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「フレッド、大丈夫? 無理しないで良いと思うわ」

「いや、無理していませんよ」


 階段の手摺りを掴むフレッドと、寄り添うようなヘレンの姿。彼女は松葉杖を持っている。フレッドの右足には包帯がグルグル巻きだ。

 両足の骨折のうち、左足はもう治ったの? 

 彼女の手がフレッドの背中に伸びていく。


「待って!」


 気がついたら、叫んでいた。


「えっ?」


 ヘレンが顔をしかめる。


(しまった……つい……)


 こうなったら、と意を決して階段を登る。


「会わせてもらえないから、会ってくれないから、でも心配で顔を見にきました」


 フレッドを見据えて、正直に話す。


「その声、シルフィ? えっ?」


 フレッドは瞬きを繰り返し、首を捻った。私は帽子を取った。


「はい、フレッドさん。元気にしているのか気になってならなくて。差し入れや手紙、届いているのか不安で……」

「差し入れや手紙?」


 再度フレッドが首を捻った。彼の隣に立つヘレンが気まずそうな顔をしたのでそれで、ピンとくる。


(ヘレンお嬢様。もしくはあの執事。私の手紙やら差し入れ、隠すか何かしたんだ)


 私は階段を更に登った。フレッド達へ近寄る。途中、フレッドは笑った。パアアアアアと霧が晴れるように。

 その後、彼は片手で顔を隠し、私から顔を背けた。気持ち、顔が赤い気がする。


「差し入れや手紙が何だか知らないけど、知らないけど? ヘレンお嬢様、どういうことです?」

「えっ? ええ、何のことかしら」

「シルフィはドジな俺に会いたくないって、怪我なんてして情けないって言っていたって」

「さあ、そんなこと言ったかしら」

(とぼけた! あの小娘、とぼけた!)


 可愛らしく、儚げに微笑むヘレンにムカッ腹が立つ。


「屋敷の警護は厳重だから、門番が何か勘違いしていたのかもしれません」

「はあ……。まあ、何でも良いです。シルフィが来てくれ……来てくれた。くはっ」


 突然、フレッドは体を折ってしゃがんだ。足が痛むのかと心配で更に近寄って屈むと、彼はニヤニヤ笑いを浮かべていた。

 

(えっと……)

「シルフィちゃん、マイスイートエンジェル……」

(今、変な単語が聞こえた……)


 思わず固まる。


「ゴホゴホッ! ケホッ。コホン。シルフィ、お見舞いありがとう。この通り、元気です」

(今の咳は具合が悪い咳じゃないから、突っ込まない方が良いのよね?)


 ニコリと笑うフレッドに、ジンワリと胸が温まる。やはり私の信じた通り、フレッドはヘレンと何かあったりしない。

 ようやく会えた。長かった。


「あの、元気なら良かったです。毎日心配で」

「毎日? 毎日俺のことを気にかけてくれたんですか? もしかして、世話なんてしたくないなんて、嘘でした?」

「当たり前です!」


 スルリ、と出てきた言葉に自分で驚く。当たり前なのか。


(ヘレンお嬢様、世話なんてしたくないなんて嘘まで吹き込んでいたのね!)


 私が腹を立てていると、フレッドは片手の拳を握り、明後日の方向を向いて目を瞑っていた。


「フレッドさん?」

「……った」

「た?」

「良かった。怪我して良かった」


 フレッドが右手の拳を上に上げた。よっしゃぁと聞こえてくる。


「まあ、そんなことありません。怪我の調子はどうで……」

(わたくし)を無視してベタベタしないで!」


 ヘレンが叫んだ。そりゃあ当然だ。こんな風に見せつけられて嫌な気分だろう。同情心も無いわけではないが、ザマアミロという気分でもある。嘘つきヘレンには良い薬だ。


「ベタベタ? ヘレンお嬢様、ベタベタして見えました? もしかして、ようやく夫婦の空気感が出てきたってことか? ヘレンお嬢様、どう思います?」


 フレッドが手摺りを掴んで立ち上がり、いやあ、と照れ臭そうに髪を掻く。これは、うん、少し可哀想。ヘレンは涙目だ。


「ん? ヘレンお嬢様、目にゴミでも入りました?」

「違います! (わたくし)……」


 キッとヘレンに睨まれてたじろぐ。あっと思ったら、ヘレンは私に掴みかかってきた。


「チンチクリンのくせに! 出てって! フレッドはずっとこの屋敷で暮らすんだから。もう嘘の結婚生活なんて終わりなんだから!」

「あ、あの。ヘレンお嬢様……」


 階段の上で揺すられるなんて怖い。片手で手摺りを掴み、反対側の手をヘレンの手を引き剥がそうと動かす。


「ヘレンお嬢様、危ないです。どうしたんですか、急に」

「急にじゃないわ! ずっと好きだったんだから!」


 ヘレンは私から手を離し、フレッドの胸に寄り添った。うわああああん、と泣き始める。


「えっ……」

「フレッド! 私、結婚させられてしまうの! 貴方以外なんて嫌! このままこの屋敷にいて! せめて愛人になって!」


 ヘレンはフレッドに抱きついた。ギュッとキツく抱きしめたように見える。唖然としていると、フレッドは困ったような表情で視線を落とした。


「いやあの、すみませんヘレンお嬢様。お気持ちには答えられません」


 フレッドはヘレンの両肩に手を置き、彼女をそっと気遣わしげに引き剥がした。


「実家の薬草園がどうなっても良いの? ファチュンハーブ園だって! そのくらいの力、(わたくし)にはあるのですよ!」


 えええええ、ヘレンお嬢様、脅迫に出てきた。


「何を言っているんですか。顧客の一つくらい失っても平気です。風評被害も跳ね返せますよ。うちは誠実さをモットーにしていますから。そもそもヘレンお嬢様にそんなこと出来ませんよ」

「フレッド……」

「ヘレンお嬢様、お気持ちは嬉しいです。断られる辛さも分かっています。でもすみません。俺はもうこの人だ、という方を見つけてしまったので」


 そう口にすると、フレッドは私を見据えた。ヘレンの体を更に遠ざけ、私に近寄ってくる。


「大事にします。シルフィが嫌だと思うことは絶対にしたくありません。なので嫌な時は、また嫌だと言って下さい。心配して来てくれて嬉しいです。ありがとう」


 フレッドは私に会釈をした。ヘレンが泣き崩れて座り込む。執事やメイドがヘレンに駆け寄ってきて、メイドが彼女を労わるように連れていく。

 途中、ルーズベル子爵が現れて執事とヘレンの間を右往左往した。その後、彼に睨まれた。とりあえず、会釈をする。


「フレッドさん、ありがとうございます」


 執事が近寄ってきて、フレッドに頭を下げた。どういうこと?


「このように面と向かって話すつもりなんてなかったんですが、すみません」

「いえ。お嬢様には可哀想な話ですが、ハッキリと断られた方が良いものです。ありがとうございます」


 その後、執事は私達2人を馬車へ促した。その際に「お嬢様を振るように頼んでいた」と執事に言われた。

 それなら、応接室でのやり取りはなんだったのだ。私は馬車に乗り、椅子に座ると脱力してしまった。

 すると執事が扉を閉める前に私に耳打ちした。


「惚れた相手が気のない方と結婚した、となると諦めつきませんからね。来てくださってありがとうございます」と。

 私が乗り込んでくるの、見透かしていたの? 貴族屋敷の執事とは食えない人物らしい。私は掌の上で転がされていたと気がつき、ますます脱力してしまった。

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