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逆ハーレムエンド後のヒロインに転生したら人生詰みました!  作者: 玖珠ゆら


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2.公爵令息ヴィンセント・アーソナル


 芸術的に整えられた庭園。色とりどりの花が咲き誇り、植木も完璧に刈り揃えられている。その美しさに、まるで絵画の中に入り込んでしまったかのような感覚に陥ってしまう。

 

 そんな庭の一角に、どっしりとしたテーブルとイス、更には見るからに高級そうなティーセットが用意されている。紅茶は香り高く、焼き菓子は宝石のように輝いていた。

 

 そしてそれを前に、わたしの正面に座っているのは、これまた眩いばかりに美しい顏の男性だ。

 彼は公爵令息、ヴィンセント様。ゲームの攻略対象の1人であり……


 やばい!かっこいい!死ぬ!!!


 何を隠そう、ヴィンセント様はわたしの最愛の推しなのだ。

 サラサラの銀色の髪に瑠璃色の瞳。クールで冷たそうな見た目だけれど、誠実で真面目な性格。

 めちゃくちゃわたしのタイプだ。そんな彼に溺愛されるストーリーは、涎が止まらなかった……。


 ヴィンセント様からお茶のお誘いがあったのは、つい昨日のこと。そう、シンが伝えに来たお父様とお母様からわたしへの用件とは、この事だった。もちろん即答でお受けして、こうしてアーソナル公爵家へお邪魔して今に至る。

 

 このタイミングでのお呼び出しとあれば、自然と婚約の打診を期待してしまう。跡継ぎであるヴィンセント様も、当然すぐにでも婚約すべき立場だ。

 

 推しからの告白を予感しニヤケてしまいそうな頬を気合いで引き締め、お茶に口をつける。


「ユリア嬢。今日は突然の誘いにも関わらずの訪問、感謝する」

「ヴィンセント様からのお誘いですもの。当然です。お招きいただき、ありがとうございます」

 

 にっこり、最上級の笑顔を意識して微笑む。

 

 シンには結婚相手として認められるのは3人と言われたけれど、出来ることならヴィンセント様のもとに嫁ぎたい……!

 なんせ前世からの推し。実は転生したと気付いて目覚めてからというもの、わたしはヴィンセント様と結ばれる未来しか望んでいなかったのだった。

 

「もう、体調は大丈夫だろうか。先日は、突然訪ねてしまってすまなかった。あの時は、ユリア嬢が倒れたと聞いて、居てもたってもいられなかったが、無礼だった」

「いえ、すぐにお見舞いに来てくださって、嬉しかったです。もうすっかり元気になりました。わたしの方こそ、あの時はきちんと対応出来ずに、申し訳ありませんでした」

「いや……謝らないでほしい」


 倒れたあの日は、わたしも色々思い出して動転していたから、状況を確認した途端、すぐにまたベッドに潜り込んでしまったんだよね。それにしても……。

 なんだか、ヴィンセント様の表情が暗いような?……嫌な予感がする。

 

「学園在学中は、色々と世話になったな」

「こちらこそ、です。大変なことも沢山ありましたが、お陰様で無事に卒業することが出来ました」


 学園での日々を思い出してみれば、本当に色々あった。何せ攻略対象者全員との仲を深め、それぞれのトラブルに巻き込まれまくったわたしは、それはもう忙しかった。


 もともと優秀と言われ養子になったはずなのに、勉強どころじゃなくて、成績は中の下止まりだったし。攻略対象者以外の友達も出来なかったな……。

 しかしゲームの知識ゼロで全てのイベントをこなしたわたしの嗅覚には、我ながら何かしらの執念すら感じてしまう。


 

 ヴィンセント様は、公爵家のたった1人の子として産まれ、幼い頃から厳しい教育を受けてきた。

 母を早くに亡くし、甘えられる存在を失った彼は、自身を跡継ぎとしてしか見ない冷たい父のもと、孤独に育ったのだった。

 学園に入ってからも結果を残すことを求められ、常に成績1位をキープし、努力し続けていた。

 そこで出逢ったのが、ヒロインであるわたし。ヴィンセント様は、屈託なく笑いかけるわたしに徐々に惹かれていく。


 ……って、よくただ笑ってただけのわたしに惹かれたな?絶対他にも笑いかける女子なんて、掃いて捨てるほどいたよね??笑顔だけで落とすなんて、すごいなヒロイン!


 まあそんなこんなで(?)親しくなった訳だけど、ヴィンセント様ルートでは、公爵家の派閥争いに何故か足を突っ込むこととなり……いやなんでやねん!わたしただの男爵令嬢ですけど!?

 わたしは敵対派閥の手の者に誘拐され、ヴィンセント様に助けられたのだった……。

 今思えば、助けるタイミングも正にギリギリで、あるあるな演出だったんだよなあ……。でもヴィンセント様に助け出された後は、愛おしそうに強く抱きしめられて、天にも昇る思いだったなあ……。

 そして敵対していた現王妃派閥は、数々の悪行を調査していたヴィンセント様に明らかにされ、ほぼ全員処刑された。王妃様は、現在幽閉されている。


 ヴィンセント様は、そっとティーカップに口をつけた。

 そんな姿もまた絵になる……。スマホがあれば、連写して待ち受けにしたい……。

 カップを置き、わたしをじっと見つめるヴィンセント様は、周りの全てが霞むほど美しくて、わたしは息をのんだ。


「在学中……ずっと、私はユリア嬢に惹かれていた」



 はいきたーーーーーーー――――!!!!



