夏至
「今日は夏至だよ。
……。
一年で一番昼間が長い時。」
健太が独り言のように言ってため息をつく。
朝食の場は、シーンとしていたためだ。
唯一話についてきてくれる弦賀さんは、湧いたお湯を止めにキッチンへ行ってしまった。
目の前にいる、鬼空と弥生くんではこういった話はめんどくさいらしい。
「おい、俺の前でため息をつくな。」
「君たち……。」
出された朝食のパンをモグモグしている。
鬼空が気がついて顔を上げる。
「なんだよ。言いかけてやめるな。」
「食べながらでいいけど、少しは会話に入って来なよ!」
モグモグ……。
鬼空にとって、本当はもっとゆっくり寝ていたいのに、健太が朝食の時間を厳守にするものだからシブシブ起きてきているのだ、朝からテンションが低い。
「モグ……どーしましたの?健太くん、今日はお日がらもよろしくってよ。」
わざと茶化して言う鬼空に怒る健太。
「真面目に!……」
「今日は1日が長いんですね。」
弥生が二人の間を割って入る。
弦賀が食卓へ戻ってくる。
「夏至ですか、弥生くん良く知っていましたね。」
「それは、僕が話をしたんです。」
健太がふてくされる。
「寿樹さまの時は、健太さんが教わっていた方でしたね。」
「そうなんです。鬼空にもこの教養が欲しいんです。」
窓から爽やかな風と共に、ニュースで日中は真夏日になるでしょうと流れる。
「あら、今日は良く晴れるみたいですね。」
弦賀が夏物を出そうと考える。
この人はこれで話を終わらせるんだ。
弦賀が力にならないことを悟った健太、ガックリ肩を落とす。
「側近、今日も予定は無いんだろう。」
鬼空が場を切り裂くように言いきった。
緊急事態宣言が終わって万永防止対策に切り替わる今日は、もちろん予定など入っていなかった。
「うちは酒提供はしていませんし、いつもと代わりないです。」
それを聞いた弥生が笑った。
「神様の御神酒も、7時でラストオーダーっだったら面白いですね。」
健太は弥生の会話を無視した。
「決めた!今日は鬼空に勉強してもらう。」
「あん?」
鬼空が立ち上がる健太に睨みを効かせた。
木苺の実が真っ赤に熟して、緑しかない草の中から魅了する。
男しか居なくなった屋敷の中でも、鬼空のちょっとした仕草の中に、熟した果実を感じる事がある。それは、とても綺麗で思わず口にしたくなるが、はたして食べれるのかわからず、気になるのと似ている。
ある程度の何時もの儀式を終えた鬼空が逃げないように、じっくりと見つめる健太。
「なんだよ、じっくりと見て。俺の乳でも揉みたくなったのか?」
「バカな事いうんじゃないよ。」
少し動揺したが、直ぐに切り替えた。
「わかってるんだろう?この後は僕と教養の勉強するってこと。」
「おまえこそ、バカな事いうんじゃない。いい大人がこの年になって、教養なんてはなはだ可笑しいぞ。」
「だって、鬼空がバカなんだもん。」
鬼空がカチンと来た。
「お前、俺を率直にバカと言ったな!」
「いい年の大人がバカなんて、恥ずかしいだろう?」
「あのー、スミマセン。」
弥生が来ていたことに、気がつくのが遅れた。
「どーしたの?弥生くん。」
「お客さんがみえましたけど。」
「え?聞いて無いけど?」
「はい、それがたった今来たそうで。」
「アポなしかよ。」
「それは、違うよ鬼空。」
健太は弥生に向き直った。
「今来たの?予約じゃなくて?」
「はい、今の今きて法話大丈夫ですかって?」
「何人?」
「1人です。若い女性の方。」
「通して。」
鬼空の声が早い。
「何ゆってんだよ、法話は予約制だろ?」
「悩み事なら聞いてやるのが、俺の仕事。」
くうー、いつも仕事サボってる人が良く言うねー。と健太は思った。
「鬼空は後で、僕が事情を聞いてくるから、受付終わってからそっちに回します。」
チッと舌打ちする鬼空。
しばらくして、健太が困った顔をしてやってきた。
「どうなんだ?」
「いや、駄目かも。鬼空に通じる相手じゃない気がする。」
「相手は何の悩み事だ?」
「まだ若すぎて、理解が出来ないかもしれない。」
「赤子か?」
「な訳ないでしょ。年頃の子です。」
「中学生?」
「そのくらい、いっぱい悩む時だよ、鬼空には難しいかも」
「どうするのじゃ」
「言っても納得してくれないから、話だけ聞いてあげたら満足するかも。」
「ならば、呼べ。」
「はい、お待ち下さい。」
絶対、鬼空でも駄目だと思って聞いていたら、意外と鬼空と会話が通じている。悔しい健太。かなり悔しい健太。
「何?何で会話が成立してんの?」
とても不思議がって聞き入る健太。
「ま、健太の教養とやらは要らんって事だな。」
「要るよ!知識だもん。知らなきゃ恥ずかしい事だっていっぱいあるもん。」
「彼女は、会話が出来る人が欲しかっただけだ。」
「どーゆう内容の?」
「堅苦しい事のない会話をな……。」
時に人は型から抜けて、腹を割って話をしたい事がある。
大人は知らずに、形を作ってその中へ閉じ込めてしまう。
「ことな」という子供でも大人でもない丁度ハザマになった中学時代は、大人の型が受け入れられない。
健太の対応はまさに、大人の対応であった。
彼女は、家で学校で愚痴が言えず、わかっているけど素直に親の言うことが聞けなくなっていたらしい。親の言うことは聞きたいんだという、でも自分の欲求を持っていく所がなく、はち切れんばかりの心を鬼空に放ってもらったという訳らしい。
鬼空にそんな、能力があったもんだとチラチラ見ていると
「そんなにみられると、乳に穴が空くだろう!」
「…だっ、誰が乳なんか…。見てないよ!」
「正直じゃないなぁ、俺は男の気持ちもわかるんだぞ。最近大きくなってるみたいで先端がチクチクするんだ。」
え!耳から入った言葉が、脳みそでイメージをかきたてる。
いけない!いけない!鬼空の罠にハマってしまうところだ。
まったく、男心を逆手に、上手くはめようとしてくるから困った人だ。
それにしても、鬼空にも人の悩みを聞いてやれる教養があったもんだと感心した。
人は色んな色がある、鬼空は鬼空なりにもしかしたら人を救える能力があるのかもしれない。
鬼空を型にはめず、自由に色を出してあげたら
どこかの誰かは必要となってくるのだ。
全部悪い人なんていない、良いところは個性として伸ばしてあげよう。
「鬼空、思ってるほどおっきくないから心配いらないよ。」
「何をじゃ。」
「さっきの女の子も鬼空の事、ちゃんと男の人と見ていたみたいだから。」
「どうしてわかる?」
健太がパソコン画面を鬼空に見せた。
「最後の記念に撮るポラロイド写真あるだろう?」
「あぁ、希望に○がついていたからな。」
「Instagramに彼氏です。って載せてる。」
鬼空が驚いて覗き込む。
「あ……。」
「いいねが上がってるよ。こりゃ、明日から忙しくなりそうだ。」
夜の風はまだ冷たいから良かった。
昼間の気温が上がると共に、法話の参加者も熱が上がるのだった。
「これじゃ、日が出ている間じゅう働いてますよ!」
弥生が参加者のソーシャルディスタンスをとるのに必死で根を上げる。
「弥生くん、鬼空にペットボトルの水持っていってあげて。」
「1日長過ぎですー。」