鬼空の気持ち 健太と蛍
【健太と蛍】
「寿樹、蚊取り線香を出しておくね」
「なんだ?健太誰と話してる」
「間違った 鬼空。」
健太が間違ったという顔をして 鬼空がおーい!と落胆した。
「おまえ、俺を寿樹と勘違いしてたりしないだろうな。」
「してない、してない。それは無いから大丈夫。」
「ホントだろうな。」
「寿樹の時に いつもしてあげたんだ、この時期から 蚊取り線香をね 僕が出したら 寿樹が気が利くと褒めてくれたから 忘れないんだ。」
健太の明るい顔がやけに 眩しい。
ふーん それが 何だってんだ 俺には関係ない 勝手にしろい。
「鬼空、頼みごとがあるんだけど」
「なんだ?」
「一緒に ホタルを見に付いてきて欲しい。」
「あん?そーゆうのは女の子と見に行くもんだろ?そもそも今、蛍がいるのか?」
「だから、居るかどうか 見に行くだけだよ。」
ったく、なんだかんだ 健太の口車に乗てしまった気がしてならない鬼空。
シブシブ健太の後をついて歩くが、大の男がライト片手に山中を歩くのは 何の面白みも無い。
虫はライトに寄って来るし、暗闇のガサガサ音に正直 ビビる。
「鬼空!大丈夫?」
「あ?大丈夫だぞ。健太の方こそ 恐くなって手つなぎてーんじゃねぇの?」
「そ、そんな事ないよ。男だから大丈夫。」
こいつ、いきがって俺の前歩いてるけど 本当は怖くてたまんねーんじゃねえのか?
そうだ、頃合いみて 隠れてみるか。
「鬼空、何か話をしてくれないと 猪が逃げて行ってくれないよ。」
あれ?
反応が無い。
「鬼空?ちゃんと 後ろついて来てる?」
振り向いて ライトが無い事に真っ青になる健太。
「鬼空!!どこ!?鬼空ー!!どーこに 行ったのー!?」
山に健太の尋常じゃない叫びがこだました。
あいつ、ビビッて叫んでやがる。ククククッとライトを消して茂みに隠れる鬼空。
「鬼空ー!居たら返事してー!」
知ってるよ。笑いが込み上げてたまらない鬼空。
健太のライトが近づいて来た。
目の前に来たら いきなり出てみるか。
ニンマリする鬼空。気持ちは健太を驚かすことに集中。
ライトで先に見つからない様に身を縮めた。
健太が 恐くなって半べそになって来たのが 笑いをこらえるのに必死だった。
葉が揺れたのか ライトで照らされた。
潮時かと 声を張り上げながら前に出た。
一応、熊の真似したつもりだ。
「ブッビ!」
キャーかわぁーが聞こえて来るもんだと思っていた。
「ん?なんだ?そのブビ音は?」
ライトをつけると健太は腰を抜かして動けなくなっていた。
「鬼空の 馬鹿!!」
うわ、こいつ本気で俺の事 馬鹿って言った。
「ん?なんか 臭くね?」
辺りから強烈な匂いが漂う。
「おまえ、も、もももしかして」
「やめろよ!」
「脱糞した?」
「違うよ!」
「だって クセ―じゃん。」
「おならだって!クソもらしてないよ。」
「うんこもらしだ!」
鬼空のテンションが上がる。
「だから、違うって!鬼空が驚かすからいけないんだろ!」
二人が言い争いをしながら歩いて行くと、いきなり 茂みからガサゴソっと 大きく揺れて 黒い大きな塊が現れた。
二人共それに気が付くと 声を振るわせ二人して抱き合った。
ライトの先は 大きな猪の眼が反射して光っていた。
「猪だ!」
「やべーぞ!」
二人共何をどーしたらいいのかわからず 二人共抱きしめ合って まるで面積を 一つにまとめたようだった。
猪は二人を見ると 無視して 逃げて行った。
「びびった。」
「猪って牙があるんだよね?」
「こえーな」
「かなり 大きかったね」
ホッとして 離れた二人だったが 健太は鬼空の手を離さなかった。
「おい、臭いのとくつきたくない。」
