13
1週間後、フレッドが納品回りに行き、私はオレガノ摘みをしていた昼下がり、その人は現れた。
「こんにちは、シルフィードさん」
馬車に乗って来園したのは、ヘレンだった。白い日傘と淡いピンクのドレスが良く似合っている。
彼女は悲しそうに微笑みながら、私に近寄ってきた。後ろに執事らしき年配の男性がついてくる。
「すみません、シルフィードさん。フレッドさんがうちの屋敷で怪我をして。私が頼み事をしたばっかりに」
「えっ?」
私の前に立ったヘレンの発言に、目を丸める。彼女は涙ぐみ、ハンドバッグからハンカチを出してしくしく泣き始めた。
「すみません、本当に。両足の骨折です。責任を持って看病しますので」
「こちらはお見舞金です」
執事が麻袋を差し出す。
「いえあの、あの……」
「責任を持って、看病しますので」
キッと私を睨むと、ヘレンは私に背を向けた。執事が私の手に麻袋を握らせる。
「そういうことですので」
「そういうことって……」
追いかけたが、私を無視して馬車が出発した。何が何やら、分からない。
私は帰宅し、軽く着替えてルーズベル子爵邸へと向かった。しかし、門番に門前払いされ、すごすごと帰るしかなかった。
「どういうこと? 看病されるのは分かるけど、会えないって」
腑に落ちないままハーブ園に戻ると、父からフレッドが怪我した話を聞かされた。
「私……」
「シルフィード、お前が薄情者だとは思ってなかった。働きながら看病なんて大変ですから、よろしくお願いします? なんて娘だ」
「えっ?」
「シルフィード、そんな娘に育てた覚えはないぞ。フレッド君があんまりだ」
父に睨まれ、戸惑う。どういうこと?
「お父さん、待って」
「何だ」
睨まれてたじろぐ。
「私、そんなこと言ってないわ」
ヘレンが現れて、一方的に告げられた台詞とお金について話す。それから、フレッドに会いに行って追い返された話もする。
「どういうことだ?」
「分からないわ。でも私、フレッドさんが怪我をしたのなら手助けをしたい」
怪我をしたなんて、心配でならない。会いたくてならない。
「ふむ、話がすれ違っているな。明日またルーズベル子爵邸へ行ってみよう」
今日のところはルーズベル子爵家に任せよう、ということになった。
仕事をしていても、料理をしていても、何もしていても落ち着かない。
翌日、父と共にルーズベル子爵邸へ行ったが、父しか屋敷に入れてもらえなかった。
父が戻ってくるまで屋敷前でぼんやりと待つ。なぜ? なぜ? と疑問符がぐるぐる脳内を駆け巡る。
(どうして私だけ……)
しばらくして、父が戻ってきた。
「お父さん」
「迷惑をかけたくないそうだ。シルフィード、顔も怪我したから、お前には見られたくないそうだ」
そう告げられても、納得いかない。
「でもお父さん」
「シルフィード。ルーズベル子爵が怪我をさせてしまったので世話をします、と言ってくださっている。フレッド君はその言葉に甘えたいそうだ。1ヶ月程で戻ってこれるそうだから」
両肩に手を添えられ、なっ? と顔を覗き込まれる。全然納得いかない。
「でも……」
「フレッド君本人の希望だ。な?」
ここまで強く言われ、屋敷にも入れてもらえないと、どうにもならない。私は納得いかないが、小さく頷いた。
☆
私はフレッドに手紙を書くことにした。怪我が大丈夫なのか心配でならなかったから。
私を追い返す門番も、手紙は受け取ってくれた。
差し入れのハーブや花を持って、毎日ルーズベル子爵邸へ通い、手紙を渡した。
返事はない。会いたくない、というように門番は私を屋敷へ招いてくれない。
そうして数日が過ぎ、2週間が経った。仏頂面でも「おはようございますシルフィ」と挨拶してくれていたフレッドが恋しい。
そう。恋しい。私は寂しくて仕方なかった。世間でいう夫婦には程遠いけれど、私達は、いや、私から見たフレッドは夫だったのだと思い知る。
居ないとポカンと穴が空いたように寂しくてならない。
心と同じような薄暗い灰色の空の下、ほどほどに水やりをしていた時にヘレンが再び現れた。
執事も一緒のようだが、彼は園の門のところに立っている。薔薇エリアでヘレンと2人きり。
「こんにちは、シルフィードさん」
「こんにちは。フレッドが、主人がお世話になっております」
何しに来たのだろう? と首を傾げる。
「いえ。幸い骨折の中でも軽いものだったようで、もう歩く練習をしています」
「それは良かったです。顔は? 顔の怪我は酷くないのですか?」
好きになれない女性だけど、ヘレンは貴重な情報源。私は手袋を外し、会釈をし、丁寧な態度を心掛けた。
「顔も大丈夫です。あの、本日は大切な話がありまして、こうして来園しました」
「はい、何でしょうか?」
ヘレンは両手を胸の前で握りしめ、儚げな笑みを浮かべた。
「その、大変言い辛いことなのですが、私とフレッドは以前親しくしていまして……」
自然と眉間に皺が出来る。2人は引き裂かれた恋人同士、と思ったこともあるが、今は違うと知っている。何せフレッドは5年も前から私のことを好きでいてくれたらしいから。
「それでその、今回の件で再燃というか……」
火のないところに煙は立たない。1度も燃えてないものが再燃することもない。私はますます眉間の皺を深くした。
「こちら、フレッドからの手紙です。大変申し訳ありませんが、そういうことですので」
手紙を差し出され、受け取る。ヘレンが私に背を向けて、辛くて悲しいというようにすすり泣きしながら去っていった。
去り際、口角が上がって見えたのは気のせいではないはずだ。
私は家に入り、手紙を読もうとして止めた。破ってゴミ箱へ捨てる。
(あんの嘘つき女のことなんて信じるもんですか! 信じる……)
現実問題、フレッドは私に会いたくなくて、手紙の返事も書きたくないらしい。
私は何を信じて良いのか、途方に暮れた。




