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第6話 はい、あーん!

「メアリ、準備はいいかしら?」

「体調は万全、調査機器に異常なし、お菓子各種よし。それからお飲み物もございます」

「え、その筒の中に入っているというの?」

「こんなこともあろうかと、鍛冶師の方に特別に製作していただきました。これでいつでも暖かい紅茶がいただけます」

「相変わらずぬかりがないわね……」


 今私達は異界ダンジョンの入り口までやってきています。

 まるで鏡のような扉の中では、紫色の禍々しいものが螺旋らせんを描いていて、まさにこことは異なる世界といった雰囲気です。

 ですがこれまでどおりやれば問題はないはず。

 手っ取り早く調査を終えてアリーシャ様の新たな住居を得てしまいましょう。


「私が先行しますのであとに続いてください」

「メアリ、どうか気をつけてね」


 扉に手を伸ばしたところすぐに吸い込まれるような感覚を覚えます。

 最悪離れ離れになってしまう可能性もあるかもしれません。私はとっさにアリーシャ様の腕を引っ張りました。

 視界が真っ暗になったところで大事を取り一度静止します。


「あら……? ここは一体どこかしら」


 後ろからの声を耳にしながら辺りを見渡すと、いつの間にやら石畳と石壁の空間が広がっていました。

 左右の壁には等間隔に松明たいまつが配置されていて、場は明るすぎず暗すぎずといったところでしょうか。

 道なりに進んでいくと、魔力感知の魔法にいくつかの反応が引っ掛かりました。前方から魔物の影が見えてきたのでアリーシャ様の方へ向き直ります。


「アリーシャ、お願いします」

「ええ、お菓子と紅茶のために頑張るわ!」

「そこはせめてお家のためと言って欲しいですね……」


 まずは様子見としてウィンドアローを放っていただいています。

 特に問題はなく次々と沈んでいくのですが、このダンジョンのモンスターの外見はかなり特殊です。

 形の大小はあれどその姿は似通っていてどれも揺らめく黒い影。すべてが異様としか言いようがありません。


「ウィンドアロー!」


 最後の影が霧散していくとこの場の反応はすべてなくなりました。

 このあとも危なげなく進んでいき、このフロアは制圧できたと言って差し支えないでしょう。


「もうじきに調査地点に入りますよ」

「それってつまり……!」


 目にお菓子と書いてあるのがわかります。

 キラキラが最高潮に達したアリーシャ様が私を見ていました。


「残念ながらまだお預けです」

「そんなぁ」

「冗談ですよ。すぐにご用意します」

「あの純粋無垢だったメアリが意地悪を覚えたわ……!」


 むうと頬を膨らませるアリーシャ様が可愛らしいのは今さらのことです。床に純白のハンカチを敷き急ごしらえの座席としました。

 そうして始まる鼻歌弾む優雅なティータイムです。

 それを耳にしながら、私は調査機器を説明されていたとおりに配置していきます。

 仕組みはよくわかりませんがおそらく魔法を用いたものなのでしょう。


「メアリ。はい、あーんして」


 機器を覗き込んでいると、離れたところにいたはずのアリーシャ様からスコーンが差し出されました。

 こういうのは親しくないとしないのでは? あまりの展開に私は戸惑い視線を向けます。

 どうしたのと言わんばかりの表情を見るに、これは私がいただくまで続くのでしょう。

 言われるがままに口に押し込まれると、すぐにバターの甘い香りが鼻に抜けてきます。

 自画自賛するわけではありませんがこの状況込みでとても美味しいです。


「すべてアリーシャの分なのですから、私に気を遣わなくても大丈夫ですよ」

「それを言うならメアリもよ? わたしはただ、お友達と嬉しい楽しいを分かち合いたいの」


 アリーシャ様はぱちりとウインクをしました。

 お友達。ああ、友人からお友達!

 一段階どころか二段階もランクアップしたような、なんとなんと甘美な響きでしょう。

 ほわほわとした幸せな気分に酔いしれながら、私はマフィンをつまみあげます。


「お言葉に甘えてもう一ついただきます」

「口が乾きそうだし紅茶もいれるわ。さ、座って?」

「ありがとうございます」


 隣り合うようにして腰掛けると、すぐにアリーシャ様の顔が近づいてきてドキドキしてしまいます。


「ところでメアリには意中の人はいるのかしら?」


 私は思わず紅茶を吹き出しそうになり、それをこらえると咳き込んでしまいました。

 心配そうなアリーシャ様から背中をさすられてようやく落ち着きを取り戻します。


「そういった方はいませんけど……なぜそんなことを?」


 あなた以外にはいません。その言葉を飲み込んでなんとか視線だけはと見つめ続けます。

 するとアリーシャ様はくすっと笑いました。


「残念だわ。わたしもいないのだけど、一度恋の話と言うものをしてみたかったのよ」

「……アリーシャにはいずれ素敵な方が現れるはずですよ」

「ええ、そうだといいわね。でも今はこのままでいいわ。メアリ、わたしにも同じものを食べさせてちょうだい?」


 アリーシャ様は目をつむって口を開けています。やっぱりこの方の愛おしさには敵いません。

 私は震える指を抑えながらマフィンを差し出しました。

 そうして、調査のことも忘れてお菓子のように甘い時を過ごしたのです。


「お疲れ様でした。初日から首尾よくとはさすがアリーシャさんですね」


 ギルドヘ戻ると職員さんからねぎらいの言葉をいただいているようです。

 どうやらダンジョンの影はなかなかの強さだったそうで大変驚かれていました。

 そして薄々勘付いてはいたのですが、アリーシャ様は強さや賞賛といったものに無頓着な模様。

 あの表情は話を聞いているように見えて恐らくぼうっとしています。

 そんなことを考えているうちにアリーシャ様が目の前に立っていました。


「さて、帰りましょうか」

「もうお話は終わったんですか?」

「明日からもお願いします、だそうよ」


 宿への帰り道。今後必要となる家具の話をしていると、前方から黒い髪の女性が近づいてきています。

 きっとアリーシャ様の(とりこ)となってしまったご同輩の方でしょう。

 そう思っていたのですがどうやら私の方に向かってきているではありませんか。


「メアリ、お知り合い?」

「いえ……?」


 アリーシャ様とひそひそと会話していると、その女性はにこりと笑い私の手を握ったのです。

 予想外の展開に私は言葉が出せないでいます。


「メアリさんですよね? 突然ですが、あたしのメイドになってください!」

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