の父親には、潮音が直接言えばイイんじゃない?」

 「私が言って素直に聞き入れる人ではありませんよ。 そういう面は父娘そっくり」


 潮音の答えを聞きながら、少し考える美月。

 「え~っとそうだった。 秋月潮音は、璃月財閥の大御所様である璃月詩音の養女で、本家の秋月家を継いだ身。 三条璃月家の次期当主である璃月流月にとって、お互い璃月家の本流の血筋を引いていない者同士の、財閥内におけるライバルっていう設定だったよね?」

 そこまで話すと笑い出す理事長。

 「よく出来たシナリオだわ。 まあ、貴方の家中のお話だから、どんな状況でも構わないけど、流月が暴走する時は、いつも潮音が絡んでいる時ね。 今回も結局はそこが原因なのでしょ?」

 「私は微塵もライバルだと思っていないんですが、先方が歳下のくせに、勝手にライバル視して困っているのです」

 「だから、いっそのこと真実を話してしまえば?」

 「それは面白くないじゃないですか」

 潮音はそう答えると、悪戯っぽい表情を見せる。

 「潮音がそう言うのなら、仕方ないわね」

 理事長はそう答えると、招かねざる客人の相手をすべく、準備を始めるのだった。




 約30分後。

 やはり璃月流月は、財閥の威光を傘に着て駄々を捏ね、なかなか理事長の側近達の言うことを聞こうとしなかったが、父親から連絡が入り、

 「財閥当主から緊急呼び出しを受けた。 お前の言い出したことなのだから、そちらでも動きが有るだろうけど、素直に従え」

と言われたことで、ようやく渋々理事長室へ向かうことを承諾したのであった。



 理事長室に入ると、立花理事長の他に、秋月潮音も在室していたことから、

 「チッ、潮音か〜、財閥当主にチクったのは」

と呟きながら、思わず舌打ちをしてしまう。

 「ルナ。 何、その態度は。 立花理事長の前でもその失礼な態度。 17歳の小娘が行って良いことではありませんよ。 璃月財閥の面汚しが」

 潮音がここぞとばかりに、わざとらしく畳み掛ける。

 流月は反論しようとしたものの、理事長に、

 「璃月流月さん。 今回の件は、生徒の身分を超えた、不法な越権行為ですよ。 先ずは反省しなさい」

とキツく叱責されてしまう。

 理事長に『退学』だと言われたら、どんなにやんごとなき身分で有っても、退学になってしまうことぐらいは、傍若無人な流月でも知っている。

 そこで、ここはグッと我慢をしたのだった。


 「なぜ、19人もの生徒の学内決済カードを勝手に利用停止にしたのか、先ずは理由を説明しなさい」

 理事長の質問に流月は、軍事戦戦科の傭兵Bクラス、戦々B・Cクラスから、

 『その他の4クラスが潮音に依怙贔屓されているのに対し、潮音が監督している模擬実戦訓練にすら参加させてもらえず、同じ生徒の身分ながら、夏休み中とはいえカリキュラムや授業・訓練に著しい差を付けられ、不公平だ』

という申し立てが上月会に有ったという理由を説明し、都佐波和寛・難分陸両名の書名入り申立書を理事長に提示したのであった。

 その申立書を眺める理事長。

 潮音もそれを覗き込む。


 「先ずは貴女達の勘違いを正さないとね。 屋外訓練場は国防軍と2大財閥の共同保有施設。 それを学校側が管理しているだけ。 今回の夏期休暇期間中の模擬実戦訓練は、国防軍の方で実施されている訓練であって、学校側が実施している訓練では無いの。 だからカリキュラムとか授業とかには全く該当しないわ」