「伝えたいと思っていたのに、あなたはいつも、ランフォード殿下をはじめ素晴らしい方々に囲まれていたから、言い出せなかった」

「ヴィンセント様……」

 ああ……感動で涙が……。嫌な予感は気のせいだったか。 


「卒業して、ユリア嬢が他の誰かと婚約していなければ、私が申し込むつもりだったんだ」


 はい喜んで!


「……でも」

「はいよろ………………『でも』?」


 ヴィンセントは、苦しそうに眉根を寄せている。どんな顔でも美しさは損なわれない。

 けれど、わたしの心臓は、恐いくらいにドクドクと大きな音をたて始めた。

 なんだか雲行きが怪しい。とても婚約を申し込む雰囲気とは思えない。これは……。

 


「1週間前、ユリア嬢が皆に囲まれているのを見てから……急に、私が1人で盛り上がっていたことを自覚してしまった。あなたが拐われた時も、勝手に抱き締めてしまったし、一方的に好意を押し付けていた。正直……なぜ、あんなにも盲目的にあなただけを想い、付きまとっていたのか、自分でも分からないんだ」


 終わった…………。

 ゲームの強制力は、やっぱりあの日、失われていたのだ。無条件にわたしを愛してくれていたヴィンセント様は、もういない。

 

 わたしは、さっと血の気が引いて行くのを感じた。指先が冷たい。


 ヴィンセント様の言うことは、もっともだ。わたしは一介の男爵令嬢で、そりゃあ一緒にトラブルには見舞われたけれど、解決のため活躍したのはヴィンセント様だけ。冷静になれば、わたしにそれほどの魅力がないことは明らかなのだ。


「私の軽率な態度で振り回してしまい、申し訳なかった。しかしあなたには王妃派告発の際には助けられたし、感謝しているんだ。これからも友人として、何か困ったことがあれば、いつでも私を頼ってほしい」


 

 ヴィンセント様…………

 わたしのことを好きじゃなくなったと気付いたならば、何も言わずにもう二度と近寄らないという選択肢もあったのに。

 こうして呼び出して、わたしが変な期待をし続けたままにならないように、はっきり全部バカ正直に言ってしまうなんて。

 それがヴィンセント様の誠実さの現れなんだろう。でも……。

 その不器用なまでの真っ直ぐさが、痛い。


 本当に、大好きだった。顔も声も。孤独ながらも公爵家の為、努力を続ける真面目さも。国の為を思い、強大な王妃派閥の悪事を暴いてしまう勇敢さも。そして、わたしにだけ向けてくれた、とろけるような笑顔も……。

 ぜんぶぜんぶ、大好きだった。 


 もしも、もっと早くに前世の記憶を思い出していたら……なんて、不毛なことを考えてしまう。

 きっと学園で、もっと真面目に勉強したのに。攻略対象者よりも、将来の為の人脈作りを頑張っただろう。

 そうしてヴィンセント様だけと仲を深めて、ちゃんと婚約して……。

 けれど。

 所詮上辺を取り繕っても、中身空っぽのわたしだ。

 どんなルートを選んでも、エンドを迎えてしまえば、ヴィンセント様に愛想を尽かされていたかもしれないな。


 前世も今も、どうしてわたしはこんななんだろう……。せっかく転生したんだから、シン並のチート能力、わたしが欲しかった……。わたし自身で人生を切り開いていける力があれば、人に媚びることもせず、最悪の場合も、婚約に拘ることもなく、生きていけただろう。


 目の奥がツンとした。涙を、ぐっと堪える。


 推しにフラれたショックは大きい。軽く目眩までもするけれど、悟られないように、ヴィンセント様に頷き、微笑みかけた。

 

 ……うん、絶対ちゃんと笑えてないけど。貴族女性として、まだまだ修行が足りないな……。

 


 ここで泣いて縋れば、ヴィンセント様は優しいから、責任を感じて、婚約してくれるかもしれない。

 でもわたしは、推しをそんな風に無理矢理縛り付けるようなことはしたくない。

 何より、自分が愛されていないと日々思い知りながら生きていくのは辛すぎる。あのとろける笑顔を知ってしまった以上、それが他の誰かに向けられるかもしれないという恐怖は、一生続いていくだろう。

 嫉妬の鬼として残りの人生を過ごすのは、まっぴらごめんだ。

 

 せっかく用意していただいたお茶もお菓子も、ほとんど手をつけないままだったことを謝罪しつつ、わたしは席を立った。

 こんな気持ちでは、居たたまれない。一刻も早く、帰って泣きたい。


「ヴィンセント様、今まで、ありがとうございました」

 ぺこりと頭を下げる。本当は優雅な礼がしたかったけど、力不足だ。


  

 ヴィンセント様は、ハッとしたようにわたしを見た。今生の別れのような挨拶をしてしまったので、不審に思われたのだろうか。

 しかしあながち間違っていない。迷惑に思われたくないからわたしから近寄ることはもうないし、万一夜会で会ったりしても、爵位が違いすぎる。話すことは、二度とないだろう。


 

 ヴィンセント様。

 あなたのお陰で前世はときめきを思い出したし、今世は愛を知りました。

 これからは、優しくしてもらった思い出を胸に、生きていきます。ヴィンセント様には、とびきり幸せになって欲しいから。


 

 さようなら、最愛の推し。


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