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2.入院

2.入院


 オレの肝臓は悲鳴をあげていたが、全く聞こえていなかった。ある日気分が悪く吐き気が続いて、近くの平戸病院へ行く。血液検査のデータを見た医者は

「寺田さん、黄疸も出ており慢性肝炎です。即刻、入院してください」 

 オレの身の上は独身で、娘が一人いる。彼女は結婚しており、オレは一人暮らしであった。一度自宅へ帰り、入院に必要な物をボストンバッグに詰めて病院へ舞い戻る。

 入院手続きをして4人部屋に入り、疲れからすぐに寝た。前日から調子が悪く、吐き気があったため何も食べられず、アルコールも飲んでいない。こんなことは22年間で、初めてであった。そのため体内のアルコールが切れて、指は震えている。しかし身体が絶不調のためか、飲酒要求がおきない。

 その日の夜に事件は起こる。アルコールや薬物依存症で発症する離脱症状がオレに降りかかってきたのだ。それは何の前触れもなくやって来た。

 部屋の中にピーターパンで有名な妖精みたいのが入ってくる。スズメより小さくて、羽根が生えており人型であった。そいつはオレの上でグルグル回りだす。

 オレは異常とも思わず、飛んでいる妖精を見ていた。それはヘリコプターのように、空中でホバリングしながら

「鷹介さん、こんばんわ」

 オレは眠い目をこすりながら

「なんで、オレの名前を知っているんだ」  

 彼は徐々に高度を降ろし、オレの目の前に来ると

「鷹介さん、わたしはミカエルです。55年ぶりですね」

「ミカエル?そんなやつ、知らないぞ」 

 ミカエルはなおも、オレに近づき

「忘れちゃっいましたか、池にハマったとき助けたでしょ」

 池にはまった?そんなことあったな。あれは確か、一寸法師が助けに来たんだと母親が言っていた。

一寸法師?もしかして、この妖精のことなのか。

「お前さんは一寸法師って言われてないか」

 ミカエルはニコッと笑い

「はい、年配の方にはそう言われました。思い出しましたか」 

「あんときの一寸法師とはね、ありがとな。なんで来たの」

 彼はオレの胸に着陸し

「鷹介さん、人生最大のピンチですよ。それを知らせに来ました」

 オレは急に眠くなり

「どうして・・・、最大のピンチなんだ・・・」

「それは・・・・・・」

 ミカエルの声は聞こえず、オレは睡魔に捕まった。朝6時に看護師に起こされる。

「寺田さん、血圧と体温を測ります。起きてください」

「・・・」

 看護師は体温計をオレに渡し

「昨夜は誰かと話していましたね。誰ですか」

 オレは眠気と喧嘩をせずに、体温計を右腕の脇に挟む。

「はなし?ああ、ミカエルと言っている一寸法師だよ」

 看護師は血圧計を左腕に装着しながら

「ミカエルって、天使のですか」

「天使というより、ピーターパンのウエンディみたいな妖精だったな」

 看護師は目を大きく開いて

「ウエンディ・・・、スゴいですね。血圧は上が155、下が91です。ちょっと高いです。体温計をください」

 オレは脇に挟んだ体温計を取り 

「37.5度、微熱か」

 体温計を受け取った看護師は、数字をリストに書き込みながら

「8時に朝食です。それまで寝ててください」

 彼女はカーテンを閉めて隣の患者のベッドへ向かう。一度起こされて寝るのは不得意なオレだが、2分も経たないうちに寝息を立てる。朝食は半分も食べられず、9時30分に先ほどの看護師と内科医が来た。

「寺田さん、あなたはアルコール依存症のようです。夜中に幻覚を見たのですね」

 ミカエルのことかな。あれは幻覚なのか。

「・・・・・・」

 俺が答えられずにいると、医師は

「ご自分では判断できませんか。そうでしょうね。熱も下がってきたので、午後に依存症科の診察を受けてください。依存症科の看護師がこちらに伺いますので」

 昼食も三分の一ほど残してしまい、肝臓が悪いと食欲も減退する。ミカエルはその後出てこなかったが、宇宙戦艦ヤマトや機動戦士ガンダムがヒョイと静止画のように登場した。だからといってオレは騒がず、それが当たり前のように思っていたようだ。そして予告通り、午後2時に依存症科の看護師が来た。

「こんにちわ、看護師の青野です。少し質問してよろしいですか」

 青野看護師はアラフォーで、感じの良さそうな女性だ。

「いいですよ。何を聞きたいのですか」

 彼女は笑顔で

「寺田さんはアルコールを一週間に何日、どのくらい飲んでいましたか。」

 お決まりの質問か。健康診断で必ず、質問事項にあったな。

「毎日飲んでいました。焼酎をグラスで3、4杯です」

 青野さんは次々と、高射砲の弾丸のように

「何年間、毎日飲んでいましたか。指の震えや、発汗、動悸等はありませんか。起きてすぐに、アルコールを飲んだことは。昨夜、幻覚を見ましたか等々 」

 15分ほど質問され、なるべく正直に話す。そして最後に彼女は

「ありがとうございました。本来は医師が診断しますが、寺田さんは立派なアルコール依存症でしょう。

ご自分で認めますか」

 オレはこの言葉に絶句した。青野さんはにこりと微笑みながら 

「そんなこと、認めたくないですよね。誰だって、アル中なんてなりたくないでしょう。でもアルコール依存症は立派な精神病です。気にする必要はありません。自分の意志でアルコールを止めるのは至難の業です。止めらなくて当たり前ですよ」

 眼から鱗とはこれである。午後5時に内科医と青野看護師がやって来て

「寺田さん、引っ越しです。依存症科に移りましょう」

 オレは来るべくきことが来てしまったと観念する。青野さんが移動の最中に

「寺田さんは現在、離脱症状の真っ最中でしょ。だから安全のためにの引っ越しなんです。離脱症状はもしものことがありますから。鍵のかかるトイレ付きの部屋で、三日間過ごしてください。通称ガッチャン部屋と言います。ガッチャンは鍵がガッチャンと掛かるからですよ」

 と言いながら、ニコッと笑う。オレは彼女の笑顔に癒されることを知る。しかし、その後の担当医になる宮本先生には散々言われた。   

「寺田さん、このままアルコールを飲み続けると、3年は持ちませんよ。すぐに肝硬変になり、あっと言う間に肝ガンです。そうなったら、半年の命でしょう。それでもあなたはアルコールを飲みますか」 

 こんなことを言われて飲む人は相当な酒好きか、よっぽどの阿呆鳥であろう。オレは(イーグル阿呆鳥アルバトロスには叶わない。先生に脅しまくられ、戦々恐々となる。後で自助グループの仲間に聞くと、皆同じようなことを言われたようだ。アルコール依存症の診断には付き物で、脅しまくりの一幕である。

 ガッチャン部屋での3日間は静かであった。離脱症状は四六時中出現するわけではなく、3,4時間に一回である。ミカエルはその後、現れなかった。確か最後に、彼は人生最大のピンチだと言っていた。アルコールを飲み続けるか、止めるかの瀬戸際だ。 

 こんな答えは決まっている。しかし今から思えば、ミカエルとのやり取りは夢の世界の出来事としか思えない。本当に幻覚だろうか。

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