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アルコール度数9パーセント

作者: 竜司



 アルコール度数9パーセント

作:竜司



 今日は甘ったるい酒を飲む気分じゃない。夜中だというのに、今から友人が家に来て、先日のちょっとした事件について話し合うつもりらしい。冷蔵庫で冷やすつもりで段ボールに入れていた苦みをセールスポイントにしたつまらない酒缶を空けた。つまみは大衆的なチーズ味のスティックスナックだ。実はさっきまで布団に入って、今夜を眠り明かそうとしていた。友人の来訪など無視して眠っちまえば、全部、夢だったみたいに、なかったことになってくれやしないか……そんな、殊更に哀れで馬鹿げた妄想が、現実として私の人生に立ち現れるわけがないのに、嗚呼、縋ってしまったのだ。

「アルコール度数9パーセント」 

 車の音が外から聞こえた。あの野郎、本当に来やがったのか。否、奴が来るのは分かっていた。だから、正しいリアクションはこうだ。あぁ、来てしまったか……もう逃れることはできない。

 雨は降っていないのに、雨に濡れたらしき友人をなるべく陽気に迎え入れ、気を利かせたつもりで紅茶なんかを出してみた。普段は飲まないが、仕事で携わった人に成功のお礼として葉っぱをもらったのだ。ありがとうございます、などと形式的に反応したが、なに、ちっともありがたくは思っていない。帰りの荷物が増えて、ただでさえイラつく満員電車の中で腹を立たせる理由が増えただけだった。

「聞きたいことがあってね。改めて云うのも恥ずかしいが、あの時、俺は君がやったんじゃないかと思ったんだ。いやぁ、そんなわけないって直後に思い直した。でも、あとから素人ながら調査したんだけど、やっぱり、君がやったような気がしてね。いやいやいや、落ち着いてくれ。はははは。君が否定するだろうという前提でここへ来ている。仮に肯定するならば、それはそれで、まぁいいかと思っている。で、端的に回答してほしいんだが、どっちだい?」

 何が、どっちだい、だ。

 こっちは、今月も先月も収入が数万ぽっちで、にっちもさっちもいってないんだ。それに比べて、こいつは安定した収入があって羨ましいぜ。いや、嘘だ。サラリーマンなんて奴隷みたいで受け入れられなかった。だから安定より楽しさを求めた。結果、過去を憎んだり、悔やんだり、むかついたりする日々を送っている。こいつと話している限り、どっちもどっちなんだろうと思うが。

 兎にも角にも、金がないから、落ち着いていられないのだ。どっちなんだと問われても、そんな簡単な二択にすら、答える余裕が心中では存在していない。

「僕は、やってない」

「だよな。それが聞きたかったんだ。じゃあ帰るよ」

 友人を玄関まで送った。すると、数時間前に止んだはずの雨がまた降り出した。驚くようなことじゃない。天気予報通りだ。天気に関しては、もはや未来を予想するテクノロジーに、今更感嘆する。

「雨だね。なんか、帰りたくなくなった。もう少し、話でもしないか」

「ああ」

 雨が降ろうと降らなかろうと、このいけ好かねぇ野郎は帰らなかっただろうさ。私は、この男と長い。一挙手一投足で、心の中が見える。私が否定しても肯定しても、居残るつもりだったに違いない。

 ――あの日、私は酒に酔っていた。それが全ての元凶のような気もするし、そうでない気もする。誰も私がやったとは思っていない。ただ一人を除いては。怪我したのは睦という名の不細工だ。彫りの深い顔で、低い声の女である。漫画の趣味は合うのだが、それ以外では話していてもただ不機嫌を覚えるだけのような、あと数ピース足らない女だった。あぁ、そうだな、胸は平だった。本当に退屈な女だ。

 そいつが暗い階段を降りる際に、他の友人たちとは違い、電気を付けていないことに気が付いた。酒を飲んで尿意を催して、トイレに行ったときに、偶然、暗闇の階段を下っていく睦を見下ろした。

「君だろ? 階段の中腹に袋を設置したのは」

「違う」

「ははははははははは。違うよな。すまんな。でも、どうしても確認したくてね。そうでないと後悔する。なぁ、でも、君はあの時、唯一アリバイがないよな。他に誰ができたんだろうな。田口か? アンドレか? 美作か? 桜庭か? 俺か? 皆、一緒にいた。君と彼女だけがいなかった。睦が階下に降りる前、桜庭が降りている。桜庭は何事もなく戻ってきた。それから五分もしないくらいで、君が階下に降りた。君が帰ってきてから、睦が降りて……」

 睦は階段から落ちて全治二週間の怪我をした。

「僕は、やってない。仮に僕のポケットに入っていたとか、服に静電気でくっ付いてたとかだったとしても、少なくとも、悪意はない。事故だ。事故だよ」

「酔っているな。顔が少し赤い。君は昔は酒を飲んでも顔色が変わらなかったけど、三十超えてから赤くなるようになったなぁ」

「さっき飲んでたんだ。眠かったけど君が来るからって、起きてようと思って」

「逆効果じゃないか。酒って、飲んだら眠くなるだろ」

「あぁ」

 彼は一瞬、不思議な顔をした。

「じゃあなんで飲んだんだよ」笑い混じり。

「いや、ほら、常に論理的には行動できないだろう」

 友人は不完全燃焼気味だったが、三時過ぎに帰った。

 私は階段の中腹まで昇り、その段をじっと見据えた。背中に手を突っ込み、何かを取り出す仕草をして、階段にそれをそっと置く……。ふっと笑い、踏み出すと、不可解なことが起きた。滑ったのだ。そして私は転げ落ちた。全治二週間の怪我をした。入院中、何度も彼女の夢を見た。彼女が無言で私をじっと見つめてくる夢だ。表情がひとつ問いかけてくるのを感じる。

「僕は、やってない」

 そう答えると、目が覚めた。

 

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