4.第二王子アレン・シャパル
アレン・シャパル王子殿下。
言わずもがなこのシャパル王国の第二王子である。その容姿はもちろん美形であり、ランフォード様と同じく金髪で、瞳はエメラルドグリーン。中身は兄弟で全く違って、王族なだけあり彼は所謂俺様キャラなのだ。
アレン様かあ……。ぶっちゃけ、攻略対象者5人の中で、一番苦手なんだよなあ……。俺様キャラって好きな人は好きなんだろうけど、ちょっと幼稚な感じがするというか……。
多分、夢で見た前世の息子と似ているからだろう。自己中で我儘に反抗して来た、でも可愛いわたしの息子。
歳も息子とほとんど変わらないし。まあそれは全員だけど。前世で言ったら中高生くらいなんだから、子どもっぽくて当然とも思えるが、さすがに息子に良く似た子は恋愛対象にはならない。
そうも言ってられないんだけどなあ……。
そもそも死んだ記憶がないからピンと来てないけど、わたしが死んだ後、夫と息子はどうしただろう。困ってないかなあ。元気に生きててくれるといいけどなあ。
シンも退出し1人になった応接室で、そんな風に現実逃避をしながら大人しく座っていたら、突然、激しくドアが開いた。
「ユリアっっ!!!」
おお…………元気だな、アレン様。
礼儀も何もあったもんじゃない登場に、わたしはびっくりしすぎて言葉が出ない。
アレン様はそのままずかずかと足を進め、わたしの前に立った。
「何日か前に、ヴィンセントに会ったそうだな!?」
「は、はい……」
「求婚されたのか!?」
「ええ……!?」
「先程、兄上とも話したのだろう?まさか、もう返事をしたのか!?」
なんということでしょう。
アレン様は、わたしが、ヴィンセント様とランフォード様から、求婚されたと思っている……!
アレン様は、あの現王妃から、国王になるようにとプレッシャーをかけられ続けて育ったお方。兄であるランフォード様には、半端じゃない対抗心を燃やしている。
更に在学中、一度も成績で勝てなかったヴィンセント様にも、劣等感を抱いている。
その2人にわたしを取られるのは、プライドが許さない……といったところか。
「アレン殿下、落ち着いてください。わたしは、誰からの求婚も受けておりません」
そもそも、されてないからな。
わたしは、なるべく可憐に見えるよう、優しく微笑んだ。
アレン様は、この庇護欲を掻き立てるような可愛らしいわたしの顔面が、大好きなのだ。このチャンス、逃してはならない。このまま婚約までこぎつけてやる!
「良かった……ユリア。やはり、俺のことを一番に想ってくれていたんだな」
「もちろんです、アレン殿下」
我ながら酷い嘘だな。……どうしよう、罪悪感で吐きそう。
落ち着きを取り戻したアレン様は、先程までランフォード様が座っていた席に、どっかりと腰掛けた。
そして、優越感たっぷりの勝ち誇った笑みを浮かべている。
なんだその顔。とても愛しい人と結ばれた男が浮かべる表情とは思えない。
「……で? どうやって断ったんだ?」
「……はい?」
「ヴィンセントと兄上は、どんな言葉で求婚し、お前はなんと答えたんだ」
「……えっと……」
「俺の名前は出したのか? 俺を選ぶと、2人にはっきり言ってやったか?」
……こいつ…………。
わたしのこと、これっぽっちも愛してないじゃないか。わかってたけど!
それにしたって、あんまりだ。自尊心を満たす為の道具としてしか、見られていない。
わたしは自分のことを棚にあげて、だんだんアレン様に腹が立ってきた。
アレン様ルート、めちゃくちゃ大変だったんだからな!!
男爵令嬢ごときがアレン様と仲良くしたせいで、現王妃に睨まれて! 現王妃はアレン様が強い後ろ盾を得るよう、高位貴族の令嬢との婚姻を望んでいたから、わたし、毒を盛られて死にかけて……。あんな目に遭ったっていうのに、わたしの価値ってそんなもん!?
……まあ、わたしが寝込んでいる間に、アレン様は証拠を掴んで現王妃を糾弾し、断罪。
わたしは何もしていないんだけど……。
それにしても現王妃、フルボッコだな。3人もの攻略対象者からそれぞれ断罪されるとは……。悪役令嬢はいないけど、現王妃は明らかに悪役。この悪い流れのまま、ヒロインのわたし、本当に悪役にざまぁされるのでは……。
恐ろしい想像に、思わず身震いした。
現王妃、幽閉されてはいるけど、存命である。もし無敵のシンが味方でなくなれば、全ての断罪に関わったわたしの命は、本当に危ないかもしれない。
やっぱりシンを失う訳にはいかないな。こうなったら、心を殺してこのアレン様に調子を合わせ、婚約するしかないか……。
愛より打算のわたしたちは、似た者同士と言える。案外相性も良く、仲良くやっていけるかも……。
……いや無理だ。一生愛が芽生える気がしないし、なんなら浮気の末の修羅場まで脳裏に浮かぶ。
「どうなんだ、ユリア?」
ふんぞり返っているアレン様に、モラハラ夫の未来が見える。もうだめだ。
「……いいえ」
「何?」
「その……」
「なんだ! はっきり言え」
「求婚は、されておりません」
「……………………何?」
わたしはアレン様を真っ直ぐ見据え、口を開いた。
「ヴィンセント様もランフォード殿下も、わたしと婚約を結ぶ意思はございませんでした」
……言ってしまった……。
アレン様の顔色が変わる。
でも仕方がない。わたしは愛されたいのだ。
そもそもどうせここで誤魔化して丸め込んでも、事実は永遠には隠し通せないだろう。
「ならば……一体、2人とは何の話をしたんだ……?」
「……。わ……別れの挨拶……?」
――――ドンッッ!!
