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4. 自助グループAS(アルコホリック・ソサエティ)

 青野さんは見た目30代後半で、髪が長く背は162センチぐらい、出るところは出ているオレ好みの女性である。しかし指輪が左手の薬指にあり、残念ながら人妻であろう。彼女はにこやかに

「ちょうど明日の午後7時、上永谷でミーティングがあります。寺田さん、ご都合はいかがですか」

 オレはちょっとドキマキした。

「わかりました。上永谷ならバス一本ですね」

 彼女はASミーティングハンドブックと書かれた小冊子をオレに渡し

「これを一通り、読んでおいてください。わからないことがあれば、当日質問しましょう。午後6時にロビーで待ち合わせしましょうか」

 そう言って病室を出て行く。オレはもらったハンドブックをパラパラめくりながら、青野さんの声は耳に心地よく、癒されるなと思いにふけった。結婚指輪は気にならないと言ったら噓になるが、あれだけの女性が独身でいるなんて不自然だろう。

 次の日、二人で病院を出てバス停に向かった。青野さんのファッションは緑色と赤紫のボーダーポロシャツに、キャメルのジャケット、緑のフレアスカートである。オレは彼女のセンスに舌を巻いた。

「青野さん、素敵なファッションですね。カラーコーディネートが素晴らしい。スタイリスト顔負けですよ」

 彼女は間髪入れずに

「そう言う寺田さんもお洒落ですね」

 この日のオレは紺のブレザーに、ピンクのギンガムチェックのボタンダウンシャツ、ホワイトジーンズである。ちょっとは、あか抜けて見えるかな。まずはお互いのファッションを褒めあってから、ASのことを話す。青野さんが

「横浜市にはASのグループが25あります。港南区には3グループが活動していますね。これから行く上永谷グループは30代から60代まで、10人ぐらいで活動しています。

リーダーのことをチェアパーソンと言いますが、女性の方がしています。名前はルリさんと言い、可愛い人ですよ」

 オレはチョットだけ眉をひそめ

「そうなんですか。アルコール依存症の女性は、何となく怖いな」

 青野さんはフッフッフと笑い

「それはお互い様ですよ。アルコールが入ると、人格が変わるでしょ。素面では皆さん、まともです。たまに飲んでいるときと、変わらない人もいますね。寺田さんはどちらですか」

 オレは数秒考えて

「変わるようで変わらなかったり、変わっていたりでしたね。アルコールは飲むと気分が良くなり、気も大きくなりで様々です。考えてみると、女性以外で良いことは余りなかったな。旧友とは喧嘩して絶交したし、金は消えるばかりだしね」

 ここでバスが来て乗り込む。後部座席のペアシートが空いており二人で座った。そして青野さんは真面目な顔で

「一皮むけましたね。スリップした甲斐があったみたいです。女性では良いことがありましたか」

 オレは照れながら

「酒を飲まないと、女性を口説けないのです。素面では度胸がありません。これからは飲めないので、困ったものです」

 彼女は口を両手で抑えて

「ハッハッハ」

 と大笑いした。オレは不満そうに

「笑い事ではないですよ。飲めなくなって、出来ないことはマダマダあります。困ったな」

 青野さんは笑いを収めて

「他に何がありますか」

 オレは思い出しながら指折りして

「乾杯、献杯、祝杯、涙酒、後悔酒、失恋酒、恨み酒、仲直り酒、喉が渇いた時のビール、マダマダありますよ」

 彼女は元気づけるように

「その通りです。これからはアルコールで乾杯はできません。悔しいでしょう、辛いでしょう、羨ましいでしょう。でも、じきに慣れますよ。ウーロン茶やジンジャエールで、乾杯すれば良いだけです。違いますか」

 オレは絶句して言葉が出てこなかった。その通りに違いないが、他人が飲んでいるのを我慢できるだろうか。

「酒の席にはもう出られません」

 青野さんは優しく

「そのために自助グループへ行くのです。今は飲めないですが、そのうちに飲まないに変わります。次は飲みたいと思わなくなり、終いには酒の匂いで吐き気がしますよ。なんちゃったら、いいですね!」

