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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

紅く冷たく嗤う君よ

作者: 犬養弱し

「うわぁ~お。こりゃすごいねぇ〜」

 突然の声に後ろを振り向く1人の少女。真紅の髪を背に流し、エメラルドの瞳は冷たく声の主を捉えようとしている。

 

 彼女の視界に映ったのは、感嘆の声を漏らし地上に降り立つ1人の青年。プラチナブロンドの髪は緩く結ばれ、血のように紅い瞳は驚きに満ちている。国が傾きそうな程の妖しい美貌の彼は、人間ではない。三日月に歪められた形の良い唇の隙間からは鋭く尖った牙がちらつき、その背からは蝙蝠のような羽が生えていた。

「吸血鬼か」

そう吐き捨て、手にしている剣の切先を青年に向けたのは先程の少女、アメリアである。

「わぁ、怖〜い。よく分かったねぇ、俺が吸血鬼だって」

「そんなもの見れば分かる」

おどけた口調の青年に対し、アメリアは冷たく返す。

「で、蝙蝠風情が何の用だ。地べたに這い蹲って此奴等の血でも啜りに来たのか?」

 アメリアが足元の死体を踏み付ける。彼女の周囲には、数人の男の死体が転がっていた。

「只の散歩だよ~。それに男の死体なんて啜っても美味しくないし。どうせなら…」

一瞬の後、青年はアメリアの背後に回り込み、囁いた。

「君みたいな可愛い子がいいな~」


 直ぐ様剣を一振りしたアメリアから、青年が飛び退く。

「怖い怖い。其奴等もそんな風に殺したのかなぁ?」

 青年はちらりと視線を死体に移す。先程まで空の散歩を楽しんでいた彼の目に飛び込んで来たのは、襲いかかる数人の男を一瞬で斬り伏せるアメリアの姿だった。

「正当防衛だ。私を捕らえれば帝国の情報が引き出せると思ったんだろうな。」

愚かな…と死体を見下すアメリアに青年が尋ねる。

「君、やっぱり帝国の軍人かぁ〜。通りで強い訳だ。そう言えば帝国って最近戦争始めてたよね~」

「…?帝国が戦争を始めたのは10年前だぞ」

 彼がアメリアを軍人と断定したのは、その服装からだ。彼女は帝国の軍服を身に着け、腰に剣を提げている。スカートから覗く足は闇夜に映える程白く、青年は思わず舌舐めずりをした。

 

 10年前。帝国は国境の土地を巡り、隣国ブラムと戦争を始めた。元々国力のあった帝国は軍の育成に力を注ぎ、数々の精鋭を輩出していた。アメリアもその1人である。

「でも君、直接戦いには参加してないんじゃない?そういう体付きしてる。どんな役職かなぁ~?」

「貴様に教える義理は無い。」

「ふ~ん、そう。」

 ゆっくりと青年がアメリアに近付く。アメリアは一歩も動かず、只じっと青年を見つめている。

「ねぇ、血吸わせてよ。」

 グイッと腰を抱き寄せ、アメリアに囁く。吐息がかかる程顔を近付け、目を見つめた。

 底の見えない、しかしこちらは奥まで見透かされそうな、妖しく光るルビーの瞳。通常の人間ならば逸らしてしまいそうな冷たい雰囲気を漂わせる目を、アメリアは見つめ返した。

