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7ー2

 しばし無言。するとフレッドは私の両手を取った。


「一先ず添い寝だけ」


 一先ず? 戸惑っていたら、片手が離れた。手を引かれる。

 フレッドの寝室へ連れて行かれ、さあどうぞというようにベッドの布団をめくられた。フレッドとは一切目が合わない。

 眉間に深い皺を作り、唇を尖らせている。動揺で固まっていたら、フレッドに促された。


「お休み、シルフィード」


 さあ、というように掌がベッドを示す。親しくなりたいと思っていたから嬉しい、ではなくて意味が分からなくて困った、という気持ちが心の中を占拠している。


(ヘレンお嬢様は? これも世間体? 父か母に一緒に寝てないって指摘されたとか?)


 嫌だ! と手を振り払って寝室へ行くような気持ちは湧いてこない。けれども、素直に喜べない。フレッドが何を考えているか分からないからだ。


「どうして急に?」

「急? 急ですか? いや、あの……。まあ、ほら、寝ましょう」


 さあ早く、と言わんばかりに、フレッドの手がズイッとベッドを示す。私はおずおずとベッドに上がった。とりあえず座り、フレッドを見上げる。やはり目が合わない。相変わらずの仏頂面。


「灯り、消します」


 そう告げるとフレッドは光苔のランプにカバーをした。室内が暗くなる。

 フレッドもベッドに上がる。彼もベッドの上に座った。


「シルフィード……」


 そっと抱きしめられて、耳元で名前を呼ばれた。バクバク、バクバクと心臓が煩い。

 何かされるの? と思った矢先、フレッドは私から離れた。背中をこちらに向けて、ゴロンと横になってしまった。


「お休みなさいシルフィード」

「は、はい……」


 お休み、と言われたので私も横になる。2人に布団をかけた。背中を向けられたので、こちらも背中を向ける。

 なんだか背中がジリジリと焦ったい。


「フレッドさん……」

「はい」


 低くて小さな声にたじろぐ。止めようかと思ったが、何もしないよりも何かした方が良いと思ったので続けた。


「私達、親しくなれるでしょうか? これから……」


 私はそうなりたい。好きかと問われればまだ分からないけれど、父や母のように、あのヘレンのように、気立ての良いフレッドに笑いかけられたい。

 初デートの日のように、もう一度。


「そうだと嬉しいです」


 囁き声のような小さな返事。でも聞こえた。耳に届いた。

 なんだか嬉しくて、口元が緩む。世間体のためなんかではなく、私と向き合ってくれる気があるのかもしれない。その可能性が、私の淀んで沈んでいた気持ちを軽くした。

 安心したら、眠たくなった。そのまま睡魔に身を任せる。ああ、本当に良かった……。


 ☆


 んっ、と小さな声が出た。眩しいのは朝日だろうか? 目を覚ました、という感覚はあるがまだ眠たくて目を開きたくない。


「起きたかと思った。……。髪くらい触っても良いよな……。俺の妻だし……」


 フレッドの囁き声がして、目を見開く。視線の先は壁。フレッドに背を向けて寝たままの姿勢で起きたらしい。


「俺の妻か……。良い響きだ。愛しのシルフィと一緒に寝てるなんて奇跡だ。良くやった俺。良く勇気を出した」


 えっ? と振り返りそうになり、ギュッと目を瞑った。フレッドの台詞は多分独り言。


「はあ……予想以上に可愛い寝顔だ。あんまり見つめて目を覚ましたシルフィと目が合ったら困るよな。いや、おはようってキスするか?」


 ええっ⁈ と目を見開きそうになり、更に強くギュッと目を瞑る。


「おはようシルフィード」


 起きてるってバレた⁈ そう思って目を開く。肩に触れられて、コテン、と体が上を向いた。覆いかぶさっているフレッドと目が合う。

 彼は目を大きく見開き、眉根を寄せ、口をへの字にした。


「……おはようございますフレッドさん」


 ゴクリ、と唾を飲む。この状況というか、さっきの台詞、何?


「シルフィード……」


 唇が近づいてきた気がして、目を瞑ろうとしている気がして、思わずフレッドの胸を手で押し返した。


「良い、良い天気ですね」


 ガタガタ、ボツボツボツという雨風が窓を揺らしたり打つ音がする。どう考えても良い天気な訳がない。なのに、フレッドは何も言わない。

 彼は私と目を合わせずに体を起こし、ベッドからも立ち上がった。


「そうですね」


 フレッドはそれだけ告げると部屋から出て行った。バッと体を起こし、布団を握りしめる。


(待って。待って待って待って。いと、愛しのシルフィって言った。可愛い寝顔って……)


 あれ? 仏頂面は照れ顔だったの? それだと、チグハグだと思っていたフレッドの態度について、合点がいく。


(私……気に入られていたの……?)


 頭を抱え、髪をくしゃくしゃと撫でる。恥ずかしくて、なんとも言えない気持ち。


(エルフィールがタイプで、私になってガッカリだったんじゃ……)


 そうだ。そのはずだ。しかし、先程聞いた独り言は夢ではない。今も現実だ。


(ヘレンお嬢様は……?)


 親しげに笑い合っていたことを思い出す。ヘレンの「彼をよろしくお願いします」という儚げな言葉が蘇る。


「えっ? へっ? どういうこと?」


 訳が分からない。愛しのシルフィって、どういうこと? 

 私は政略結婚したのだ。フレッドと私は政略結婚。まさか、一目惚れされていた? 仏頂面が照れなら、あり得る話。


「どうしよう……」


 思わず呟く。仮面夫婦なんて御免。せっかく夫婦になったのだから、親しくなりたい。そう思っていたけれど、いざ「愛しのシルフィ」なんて真っ直ぐな気持ちを向けられてみると、戸惑いしかない。

 起きて、支度をして一階に降りる。リビングに入ると父と談笑しているフレッドの姿が目に飛び込んできた。


「おはよう、シルフィード」


 父に声を掛けられて「おはよう、お父さん」と返す。


「シルフィード、おはよう」


 フレッドはいつもの通り、私を見ないで、視線を逸らしたまま、しかめっ面でそう口にした。


「おはようございますフレッドさん」


 返事をして、しばらく見つめていると、フレッドがこちらを見た。相変わらずの、不機嫌そうな表情。

 これが本当に照れ顔? まさか。


「今日は雨で園の仕事は出来ないし、予約も無かったはずだから、良かったら美術館にでも行かないか?」


 フレッドを見つめていたら、彼に誘われた。


「それは良い。シルフィード、フレッド君と出掛けてくると良い」

「ありがとうございますお義父さん。ああ、家族全員でどうです?」

「いやいや。せっかくだ。2人で行ってきなさい」

「ありがとうございます」


 フレッドは父に向かって、はにかみ笑いを浮かべた。実に嬉しそう。そう見える。

 この日、私とフレッドは2度目のデートをした。美術館へ行ってレストランでランチ。一緒に観た絵について語り合うのは、楽しくて仕方なかった。フレッドは時折笑った。とても優しい、穏やかな眼差しをして。

 その意味が、私を好き、ということらしいので私は1日中戸惑い続けた。

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