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1.執事シン

 ゲームの強制力って、あるんだなあ。


「おはようございます、お嬢様」


 わたしの専属執事であるシンが、部屋のカーテンを開けた。朝日が差し込み、乙女趣味なインテリアがはっきりと目に映る。

 このゴテゴテした装飾、アラフォーだった前世を知った今となっては、ちょっと好みじゃないんだけど……。

 フリフリカーテンを開けたシンが、仏頂面でこちらを見ていた。


「おはよう、シン」

 

 朝が弱いわたしは、ちょっと頑張って笑顔をつくって答えたけれど、シンが口角をぴくりともあげることはなかった。 

 だめだこりゃ。

 こんなんじゃなかった。こんなんじゃなかったんだよ……!


 シンは、ゲームではサポートキャラクターだった。攻略対象者ほどではないけれど、なかなかの美形で、いつも穏やかに微笑んで、ゲームの進行を助けてくれる。

 わからないことがあれば、ホーム画面に常にスタンバイしているシンに聞けば、すぐに答えてくれるという役どころだ。

 

 この世界に転生してからも、同じように常にわたしの身の周りの世話を焼き、「ねえシン」と問いかければ、必ず優しい顔で何でも答えてくれた。ぶっちゃけ前世で言うところの音声アシスタントばりに多用したし、スマホに匹敵するほどの無敵感があった。


 これ、まさか国家秘密とかもいけるんじゃないか……?

 と調子に乗りはじめた頃、少しづつ異変が起き始めた。

 

 始めは、目覚めて2日目のこと。

 しつこい「ねえシン」の連続5回目の問いに、舌打ちが聞こえた気がした。……いやまさかね、なんて思っていた。


 しかしその翌日以降、あんなにべったりわたしに付き添い続けていたシンが、徐々に距離をとり始めたのだ。もちろん、朝起こしに来たり、食事の用意が出来たことを伝えに来たり、仕事はきちんとしてくれる。

 でも、今まではずっとそばにいて、いつでも何かあれば対応出来るようにしてくれていた。それが急に変わってしまったのだから、明らかに何かがおかしい。


 そして、目覚めて1週間がたった今、最早不機嫌そうな仏頂面で現れるというこの事態。

 ゲームがエンディングを迎えたことと、無関係とは思えない。いわゆる、ゲームの強制力。

 

 考えたくはないが、わたしが前世の記憶を取り戻して目覚めたのと同じように、キャラクターたちも文字通り目が覚めた、とか……ね。


 うん、そういう小説も大好きで、前世にいっぱい読んだもん。やりたい放題やってたヒロインが、悪役令嬢にざまぁされるやつ。

 

 えっ、わたし、ざまぁされるの!?



 ふと我にかえると、ベッドの上で半身を起こしたまま考え事をしていたわたしを、シンが冷たい目で見下ろしていた。


「お嬢様、お話があります」

「……うん?」

「辞めさせてください」


 なーーーにーーーーーー!!!??


「ちょっ……ちょっちょっちょっ」

「じゃ、そういう事で」

「ちょっと待ったあああ!!!」


 これはまずい。非常にまずい。サポート役を失ったら、わたしはまともに生きていける気がしない。

 

「お願いだから考え直して! わたしには、あなたが必要なの!」

「でしょうね。でも、私には必要ありません」

「なんてことを……!!」


 ヒロインに対する余りの言い様に驚愕する。この男爵家に来てすぐにシンが専属執事となってくれてから、わたしに一度も反抗したことも、否定することも無かったというのに。

 そんなわたしに、シンは更に追い打ちをかけてくる。


「僭越ながら、私はとても優秀な執事だと自負しております。これまでお嬢様に精一杯尽くして参りましたが……」

 そこまで言って、シンはため息をついた。正していた姿勢まで崩してしまう。

 その様子からわかる。わたしを敬う気持ちが無くなっているということが。

 

「ここ数日で、急に冷静になりまして。オレって、いち男爵家の令嬢の執事なんかに収まってるのは、勿体ないと思うんですよ。そもそも執事なんて大層な役職名ついてる割に、仕事内容は大したことないし」

 

 シン……あんたの素の一人称、オレだったのか……。

 

「正直、お嬢様って、まあそこそこ可愛らしいし頭も悪くないけど、それだけというか……。特別な何かがあるわけでもないし、オレの命を救ってくれたとか、そういう恩があるわけでもないし」

 

 抉るな!前世のわたし含め、中身空っぽの自覚はあるんだから、一番痛いところを抉るな!!!

