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馬車の中で、フレッドと話をした。ヘレン令嬢のことを執事に頼まれたこと、それから私と離れたら、寂しいと思ったり心配してくれたりしないかと思ったということ。
「すみません。まさか自分が、とは思ったのですが熱心に頼まれて」
「いえ、あの、フレッドさんは気立ての良い方ですから」
ヘレンには悪いが、ハッキリと断ってくれて心底ほっとしている。彼女がフレッドに触ろうとしたことも嫌だった。嫉妬するなんて、きっと、こういう気持ちを恋と呼ぶ。そう呼びたい。
改めて気がついたこの事実に、私は心臓をバクバクさせた。
「気立てが良いとは、褒めてもらえて嬉しいです」
フレッドは私を見ないで窓の外を見つめている。また険しい表情。
「あの、眉間に皺。私と話すのは、そんなに緊張します?」
最初は嫌がられていると思っていた表情の意味を、今なら知っている。フレッドは右手を眉間に当て、グニグニと伸ばした。口はヘの字だ。
「えっ? いや、あの。はい。油断するとニヤニヤしそうで」
「まあ……」
そう言われると、なんて返事をして良いのか分からない。
「えっと、笑ってくれてる方が嬉しいです。あの、嫌われていると思ったくらいで」
「えっ? 嫌いだなんてまさか。そんなこと、絶対にあり得ません!」
食い気味で告げられ、驚きで背もたれに背中をつける。
「それはあの、エルフィールから聞いたり、寝言というか、酔っていたときに聞きまして」
「えっ?」
顔を見合わせてしばし無言。フレッドは両手で鼻から下を覆い、顔を赤黒くさせた。
「あの、フレッドさん」
「シルフィ」
フレッドが背筋をピンッと伸ばし、両手を顔から離した。私の背筋も自然と伸びる。
「その、手紙にも書きましたが何年もデートに誘う勇気が出なくて、こういう形であなたに近付きました。嫌だと思うことは絶対にしないので、これまでのように徐々にで良いので、親しくなる努力をしてもらえると嬉しいです。収穫祭の誘いは本当に嬉しかった」
「手紙?」
「もしかしたらですが、披露宴の日にヘレンお嬢様が届けると言ってくれたんですけど、受け取っていません?」
コクリ、と頷く。フレッドは両手で頭を押さえ、項垂れた。
「ダニエルさんからヘレンお嬢様のことを頼まれた時に、そんな気がしていたんです。ヘレンお嬢様、シルフィは俺のことを心配していないようだとか、あれこれ言うし。先程のやり取りで尚更」
「手紙、破棄されてしまったようですね」
「うわあああ……」
フレッドは髪を軽く掻き、また小さく唸った。
「もしかして、もしかしてですが、俺が君を嫌っているって勘違いをしていたなら、俺、君の前では上手く笑えなかったし、もしかして……」
「もしかして、世間体の為に結婚したと思っていました? ですか? そう思っていました。その、徐々に違うって分かりましたけど」
「うわああ……」
ガックリ、というようにフレッドが肩を落とす。
「エレイン湖に飛び込む気持ちで書いたのに……」
フレッドが顔を上げた。真剣で、熱い眼差しなので心臓がドキドキ、ドキドキと早くなる。
「好きです! 誰よりも大切にします。幸せにします。なので、少しずつ親しくなって欲しいです!」
右手をバッと差し出され、頭を下げられた。フレッドの右腕は少し震えている。
「私もせっかく結婚したのなら仲良くなりたいと思っていました。怪我のお世話をしたいと思ったし、毎日会いたかったです。きっと、日々の生活で、フレッドさんのこと……その……好きになったみたいです……」
そろそろとフレッドの右手に両手を伸ばし、そっと包んだ。その後、ギュッと握りしめる。
心臓が口から飛び出しそう。ドキドキドキドキ、どんどん鼓動が早くなっている。
「シルフィ……」
