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 1週間後、フレッドが納品回りに行き、私はオレガノ摘みをしていた昼下がり、その人は現れた。


「こんにちは、シルフィードさん」


 馬車に乗って来園したのは、ヘレンだった。白い日傘と淡いピンクのドレスが良く似合っている。

 彼女は悲しそうに微笑みながら、私に近寄ってきた。後ろに執事らしき年配の男性がついてくる。


「すみません、シルフィードさん。フレッドさんがうちの屋敷で怪我をして。私が頼み事をしたばっかりに」

「えっ?」


 私の前に立ったヘレンの発言に、目を丸める。彼女は涙ぐみ、ハンドバッグからハンカチを出してしくしく泣き始めた。


「すみません、本当に。両足の骨折です。責任を持って看病しますので」

「こちらはお見舞金です」


 執事が麻袋を差し出す。


「いえあの、あの……」

「責任を持って、看病しますので」


 キッと私を睨むと、ヘレンは私に背を向けた。執事が私の手に麻袋を握らせる。


「そういうことですので」

「そういうことって……」


 追いかけたが、私を無視して馬車が出発した。何が何やら、分からない。

 私は帰宅し、軽く着替えてルーズベル子爵邸へと向かった。しかし、門番に門前払いされ、すごすごと帰るしかなかった。


「どういうこと? 看病されるのは分かるけど、会えないって」


 腑に落ちないままハーブ園に戻ると、父からフレッドが怪我した話を聞かされた。


「私……」

「シルフィード、お前が薄情者だとは思ってなかった。働きながら看病なんて大変ですから、よろしくお願いします? なんて娘だ」

「えっ?」

「シルフィード、そんな娘に育てた覚えはないぞ。フレッド君があんまりだ」


 父に睨まれ、戸惑う。どういうこと?


「お父さん、待って」

「何だ」


 睨まれてたじろぐ。


「私、そんなこと言ってないわ」


 ヘレンが現れて、一方的に告げられた台詞とお金について話す。それから、フレッドに会いに行って追い返された話もする。


「どういうことだ?」

「分からないわ。でも私、フレッドさんが怪我をしたのなら手助けをしたい」


 怪我をしたなんて、心配でならない。会いたくてならない。


「ふむ、話がすれ違っているな。明日またルーズベル子爵邸へ行ってみよう」


 今日のところはルーズベル子爵家に任せよう、ということになった。

 仕事をしていても、料理をしていても、何もしていても落ち着かない。

 翌日、父と共にルーズベル子爵邸へ行ったが、父しか屋敷に入れてもらえなかった。

 父が戻ってくるまで屋敷前でぼんやりと待つ。なぜ? なぜ? と疑問符がぐるぐる脳内を駆け巡る。


(どうして私だけ……)


 しばらくして、父が戻ってきた。


「お父さん」

「迷惑をかけたくないそうだ。シルフィード、顔も怪我したから、お前には見られたくないそうだ」


 そう告げられても、納得いかない。


「でもお父さん」

「シルフィード。ルーズベル子爵が怪我をさせてしまったので世話をします、と言ってくださっている。フレッド君はその言葉に甘えたいそうだ。1ヶ月程で戻ってこれるそうだから」


 両肩に手を添えられ、なっ? と顔を覗き込まれる。全然納得いかない。


「でも……」

「フレッド君本人の希望だ。な?」


 ここまで強く言われ、屋敷にも入れてもらえないと、どうにもならない。私は納得いかないが、小さく頷いた。


 ☆


 私はフレッドに手紙を書くことにした。怪我が大丈夫なのか心配でならなかったから。

 私を追い返す門番も、手紙は受け取ってくれた。

 差し入れのハーブや花を持って、毎日ルーズベル子爵邸へ通い、手紙を渡した。

 返事はない。会いたくない、というように門番は私を屋敷へ招いてくれない。

 そうして数日が過ぎ、2週間が経った。仏頂面でも「おはようございますシルフィ」と挨拶してくれていたフレッドが恋しい。

 そう。恋しい。私は寂しくて仕方なかった。世間でいう夫婦には程遠いけれど、私達は、いや、私から見たフレッドは夫だったのだと思い知る。

 居ないとポカンと穴が空いたように寂しくてならない。

 心と同じような薄暗い灰色の空の下、ほどほどに水やりをしていた時にヘレンが再び現れた。

 執事も一緒のようだが、彼は園の門のところに立っている。薔薇エリアでヘレンと2人きり。


「こんにちは、シルフィードさん」

「こんにちは。フレッドが、主人がお世話になっております」


 何しに来たのだろう? と首を傾げる。


「いえ。幸い骨折の中でも軽いものだったようで、もう歩く練習をしています」

「それは良かったです。顔は? 顔の怪我は酷くないのですか?」


 好きになれない女性だけど、ヘレンは貴重な情報源。私は手袋を外し、会釈をし、丁寧な態度を心掛けた。


「顔も大丈夫です。あの、本日は大切な話がありまして、こうして来園しました」

「はい、何でしょうか?」


 ヘレンは両手を胸の前で握りしめ、儚げな笑みを浮かべた。


「その、大変言い辛いことなのですが、私とフレッドは以前親しくしていまして……」


 自然と眉間に皺が出来る。2人は引き裂かれた恋人同士、と思ったこともあるが、今は違うと知っている。何せフレッドは5年も前から私のことを好きでいてくれたらしいから。


「それでその、今回の件で再燃というか……」


 火のないところに煙は立たない。1度も燃えてないものが再燃することもない。私はますます眉間の皺を深くした。


「こちら、フレッドからの手紙です。大変申し訳ありませんが、そういうことですので」


 手紙を差し出され、受け取る。ヘレンが私に背を向けて、辛くて悲しいというようにすすり泣きしながら去っていった。

 去り際、口角が上がって見えたのは気のせいではないはずだ。

 私は家に入り、手紙を読もうとして止めた。破ってゴミ箱へ捨てる。


(あんの嘘つき女のことなんて信じるもんですか! 信じる……)


 現実問題、フレッドは私に会いたくなくて、手紙の返事も書きたくないらしい。

 私は何を信じて良いのか、途方に暮れた。

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