プロローグ
目が覚めたら逆ハーレムだった。
天蓋付きのフリルがたっぷりあしらわれた大きなベッドのわきに、見目麗しい5人の男性が並び、こちらを覗き込んでいる。
皆が一様に心配そうな顔をしていて、ベッドに横たわるわたしのことを心から想ってくれているのを感じる。
私はユリア。マリナーン男爵家の令嬢だ。
……現世では。
どうやら不慮の事故で頭を打った際に、前世の記憶を思い出してしまったようだ。いやベタか。
そして現在、前世でプレイしていたスマホアプリの乙女ゲームの世界に転生してしまったという、これまたベタな小説のお約束展開的状況にいる。
ただし、唯一ベタでないところが一つ。
わたしは流行りの悪役令嬢ではなく、ヒロインだった。しかも……。
数日前に逆ハーレムエンドを達成している。最高か。
よって5人のイケメンは皆わたしに夢中で、わたしが倒れたと聞いて、こうして駆けつけてくれたわけだ。
第一王子ランフォード様、
第二王子アレン様、
騎士団長の息子クリス様、
宰相の息子ロイ様、
そして、公爵令息ヴィンセント様。
…………何この絶景!幸せ!最高!神様、ありがとうございます!!
ハイスペックイケメンに囲まれて、まだ夢見心地のわたしは有頂天だった。この時までは……
はっきり言おう。
この数日後、わたしは2度目の人生が詰んでいることに気付いて絶望する。
***
まるで夢をみているようだった。
不注意で転んで頭を打ち付けて意識を失っている間、わたしは夢をみるかのように、前世の記憶を取り戻していた。
中野悠莉亜、38歳。それが転生前のわたしだ。夫と一人息子と3人で暮らす、平凡な主婦だった。
転生したということは死んだのだろうけれど、死因ははっきりと思い出せない。ただぼんやりと、どんな風に生きてきたかはわかる。
ごくごく普通の家庭に生まれ、子供の頃からそれなりに可愛いと言われてまあまあモテてきた。
大学卒業後すぐ、22歳で夫と結婚し、1年後に息子が産まれた。
割と若いうちに出産したので、幼稚園や小学校では、若いママだとか、子どもがいるようには見えないなんて、よく言われていた。
夫ともそこそこうまくやっていたし、息子も反抗期に差し掛かりつつも、可愛い存在だった。
息子が中学に進学したタイミングでパート勤務を開始。社会経験はほぼなかったけれど、パート仲間の中ではいちばん若くて、チヤホヤされたりもした。
しかしその数年後。
おっさんとおばさんばかりの職場に、正社員の20代女性がやって来てから風向きは変わった。
そう!
ちっともチヤホヤされなくなった!!!
うん、当たり前だ。もう、40手前なんだから。
そして気づいた。今までわたしは、若くて可愛いこと以外に、ひとつも武器を持っていなかったことに。
暮らしには特に不満はない。夫も子ども好きだし。
でも……。
考えてみれば、幼い頃から人にチヤホヤされることが生き甲斐だった気がする。
中身ぺらっぺらな自分が虚しいわ。
そして、出会ったのがスマホアプリの乙女ゲーム。
孤児院育ちでありながら、その可愛さと優秀さを買われ、子どものいない裕福な男爵家の養子となったヒロイン。14歳から16歳の3年間、王都の貴族向け学園に通うこととなる。
そこで出会う5人のイケメンと恋に落ちるという物語だ。
いや、設定にはツッコミどころしかない。
まあとにかく前世のわたしは、このゆるーいゲームにどハマりした。ゲームの中ならチヤホヤされ放題だったから、という悲しい理由で。
このゲームはなんせゆるいので、ストレスなく楽しめた。
ただただ攻略対象者は無条件にヒロインに優しく、ときめくセリフを吐きまくる。悪役令嬢のような恋のライバルも登場しない。
そうして順調に仲を深め、途中の選択肢で最終的に誰と恋をするか選択。
選んだ相手とトラブルを解決すれば、絆はより深まりハッピーエンドだ。
わたしはゲームに夢中になるあまり、5人全員とハッピーエンドを迎え、更にそれを達成したプレイヤーのみが挑戦出来る逆ハーレムエンドまで到達した。
逆ハーレムエンド……ほんとに最高なんだよな。
途中経過で、イケメンたちが他の攻略対象者に嫉妬するのを見ているのが堪らなかった。
ヒロインを自分のものにしたいのにならない……と葛藤する彼らの姿に、悶えまくった。
そうして学園の卒業式、ヒロインは5人のイケメンを誰1人選ぶことなく、しかし全員に愛され、共に仲良く卒業してゲームは終わった。
終わった…………ん?
待って。これから、どうなるんだ??
貴族の、特に女の子は、学園卒業後すぐに結婚する子も少なくない。
そうでなくとも、学園は出会いの場でもあるから、在学中に男女どちらもほとんどの子が婚約を決めてしまう。
ゲームの設定とはいえ、生徒たちからの人気を集める王族や高位貴族が5人も婚約者なしのまま卒業なんて、かなりの異常事態だ。
そして、わたしも……。
この世界でこれからも生きていくのならば、ゲームだと思って楽しんでばかりもいられない。
このままではいき遅れ……!一刻も早く、誰かとの婚約を決めなければならない。
とはいえ、わたしは攻略対象者たちを選り取りみどりの立場。きっと、なんとかなるだろう。
5人に愛されている!
ライバルもいない!
わたし自身も、若くて可愛い!
なにこれ改めて考えても最高過ぎる……!
しかし、勝ち確のシチュエーションに浮かれていられたのは、本当に短い間だけだった。