 

「なんで今まで、あんなに必死にお嬢様に全てを捧げて働いてきたんだろうって思ったら、バカバカしくなったんですよ」

「うっ……返す言葉もない」

 

 がっくりと項垂れたわたしを、シンは満足そうに覗き込んできた。見たこともない、いい笑顔だ。


「今まで、お世話になりました」


「だから、待ったあああ!!!」

「しつこいですよ! お嬢様に仕えてても、俺にはメリットもやり甲斐もないんですって!」


 腕をがっしり掴んで止めたら、シンは心底嫌そうな顔をした。

 こいつ、いつも機械的に微笑みを絶やさなかったのに、こんなに表情豊かだったのか。キャラが違いすぎる。ゲームの強制力、恐ろしや。


「メリットはなくとも、デメリットならある!」

「……はあ?」

「紹介状! ここを辞めても、書いてあげないから! お父様もお母様も本当の娘のようにわたしに優しいから、泣きつけばきっと、同意してくれるはず! 紹介状なしで、次の仕事を探すのは至難の業ではない!?」

「何かと思えば……」


 なんとか捻り出した案だったが、小馬鹿にしたように笑われた。

「オレの情報網を舐めてます?王家に匹敵するものだという自信がありますね」 

 

さすが無敵のサポートキャラ……。道理で何聞いても的確な返事が返ってきたわけだ。

 にしても、いくら何でもチートすぎんか。王国を乗っ取る気か。

 

「たかが男爵家の紹介状なんかなくても、上手く根回しすれば、どこでも働けます」

「くっ……。えええとじゃあ、メリット!」

「皆無です」

「そんなことはない! わたしに仕えていれば、根回しなんて面倒なことしなくても、やり甲斐のある仕事に就ける可能性は高いと思う」

「……はあ?」

 こら。今更ながら主人に向かってなんて態度だ!


 とにかく、シンをなんとか引き止めなくてはならない。

 

 せっかく転生したというのに、今のわたしには価値はない。前世は平凡すぎる主婦だったし、特技もなし。趣味は乙女ゲームと、ジャンル問わず本を読むこと。唯一使えそうなゲーム内の知識だって、全イベントが終了したエンド後に役に立つものはほとんどない。

 

 あまりに何も無さすぎて、泣いていいかな。ううん泣いている場合じゃない。

 

 無敵のシンを失えば、わたしの人生、詰むと言っても過言ではないだろう。だって今世だって、愛想の良さと運だけでゲームを攻略し、逆ハーレムに持ち込んだのだ。

 シンの態度の変化を目の当たりにした今、攻略対象者の、わたしへの気持ちも変わっていると疑ってかかるべきだ。そうなれば、わたしはもうこの世界をどう攻略すべきなのか、さっぱりわからない。

 

 わたしに何も無い以上、使えそうなものは、なりふり構わず振りかざしてやる。


「1週間前、わたしのお見舞いに来てくださった方々」

 

 その言葉に、シンの眉が少しあがった。よしよし、興味を示しているな。

 

「シンも見たでしょう? 皆、わたしに好意を抱いてくださっている」

「……そのように見受けられました」

 信じ難いことですが、という心の声が聞こえた気がする。被害妄想だろうか。

 

「あの中の誰かと結婚すれば、王族や高位貴族と縁ができるわ! そうなれば、シンに今よりいい仕事を与えることだって簡単だと思うの」

「……まあまあですね。メリットというには、少し弱いかと。オレ1人でも実現出来る程度には、自身に充分能力がありますので」

 

 なんだって!? わたしの最後の切り札だというのに!!

 

 絶望しかけたわたしに、シンは面白そうに笑みを浮かべて言った。


「まあ、いいです。ここの給料も悪くはないし、もう少しだけ付き合ってあげます」

「ほんとに!?」

「ただし、条件があります。結婚相手について」

「主人の結婚相手に口出すなんて何様」

「辞めます」

「わああごめんなさい!!! 心の声が思わず!」

 

 立場逆転……。しかし、シンは味方につけておきたい。このチートキャラに逆らうのは、得策ではないだろう。

 

「あの日来ていたのは、第一王子、第二王子、公爵令息に、宰相の息子、騎士団長の息子の5人でしたね」

「その通りです」

 こっちが敬語になっちゃうよ。

 

「まず、宰相の息子、ロイ様は三男であり、兄の方が優秀ですし、出世はあまり見込めませんね。同じ理由で、五男の騎士団長の息子、クリス様もなしです」

「はい……」

「よって、結婚するならば、王族である第一王子のランフォード様か、第二王子アレン様。もしくは公爵家跡継ぎのヴィンセント様になさってください」

「はい……」

「よろしい」

 

 シンは、このマリナーン男爵家に来て以来、一番の楽しそうな表情で言った。

 

「1週間だけ、待ちます。期待していますよ、お嬢様」


 1週間……。それが長いのか短いのか。

 しかしゲームの強制力がなくなっているのならば、婚約を決めるのは時間勝負かもしれない。

 

「わかった。任せなさい!」

 わたしも腹を括る。さっさと誰かと婚約してシンを味方につけておかなければ、なんにもなしのわたしが、この世界でまともな人生を送ることは難しいかもしれないのだ。

 わたしはベッドからおりて、ドンと胸を張った。


「そうですか。……そうそう、マリナーン夫妻が、朝食の席でお嬢様にお話があるとかで、お呼びでしたよ」

 

 そうそう……じゃないわ!!

 前言撤回!仕事も真面目にこなしてくれなくなってた!

 

「それ先に言ってくれる!? 早く侍女を呼んできて!」

 

 シンが身の周りの世話係とはいえ、さすがに着替えやらは担当していない。

 慌てて準備を始めようとするわたしに、部屋のドアを開け出て行こうとしたシンは、ふと立ち止まって、こちらをまじまじと見た。


「……お嬢様って、人に媚びることしか能がないつまんねー女だと思ってました。結構おもしろキャラだったんですね」


 めちゃくちゃディスられた!

 そもそも、人格180度変わったあんたが言うな!!!


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