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 私とフレッドの新居は、私の実家の空き部屋。私の部屋はそのままで、フレッドの部屋だけが用意された。

 彼の部屋は、エルフィールの部屋だったところ。妹の荷物は倉庫や空き部屋へ運ばれ、そこにフレッドの荷物が運ばれてきた。

 パーティー後、フレッドは着替えてそそくさと家を出て行った。出掛けに「友人達と飲んできます」と声がけがあったのは、少し夫婦っぽいと思った。

 家に残された私は、疲れたのもあり、リビングで両親と寛ぎタイム。

 そうして夕食時になり、今夜はもう昼間でお腹いっぱいなので野菜スープだけにしよう、ということになり、私は夕飯の支度をした。

 今日ぐらい良いのよ、と母に言われたが料理は私の趣味の一つ。


「ただいま帰りました」


 意外なことに、フレッドは夜の礼拝が終わる前の時間に帰宅してきた。

 キッチンからリビング、そして玄関は一直線。遠くても挨拶の声は聞こえてくる。彼の声がハキハキしているのもある。


「おかえりなさいフレッド君」

「おかえりなさい。ちょうど良かったわ。これから夕食なの。一緒にどうかしら?」

「夕食に間に合って良かったです。是非」


 両親とフレッドの会話が聞こえてくる。私はエプロン姿のまま、キッチンからリビングへ移動した。

 フレッドと、パチンッと目が合う。彼は爽やか笑顔を崩し、目を丸めた無表情になった。手に茶色くて細い紙袋を持っている。


「おかえりなさいませ、フレッドさん」


 そんなに私が気に食わないのか、と落ち込みながら笑顔を作る。今日は新婚初日。いきなり喧嘩なんてしたくない。


「ただいま帰りました、シルフィードお嬢さん」


 予想に反して、フレッドはぎこちない笑顔と、会釈を返してくれた。


「ははっ、フレッド君。そんな他人行儀な。シルフィードやシルフィと呼ぶと良い」

「はいお義父さん。あの、一緒に晩酌でもと思ってウイスキーを買ってきました。お好きだと、うかがったので」

「おお、ありがとう。息子と酒とは、憧れていた」


 嬉しそうな父がフレッドと共にリビングにあるソファへ腰掛けた。父が上機嫌なので、つまみでも作るか、とキッチンへ引っ込む。


「アンチョビポテトとハーブサラダで良いかしら」


 気配がして振り返ると、ニコニコ笑う母が立っていた。


「あの2人、一緒に釣りに行ってからすっかり仲良しね」

「釣り? 釣りになんて行ったの?」

「あら、聞いてない? 先週、フレッドさんが誘いに来て」


 へえ、と心の中で首を傾げる。父に媚を売らなくてもフレッドはもうファチュンハーブ園の後継者だ。万全を期してってこと?


「何か作るなら手伝うわよ」

「飲むなら揚げポテトとアンチョビを和えたものと、ハーブサラダでも作ろうかと思って。でもお母さん、ゆっくりしていて良いわ。今日は疲れたでしょう?」

「そう? あなたこそ疲れたでしょう?」

「料理は好きだから」


 それなら、と母はスープを父とフレッドへ配膳しはじめた。私はというとジャガイモを洗って切って、油の準備。サラダ用の野菜も切ってハーブを使ったドレッシングを作る。


「あとはアンチョビを刻んで……」


 料理が完成し、ふと悩む。


「食べたいもの、聞けば良かったわ」


 勝手に決めつけて、勝手に作るより、その方が仲良くなれたかもしれない。しかし、後悔しても仕方がない。もう、後の祭りだ。

 お盆に料理を乗せて、リビングへと移動。ソファ前のローテーブルへ料理を並べる。


「少しですがおつまみにどうぞ」

「どうも。ありがとう」


 フレッドは目も合わせなかった。仏頂面で会釈だけ。けど、感謝の言葉は嬉しい。私を完全無視する気はないようだ。


「フレッド君、娘をよろしく頼むよ」

「はい」


 父がフレッドの背中を叩くと、彼は小さく頷いた。無表情ではなくて真剣な表情。精悍な横顔に、少し、ドキリとしてしまった。

 気恥ずかしくて、その場を去る。キッチンに戻ってきて、後片付けの続きをする。

 母と2人でリビングのダイニングテーブルで野菜スープを飲み、耳をそば立てる。

 父とフレッドの会話はもっぱらハーブ園の運営に関すること。どこと取引したいとか、何を植えて育てたいとかそういうこと。

 母と談笑後、私は洗い物を母に任せて湯浴みに向かった。歯も磨き、寝る準備。


(今夜、どうなるのかしら……)


 不安が強いが期待も入り混じっている。

 理由がなんであれ、フレッドと私は結婚したのだ。何かしらの会話があって、何かしらがあるはず。


(好きか嫌いかって聞かれてもまだ何もないけど、せっかく夫婦になったのだもの。仲良くなりたい……わよね?)


 自分の部屋にいても落ち着かないので、ハーブ園に出て散歩をしながら自問自答。

 

「あの」


 明日の朝食に使おうと、バジルを摘んでいたら、背後から声を掛けられた。ビクリ、と肩があがる。

 振り返ると、俯き気味のフレッドが立っていた。前髪を弄っている。数歩近寄ると、彼の目線に入れるかもと思ったが、緊張で足が動かない。

 

「うちの朝食、がっつり目で朝は肉のバジルソースソテーにしようと思っていて。大丈夫ですか?」

「えっ? ええ」

「そろそろお休みになります?」


 もう寝るから、迎えに来た? そう考えたら心臓がバクバク言い始めた。顔が熱い。暗くて良かった。


「そうです。俺はもう寝ようと思って……」


 小さな声を出すと、フレッドは私に一歩近寄ってきた。右手が伸びてきて、ドキドキが増す。何? と思ったら前髪を軽く撫でられた。


「シルフィード、お休みなさい」


 そう告げると、フレッドは私に背を向けて足早に家へ入っていった。


(——っ! ビックリした……)


 触れられていないのに、おでこがこそばゆい。


(お休みなさい?)


 残されてしばらくしてから気がつく。お休みなさいとは、今日はもうお別れということだ。

 

(初夜は?)


 無いらしい。裸にされるとか、そんなの無くて良かったと思うが、疑問は浮かぶ。

 初夜がないと、今後どうなるの? ハーブ園は欲しいけど、子供は要らない? 後継者を作る気はないの? 親しくする気がないとして、わざわざ挨拶に来たのは何のため? それとも親しくなる気があるの?

 次々浮かぶ疑問に、答えなんて出ない。本人に聞いていくしかない。けれども、今夜はもう難しそうだ。

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