「もう、臭くないよ。鬼空はどこか行くからダメだ。」
二人は手を繋いで 歩いていく。
健太の分厚い肉のぷにぷにした手。
「焼いたら 美味そうだな。」
「どれ?さっきの猪?」
「おまえだよ。」
「え!?なんで?」
「ぷにぷにしてる。」
「これでも、真正家の御飯食べるようになって10㎏も痩せたんだよ。」
「最初のころ、タヌキそっくりだったもんな。」
「鬼空だけだよ 僕の事をタヌキっていうの。」
カジカカエルの声が激しく聞こえて来た。
「そろそろだよ、今年はもう、居るかな?」
「梅雨が早かったからな、気温はどうなんだろう?」
「今日は34度もあったよ。蛍が出る気候ではもう居てもおかしくない条件なんだ。」
「梅雨開けずに 真夏の温度か。」
健太の指示でライトを消した。
けれど、手は繋いだままだ。
健太の声だけ頼りに見る。
「ほら、そこ。右側一つ 点滅してるのと、左の奥に二つ 弱いけど 草にしがみついてる感じでいるよ。」
「どこだよ。」
「もう、鬼空目が悪いの?」
「1.5だ両方1.5!」
「ウソだ。僕1.0だよ。もっと低くしてみてよ。」
健太の身長がどこかわからないが、かがんでみる。
「あぁ、右側の点滅わかった。」
「左側は 奥の方だよ。」
左へ眼をやると、何か 生暖かいものに頬がくっついて驚いた。
「おわっ」
「あ!ごめん」
「なんだよ」
「僕の顔だよ。そんなに嫌そうにしないでよ。」
「また、健太の思惑どーりになったかと思っただろう。」
「なに?その思惑って?」
「俺を寿樹に見立てて ホタルデート。」
「何?そのホテルリゾートみたいなゴロ。」
「ゆってねーよ!しかも 発音よりぜってーカタカナ書きの方が似通ってると思うし。」
「おかしなことを言うね。」
「違うだろ!」
二人は時に両方で ボケをカマス事がある。が、誰も救ってはくれない。
「おい、まだかよ。」
鬼空が健太の手を引っ張る。
「まだ、もう少し。」
「何べん見ても 一緒だろぅ。あー、蚊に刺された。はよ帰ろう!」
鬼空が手を放して ぼりぼりかく。
「鬼空は 屋敷で同じ天井をそんなに見たいの?」
「見てるつもりはねーよ。」
「屋敷に帰っても つまらないでしょ?」
確かに 屋敷へ帰っても つまらない事はわかっていた。
少しだけ 健太を待つことにした。
「なぁ、そんなに蛍って良いのか?まだ、3匹しか居ないぞ」
「鬼空は 見るつもりが無いね。10匹以上はもう、居るよ。また来週にはその10倍になってる。きっと鬼空も見える量になってるよ 楽しみだな。」
「ケッ、健太の楽しみ方がわからねーや。」
鬼空が ライトをつけて 背を向けて帰って行く。
健太はライトをつけて 鬼空の後を追う。
「楽しみ方って?」
「蛍の数が どうってやつさ。増えたから 何が楽しいのか俺にはわからん。」
「違うよ、蛍の量が増えたら 見ようとしない鬼空にも見えるかなって 鬼空が見えたら楽しみなんだよ。」
「俺の姿が?」
蛍ではなく、俺が見れるだろうと 思っての「楽しみだな」だったのか?
「うん。」
「よくわからねー。」
少し、照れ気味の鬼空の手を繋ぐ。
「やっぱり、健太てめー!思惑どーりだな。」
「さっきから 思惑・思惑ってなに?」
「さりげなく、また手を繋いだろ。」
「だって、またあの猪が出て来るかもしれないよ。」
「そうか、いざという時の 盾がわりだな。」
ニヤつく鬼空。
ニヤついたかは、健太に見えなかったが。
おおよその鬼空の意地悪さは わかっている。
「鬼空は右側照らして!」
ちっちゃい癖に 指揮能力だけはいっちょ前だ。
だが、左側を健太が見ていてくれている。
割と心強い。
一人で この道を通るのは 男でも無理だと思った鬼空であった。