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 夜。寝る支度を終えた私は迷った。一昨日、昨日と一緒に寝て、それが定着する気配。そのように流されて良いのだろうか? と。


(ハッキリ言うべきかしら。親しくなりたい気持ちはあるけれど、好きという気持ちはまだ分からないって)


 フレッドの寝室をノックするか、廊下で悩む。私はフレッドの照れ顔らしい、あの仏頂面がどうも苦手。私のことが好きなら、素直に笑って欲しいと思う。

 だって、2回のデートはどちらも楽しかった。笑い合えたからだ。


「シルフィード」

「はっ、はい!」


 てっきり部屋にいると思っていたフレッドが、背後から登場したので驚き。


「ちょうど俺も寝ようと思っていたところで」


 フレッドが寝室の扉を開ける。相変わらず私を見ない。


「あの……」


 私は意を決してフレッドの寝巻きの袖を掴んだ。パチリ、とフレッドと目が合う。


「その、少し聞きました。エルフィールに、婚約破棄のこと」


 目を見られないのは私もだった。視線が泳ぐ。恥ずかしくて目を合わせていられない。


「私、分からないです。フレッドさんのこと。すみません」


 言葉が上手く出てこない。私は会釈をしてフレッドの服から手を離した。後退りし、自分の部屋へ駆け込む。


(言った。言えた……)


 心臓が煩い。胸に手を当てて深呼吸。フレッドはどう思っただろう? と扉に背中をつけて、へなへなと腰を落とす。


(これで、良いのよね。私達、まだ何も始まってなくて、これからだもの……)


 自分に言い聞かせて、ベッドの布団に潜り込む。


(変なの。たった2晩一緒だっただけなのに、なんだか寂しい気がする……)


 目を瞑り、背中に感じない温もりに想いを馳せる。その日、私は中々眠れなかった。


 ☆


 翌日、いつも通りの1日。その次の日も、その翌日も同じ。

 フレッドは相変わらず私に対して挨拶しかしないし、不機嫌そうな仏頂面を向ける。

 好かれているなんて嘘なのではないか、と思ってしまう。

 そうして2週間が経過したとある日のこと、私は結婚後初めて友人達と食事をすることにした。

 友人が選んだお店は酒場。ミーニャの恋人のおすすめで、チキンフライが美味しいというので、そこになった。

 夏にエレイン湖で毎年恒例のバーベキューをしよう、という話題で盛り上がっていた時、ふと見たら新規客の1人がフレッドだった。4人組の男性客の1人がフレッドだ。


「あれ、シルフィの旦那さんじゃない?」

「えっ、ええ。うん。そうみたい」


 夫婦揃って友人と共に同じ店に入るとは、気が合う印のようで嬉しくなる。


「旦那さん、機嫌悪そうね」


 ハンナに言われて見てみると、私にいつも見せている仏頂面の、更に不機嫌、というような表情をしていた。

 彼らは私達のテーブルの直ぐ近くに座った。けれども、向こうは私に気がつかないみたい。


「最悪だ。最悪。ストーカーした挙句に無理矢理結婚に持ち込んだってバレた。っていうか、駆け落ちの手助けをしたのに、なんで都合の悪いことをバラされなきゃならないんだ。ああっ、もうっ!」


 フレッドの声が大きくて、耳に入る。私の友人達が私に視線を集めた。


「まあまあフレッド、飲んどけ飲んどけ」

「すみません、ヤナンビール4つ」


 私は友人達と顔を近づけた。背中を丸める。


「シルフィ、ストーカーって何?」

「どういうこと? 相談しないつもりだった?」


 マルベリーとリーネに問いかけられて、首を横に振る。私はなるべく小さな声を出した。


「知らない話よ」


 無理矢理結婚に持ち込んだ、という話は知らない訳ではない。そうか、無理矢理結婚に持ち込まれたのか私は、と今更気がつく。フレッドが強引だったことは少ないので、そんな風に思ったことがなかった。


「すみません。嫌いです。嫌いだって、俺のこと。死ぬ……。死にたい……」

「しっかりしろフレッド。諦めが悪いからここまで頑張ったんだろう? ほらこの間、デート出来たって喜んでたじゃないか。奥さんも楽しそうだった」

「そうだフレッド。気を確かに待て。マイナスの下にマイナスはない。あとは上がるだけだ」


 フレッドの友人の1人がレストランでお世話になったネッドだと気がつく。ほらほら、とテーブルに突っ伏すフレッドの背中を撫でている。


「シルフィ、デートって何? 嫌いって?」


 リーネの質問に私は「嫌いなんて言った覚えない」と返事をした。


「デートはその、2人でランチとマジックショーと。あと美術館……」

「それなのに、嫌いなの?」

「違うわ」


 私は事情を説明した。どうやらフレッドは私が好きで、お見合い話を持ってきたということ。エルフィールと婚約になった時、破談にしたくてエルフィールに協力したらしいこと。

