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3.第一王子ランフォード・シャパル


「本気で結婚する気あります? お嬢様」


 帰宅しても1人で泣けなかった。


 優秀な執事は、公爵家ではかなり離れたところで待機していたにも関わらず、会話の内容を全て把握した上で、自室に篭るわたしを攻めたてる。

 絶対声が聞こえない距離だったのに……。


「もう無理……死にたい」

「じゃあオレは荷物まとめて来ます。お世話になりました」

「最低だよあんた!! こっちは失恋して泣いてるんだよ!?」


 ベッドに突っ伏して涙でぐちゃぐちゃになっているわたしにも、シンは容赦がない。

 このタイミングで慰めずに去ろうとするなんて、人の心は持ち合わせていないようだ。相変わらず氷のような冷たい目で睨みつけてきた。


「そんなに好きならヴィンセント様の前で泣きゃいいんですよ。そのままなし崩し的に婚約しときゃ良かったものを……」

「だって出来なかった……。好きだから、出来なかったんだよお……」

「昨日の威勢の良さはどこ行ったんですか」

「フラれた後は誰だって元気なくなるよお……うぅ……」

「……チッ……鬱陶しいな……」


 なんか小声で悪口聞こえた!!!


「ヴィンセント様を諦めるなら、2人の王子のうちのどちらかと、上手いことやって下さいね」

「分かってるけど……今は、まだ、考えたくない……」

「考えてください。数日以内に、王家から呼び出しがあります」

「へっ……?」


 王家からの呼び出し、というパワーワードに、さすがのわたしも涙が引っ込んだ。

 逆ハーレムつくったヒロインは、やっぱり断罪される運命なのだろうか。いやでも何の罪で……?


「いつまで経っても婚約を決めない王子2人に、とうとう国王陛下も業を煮やしたようで。現王妃も幽閉された今、明るい話題を提供し、王族の未来に希望を抱かせる狙いもあります。そこで、どうやらお2人ともお嬢様と懇意にしているということを調べ上げて、どちらかと婚約させようと企んでいるようです」


 わあ……さすがの情報網。


「そういう訳ですから、得意の媚びた態度で、きっちり婚約を決めて来てください。この機会を逃せば、後はありません」

「ねえちょっとディスってない!?」


 とはいえ、シンの言う通り。唯一の武器が媚びた態度というのも悲しいけれど、わたしは今や崖っぷち。勝負は、その1日にかかっているのだ。

 これまでのイベント消化の実績を信じて、決めるしかない……!!



 ***



 お城のこれでもかというほど豪華な応接室で、わたしとランフォード様は、向かい合って座っている。

 シンの予想通り、あの後すぐ呼び出しがかかった。名目上は、王子2人が学友と久しぶりに話したいということで、1人ずつ順番にお話しする機会が設けられた。

 

 で、まずはランフォード様。国内に知らない人はいない、このシャパル王国の第一王子だ。金髪碧眼、正に王子様といった見た目だ。

 が、しかし……。


「久しぶりだねー、ユリアちゃん」


 めちゃくちゃヘラヘラしている!王族が、ユリアちゃん呼びはダメでしょう!!


 わたしは頭を抱えたくなった。

 このキャラ、ちょっと特殊なのだ。登場する時のデフォルトがもうこのヘラヘラ顔で、何に対しても無気力・無関心。学園でもそんな調子だから、成績も真ん中くらいで、パッとしなかった。

 ところが彼は実は、能ある鷹は爪を隠すタイプ。 

わたしと出逢って本気出したら、ヴィンセント様を凌ぐ優秀さを存分に発揮する。眼光も鋭くなり知的キャラに変貌するという、ギャップ萌え必至のお方なのだった。

 

 ただ……この様子じゃ、もう本気出すのはやめたようだな。めんどくさくなっちゃったんだな、きっと。



 攻略対象者は、皆学園では、わたしと同級生として出逢っていた。ランフォード様と第二王子のアレン様は、たった3ヶ月違いで生まれている。つまり、腹違いの兄弟ということだ。

 

 もともとはランフォード様のお母様が正妃だったが、ランフォード様が5歳のときに亡くなり、アレン様のお母様が王妃となった。その現王妃は、我が子であるアレン様を国王にするべく暗躍する。

 命の危険を感じたランフォード様は、愚鈍なふりをして、穏便に弟に王位を譲ろうとしていたのだ。

 

 ランフォードルートに入ると、ランフォード様のお母様が現王妃に殺されていたことが分かり、彼は復讐を胸に覚醒する。

 そこで現王妃は、ランフォード様の命を再び狙うようになる。わたしは、偶然ランフォード様の食事に、現王妃の手の者が毒を盛るところを目撃してしまう。

 いやそんなバカな。どんな偶然やねん。

 

 とにかくわたしはランフォード様の命の危機を救った。彼は現王妃を断罪し、わたしたちは結ばれ、ハッピーエンド……。

 チョロいな、どいつもこいつも。



「お久しぶりです、ランフォード殿下。ご機嫌麗しゅう」


 笑顔が引き攣りそうになるのを我慢して、満面の笑みで答える。

 くっ……本当は、覚醒後の方がかっこよくて好きだったのに……。


「……相変わらずだねーユリアちゃんは」

「…………はい?」

「いや? 相変わらず、可愛いなって」

「やだーありがとうございます!」


 絶対思ってない顔だよ!言葉に棘さえ感じたんだけど!?