フレッドが顔を上げた。仏頂面ではない。本人が告げた通りのニヤニヤ笑いに見える。
気恥ずかしいけれど、嫌だとは思わない。やはり、笑ってくれた方が嬉しい。
「幸せだ。幸せ過ぎる。明日死ぬのか? それは嫌だな」
私の手にフレッドがおでこをつけた。
「本当に大切にするので……。ありがとう……」
その囁きは嬉しくて、胸がつまった。
「こちらこそ、大事にします」
こうして、私達は帰宅。フレッドは両足骨折ではなく、右足骨折に左足捻挫だった。それで、左足はもう完治、ということで出来る仕事からする、と告げた。
無理しなくて良いのに、と思う。思うだけではなく、本人に話した。
きちんと想いを言葉にして、話し合える夫婦でありたいから。
そうしたら相手を誤解しても、間違った考察をしても、真意を知って分かり合える。歩み寄れる。
☆★
春の収穫祭。街は1週間、お祭りだ。私達のハーブ園はそのうち3日、出店を出し、2日間は園を収穫祭特別仕様に飾り付けて特別見学会や特別体験講座を行う。
なので、初日と2日目はお休み。というか、お休みにしてもらった。
せっかくの連休なので、私達は城が見えるエレイン湖ほとりの宿へ宿泊することにした。手配をしてくれたのは、ルーズベル子爵邸の執事ダニエルだ。怪我をさせた慰謝料の追加と、ヘレンの件のお礼だという。
ヘレンはあの後、泣く泣くお見合いをし、見合い相手があまりにもタイプで一目惚れらしい。何ともお騒がせなお嬢様だ。
宿泊ということは、そういうこと。私は朝から緊張しっぱなし。一方、フレッドも緊張激しいらしく、私の苦手なしかめっ面を顔に貼り付けている。
滅多に乗らない馬車の中、着飾ったドレスを身に纏い、好きな人と向かい合わせに座っている。その人が自分の旦那様、というのは奇跡かもしれない。
「シルフィ、到着したらエレイン湖のほとりを散策しよう。今年は夏が早いのか、少し暑くなってきたし、足だけ入っても良いかも」
「ええフレッドさん。あの、星の小道って知ってます? 恋人同士で歩くと仲良くいられるって。その、夫婦でも良いですよね?」
へっ? とフレッドが目を丸めて私を見る。私は笑顔を返した。
「り……」
「フレッドさん?」
「無理! シルフィ、ちょっと向こう向いて。可愛過ぎて心臓が持たない。何今の。恋人として星の小道を歩きましょうって、可愛過ぎる!」
うわあああ、とフレッドは両手を頭に当てて、俯いてしまった。
「フレッドさん、そんな大袈裟な」
「大袈裟じゃない。君は自分の破壊力が分かっていないんだ」
最近のフレッドはよくこうなる。私に気持ちを打ち明けたから、明け透けなくなったらしい。
「君は小悪魔だ。でも可愛い……」
ガッカリ、というように肩を落とされて戸惑う。
(なんだか雰囲気が台無しね……)
フレッドがこんなだと、お泊まりといっても何もないかもしれない。私達は、お互いの気持ちを伝え合ったのに、未だにキスすらしていない。
そんな風にエレイン湖のほとりに到着し、宿にチェックイン。部屋の見晴らしはとても良い。我が国自慢の白い白銀月城とエレイン湖が両方窓から見える。
窓辺で景色を眺めていたら、後ろから抱き締められた。
「へっ……」
「シルフィ、綺麗な景色だ。まあ、今日の君には敵わないけど」
耳元で囁かれて、頬にキスをされた。続きがどうなるか分かっていながら、顔だけ振り返り、彼を見上げる。
予想通りの仏頂面。それで、顔は赤黒い。知らなかったら怒り顔かと思うところだけど、今の私はこの表情の意味を知っている。
私はそっと目を閉じた。
このお話にお付き合いいただきありがとうございました。
両片想いの話が好きですが、普通は誤解ってすぐ解けるよなあと思ってこんな話を書いてみました。
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