 理事長のその言葉に、

 『まずった』

という表情を見せた流月。

 上月会メンバーの都佐波と難分の言葉を鵜呑みにして、訓練の実施主体や内容を調査せずに行動してしまったのだ。


 「国防軍側の訓練と言われましたが、なぜうちの高校生が参加の主体なのですか? 納得出来ません。 理事長の詭弁ではないのですか?」

 この言い分。

 そう簡単に手落ちを認めるような流月ではない。


 「流月さん。 全国の高校の中で3校にしか設置されていない軍事戦戦科は、国際情勢も防衛情勢も厳しい我が国の置かれた立場を考慮し、少子高齢化と数度の局地戦の影響で特に若者の志望者が少なく、人材不足に苦しむ国防軍が、2大財閥協力のもと、国を護りたいという志望を持つ優秀な学生生徒を確保する為に設置された学科です。 それはわかりますよね」

 その説明に頷く流月。


 「高3になれば、その中でも優秀と認められた生徒は、将来国防軍に必ず入軍することを約束する代わりに、国防軍側から学費諸々の補助金代わりの俸給が支払われる、軍属という身分となる場合が有るの。 要は高校卒業前にスカウトされるということ。 傭兵Aクラスの5人は7月1日付で国防軍の軍属になり、既に俸給が支払われる立場なのよ」

 理事長の更なる説明に、ショックを受ける流月。


 『私としたことが、都佐波と難分如き末席の戯言に乗せられてしまうとは......高校生なんて、所詮経験不足・知識不足のガキなのだから、その点を気を付けなければならなかったのに......まさか軍属になっているとは。 下手すれば国防軍に喧嘩を売った形式となるにも関わらず、あの2人そんな大事なことを上月会に一切告げず、あのような申し立てを......』

 潮音の名前を聞いただけで、ライバル心が燃え上がり、即断してしまったことに臍を噛み続けるルナ。


 「更に付け加えると、特別クラスの4人は国防軍の特務尉官として、7月15日から事実上任官している立場。 国防軍統合作戦本部の命令が有れば、戦場に出なければならないってことね。 既に国に殉ずる覚悟を決めている同級生達に対して、のうのうと好き勝手生きている貴女は、私への嫉妬心から、くだらない申し立てを理由に、何の罪も無い同級生達に嫌がらせをしたってこと。 恥を知りなさい」

 今まで見たこともない潮音の厳しい表情と言葉に、動揺する流月。


 「でも、潮音が訓練を監督している以上、高校の授業に該当するのでは......」

 まだ言い訳をして、一発逆転を狙おうとする流月。

 「あのさ~私、高校教師じゃないよ。 大学の講師。 高校に関しては4人の面倒を見ているだけ」

 「それと、秋月潮音さんは、国防航空宇宙軍の現役士官。 そっちが本職で、大学の方は軍事戦略戦術学部に専門知識を教えるという立場ってだけなの」

 潮音と理事長からの相次ぐ説明は、ダメ押しであった。

 考えが甘ちゃんだったのは自分自身だったと、激しい衝撃を受ける流月。


 「幸いにも上条彩雪音さんから、上月会の形式上のトップとして、間違ったことをした会の責任を取るという申し出があったわ。 19人の今後の学内決済は分家の上条家で支払うということになったの。 貴女の間違った行為をカバーするこの動きが無かったら、上月会は即日解散を理事長名で命じていたところよ」

 上月会の日頃の方針に批判的なお飾りのトップ彩雪音が動いてくれたことを聞き、驚いた流月。


 「とは言っても、既に貴女達も高3の半ばに差し掛かっているわ。 色々と物議を醸してきた上月会だけど、この事件を期に店じまいしなさい。 この秋をもって自発的に解散。 これは理事長からの命令ね」

 潮音が告げた言葉に、流月は渋々頷く。

 大学受験を控え、そろそろ御飯事おままごとの生徒会もどきの組織を畳む時期が来ていることを流月自身感じていたからだ。

 よって、潮音や理事長に言われたからではなく、自分達で解散を決めた形に持ち込むつもりであった。


 「では、会の解散誓約書を本日中に理事長宛てに提出すること。 解散の期日は自分達で相談して決めなさい。 後輩に引継ぐことは許されません。 自分達で始めたことは、ケツも自分達で持ちなさいってこと」

