10.エピローグ
オレは感動していた。涙が出そうなくらいにである。
「何てアホなこと、言ってるのですか。尊敬に値する行動です。人間は間違いを起こしながら、成長する動物ですよ。傲慢さが謙虚に替わり、あなた自身の目標を作ったのではないですか」
茜さんは首を振り
「看護師長の言う通りに動いただけです」
オレは言葉に力を込めて
「それは違います!確かに提案したのは看護師長ですが、それを受け入れて実行したのは茜さんですよ。行動した人の実績です」
苦笑いしながら茜さんは
「寺田さん、立場が入れ替わりましたね。ポジティブなご意見、ありがとうございます。これがあなたの行動パターンなのですね。わたしも見習って、仰る通りにします」
オレは茜さんの素直さに、言葉が継げずに、何か話そうとして
「・・・、アッ、ありがとうございます。しかし、オレの性格はポジティブとは言えません。うつ傾向があるので、どちらかといえばネガティブですし、性格は至って保守的です。
茜さんの話で気が付きました。アルコール依存症になり平戸病院に入院して、あなたという看護師さんと巡り会えたのです。
これからも前を向いて、一緒に歩いてもらえませんか」
聞いていた彼女はパッと笑顔になり
「はい、一緒に歩きましょう」
オレは余りに早い返答に戸惑って
「あの、一緒に歩くとは病気のことだけでなく、お付き合いもお願いしたいという意味なんです。いかがですか」
茜さんは輝くような微笑で
「はい、そのつもりですよ。あなたはわたしの過去をお話しした、初めての方です。これからもよろしくお願いします」
オレは天にも昇る思いであった。女神とも崇拝し敬愛した女性と、付き合えるなんて信じられないほど奇跡だ。そばに彼女がいる限り、アルコールを飲むことはないだろう。
「茜さん、急に腹が空きました。寿司を食べに行きませんか」
「はい、行きましょう」
寿司屋に歩いていくとき、俺は疑問に思っていることを聞いた。
「指輪をなんで、左手の薬指につけているの」
彼女は謎のような微笑で
「魔除けです。これをしていると、殿方がしつこいことを言いません。上永谷グループのルミさんから教わりました。彼女も旦那さんと死別しているのです」
※筆者注:ルミさんの物語は筆者の作品である長編小説『トリプルフェイス』参照。後日投稿予定。
オレたちは意気投合し、かもめ亭を出る。一時は酒呑童子となったこの身が一人の看護師によって、仮面を外されていく。オレは茜さんに、どこまで近づけるだろうか。
読者諸兄の皆さん、心配には及びませんよ。オレは楽観的ポジティブに、物事を考えられるようになったのでね。茜さんを幸せにできるのはオレしかいない。
彼女もオレをアルコール依存症から救うのは自分しかいない、と思っているに違いないだろう。だからオレたちは似た者同士で、くっつき合うはずだ。
そのうち朗報をお届けするつもりである。今のオレは茜さんの話を聞いて、大きく変化した。期待して頂きたい。それでは近いうちにまた、お目にかかりましょう。(了)
2021年8月15日
5年前の神奈川精神医療センター退院を記念して。
第二稿2023年9月23日
病院を退院して7年が経過した。早いものである。アルコールを止めるために、エッセイ教室に通ったのだが、それも6年前の出来事となった。
現在私は70歳となる。あとどのくらいの作品を残せるか、楽しみとなった。
これらの依存症小説や、エッセイは私のDNAを受け継いでいる孫たちのために書いている。アルコール依存症は遺伝するからだ。
気を付けて掛からなければ、これに越したことはない。しかし不幸にして依存症になってしまっても、何とでもなることを伝えたい。グランパがスリップせずに、生涯を終えるであろうことをね。