 青年が首元に顔を寄せる。あと少しで白い肌に牙が突き立てられる、その瞬間。青年の動きが止まった。

「はぁ~、いたた。酷いなぁ、全く」

「さっさと離れろ」

青年の胸をアメリアの剣が貫いている。青年は体を離し、剣を抜いた。

「矢張り死なないか。化け物が」

「ふふ、君面白いね。俺の魅了が効かないなんて」

「訳の分からん術を私に掛けるな。とっとと失せろ。」

「はぁ~い、諦めますよ。…今日の所は、ね。」








「貴様…何故此処にいる」

 数日後。帝都にある軍本部の私室に入ったアメリアは、額に青筋を立てていた。

「あ、久し振り〜。元気してた?」

「何故此処に居るのかと聞いている。返答次第では…」

 アメリアはそう言って剣の柄に手を掛ける。青年は特に焦った様子も無く、飄々と続ける。

「ちょっと遊びに来ただけだって〜。そんな怒んないでよ」

「何故此処が分かった?それに、どうやって入り込んだ?」

「帝国軍人ならここかな〜って思って。入り方は内緒。」

「そうか、さっさと出ていけ。それとも殺されたいか?」

「何でそんな素っ気ないの~?俺何かした?」

「私室に侵入している。それだけで充分だろう。」

「え~、別に良くない?」

「良い訳あるか。帰れ。」

 アメリアの冷淡な態度に口を尖らせる青年は、側にあった手紙を手に取る。

「あぁ、そうだ。君、軍師なんだねぇ。通りでこんな良い部屋貰える訳だ」

 その瞬間、アメリアは青年を床に押し倒し、剣を首に突き付けた。

「貴様、何処まで漁った?」

「漁ったなんて、人聞きの悪い。机に置いてあったのを見ただけだよ~」

「何が目的だ。貴様、隣国側か?」

青年は一瞬驚き、後に噴き出す。

「俺が?隣国側?何で?」

 声は愉快そうにしているが、三日月に歪められた瞳は少しも笑っていない。

「何で人間如きの仲間になる訳?くだらない」

アメリアが驚き、力を緩めた隙に抜け出す。部屋の窓を開け、窓枠に足を掛ける。振り向きざま、青年はアメリアに言葉を投げ掛けた。

「俺の名前、エルヴァンって言うの。また会お〜ね♡」

そう言って青年、もといエルヴァンは夜空に飛び立つ。その後ろ姿をアメリアは睨み付けた。








「また来たのか貴様…」

アメリアは呆れたように溜め息を吐く。あれからというもの、エルヴァンは時折アメリアの私室を訪れるようになっていた。

「吸血鬼って長生きだからさ~。暇なんだよね~」

「他にする事無いのか?何度も来られると迷惑だ。」

「無いから来てるんだよ?広い屋敷に1人は寂しくってねぇ」

「だったら他の女にでも会いに行け。私を暇潰しに巻き込むな。」

「あ~あ、そんな事言っちゃって良いのかなぁ~?俺が持ってる物な~んだ?」

エルヴァンの手には、数量限定の高級菓子。アメリアが大事に取っておいた物だ。

「もうちょっと優しくしてくれないなら俺が食べちゃっ、ウグッ!」

間髪入れずに鳩尾に拳を入れられ、思わず咳き込む。その隙に人質は回収され、アメリアの手元に戻った。

「泥棒蝙蝠が」

「ちょ、酷くない?流石に泣いちゃうよ?」

「勝手に泣いてろ」










「…軍部に無関係の市民を連れ込むのはお控え下さい」

「何だと?この私に指図するのか?貴様の分際で?」

見るからに貴族であろう青年とアメリアが話している。青年は数人の女性を侍らせ、アメリアを見下したように笑う。

「顔だけは良いのだから俺に媚びていればいいものを…」

「……」

「女のくせに軍人など、恥知らずも良い所だ」

「…左様ですか」

「私は社交界で笑われ者だぞ」

「あ~んクリス様かわいそぉ〜」

甘ったるい女の声にアメリアは眉根を寄せる。しかしそれも一瞬で、

「申し訳ありません。」

と、平然と返す。それが気に入らないのか、クリスは手にしていたコーヒーをアメリアに浴びせる。

「お前のように可愛げの無い女、貰ってやるだけ有り難いと思え」

「…はい。」

去って行くクリスの背をアメリアは冷ややかに見つめる。


「彼奴殺す?」

突然第三者の声がする。アメリアの背後には、外から窓枠に肘を付いているエルヴァンがいた。

「物騒な事を言うな。」

「でも酷い事してたじゃん。彼奴誰?」

「私の婚約者だ。…一応な」

「…ふ~ん」

エルヴァンは、クリスが去って行った方に凍てつくような視線を向ける。

「あんな奴やめとけば良いのに」

「これは政略的な婚約だ。軍と貴族の繋がりを強める為のな。私情でどうこう出来るものでもない。」

アメリアの髪を掬いながら、エルヴァンが告げる。

「だったら軍師を辞めちゃえば?」

