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 結婚して1週間が経つ。とりたてて、何もない。フレッドは昔からの家族、みたいに両親やファチュンハーブ園での生活に慣れたように見える。

 特に彼と父の仲が良い。朝から晩まで、和気あいあいと仕事をし、夜はチェスやオセロ、晩酌など楽しんでいる。

 一方、私とフレッドには溝が横たわっている。彼は挨拶くらいしか私に話しかけない。私が何か話しかけても、短い返事しかない。

 毎日髪型を変えて反応を確かめ、義実家に寄って教わったレシピで料理を作り、笑顔が大事だとなるべく笑顔を浮かべているが、反応が悪い。


(私達、このまま仮面夫婦なのかしら……)


 フレッドが好きとか嫌いという感情よりも先に、悔しいとか悲しいという気持ちが先行している。

 私から見たフレッドは、父や母と親しくするフレッドは、気さくで優しい男。仕事は真面目。

 彼の優しさは、押し付けがましくなくてさり気ない。面倒臭いことを率先して行ってくれている。フレッドの長所を見つけるたびに、彼に拒否されているということが辛くなる。


 昼前、フレッドが営業に行くと告げて園を去った後、ミント畑で雑草取りをしていたら、父に話しかけられた。


「なあシルフィード」

「はいお父さん」


 立ち上がり、手袋の土を払う。


「畑仕事が好きなのはよく知っているが、本来ならお前は働かなくたって良いんだ。フレッド君には張り切ってもらわないといけないと思っているが、とても意欲的に働いてくれている。明日はフレッド君と朝から休んでゆっくりデートしてきたらどうだ?」


 この問いかけに、私は目を丸めた。


「デート?」

「ほら、今朝マジックショーの招待券を渡しただろう?」


 この質問には、首を傾げるしかない。マジックショーの話なんてされていない。


「何も聞いていないのか」

「ええ。何も」


 しばし無言。父は何か言い掛けて、何も言わなかった。そうか、と口にして去っていく。


(マジックショーの招待券……)


 気になりながら、雑草取りの続き。日焼け防止のために帽子につけた垂れ衣が邪魔で仕方ない。いつもは気にならないのに、イライラしてしまう。


(まさか、営業って言っていたけど誰かを誘いに行った?)


 それは悔しくてならない。腹が立つ。私は歩み寄る姿勢を見せているのに、何なんだ!


「何なのよ! もうっ!」


 恨みを込めて雑草取りを続けていたら、声を掛けられた。


「シルフィード」

「へっ? は、ひゃい!」


 思いっきり草を抜いた時に声を掛けられたものだから、慌てた。尻餅をついてしまった。


「大丈夫?」


 右手を差し出されて驚く。そろそろとその手を取ると、引っ張られた。豆だらけの大きな手に、軽々と私の体を引っ張り上げた筋力にビックリ。

 目が合うと、フレッドはプイッと顔を背けた。なのに、手は握られたまま。


「あの、明日は何か予定がありますか? お義父さんにマジックショーの招待券をいただいて」


 フレッドが後ろ髪をサワサワと掻くのをぼんやりと眺める。


「俺はちょうど明日、仕事以外は予定がなくて。お義父さんが交代で休もうと言ってくれたのでシルフィードが行けるなら明日はお言葉に甘えて休もうかと」


 お出掛けに誘われている、と気がつく。


「私も、仕事以外は特に何も」


 自分が想像したよりも小さな声が出た。ボーッとしていたら、フレッドの左手が私の空いている手を取った。

 両手で両手を軽く握られて向かい合わせ、とは何事。ドキドキドキドキ、ドキドキドキドキ、動悸がしてくる。


「昼前に出掛けて、ランチでも。レストラン、予約しておく」


 そう告げると、フレッドは私から手を離した。恥ずかしくて俯いていたら、彼は私に背を向けて遠ざかっていった。


(デートに……誘われた……)


 これは、緊急事態。こんなの、予想していなかった。私は仕事を切り上げ、自室へと急いだ。

 クローゼットを開けて、中身を確認。


(何、何着て行こう。人生初のデートだ)


 クローゼットの中身は着古した服ばかり。そして、フレッドの前で着たことのある服しかない。質素倹約がモットーの私は、1週間で着回せる服しか持っていない。


(服、買いに行こうかしら。そんなに気合を入れて……レストランってどの程度のお店? 私の持っている服で恥ずかしくない?)


 お見合い時に着た空色のワンピースが1番のお出掛け着。それにしよう、とハンガーから外して鏡の前で体に合わせる。


(やっぱり買いに行こうかしら)


 そうしよう、と思って家を飛び出す。商店街にある行きつけの服屋に入り、延々と悩んだ。


(私に歩み寄ってくれる気、あったんだ)


 父と親しくしているので、父の手前かもしれない。しかし、それでも素直に嬉しい。

 お揃いの結婚指輪を嵌めているのに、ろくに喋らず交流なしなんて悲しいことだから。

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