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7.再会

 そして当日が来る。待ち合わせ時間は午前10時で、場所はカミオのカモメ亭にした。オレは定刻の20分前に来る。店内は空いており、モーニングタイムであった。

 入口の見える隅のボックス席に座り、ドリンクバーを注文して紅茶を取りに行く。この店はティーバッグではなく、茶葉で提供してくれる。

 席に戻ると、茜さんが早くも到着する。オレは手を振って合図し、彼女は笑顔でうなずく。その姿はチャーミングで愛らしかった。彼女が

「おはようございます。早いのですね」

「おはようございます。あなたを待たせてはいけませんから」

「その心がけは立派です。でもわたしにはお気遣いなきように、してくださいね」

 何という言葉であろうか。オレを褒めて、この謙虚さはファンタスティックな女性である。今日の服装もセンスが感じられた。

 上から白い大きめの帽子に、黄色のブラウスと黒のグレンチェックのジャケット、オレンジの膝上スカートである。オレは思わず

「今日も素敵なファッションですね。通り過ぎたら、振り返ってしまいそうなセンスの良さですよ」

 茜さんは恥ずかしそうに

「ありがとうございます。褒めて頂くと、うれしいですね。寺田さんも素敵です。女性からの視線が集まりますよ」

オレはビックリして

「視線なんて感じたこともないです」

「前から歩いてくる女性を見ればわかりますよ。一瞬目線があったら、見られている証拠です」

 オレは感心しながら

「そうなんですか。今度やってみます」

 茜さんは悪戯っぽく笑って

「この方法で、ナンパしてくる男性がいます。成功率が高いようですよ。寺田さんも試してはいかがですか」

 オレは首を振りながら

「とても、とても。ナンパなんてアルコールを飲んでも、ようできません。度胸がないのです。茜さんはナンパされましたか」 

 彼女は苦笑して

「わたしはホンのたまにです。最近はご無沙汰ですね」

「オレ達世代はナンパする年齢をとっくに卒業しています。だから声が掛からないのですよ」

 茜さんは嬉しそうに

「ありがとうございます。ところで今日はどんなお話でしょう」

 オレはにやけた顔から、真面目な顔に戻す。

「大したことではないのかも知れませんが、初めて参加したミーティングで、あまり歓迎されませんでした。普通はチェアパーソンが世話してくれるのですが、知らん顔された会場が二つあります。何でこんなに落差があるのでしょう」

 茜さんも真面目な顔で(この顔も、キリリとして素敵であった)

「よく聞く話ですね。ASはグループ数が多いので、いろんなタイプがあります。人懐こかったり、人見知りしたりしますね。グループリーダーの長所短所が現れやすいのでしょう。

 本来は同じ人がチェアパーソンを連続して続けては不味いのです。このような私物化したグループがASの短所ですね。その方がいなくなったら、淘汰される確率は高いでしょう。いずれは消えていきます。おわかりですか」

 オレはピンと来なくて

「私物化とはどういう意味ですか」

「ごめんなさい。まだ、わかりませんよね。ASは自由の国のアメリカらしく、最低二人いればグループを作れます。他に規制はありません。よく大きなグループから分離します。これは円満に、独立した例ですね。

 しかし話が合わなく、仲間割れすることがあります。2,3人で新グループを立ち上げるのも珍しくありません。こちらが私物化になりやすいでしょう。どちらのグループでしたか」

「杉田と保土ヶ谷です。杉田は仲間と一緒に行ったのに、反応があまりにもなかったですね。保土ヶ谷は一人で行きましたが、一回声を掛けられただけです。名前も聞かれず、寂しい思いをしました」

 茜さんは頷きながら

「次からはチェアパ―ソンに、自己紹介してみてください。相手からの動きを待つのではなく、こちらから先に動きませんか」

 オレはハッとなり

「謙虚さがなかったのですね。来てやったのだぞ、と写っていたのかもしれないか。これからは気を付けます」

 茜さんは微笑みながら

「それで相手の対応が鈍かったら、このグループは合わないと思えばいいのではないですか」

 オレはなるほどと思い

「迎えるグループの態度でレベルがわかるのでしょうか」

 茜さんは頭を傾けながら

「そうとも言えるし、言えないかもしれません。それはご自分の判断で決めればよいかと」

「青野さんはASのことをよくご存知ますね。いろんなグループのミーティングに参加されたのですか」

 茜さんは遠い昔を思い出すように

「だいぶ前にいろんな会場を歩きました。だから、わたしのことを知っている方はスリップしていなければ、オールドタイマーですね」

 相当、昔なのかな。

「オールドタイマーって、長い間絶酒している人ですね」

「はい、アメリカでは30年、日本ではなぜか15年です。アメリカの半分ですね。一口に15年と言っても大変です。大抵の方はスリップするでしょう。1回や2回なら可愛いものです。

 二桁のスリップをしても、チャレンジしている方もいますよ。こういう方は1年未満が多く、やっとの思いで1年を達成すると喪失感で飲んでしまうのです。あるいはお祝いで、飲むのかもしれませんね」

 オレはプッと、吹き出してしまう。

「せっかく1年のバースデーを迎えたのにですか。信じられないな。よくご存知ですね。そうか、看護師さんだから知っていても当たり前か」

 茜さんは寂しそうな横顔を見せて

「私の夫が依存症だったのです。38歳で発症し、それで夫と一緒にASへ通ったのでした」

 意外であった。茜さんの婿殿が依存症とは。

「そうだったのですか。指輪をしているので、結婚されているとは思っていました。旦那さんはソーバー何年になりましたか」

 困った顔をした茜さんは

「ゼロ年で止まっています」

 オレはハッとして

「スリップしてしまいましたか」

 彼女は目線を遠いところへ移し

「いえ、もういないのです。わたしの行けない遠い国へ旅立って逝きました」

 エエー‼死んじゃったの?

「それじゃ、旦那さんは・・・」

「ええ、だいぶ前に亡くなりました。スリップは13回を数えましたね。どうしてもアルコールが止められずに、肝臓ガンでお終いです」

 オレはため息を吐きながら

「肝臓ガンですか。オレも飲み続けていたら、なったかもしれない」

 茜さんはオレの方に向き直り、キリッとした顔で

「寺田さんはご自分の意志で、ASに通い出しました。これが大事なのです。夫は自分の意志でなく、わたしが連れ回したのでした。だから真剣さに欠けていたのです。

 寺田さん、あなたは一回のスリップもせずに、絶酒を全うしてください。飲みたくなったら、電話してくれればお話しします。いかに、アルコールが人間をダメにするかを」

 オレは絶句する。茜さんの真剣なまな差しを見て、全てをさとるのである。彼女が神々(こうごう)しいのはこの事だったのか。

 最愛の夫を失って、二度と再発しにように頑張っているのだな。ウーン、旦那さんが羨ましい・・・。

アレッ、旦那さんはもういない。茜さんは未亡人、つまり独身だよな。

 ホントかよ、彼女をパートナーにするチャンスが生まれたぞ!女神でなく、恋女房にできるかもしれない。確率は低いが可能性はある。チャレンジするぞ‼







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