アレン様は、目の前のテーブルを拳で思い切り殴りつけた。顔が、怒りで真っ赤に染まっている。
大きな音には驚いたけれど、そんなアレン様を前にしても、わたしの心は妙に冷めきっていた。兄とライバルが捨てた女と結ばれるなんて事、この人の高いプライドが許すはずもない。
アレン様は、まるでゴミでも見るような目でわたしを見下ろしていた。手の平返しがエグい。
「お前にはもう用はない。帰れ」
「……はい……」
……俺様キャラってなんだろう。これじゃただ尊大な態度のワガママ自己中王子だよ。
アレン様って、ゲーム中は、優しくて頼もしかったんだけどなあ。普段偉そうなのに、たまにわたしにだけ甘えてくるツンデレキャラだったのだ。
……うん、やっぱり反抗期真っ只中の中学生男子にしか見えん。こんな子どもっぽい奴に、王国任せて大丈夫だろうか。
ランフォード様、どうか考え直してください。
わたしは、とぼとぼと部屋を後にした。
***
帰りの馬車内の空気は重い。向かいに座るシンは、黙って窓の外の景色を眺めている。
そうえいばヴィンセント様にフラれた後も同じような態度だった。あの時は沈黙が有り難かったけど、今は全く状況が違う。
わたしは崖っぷちどころか、崖に片足踏み出そうとしているのだ。なんか言ってくれ。
「ねえシン。おすすめの修道院を教えて」
例の音声アシスタントにカフェを聞くノリで尋ねたら、盛大に溜め息をつかれた。物凄く面倒臭そうにこちらに視線をよこす。
「お嬢様に修道院は向いてないと思いますけどね」
「だって仕方ないじゃない。もうわたしには、他に道がないんだから」
「結婚を諦めたなら、大人しく男爵家で永久にただの穀潰しになってりゃいいんじゃないですか」
なにその地獄! 一生厄介者扱い間違いなし!
「そういう訳にもいかないでしょう!」
「だったら娼館にでも行った方が、才能を発揮出来て良いかもしれませんね」
なんて事を……! どこの貴族子女が、自ら望んで娼館に行くっていうんだ!!!
「お嬢様。餞別に、情報がひとつ、ありますが」
あ、餞別って言った。辞める気だ。わたしを見捨てて出て行く気だ。
しかしシンの情報とあれば、聞かない手はない。
「…………一応聞こうか」
「王家は、既に1ヶ月後の婚約発表パーティーの準備を進めています」
「婚約……パーティー? って、誰の……?」
「王子殿下に決まってるじゃないですか。今日、お嬢様と殿下の婚約が纏まる算段で動いていたんですよ。一刻も早く王妃断罪の混乱を収める為にも、王子殿下の婚約、そして立太子は必須です」
「おお……それはそれは……」
気が早いというか先走りすぎというか。……ん?しかし……。
「婚約、決まらなかったけど……。パーティーは、どうなるの?」
「もちろん開かれます。アレン殿下とリリアナ・ロードリン公爵令嬢の婚約が有力かと」
「えええ!?」
なにそれ! さっきの今でそんな事ある!?
「お嬢様がご存知ないだけで、水面下ではずっと調整されていました。ロードリン家ならば後ろ盾として申し分ありませんので、在学中のリリアナ公爵令嬢の卒業と同時に結婚という流れになるでしょう。ランフォード様は完全に気力を失われたようですし、アレン様が婚約するとみて間違いないでしょう」
うん……。シンが言うなら、きっとそうなるのだろう。しかし衝撃だわ……。なんだろう、なんかショックだ。
「だから、ぼんやりしてる場合じゃないですよ」
「……ん? どういう意味?」
分からないのか、と言いたげにシンは顔を顰める。
「王家のパーティーとなれば、お嬢様も参加必須です」
そうか……行かなきゃいけないよね……気は進まないけど。しかし、行くとなれば……。
「……はっ! エスコート!!」
「そうですね。旦那様も奥様と共に出席されるのですから、お嬢様もお相手の心配をした方がよろしいかと」
なんてこった! 詰んでいる…………!!! 情けない話だが、エスコートしてくれる男性のアテなどない。攻略対象者にフラれ続け、パーティーでぼっちを晒すなんて、ざまぁの極み!!
「…………ねえシン」
「お断りします」
「まだ何も言ってない!!」
バレている……。シンならなかなかの美形だし、適役だと思ったのに……。
わたしの人生、どう足掻いても詰みっぱなしだ。
シンとの約束の1週間は、残すところ僅か3日となっていた。