 それから、先日2人で寝た時に聞いた台詞のこと。恥ずかしいけれど、相談したいから話をした。


「ネッド、もう一回言ってくれ。奥さんって」

「はあ?」

「俺の奥さん。良い響きだ。それで人生に悔いはない。せめてもう一回、デートに行きたかった……」


 ゴンッという少々大きな音がして、そろそろと首を伸ばして見る。フレッドがまたしてもテーブルに突っ伏していた。

 そこにビールが運ばれてくる。


「フレッド、とりあえず飲んどけ」

「お前は被害妄想が過ぎるところがあるから、何か勘違いだって」


 ほらほら、とフレッドの友人達が彼にビールを勧める。フレッドはジト目でビールを睨み、飲み始めた。


「フレッド、またうちの店に来いよ。お前の奥さん、とても嬉しそうにまた来ます、って言ってくれてたし。収穫祭のあたりにさ」

「ネッド、良いことを言った。そうだフレッド。とりあえず他の男に取られないように捕まえて、徐々に口説くって息巻いてたじゃないか。結婚して、まだ2ヶ月も経ってないぜ」


 私は友人達と視線を合わせた。


「シルフィ、そうらしいわよ」

「他の男に取られたくかったらしいわね」

「う、うん……。知らなかった……」


 私の発言の何かが、誤解を与えてフレッドを傷つけたらしい。そのことに胸が痛む。それと同時に驚きも感じている。

 自分という人間が、他人をここまで憂鬱にさせるなんて、そんなことがあるんだ。


「万年片思いから結婚。良くやったと思うぜ。ずーっと陰からこそこそ盗み見していたくせに、急に行動力を発揮しやがって」

「こそこそなんてしてない。収穫祭も、夏の夜祭も、年始祭も、露店に買いに行っていた。堂々と」

「アホか。毎回デートに誘えずに何年経ってた? 5年だぞ5年」


 私は再び自分の友人達と目を合わせた。私も友人達も、瞬きを繰り返す。

 

「シルフィ、そうらしいわよ」

「5年だって。学生の頃からね」

「うん……。全然知らなかった」


 お祭りの際に家族で開いていた出店に、フレッドが客として来ていた。そんな事、知らなかった。5年も前から、私を見ていたなんて、信じ難い事実。


「にしてもさ。結婚する直前に奥さんのことを聞いて驚いたよ。お前、ああいうちんまりした女がタイプだったんだな」

「違う。断じて違う。たまたま小さかっただけだ。でもあの小ささも確かに好きだ。あの金糸のようなサラサラとした長い髪も、丸くて大きな目も、ぷっくりした唇にスッとした鼻も、全部タイプだ。完璧な配置にこう、あの鼻周りのソバカスがアクセントというか……。可愛いだけじゃない。料理上手で子供好きで、笑顔が屈託なくて……。全部がタイプだ。ドストライクだ。彼女しかいない。キラキラ光っている。夜の月よりも輝いている!」


 いる、のところでフレッドはバシバシ背中を殴られたり肘で体を小突かれた。

 友人達の好奇の瞳が気まずい。恥ずかしくて顔から火が出そう。

 フレッドが私のことを、そんなふうに思っていたなんて知らなかった。知るはずない。だって、本人から言われてない。なのに、こうして聞いてしまった。


「全部本人に言え。彼女と喋れ。まあ、レストランで割と和やかに話せていたし大丈夫だろ」

「ネッド、あの夜空の星のような、いや星よりも美しい菫色の瞳を見つめて喋るとか、無理に決まっているだろう。心臓が口から出て死ぬ」


 そう言うとフレッドはヤナンビールを呷った。


「シルフィ、熱烈よ。貴女の旦那様」

「良かったわねシルフィ」

「顔に嬉しいって描いてあるもの」


 友人達に指摘され、自覚する。恥ずかしいだけではなく、確かに嬉しい。


「うん。良かった……」


 私は結婚指輪をさすった。

 この後、フレッド達の話は収穫祭で何をするかとか、今度エレイン湖に釣りに行こうという話に移っていった。それで、次の店に行こうぜ、と私達よりも早く去っていった。

 

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