 潮音の言葉に続いて、理事長も、

 「それと今日から卒業迄、19人の学内決済の代金は三条璃月家側で全額支払うことを約束して。 これは貴女へのペナルティー。 そもそも上条家が持つのはおかしいでしょ? 貴女が父親を使って他人のモノを勝手に止めちゃったのだから。 19人から裁判を起こされれば、負けるのはルナと貴女の父ですよ」

 「はい。 一方的な言い分を鵜呑みにして、やり過ぎました。 その責任は取ります」

 ようやく素直な言葉を吐いた流月。

 潮音に謝罪するのはシャクなので、理事長に謝る形でトラブルの始末を付ける決断をしたのだ。


 「分かれば宜しい。 誤魔化そうとしても、特別クラスの4人と傭兵クラスの5人は、国防軍の私の部下。 調査すれば直ぐに事実が判明するのだからね」

 「一つ質問ですが、その決済金は、最終的に当事者である、傭兵Bクラス・戦々BCクラスの全員に請求しても構わないですか?」

 その言葉に驚く、理事長と潮音。

 ただでは転ぼうとしない小娘だと、ちょっと呆れた表情。


 「その辺りは三条璃月家の弁護士に相談するなり、なんなりして貴女達で決めなさい。 今回のトラブルのキッカケは、その3つのクラスにも当然あるのだから」

 条月大附属高は、『自主・自律』が校是となっている。

 色々と発生するトラブルも、出来る限り生徒間で解決することを促す方針なのだ。

 それは、金銭的トラブルも同様。

 犯罪は遠慮なく捜査機関に通報・告発するが、それ以外のものは、社会勉強として大人達はアドバイス程度の関与に留めている。

 若年層が詐欺や金銭トラブルの罠に嵌まることが多い時代がずっと続いている以上、そういう経験も必要だからだ。


 「では、これにて璃月流月の査問は終了。 最後に言っておきますけど、今後軍事戦戦科に貴女が口出しするのは止めなさい。 貴女は国際戦戦科の生徒でしょ? 軍事戦戦科は、国防軍の関与している特別な高校と考えること」

 理事長が最後に告げると、頭を下げる流月。

 しかし、悔しさから潮音の方には頭を下げず、部屋を出て行ったのであった。



 「潮音。 これでイイかしら?」

 「ええ。 十分でしょう」

 そして2人は笑い出す。

 「私は間もなく56歳だけど、こんな感じで潮音と話している時は、高校時代の同級生だった時のような感覚だわ」

 理事長はそう言いながら、朝のコーヒーをコーヒーマシンで2杯作って、ソファーテーブルに並べる。

 「遠慮なく頂きますね。 美月」

 潮音がわざと呼び捨てしたので、大笑いに包まれる理事長室であった。


 

 一方、寮の自室に戻った璃月流月。

 すると父から、

 『財閥当主から「子供同士のトラブルを企業内に持ち込むのは言語道断」と大目玉喰らったよ。 暫く、財閥の当主会への出席禁止と、止めた学内決済カードの元通りへの復旧を指示されたのだが、復旧は出来ないと技術部から連絡があってね。 本当に困っているよ......』

という情けないメールが届いていたのだ。


 急いで連絡を入れる流月。

 「パパ。 復旧出来ないってどういうこと?」

 「カードを止めた時、その理由を不正利用にしたから、セキュリティの関係上同じカードは二度と使えないんだ。 うちの会社が開発したシステムを使っているから、止めるのは簡単だったのだが......」

 「パパ、ゴメン、迷惑掛けて。 さっき立花理事長と潮音から呼び出しを受けて、軍事戦戦科は国防軍が関与している特別な科だから、余計なことするなって警告受けたよ」

 娘のその言葉に、顔面蒼白になった父。

 「パパ、顔色悪いけど、どうしたの?」

 「ルナ。 今、『潮音』って呼び捨てにしたよな?」

 「うん、そうだけど」

 「手出しするな以外には、何も言われなかったか?」

 「あとは、普通に怒られただけだよ」

 「......」

 流月の父は黙ってしまうのであった。

 潮音は、当主璃月莉音と実の兄妹であると言われているのに......


