表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/18

11

 私とフレッドの帰宅はほぼ同時だった。園の門のところで、フレッドと友人達と遭遇したのだ。


「こんばんは。奥さんもお出掛けだったんですね。すみません、飲ませ過ぎて」


 フレッドは友人の1人におんぶされている。実に気持ち良さそうに寝ている。あどけない、可愛い寝顔だなと思ってしまった。


「こんばんは。友人と食事会で。あの、送っていただきありがとうございます」

「おいフレッド、家に着いたぞ。起きろ」


 友人がフレッドを背中から下ろした。フレッドが、よろよろしながら立つ。


「んー、バレット、ありがと」


 パチリ、とフレッドと目が合う。彼はへにゃと柔らかな笑顔を浮かべた。


「ネッド、ネッド、ネッド。シルフィがいる。俺の可愛いシルフィだ。俺、飲み過ぎだな。幻覚まで見るなんて」


 クスクス笑うと、フレッドは私にひらひらと手を振った。思わず、手を振り返す。


「かっわいい……。可愛い! おい。ジョイ。見るな。シルフィの幻覚が腐る。ネッドは良い。レストランで笑わせてくれたからな」


 更にクスクス笑うと、フレッドはよろめいた。口に手を当てて「うえっ……」と小さく呻く。


「あー、奥さん。すみません。本当に飲ませ過ぎたみたいで。では、失礼します」

「このくらいなら自力で歩くんでこいつ。すみませんがよろしくお願いします」

「よろしくお願いします。また2人でうちのレストランに遊びに来て下さい」


 フレッドの友人3人に手を振られ、会釈を返す。


「じゃあな」


 フレッドがブンブンと腕を振る。その後、彼はヨタヨタしながら園の中へ入っていった。門を閉め、かんぬきをし、鍵を掛け、後を追いかける。


「あの日の幸せが〜」


 歌い始めたフレッドの隣に並ぶ。機嫌の良さそうな笑顔だ。


「あの日の喜びが〜」


 多分、最近流行りの男性歌手の曲。この間、広場で聞いた歌と似ているから多分そうだ。

 フレッドは私に気がついていないのか、眼中にないらしい。歌いながら、楽しそうに園を進んで行く。

 途中、彼は薔薇エリアで足を止めた。薔薇を手折ろうとして、その手を途中で止め、クスクス笑い始めた。


「いやあ。嬉しいだなんてそんな。シルフィ、薔薇は数ごとに花言葉があるって知っています? 俺の気持ちです」


 うんうん、と頷くとフレッドはため息を吐いた。


「1本か、3本か悩むな。一目惚れして貴女しかいないと思っていますと、シンプルに愛しています。どっちの方が心に響くんだ?」


 薔薇を見つめながら、独り言。フレッドは悩ましいというように腕を組んだ。


(どちらも嬉しいです……)


 思わず、心の中で返事をしてしまった。ここで話しかけたら、面と向かって今の台詞を聞けるかもしれない。そう思ったので、私は息を吸い込み、フレッドに手を伸ばした。

 しかし、フレッドがふらふら歩き始め、私の手は空を切った。フレッドはまた歌い始め、機嫌良さそうに玄関へ向かっていく。

 そうして玄関に到着すると、フレッドが玄関扉の鍵を開けて中へ入った。私も後を追う。


「ただいま帰りました。しーっ。皆もう寝ているよな」


 完全に酔っ払いだろう。フレッドは独り言を呟きながら、靴を脱いだ。私のことは目に入らないようだ。玄関に鍵をかけ、靴を脱ぎ、後を追う。


「おかえりなさいフレッド。ご飯にする? 湯浴みにする? それとも私? なーんつって。たははっ」


 思わぬ独り言に、ブホッと吐き出しそうになった。

 慌てふためいていると、フレッドは階段前に座り、階段に頭を乗せていた。


「昨日に戻りたい……。嫌われる前に……。添い寝に戻りたい……」


 ぼやきに対し、申し訳なくなってくる。こんなに傷つける気なんてなかった。


「あの、フレッドさん……」


 屈んで、そろそろ、と背中に手を伸ばす。


「……。……シルフィード?」


 バッと体を起こしたフレッドの勢いに気圧される。


「あの、寝るならベッドへ……」

「えっ? ああ。あー、すみません。飲み過ぎて、今帰りました。起こしました?」

「いえ」


 フレッドが背筋を伸ばして会釈をする。


「明日も早いのでさっさと湯浴みして、とっとと寝ます。すみません」


 立ち去ろうとしたフレッドに思わず腕を伸ばす。シャツを掴んでいた。


「あの、嫌いでは、嫌いではないので……」


 今言わないと、タイミングを失う。そう思って口にした。フレッドからの真っ直ぐな気持ちは、素直に嬉しいと思う。

 誤解を与えて傷つけたことを、とても悲しいと感じる。

 とにかく結婚してしまえ、という考えはどうかと思うが、結婚してからのフレッドに強引さはあまりない。

 ゆっくり、順序立てて、という考えは思いやりのようで嬉しく感じる。

 だから、口からするりと言葉が出てきた。


「もう少し心の準備が出来たら、また添い寝して下さい。まだ恥ずかしくて……。あとあの、シルフィで良いですよ」


 無表情で固まっていたフレッドが、突然バシンと自身の頬を引っ叩いた。


「痛くない」

「えっ?」

「痛くなかった……」


 フレッドはフラフラしながら浴室の方へ去っていった。


(今の、何だろう……)


 歌ったり、階段に突っ伏したり、突然自分をビンタしたり忙しい人。私は何だかおかしくて、その場でクスクス笑ってしまった。

 自室に戻り、鏡台前でボーッとしながら何度もフレッドの歌を思い出す。

 あの日の幸せ、あの日の喜び。フレッドは私とデートした日のことを幸せで喜ばしい日々と思ってくれているらしい、そのことに胸が温まる。

 結婚指輪を眺め、ゆっくりと息を吐く。


(仮面夫婦なんて嫌だと思っていたけど、いざ好かれているって分かると、何をしたら良いのかしら……)


 フレッドの足跡がした後、私も湯浴みに向かった。体を洗いながら、考える。


(添い寝の延長線って、キスとか……それ以上よね……)


 この日、私は眠れない夜を過ごした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