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霧の中の怪物  作者: つっちーfrom千葉
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霧の中の怪物 第一話


 大気が深い霧の白さに支配された海上を、一隻の小舟が進んでいた。その舟の上には鋼鉄の鎧を纏ったひとりの老人がいた。数日前の戦闘で右肩に二本の鉄矢を受け、そこから溢れ出る血で上半身はすでに赤く染まっていた。老人は歯を食いしばり、必死の形相で霧の向こうを見据えていた。この海上で野垂れ死にするわけにはいかない。どうにかして、新しい土地を発見して、そこに住む人々から手当てを受けねばならない。すでに体力は限界であったが、その執念だけで懸命に小舟を操作していた。その老体では数マイル進むごとに一時間ほどの休憩を要した。身体はすでに疲労困憊であり、次第に動きは鈍くなり、大量の出血のためか、ひどい頭痛に襲われていた。


 しかし、この地に住まう神々は、彼のことを見捨てなかった。丸三日の間、一心不乱に舟を漕ぎ続けた結果、彼は遥か北西の方向に、未知の大陸を望むことができた。


 そこはマリ半島の付け根にあたる、小さな漁港であった。数十年前までは血気盛んな漁師たちで賑わったこの町も、水揚げ量の大幅な減少や天災により、今ではすっかり廃墟と化していた。今でもこの地を離れずに居着いているのは、そのほとんどが、行く場所のない乞食か世捨て人となっていた。


 その朝、マーグレンという濃い髭を生やした中年の漁師が、南西の海上に見覚えのない小さな小舟が漂っているのを発見した。彼はすぐに自分の船を出して小舟の救出に取り掛かった。近づいてみると、その小舟の外板には多数の矢が突き刺さっていた。それが異常な旅を続けてきたことはすぐに理解できた。舟の内部は多くの血に塗れ、その中央付近にひとりの老人が倒れていた。


 偉丈夫なマーグレンに発見されたことは幸いであった。その巨体にしっかりと支えられながら、老人は彼の自宅にまで運ばれることになった。しかし、その意識はかなり混濁していた。たくさんの水と簡素な食事を与えられた。老人は無意識の中でうわ言のように何か訳の分からないことを何度も呟いていた。誰かに伝えたいことがあって、ここまで逃げてきたことが見てとれた。生命が危険な状態は三日間続いた。


 救助されてから四日目の昼ごろ、老人はようやく意識を取り戻し、言葉を流暢に話したり、狭い小屋の内部で立ち歩いたりすることが出来るようになった。自分を救ってくれたマーグレンという漁師にまずはあつく礼を述べると、自分の出身について語り始めた。それによると、この老人はカヴィンという名で知られ、海を越えてこの半島の向かい側にある、大国の王であるという。


 彼は将軍から出世を重ねて王となり、二十年以上に渡り、大国を統治していた。彼には三人の息子がいたが、無能な長男と次男を差し置いて、比較的賢い三男に王位を継がせようと画策していたところ、上位のふたりの強い反感を買い、その裏切りによって、ある夜襲撃に遭ったという。その反乱を事前に予期していた王妃や大臣たちの計らいによって、彼ひとりのみ生命が助かり、海上に逃れることが出来たのだという。


 マーグレンは気は優しいが単純な男であったため、その奇妙な話もすんなりと受け入れられた。「とにかく、今はその傷を癒すことです」彼は丁重な態度でそう答えた。


「自分が半生をかけて築き上げた偉大な国家を、こんなに簡単に奪われてしまった。ふたりの情けない息子に何とか復讐を果たしたい」


 カヴィン王は朝も夜もそのことばかりを語っていた。自分は必ず復讐の鬼になってやるぞと、病床にあっても幾度となくそう呟いていた。しかし、備えていたはずの武器や部下をもすべて奪われ、王はすでに孤独であった。どんな手段を使ったとしても、すでに遠く離れてしまった王国まで舞い戻り、そこで復讐を果たすことは困難ではないかとマーグレンは考えていた。そのため、ことを急がず、今はとにかく肩に受けた深い傷を癒すことが先決ですと、そのことだけを強く言い聞かせた。これ以上、王に無理をさせないようにとの配慮であった。


 発見された当初は、齢七十を越えたカヴィン王の肉体が、大量の血液を失うに至ったこの重症から立ち直るのは難しいように思われた。しかし、この純朴な漁師は王の決意の言葉を最大限信じて、彼を救うべく、懸命な治療にあたった。


 舟が洋上に発見されてから一月後、老人はようやく杖を使わなくとも軽い運動ならこなせるようになっていた。家の周囲を散歩をすることもできるようになった。王は自分を救ってくれたマーグレンの詳しい身元を知りたいと思い、彼にその詳細を尋ねた。ところが、マーグレンというこの漁師は、自分の過去については、その多くを語らなかった。しかし、自分たちが今いる場所について、オーグストという国家の末端にあり、数年前に巨大津波に襲われ、大変な被害を出した地点であると説明した。それに続けて、元々住んでいた多くの漁民は、津波の後一年の間に、この地を見捨てて離れていってしまったと語った。さらに、この小さな漁港の住民はすでに十数名にまで落ち込んでいるとも語った。カヴィン王は彼にこう尋ねた。


「復讐を成し遂げるため、自分の王国に舞い戻るためには、これからどのように行動すればいいだろうか?」


 マーグレンはそれに答えて、「ここから北に向かった先にマルタという小さな町があります。そこへ到達することができれば、オーグスト国王の力を借りることが出来るかもしれません」と控えめな態度で話した。王はその言葉を受けて、この海を再び越えることは一時諦めて、取り敢えずは北の地に向けて旅立つことを考えるようになった。


ここまで読んでいただきありがとうございます。二話で完結します。よろしくお願いします。

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