 「パパ、本当に大丈夫?」

 「ああ、大丈夫だ。 流月、あまり潮音さんに楯突くな」

 「え〜、なんで?」

 「先方が歳上だろ。 それにルナはまだ知らない色々な事情も有るんだよ......とにかくなんでもだ」

 「......わかったよ~。 それと学内カードを止めちゃった19人分の卒業までの支払いは、三条璃月家持ちになるから、それもよろしく」

 「よろしくって、ルナな〜......」

 「昨晩、上条彩雪音が持つって19人に約束しちゃったらしいのよ。 彩雪音のところは分家の上条家だけど、先にそう言われちゃった以上、結局ウチで持つしかないじゃない?」

 財閥としては、璃月財閥の方が上条財閥よりも規模が一回り大きい。

 上条家が約束した以上のことを璃月家としては、するしかないのだ。

 分家であっても、そのプライドにかけて。


 「そうだった。 相手の同意を得ないと発行出来ないから手間が掛かるけど、学内カードの再発行は......」

 「それも、上条家が新しいカードを渡すって。 上条彩雪音名義のを」

 「そこまでされてしまうと、私の立場が......」

 「これは上条彩雪音からの警告よ。 同じことをさせないっていうね。 上条家内でも優秀な成績が評価されている彩雪音の学内カードを、もし私が止めたとしたら......」

 「三条璃月家は、ただの三条家になってしまうな。 1500年近い歴史を持つ名門というだけの」

 流月の父はそう答えると、

 「ルナもせっかく優秀な成績なのだから、これ以上余計なことには首を突っ込まないでくれよ〜」

と懇願するような言葉を残して、通話は終わったのであった。




 その後、彼氏の上弦を呼び出した流月。

 朝から説教という胸糞悪い状況の気分転換に、カフェで雑談でもしようということであった。

 「朝からご苦労様〜」

 上弦は流月が何も言う前から、理事長に呼び出されたことを知っていたらしい。

 寮の部屋の前で、押し問答を30分程度続けていたのだから、既に噂になっていたのだ。

 「なんだ、知ってたの」

 「この学校は長期休暇中でも、噂が流れるのは超早いからね」


 「結構、怒られちゃったわ」

 「僕は元々心配していたよ。 相手が国際戦戦科じゃないからさ。 軍事戦戦科の彼等って事実上、軍人としての訓練を受けているのだし、もし本気で怒っていたら......」

 「ただじゃ済まないってこと?」

 「異能を持つ特別クラスの4人が本気を出したら、流月を殺すことも可能だよ。 証拠を何も残さずにね」

 彼氏のその言葉に、ゾクゾクっと寒気が走った流月。


 「理事長からは、軍事戦戦科内で対立があろうが戦争が始まろうが、とにかく手出し無用って言われたのは、そういう意味も有るのか〜」

 彼氏を前に、ちょっと大袈裟な言い方をしてみたルナ。

 その元締めの一人である、秋月潮音を挑発するなとさっき父が言ったのは、軍部の影を恐れたのかもと解釈したのであった。


 「それで、どうするの?」

 彼氏の質問に、不思議な表情を見せながら確認する。

 「どうするって?」

 「上月会の決定さ〜。 軍事戦戦科内の対立の片方に肩入れしただろ? 手出し無用って理事長に言われたのなら、撤回するのが当然じゃん」

 「それは、そのままにするよ」

 「えっ、それだと約束を破ることに......」

 「確かに昨日私は一方の言い分だけを聞き入れて、傭兵Bと戦々B・Cに肩入れしたわ。 でも昨晩彩雪音が逆に戦々A・D側に肩入れをして、19人の学内決済カードを新たに支給するって約束したのよ。 それも上条家の名が付いた利用上限無しの特別カードをね」