 この男も目が覚めて、わたしのこと好きじゃなくなった……どころか、なんなら良く思われてないんじゃないか?

 

 またしても嫌な予感が胸をよぎったけれど、なんとかして婚約にこぎつけなければならない。

 


「ところでランフォード殿下。学園を卒業されましたけど、将来のことは、どうお考えですか?」


 婚約する気はあるんかコラ!


「うーん……。王妃があんな事になって、城内は混乱の最中だからねー……」

「心中お察しします。しかし殿下のご活躍は、素晴らしいものでしたわ」

「そうなんだよねー……。何故か無駄に動きすぎてしまって……」

「王国の為に、必要な改革だったと思います。殿下の行動なくしては、実現しなかったのですし、誇るべきですわ」


 ……疲れるなこの喋り方。

 しかしわたしは今まで、こうして無気力なランフォード様を励まし、その気にさせて好感度を上げてきたのだ。

 

 わたしは美人というより可愛い系だし、愛嬌なら自信がある。ヒロインなだけあって、特に男性ウケはめちゃくちゃ良い。

 さあこの力、遺憾無く発揮する時!!

 


「ユリアちゃんさあ……」

 

 怒涛の媚びワードを発するわたしを、ランフォード様はちらりと見た。

 

「それも才能だよね。すごいね」

「……………………は?」


 いかん。王族に向かって低い声出た。


 ランフォード様は、相変わらず軽薄そうな笑みを浮かべている。しかし、眼光は鋭い。わたしの考えなんて、お見通しと言ったところか。

 

 純粋にランフォード様を想っているだけならば素敵に見える鋭い視線も、やましい下心を隠しているわたしには、恐怖でしかない。

 ヘラヘラ顔でも、一度覚醒したランフォード様は、ただの愚鈍な男ではいてくれない。……詰んだ……。



「今後の話だけど。これ以上政治を掻き回す訳にも行かないし、王都を離れようかなーって。後は陛下と弟に任せて、田舎の領地を治めて、のんびりしようかと思っているんだよね」

「さ……左様でございますか」

 

 勿体無い……。ランフォード様のその能力を治世に活かせば、シャパル王国を大いに発展させただろうに……。

 役割を終えたヒロインに、心変わりをさせるのは難しそうだ。というか、わたしにはこの腹黒は手に負えない……。

 

 くそう……ついこの間までキリッとした顔で、

「ユリア……君がそばに居てくれるなら、一緒にこのシャパルをより良い国にしていけると確信している」

 なんて仰っていたというのに……。同一人物とは思えない……。



「そういう訳だから。ユリアちゃんも、元気で」


 あっやんわりフラれた――――――!!!




 ランフォード様は、さっさと部屋を後にした。あっという間に面会が終わってしまったな……。


 呆然としていると、部屋の外で待機していたシンが入って来た。城内なので、自室で2人きりの時と違い、出来る執事モードだ。

 

「お嬢様。アレン王子殿下がいらっしゃるまで、このままお待ちいただきたいとの事です」

「ああ……そう。分かったわ……」


 そうか……この後、アレン様とも面会があるのだった……。

 正直もう、全然気が乗らない。推しに失恋した傷も癒えないままに、別の男にまでフラれてしまったのだ。こんな事を続けていたら、わたしの心が死ぬ。

 


「お嬢様」

ふいにシンが、わたしの耳元に囁く。

 

「宰相の息子ロイ様と、騎士団長の息子クリス様ですが、それぞれ婚約が決まりそうです」

「なっ……」



 な――――に――――――――!!?


 思わず大声を出しそうになったけれど、ここは城内。ギリギリ我慢した。ちょっと出たけど。



 シンはとっても面白そうな顔だ。憎たらしい……。

 絶対、事前に知ってた情報だよね?ランフォード様にフラれた今が、一番ダメージ大きいの分かってて伝えたよね??


 

 しかしまずい……。ロイ様とクリス様は、わたしの最後の砦だった……。

 最悪シンを失ったとしても、2人のうちどちらかを婿に貰えば、養子にしてくれたマリナーン家に報いて、貴族としての責任を果たし生きていくことも出来たはずだ。それなのに……。


 

 シンには、見事に真の崖っぷちを演出されたようだ。

 アレン様をものにしなければ、わたしの嫁ぎ先のアテはゼロ。非常にまずい。

 


 青くなるわたしを、シンは微笑みながら眺めている。

 

「頑張ってくださいね、お嬢様」

 

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