 オレは感動を通り越して、感激した。青野さんがオレのために、励ましてくれていることに。このとき、この人をオレの女神にしようと思ったのである。この単純さがオレの唯一の取り柄だ。

 上永谷グループの会場は駅から5分にある横浜市のコミュニティプラザであった。会場に着くと会議室のドアは開いており、中に入るとリーダーらしき女性が笑いながら

「青野さん、ようこそいらっしゃいました!」

 二人は握手し、青野さんは笑顔で

「ルリさん、今日はお世話になります。患者さんを一人参加させてください」

 ルリさんは眼を輝かせて

「青野さん、ありがとうございます。紹介して頂けますか」  

「こちらは寺田さんです」

 ルリさんは彼女が言った通りに、可愛くきれいな女性である。少し緊張気味に

「寺田鷹介と言います。年齢は61歳です。よろしくお願いします」

 ルリさんはにこやかに 

「ルリです。ようこそいらっしゃいました。年齢はご想像にお任せします。あと10分で始まりますので、コーヒーや紅茶、お菓子があります。ご自由に飲んだり、食べたりしてください」

 彼女の歳も青野さんと同じくらいか。オレは恐る恐る

「会費はいかほどでしょうか」

 ルリさんはパッと微笑んで

「無料です。病院を退院したら、いくらでも結構ですので献金をお願いします。懐が寂しかったら、しなくてもいいですよ」

 誰かに似ていると思ったら、『夏子の酒』のヒロインだった名女優にである。しかし薬指に指輪があった。素敵な女性は売れ残ってないのが当然か。

「寺田さん、わかりましたか」

 ハッと我に返ると、青野さんが話しかけてくる。

「はい、了解です」

 ルリさんが小冊子二冊持ってきて

「ハンドブックとASの説明書です。差し上げますので、お読みください。そろそろ時間です、始めますね」

 時刻は午後7時になろうとしており、会場には15人ほど集まっている。結構、集まるもんだなと思いつつ、ルリさんはテーブルの中央に座ると

「定刻になりました。AS上永谷グループのミーティングを始めます。皆さん、こんばんわ」

「こんばんわ!」(会場の人々)

「それでは前文を朗読します。アルコホリック・ソサエティは…(中略)…。本日仲間の配慮により、司会を務めるアルコホリックのルリです」

「ルリ!」(会場の人々)

※筆者注:アルコホリックとはアルコール依存症の患者という意味

「今日から出直したい方、病院から退院した方はいらっしゃいますか」

 今度は誰も声を上げない。

※筆者注:出直したい方とはスリップした人のこと。病院から退院した方は新たにアルコール依存症になった人と、二度以上の人も含む。申告した人にはワンデーメダルを贈与する。

 ルリさんは安心したように

「良かった、いませんね。いつもこれを言うとき、ドキドキします。(笑)それではどなたかハンドブックの三章を読んで頂けませんか」

「はい!」

「たけるさん、お願いします」

「ありがとうございます。アル中のたけるです。上永谷グループです。第三章アルコール依存症と向き合うには…中略…。ありがとうございました」

「たけるさん、ありがとうございました。皆さん、本日は平戸病院の青野看護師さんが患者さんと参加されています。お二人とも、後ほど一言お願いしますね。それでテーマは『入院した時』にします。どなたかお話したい方はいらっしゃいますか。(シーン)

 いませんね。それでは、わたしからお話しします。わたしは二度スリップしているので、三回入院しています。最初と二回目の入院は身体の不調を治すためでした。アルコールを止めようとは、それほど思ってなく、退院して三ケ月以内にスリップします。

 ここまではよくある話ですね。二度目のスリップ後、わたしは家で連続飲酒に見舞われます。悪魔に魅入られたように、アルコールを飲み干すのでした。朝から夜中まで、狂ったように飲み続けます。あのまま飲んでいたら、今のわたしはこの席にいなかったでしょう」

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