 「そうなんだ~。 じゃあ双方の対立で、上月会の幹部が別々に動いた形になったのか〜」

 上弦はそう呟くと、少し考え込む。


 「しかも19人の卒業までの今後の食事代やらコンビニ代やら学内カードで使う代金、彩雪音が全部払うって言ったらしいのよ」

 「じゃあ、結局得したのは19人の方?」

 「私がやったことだから、上条家に借りは作らず、最終的にはウチで支払うよ。 理事長にはそれを約束させられた代わりに、学校からのペナルティーは無しって結論」

 「え〜、じゃあ、流月が双方に介入したようなものじゃん」

 「19人は、勝手に妬んだ傭兵B&戦々B・Cが先に動いたことで利益を得た形ね。 だから、国際戦戦科から少しハブられることぐらい、当面受け容れるべきだわ。 そもそも特別クラスと傭兵Aクラスは、国際戦戦科の同級生と交流無いでしょ」

 流月は上弦に理由を説明すると、注文していたパンケーキが来たので食べ始める。

 「お腹空いてたから、いつもより美味しく感じるわ~」

 その表情を見ながら、

 『自分の立場を守り、体裁を繕うために一旦出した指示の朝令暮改はせず、理事長との約束を半ば反故にするつもりなんだな。 しかも平然としている。 いつもながら、一筋縄ではいかない豪胆な子だなあ~』

 そんな感想を持ったのであった。




 結局、流月は、その日のうちに、上月会の解散誓約書を理事長宛てに提出した。

 その解散予定日は独断で決め、11月30日と書かれていた。

 その他に、19人の学内決済カードを使用停止にし、更にチャージ分等カード内情報の全てを復旧不能にしたことに対するペナルティーとして、2091年3月31日分までの新たなカードでの使用金額の全てを精算後、纏めて上条彩雪音側に支払うことを誓約する文書も提出したのだった。


 しかし、潮音や理事長と約束したのはそれだけであった。

 勿論、今後、軍事戦戦科に関わらないということは守るつもりであったが、その話が出る前に起きた事象を元に戻す約束は無かったので、国際戦戦科3年と19人との一切の交流停止は、上月会が解散する日まで、そのまま継続されることとなったのだ。

 その為、最大の当事者である、傭兵Bクラスと戦々B・Cクラスの合計15名は、その代表者である後部、都佐波、難分の醜い感情と浅慮な行動が引き起こした大きなトラブルの発生に、この時点では全く気付いていなかった。



 「使用停止になった連中の学内カード、結局上条彩雪音がさっき新しいカードを配ったらしいぞ」

 後部が2人に最新情報を話し始める。

 「彩雪音様が? じゃあ、連中が困る姿は今後見続けられないなあ~。 残念」

 「逆に上条家の力が19人の後ろ盾になってしまいそうじゃないか。 上月会と璃月流月の力に頼ったのは、あまり良い手段では無かったかもしれないな」

 都佐波と難分は、後部から聞いた彩雪音の行動が完全に予想外だったと悔しがるのだった。


 「でも、国際戦戦科の約300人が、連中と一切関わらない状況は続くのだろ? しばらく、その状況を見守りながら、次の手も考えておこう」

 都佐波の提言に頷く2人。

 更なる効果的な嫌がらせについて、その後も相談を続ける3人であった。




 「本当に、色々なことが起きる学校だね」

 幼楓は目覚めて4週間あまり。

 直ぐに夏休みに入ってしまったので、他科の同級生との交流は無いままだが、附属小・中と一緒だった友達との交流を、鶴の一声で断ち切られるのはおかしいと思うのは当然であった。