アメリアが視線を床に落とす。

「それは出来ない。」

「何で?」

自嘲気味に嗤いながら答える。

「…私の居場所は、此処だけだ。」

「…そう」

はらり、と髪を離す。

「何不機嫌そうにしてるんだお前」

「べっつに〜」

そう言いながら後ろからアメリアに抱き着く。

「…濡れるぞ」

「別にい〜よ」











「元気無いね。どしたの?」

「…お前か」

アメリアの元を訪れたエルヴァンは、以前より幾分か窶れ、隈もできた彼女の姿に驚く。

「大した事では無い」

「ふ~ん、そう」

エルヴァンは横からアメリアを抱き締める。

「…で、何があったの?」

「…部下が」

「うん」

「…部下が、裏切った。」

「そう」

「私が尋問を担当した」

「そっか」

「…腹心ではなかった。それでも、気にかけてはいた。」

「……」

「気付けた筈だったんだ。彼奴が思い詰めていた事を。」

「……」

「全て、私の責任だ」

「それは違う」

それまで聞いていただけのエルヴァンが否定した事に驚き、アメリアはそちらを向く。

「たかが20年も生きてないガキに何を背負えるの」

「…私が背負っているのは」

アメリアはふい、と視線を逸らす。

「数え切れない程多くの、人の命だ。」









「今夜、出陣するんだね」

部屋を出ようとしていたアメリアの背に言葉を投げ掛ける。エルヴァンに何時ものような軽薄さは無い。

「ああ。」

「もう行くの?」

「ああ。」

 アメリアは今夜、戦地に赴く。周囲の国々がブラム側につき、当初優勢だった帝国は戦争が長引くにつれ追い詰められていった。最早帝国には作戦の伝達を待つ余裕すら無い。アメリア自身が前線で指揮を執る必要があった。

「逃げれば良いのに。行っても無駄だって分かってるでしょ?稀代の天才軍師様は。」

「…天才、か」

孤児院から軍に入り、数々の功績を立て歴代最年少で軍師に上り詰めた少女。それがアメリアだった。

「私は、自分の居場所を守る為に必死だっただけだ。使えない者は捨てられる。だから努力した。手柄を立てた。多くの命が犠牲になるのを見ながら。…それが何時しか、天才等と言われるようになった」

アメリアは床に視線を落とす。

「私の足場は死体の山でできている。命が惜しくて逃げるなんて事、今更出来るか。」

「死体は死体だ。それには何の意味も無いし、君が犠牲になる理由にもならない。」

「…私には、散っていった者達の遺志と、帝国の未来が掛かっている。」

エルヴァンはアメリアに近付き、足を止める。

「たかが少女1人に全てを背負わせる国なんて滅んでしまえば良い。」

アメリアを抱き寄せ、唇を重ねる。アメリアは大人しく受け入れた。

 永遠にも思える数秒の後、アメリアは薄く頬を染めながら身体を離した。

「…もう行く」

部屋を出て行ったアメリアを、エルヴァンが引き留める事は無かった。









「あーあ、やっぱりこうなったか」

 夥しい数の死体の転がる荒れ地に降り立つ1人の青年。硝煙と血の匂いが満ちている辺りを見渡し、倒れ込んでいる1人の少女を抱き上げる。

「…お前か」

薄く目を開けた少女は、青年に視線を向ける。

「だから言ったのに。もう助からないよ、その傷。」

少女の腹には銃弾の跡があった。身体の下には血溜まりができ、今にも息絶えようとしていた。

「…そう、だ…な」

青年は絞り出すように言葉を紡ぐ。

「居場所なら…俺がなるのに…」

少女はふっと微笑み、青年の頬に手を当てる。

「それも…悪く、ないな……エルヴァン…」

力が抜け、少女の手が血溜まりに落ちる。

「…アメリア」

青年が初めて呼んだ少女の名前は、その耳には――




















「って言うのがパパとママの馴れ初め〜!」

「父様と母様ってそんなに付き合い長かったんですね」

「でしょ〜?もうず〜っと仲良いんだから!」 

「平然と嘘吐くな。お前が帝国滅ぼした時の事忘れたのか」

「100年前の事なんて覚えてませ〜ん」

「なら再現してやろうか」

「あ待って嘘覚えてる。無視されるの結構傷ついたからやめて」

「母様、お身体は大丈夫ですか?」

「ああ、悪阻も大分収まった」

「妹楽しみだね~、リアン!」

「そうですね。父様に似ないと良いんですけど」

「それどういう意味?」

「そのままの意味です」

紅を宿す吸血鬼の家族。穏やかで幸せなとある日に、温かく笑っていた。

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