 「上条さんが動いてくれたお蔭で、学校内における金銭的な問題は解決したけどね〜」

 「潮音ちゃんからのメールによると、『全寮制・外出禁止のこの学校で生活が出来なくなるから、学内決済カードを勝手に止めたことは叱責したって。 あとの問題は自分達で解決するのがこの学校のやり方だよ』って書いて有るわ」

 鏡水も石音も、昨日から今日に渡る突然の出来事への反応は、こんな感じであった。


 「俺達は、別に国際戦戦科の同級生から無視されたって、元々知り合いも居ないから影響ないけどさ......」

 焔村は、上条家名義の学内カードを受け取ったことにより、入店拒否が解除された食堂内で、一緒に昼食を食べている戦々Aクラスの5人の表情を気の毒そうに見ていた。

 その5人は一様に元気が無い。

 今まで親しく話していた友人達から、急に無視されるというのは、いくら他科とは言っても、精神的に堪えている様子だからだ。

 「『元気出せよ』って言える立場でも無いからな。 俺達5人は高校からの入学組で、国際戦戦科と付き合いが無いし」

 いつもは昂然としている傭兵Aクラスの尚武と雖も、流石に掛ける言葉が無いようだ。


 すると、何となく暗い雰囲気で食べている14人のところに、戦々Dクラスの5人がやって来たのだった。

 2人の客人と一緒に。

 一人は上条彩雪音だが、もう一人は斯波田上弦だったのだ。

 国際戦戦科が誇る総合成績ナンバーワンとナンバーツーが連れ立って和食専用食堂に現れ、しかも交流禁止の指令が出たままの軍事戦々Dクラスの有名人奥武浦紗季と親しげに話しながら入って来たので、食堂内に居た生徒達がざわめき始める。


 「あら、国際戦戦科の皆さんは、上月会のお達しを律儀に守っていらっしゃるの? 私は自分自身の判断で、こうしているのよ」

 わざとらしい大きな声で、紗季と話している理由を語った彩雪音。

 その姿に降参というポーズをしながら、彩雪音の後ろを歩く斯波田。

 そのまま、幼楓達が座っているテーブルのところまで、彩雪音は進むのだった。


 「隣、座ってイイかしら?」

 彩雪音は鏡水に断りを入れる。

 「どうぞどうぞ」

 「じゃあ、遠慮なく」

 そう言ってから座ると、鏡水の顔をマジマジと見詰める。

 「九堂さんを初めて間近で見ましたけど、本当に美しい顔をしていらっしゃるのね。 羨ましいわ」

 いきなりそんなことを言われて、ちょっと赤面する鏡水。

 「国際戦戦科の下級生の女の子達が、いつも騒いでいるのです。 九堂さんを見掛けた等とね。 だから、一度お話してみたいなと思って、紗季と合流してここに来ました」

 一緒に来た理由を説明する彩雪音。

 「学内決済カードの件、ありがとうございます。 突然使えなくなって、本当に焦っていたのです」

 鏡水が、恥ずかしさを少し誤魔化す為、とりあえず御礼を述べると、

 「そんな、気になさらないで下さい。 私に出来ることをしただけですから」

 彩雪音のその返事に、残りの18人も、

 「上条さん、ありがとうございました」

と一斉に御礼を述べる。

 「皆さん、そんなに畏まらないで。 それに卒業までの新しいカードでの支払いは、最終的に三条璃月家の方で全部支払ってくれるそうですから、じゃんじゃん使ってあげて下さいな」

 そう言ってクスクス笑い出す彩雪音。


 「ところで、上条さんと一緒に来た彼は、斯波田君だよね? 三条璃月流月の彼氏の」

 焔村が確認すると、

 「普段全く接点の無い、特別クラスのスペシャルな方々にも僕の名前を覚えて貰えてて光栄ですよ。 4人の中でも特に九堂さんと央部君は、非常に成績優秀だからね」

 そう答えた上弦。

 「上月会から、俺達19人との交流は控えるようにと命令みたいなものが昨日出たと聞いているが」

 尚武真紗人が上弦に改めて確認する。

 「そうだったかもね。 でも、彩雪音がそんな命令無視しているように、僕も璃月流月の代理としてここに来たからには、話をしなくてはいけないし、特に気にしていないよ」

 「代理?」

 「そう、代理。 流月はプライドが高過ぎて、皆さんの前には出たくないって言うから、仕方なくだね」

 上弦は理由を話すと苦笑いをした。


 「彩雪音。 ひとまず流月の用件を先に済ませて良いかな?」

 「どうぞどうぞ。 私は普段話すことのできない九堂さんや京頼さんと女子トークしに来ただけだから」

 そう言うと、紗季と沼田美来も交えて話を始める。

 その間、上条家の女性執事が料理を適当に見繕って、彩雪音のところに持って来たので、

 「こんなトラブルがキッカケですが、せっかく話をする機会になったので、料理を摘みながら暫くお話ししましょう」

と合図をすると、自己紹介を始めてしまう。

 少し呆気にとられる男性陣。

 

 「こういうフレンドリーで明るいところが彩雪音の良いところだから、気にしないで」

 上弦はそう言うと、流月の代理として話を始めるのであった。

 「今朝、流月が理事長と秋月先生の呼び出しを受けたので、事情はだいたいわかりました。 学内決済カードをいきなり止めてしまったのは、流月の暴走で謝罪するに値します」

 「暴走と言われても......」

 その場に居る当事者全員が困った表情をしてしまう表現であった。


 「流月は、秋月先生の名前を聞くと、少し我を忘れてしまうので......止めたカードはセキュリティー上、二度と使えないことから、彩雪音が渡したカードを使って下さい。 チャージして有った分等はデータ確認後、返済するそうですから」

 「......」


 「ところで、傭兵Bクラスや戦々B・Cクラスと和解する予定は有りますか?」

 その質問に真沙人が答える。

 「和解も何も、俺達はアイツ等に対して、なにかをした訳では無いし、アイツ等は勝手に不満を募らせて、嫌がらせをする為に、上月会に泣きついたのだろ?」

 「なるほど。 こちら側としては和解の必要性自体が無いってことですね」

 「その通りだ」

 「上月会としては、理事長との約束で、今度一切軍事戦戦科に対してリアクションを起こしませんので、当面は現状維持が続くことになります。 それが璃月流月からの言伝です」

 「現状維持?」

 「その通り。 国際戦戦科3年の約300人に出した要請は撤回しないということです。 ただし、彩雪音のように要請に従わない生徒が出ても、それに対してペナルティーを課すことも致しません。 課してしまえば、今後関わるなという理事長との約束を反故にすることになるので」

 「わかったよ。 今後上月会は中立の立場となるってことだな」 

 「御名答。 君達と都佐波君や後部達、その対立を高みの見物させて貰うことになるのかな」

 上弦は、一同を代表して答えた真沙人との会話を一通り終えると、

 「彩雪音。 僕は帰るから、ごゆっくり」

と言い残して、食堂を出て行ったのであった。

 

 「まあ、そういうことで皆さん、暫く辛抱して下さいね。 都佐波君と難分君が持ち込んだ案件で、現状一番貧乏くじを引かされたのが流月ってことになるでしょ? 理事長先生達に散々怒られた上、高校生活の残り8か月分の皆さんの生活費を負債として抱えちゃったのですから」

 「だから、一度出した指示は撤回出来ないって、斯波田君は言ったのね?」

 「そうです」

 彩雪音はそう答えながら、

 『流月のことだから、最終的には当事者の誰かに責任を取らせるのでしょうね。 一体どうなることやら......』

と思い、ため息をついてしまうのであった......


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